キスの理由
7
あの気まずい別れから一日、二日、三日、一週間と時が過ぎ、どんどん拓海の気持ちは落ち込んでいく。
あれ以来、涼介からの連絡が途絶えてしまった。
もちろん友人たちにも相談はした。
『なにソレ!サイテー!』
茂木は怒り、連絡が途絶えた事実に激怒した。
『フェラ強要するのもそうだけど、その後のフォローも無いのがムカつく!拓海くん、そんなヤツ忘れちゃいなよ!』
憤慨する友人とは裏腹に、拓海の心は重く沈んだ。
『…でも真面目な話、なつきの言葉じゃないけど、私にも彼は信用できない人みたいに思うな。
辛いだろうけど、きっぱり別れちゃったほうが藤原くんのためだと思う』
友人たちの忠告に、「う、ん…」と曖昧な返事を返しながらも、拓海はどこかで彼からの連絡を待っていた。
もしも次に電話が会ったなら。
もし、次に会えたなら。
まず「ごめんなさい」と謝罪して、彼の望む通りの事をしよう。
あの日からずっと胸は苦しいし、心は沈んだままだ。
毎日夢の中で彼の姿を追い、彼の声、感触を思い出し目覚めたときに涙する。
鬱々と、ただ彼からの連絡を待っている。
休日もする事がなく、出かけると言えばバイトくらい。
そんな自分が嫌で、だからつい、茂木と一緒に下校中にかつての先輩に声をかけられ、そのまま流れで赤城にギャラリーに来てしまった。
心のどこかで、彼に会えるかもしれない。そんな願望があったのだ。
だが道中、池谷以上に恐ろしい運転に、涼介のFCに乗りなれてしまった身には苦痛と恐怖でしかなかった。
漸く頂上に辿り着いた頃には、拓海の顔も真っ青で、茂木も車酔いで気分が悪そうだった。
そして肝心のギャラリーも人が多く、彼を探すどころではない。
『来なきゃ良かったな…』
後悔するのは早かった。
走っている車も、どうやらレッドサンズの二軍と呼ばれる車たちばかりらしく、拓海が知っているレッドサンズの車は見当たらない。
茂木も気分悪そうだし、もう帰ろうかな…。
興奮する先輩に声をかけ、もう帰りたいと告げようとした瞬間、耳が、微かにあの音を捉えた。
「あ……」
ロータリー音だ。
しかも、拓海は最近同じロータリーでも、涼介のFCの音を聞き分ける自信がある。
まだ微かだが、直感があれは涼介の音だと告げる。
どんどん大きくなる音に、ギャラリーたちも気付いたらしい。
「おい、高橋兄弟じゃないか?」
「そうだよ、あの音…高橋兄弟だ」
わぁわぁとざわめくギャラリー達と同様に、拓海の心もざわめいた。
久しぶりに涼介に会える。
会って…そして…。
ぐるぐると脳内で色んなシュミレーションをし、FCの到着を待つ。
だが、漸く訪れたFCから降り立ったのは彼だけではなかった。
暗い夜空でも、一際目立つ高い身長と、端整な容貌。
その傍らに、助手席から降りてきた人物が立つ。
「…だ、れ……?」
見た瞬間に、キィンと耳鳴りのような音がした。
全ての音を遮断し、彼と、そして傍らに立つ少女へ向かう。
涼介の隣に、可憐な少女が立っている。
遠目でも彼女がとても綺麗な子だと分かった。
年齢は拓海とそう変わらないのだろうか。まだ顔に幼さが残っている。
だがその容貌は涼介に負けず劣らず整っており、背の高い彼の隣に立っているせいでそう見えるのもあるのかも知れないが、身長が低めで、けれど柔らかなラインを描くその体付きは、出すぎず、小さすぎず、バランスよく整ったものだった。
二人並ぶとまるで完成された一対の置物だ。
「ああ、また彼女だよ」
「そうだな。じゃ、今回も長居しないな」
彼女が来るのは初めてじゃないのだろう。ギャラリーたちの中から諦めのような声が漏れる。
「それにしてもカワイイよなぁ。さすがあの高橋涼介の彼女だぜ」
「ああ、それに性格もいいみたいだぜ?前に、あの子にぶつかっちまった奴がいてさ、もちろん高橋涼介は怒ってたんだけど、『自分も不注意だったから』って宥めてくれて、おまけにそいつにも『ごめんなさい』って謝ったんだってさ」
「へぇ〜。いい子じゃん」
「だよなー。でも、あんな彼女なら、言い寄ってくる女たちも諦めるしか無いよな」
立っている地面がガラガラと崩れていくようだ。
足元がフラフラして、立っていることも出来ない。
「…拓海くん。どうしたの?大丈夫?」
さっきまで車酔いに苦しんでいたと言うのに、いつの間にか傍にいた茂木が逆に拓海を気遣ってくれる。
平気、と言えるほど、拓海は強くなかった。
必死に唇を噛み、涙を堪えるだけで精一杯だ。
ただ無言のまま首を横に振ると、状況は分からないながらも何かを察したのだろう。すぐに先輩を呼び、帰りたいと訴える。
だが帰路を、あの先輩の運転で帰るのは自殺行為だ。
茂木と協力し、自分が運転できるように頼み込む。
車を運転するのは嫌いじゃなかった。今は好きとさえ思える。
頭が空っぽになって、車と一体になったかのような感覚になれる。
けれど今日は他人の車だからと言うだけでなく、頭は空っぽになどならず、ずっと赤城で見た光景が脳裏を占める。
彼と、彼女の姿を見た瞬間、「ああ、やっぱり」と納得する自分もいた。
本当の恋人は彼女で、自分は……ただの珍しい玩具みたいなもの。
その玩具が反抗したのだ。
きっともう電話は鳴らない。
きっともう彼と会うことは無い。
家に帰り、一人いなった部屋で、漸く拓海は声を上げ泣いた。
こんなにも泣いたのは、きっと小さい頃以来だ。
生まれ変われるならば、彼女のようになりたかった。
小さくて、柔らかくて、可愛い女の子に。
彼に愛される、彼女のようになりたかった。