キスの理由

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 拓海には同性の友人が少ない。
 と言うより、友人と呼べる存在は少ない。
 自ら積極的に友人を作る性格ではないため、茂木や幼馴染のイツキのように向こうから寄ってきたパターンが多い。
 その中で白石と言う友人は例外と言えた。
 元は茂木の友人で、茂木を通じ何度か顔を合わせるうちに、だんだん仲良くなっていった。
 内向的で大人しい。
 目立たない優等生タイプ。
 茂木とは全くの正反対なその性格は、拓海にとっても似通ったもので、同じ空気感に居心地が良く、自然と行動を共にする事が多くなった。
「どう思う?」
 そう言ったのは茂木だ。
 晴天の屋上で、三人でお弁当を囲みながら、話題になっているのは拓海のこと。
「どう思うって言っても…」
 白石が眼鏡の奥の瞳を眇め、困ったように首を傾げる。
 茂木も拓海も、成績は正直あまり芳しくない。
 その点、白石は見た目通りに成績は優秀で、勉強や分からないことなど、二人はいつも困ったら白石に相談するのが常だった。
 また、浮ついていて騙されやすい茂木を、冷静な視点で忠告するのも彼女の役目でもあった。
 最初は反発ばかりだった茂木も、いつしか結果が白石の忠告通りになった事が多いことから、最近ではあらかじめ相談する事が多くなり、恋愛事も以前ほど浮ついたところが無くなった。
 だから、今回も茂木は当たり前のように拓海の問題を白石に相談した。
 最初は拓海にそんな相手が出来たことに驚いていた白石だったが、だんだん説明するにつれその顔が顰められていく。
「……ざっと聞いたところ、確かに遊びなのかなぁって思うけど…藤原くんはどう思ってるの?」
 話を向けられ、拓海は俯いていた顔を上げる。
「オ、レは……よくわかんなくって…」
 じっと、白石が真剣な表情を向けた。
「その人が何を考えているかってこと?」
 拓海は無言で頷いた。
「…付き合うようになった切欠とか、あったんでしょ?」
 切欠…それはあのバトルだ。
 あのバトルの後、彼を呼び止めた自分に彼がキスをした。
 しかしそれを説明しようとして、拓海は言葉に詰まった。
 彼女たちは走り屋のことなど知らない。
 上手く伝わるだろうかと、拓海は拙い言葉で説明した。
 走り屋と言う世界のこと。
 夏のあの日を境に、何度もバトルを繰り返したこと。
 今まで無敗で、カリスマと呼ばれたあの人に勝ったこと。
 そしてそのバトルの後、彼にキスをされたこと。
 言葉に詰まりながら、全てを説明し終わった後、聞いていた二人の反応は正反対になっていた。
「え〜、じゃ、拓海くんってば、その人と同じ趣味で知り合ったってこと?じゃ、遊びじゃないのかなぁ?」
 茂木の言葉に、ほんの少しだけ気持ちが浮上する。
 しかし、「え?そうかな…」と続けた白石の言葉に、また不安が増した。
「むしろ、遊びの方がましだった気もするけど…」
 ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
 白石の言葉に、茂木が「え〜?!」と大きな声を上げた。
「どう言う事?!何で遊びのほうがマシなの?」
 白石が口ごもり、そして窺うように拓海のほうにチラリと目を向けた。
 キュっと唇を噛み、拓海は白石に向けて頷いた。
 不安なまま過ごすより、気付きたくなかった事実でも聞いておきたかった。
 けれど白石の言葉は、拓海にとって最悪の可能性を示唆していた。
「復讐かな、って思ったの」
「…え?」
「………」
 拓海は言葉も無かった。
 キィンと耳鳴りがして、小さなネズミを甚振るように微笑んでいたあの人の顔が脳裏に浮かぶ。
「えと、ね。想像なんだけど、その人ってお金持ちで頭も良くって、おまけに、う〜んと、よくわからないんだけど、その走り屋って言う世界でも負けたことが無かったんでしょ?
 そんな何もかも完璧だった人って、プライドも高いと思うの。
 そして中々自分が負けたことも認められないと思うんだ。だから…」
「だから?」
 相槌を打ったのは茂木だ。
 拓海はもう喋ることなど出来なかった。
 手が、小刻みに震えている。
「自分に勝った藤原くんを弄ぶことで、自分のプライドを維持してるんじゃないかなって…思ったんだけど…」
 ピシリ、と胸の奥で何かが壊れた音がした。
「ええ〜!意味わかんないんだけどー」
 茂木の叫びに、白石が言い辛そうに茂木に向かって説明する。
「だから、だからもし…なんだけど……う〜んと、つまりね、負けた腹いせに、拓海くんを弄んでるんじゃないかなって…」
「マジ!それってサイテイな男じゃん!!
 じゃあさ、暫く付き合って、夢中にさせてからポイってするかもってこと?」
「……判んないけど…そんな可能性もあるよね…」
「………」
 捨てられる。
 そんな恐怖は常にあった。
 そして好かれている自信も無かった。
 分かっていたはずなのに…改めて第三者から言葉にされると、胸が張り裂けそうに痛い。
 あの時。
 バトルになど勝たなければ…彼は自分など見向きもせず、こんな想いなどしなかっただろうか。
 だが、全てはもう遅い。
 拓海は彼に勝ち、そして、彼の肌の温もりを知った。
『…藤原』
 自分の耳に注がれる吐息の甘美さも。
「……涼介さん」
 彼を思い出すように。
 そして現実から目を逸らすように、拓海は両腕で自分の体を抱き締め目を閉じた。

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