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キスの理由

番外1



 感極まると、彼女は自分の頭を掻き抱く。
 頬に感じる湿った肌の感触と、汗の匂い。
 熱い呼吸と共に耳に艶めいた嬌声が注がれる。
 何も知らない無垢だった身体。
 それにここまで艶を持たせたのは自分だ。
 石鹸の香りを漂わせる肌に指と舌を這わせると、彼女は声を噛み殺し唇をきつく結ぶ。
 眉を寄せ、ぎゅっと目を閉じる。
 その姿に自分の中の欲がどんどん溢れ出す。
 彼女は知らないだろう。
 些細な仕草一つで、自分がこんなにも死にそうになっている事を。




 正直、最初は好奇心だった。
 初めて彼女を見たのは秋名の峠。
 秋名スピードスターズと言うチームに、バトルの申し込みをしに行った日の事だ。
 最初から予想していたことだったが、目当てのチームの実力は、涼介の予想通り…いや、以下とも言えるもので、かなりの失望感を味わった。
 つまらないバトルになりそうだ。
 そう思いながら彼らの方を見やると、興奮気味なメンバーをよそに一人だけぼうっとしている人物がいた。
 他人事のように空を見上げ、時々つまらなそうに欠伸を漏らす。
 やけに目に付いたその人物に目を留め、そして涼介はある事に気付く。
 最初、少年と思われたその人物の骨格や印象に違和感を覚えたのだ。
 男にしては腰の線が細い気がする。
 少年ではなく、女なのか?
 しかし遠目である事とラフな服装から、判断が難しく断言できない。
 そしてその日は、疑問を抱くのみで確信にまでは至らなかった。
 だが二度目に見た時に。
 涼介はその人物が「彼女」である事を悟った。
 弟のバトルの相手として現れた少女。
 相変わらずTシャツにジーンズと、ラフな服装ではあったが、もう涼介は間違えなかった。
 大きな瞳を眠そうに半開きにしたあどけない表情。
 うっすら判別できる腰のラインは、明らかに男性体のものではなく、ほっそりとした曲線を描いていた。
 だが、そのラインも未成熟なもの。
 まるで開花前の固い蕾のような少女の部分が、性の判別を曖昧にさせている。
 彼女が女だと確信した瞬間、涼介の全身に悪寒めいた衝動が走った。
 ゾクゾクと震え、顔が勝手に笑みを浮かべさせていた。
 あの蕾が花開いた瞬間を想像する。
 そして、それを自分が開かせる過程を想像し。
 自分と同じように対峙したはずの弟や親友は彼女が「女」だと気付かない。
 まるで自分だけの秘密の宝物を得たようで、涼介はいつになく胸が躍っている自分を感じていた。
 そして三度目の出会い。
 それは自分とのバトルの日だった。
 負けるはずはないと思っていた。
 いや、彼女を手に入れるために、必ず勝たなければならないと思ってもいた。
 強い雄として彼女に認めさせるために。
 色恋に疎そうなあの少女を手に入れるには、弱い己を自覚させ、強者として屈服させる方が手っ取り早いと、そう考えていたのだ。
 だが結果は涼介が敗北し、彼女が勝利した。
 悔しさがなかったとは言わない。
 だが、ある種、自分の予想を超える速さを見せる彼女に純粋に感動した。
 手に入れたいと、そう考えていた欲望を忘れるほどに。
 計画は頓挫したわけだが、それはそれで構わない。
 充実感さえ感じるバトルの後に、涼介が再び己の欲望を思い出したのは、無垢な彼女の反応と、そして零れ落ちる色香の片鱗を見せる表情だった。
「オレの方が速かったとは…そんなふうには絶対に思ってませんから…」
 頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳で必死に自分を見上げる。
 ゾクリ、と最初に彼女が女だと確信した時と同じ、情動が湧き起こる。
 心の中で獣が舌なめずりをするのを感じた。
 この子を「女」にするのは俺だ……。
 そう、強く心の中で宣言する。
 悪いのはこの子だ。
 せっかく、大人のまま去ろうとしていた自分を呼びとめ、艶を含んだ仕草で涼介を魅了した。
 男の前で、あんな表情をしたこの子が悪い。
 頤に指をかけ、唇を寄せると、驚きに目を見開き固まる彼女の大きな瞳が見えた。
 そうだ。
 そうやって大人しく自分に食われてしまえばいい。
 抵抗させる余裕すら与えず、その間に自分が全部食べてしまおう。
 クス、と心の中でほくそ笑み、涼介は彼女の唇に己のそれを重ねた。
 まるでセックスの時のような。
 たかがキスなのに、同じような愉悦が全身を貫いたのを涼介は覚えている。




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