ERECTRICAL STORM

act.14


 手を繋ぎ、石畳の道を歩く。
 馴染みのパン屋の主人に、「恋人だ」と紹介すると、我が事のように喜び、「祝いだ」と紙袋いっぱいのパンをくれた。
「いつまでも仲良くな」
 その声に笑顔で手を振り、傍らの恋人に貰ったばかりのパンを手渡す。
「しばらくパンを買わなくて済みそうですね」
 紙袋の中の小麦粉の焼けた匂いを嗅ぎながら、恋人が嬉しそうに微笑む。
 パン屋の主人に、はにかむような笑みで英語で礼を言う拓海。
 他人に向ける、そんなささやかな笑みにでさえ嫉妬が湧く。そんな狭量さに涼介は苦い笑みを浮かべながら、拓海の柔らかな髪を撫でる。
「…知らなかったな」
「え?」
「言葉。前は英語が苦手だと聞いていたからね」
 まだ高校生の頃、請われ試験勉強を見てやったこともある。その時の拓海の様子から、優秀とは決して言えないものだった事も知っている。
 拓海は拗ねた時によく唇を尖らせる。その子供のような可愛い癖が涼介は好きだった。そして今も彼はそれをする。
「…勉強、したんです。涼介さんのところに行くために」
 だが話す内容は、子供の可愛らしさとはかけ離れた大人のものだった。
「本当は…涼介さんが渉さんに連絡を入れた時点で来たかった。でも言葉も話せない俺じゃ、涼介さんの足手纏いになる。だから勉強して、涼介さんの傍に、胸張っていられるように勉強したんです」
 髪を撫でていた手が止まる。驚き、その顔を見つめれば、やはり以前とは明らかに違う大人びた表情の彼がいた。
「学校行って…先生にOkもらえるまでと、ここに来る旅費を貯めるのに一年半もかかったけど…」
「拓海…」
 聞きはしなかったが、拓海がここにいるのは一時的なものだと思っていた。
 だが、これではまるで……。
「まだこっちで仕事先も見つけてないし、また迷惑をかけると思うけど、…涼介さん」
 こっちへ来たときの彼の荷物は、バッグ一個で少なかった。
 だから、あまり長居出来ないのだと思い込んでいたのに…。
「ここで一緒に…暮らしてもいいですか?」
 まるで…プロポーズだ。
 いや、そうなのだろう。
 どうしても緩んでしまう口元を涼介は手で抑えた。顔も、らしくなく真っ赤に染まっているだろう。
 返事のない涼介に、拓海は少し不安そうにしていたが、だがその表情を見て安堵の笑みを浮かべる。
「えっと…また居候になっちゃうんですけど…いいですか?」
 無言で涼介は頷く。
 彼の為に必要なものなど、これから揃えればいい。いや…二人のために必要なものは、全て。
「貯金も少しありますし、できるだけ迷惑かけないように……」
 …どうしてくれようか。
 涼介は手で拓海の言葉を遮る。
 これ以上は聞けない。無理だ。
「あの…涼介さん?」
「それ以上言うな」
 固い声に、拓海の表情が強張る。
 ああ、違う。そうじゃない。
「……やばいんだ」
「え、…と…」
 戸惑う拓海を、涼介は欲で濡れた瞳で見つめる。
「我慢が効かない。それ以上俺を喜ばせるな。今すぐ押し倒したくなる」
 拓海の顔が真っ赤に染まる。視線を逸らし、ウロウロと彷徨わせ足元を見つめる。
「そ、の……それは……あの、帰ってから…」
 繋いだ手に力が篭る。嫌がってはいないのは分かる。昔から恥ずかしがりだったが、まだ今も健在のようだ。その初々しさにまた恋が募る。
 離れていた時間は必要なものだった。
 涼介は改めてそう思う。
 一度全てをリセットし、二人で新たにやり直すために。
 昔の関係は、いわば傷の舐めあい。
 けれど今は二人で、共に生き、支えあうために傍にいる。
「なぁ…拓海」
 腕の中の手。
 小さくも、柔らかくもない大人の、男の手だ。
 だけどそれが何よりも愛おしい。
「何ですか?」
 見上げてくる少女のような大きな瞳。真っ直ぐで、けれど少女では有り得ない強い眼差しが涼介に向けられる。
「結婚しようか」
「……え?」
「知ってる?ここマサチューセッツ州では同性同士の結婚が認められているんだ。結婚しよう」
 そう言いながら、通りの傍にある教会に入り込む。
「あ、あの、涼介さん?!」
 涼介の勢いに、戸惑った声を拓海はあげる。けれど拒みはしない。
 古い歴史を感じさせる、けれど小さな教会に入り、祭壇の前に立つ。
 拓海が持っていたパンの袋をベンチタイプの椅子に上に置き、ステンドグラス越しの光が差し込む場所に並んだ。
 教会の中に人はいなかった。
 静かな、けれど壮厳な空気の中、誓う。
「私、高橋涼介は藤原拓海をパートナーとし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、互いを尊重しあい、支え合い、愛し、慈しみ、共に生きる事をここに誓います」
 腕を取り、手の甲に口付ける。
 拓海の瞳が潤んでくる。嬉しそうに、けれどどこか複雑さを感じた表情で微笑む。
「……永遠なんて俺は信じません」
 永遠を誓った啓介がいなくなってしまったから。
 その傷を知りながら、涼介は頷く。
「ああ。だが、傍にいる、この瞬間を信じてくれればいい」
 拓海も頷く。
「傍にいる、今日みたいな日が明日も、その次の日も続いたら…永遠に近くなるよね」
 目尻に浮かんだ涙を指で拭う。その目尻にさらにキスをすれば、拓海の笑みは増した。
「永遠は俺も約束できないよ。ただ……命が終わる、その瞬間に振り返って、それに近かったと思えるよう努力はする。だから…傍にいてくれますか?」
「死が二人を別つまで?」
「死が二人を離しても、俺はお前を愛し続けることを誓うよ」
「すごい自信」
 拓海の笑い声が、教会の中に響く。
「俺は約束しないよ。涼介さんが死んだら、また誰か違う人を好きになるかも知れない」
「ああ。構わない」
 望むのは拓海の幸せだけだ。
 傍にいるときは誰にも渡さない。だが、死んでまで彼を縛りたいとは思わない。
 けれど。
「だから、絶対に涼介さんより早く死んでやるんだ」
 拓海が笑う。鮮やかに。その笑顔を一生忘れないだろうと涼介は思った。
「涼介さん、長生きしてくださいね。俺、まだ死にたくないから」
 恋は降ってくるもの。
 愛は生まれるもの。
 今胸の中にあるのは両方だ。
 降り続け、そして生み出されていく。
 その想いは拓海に注がれ、彼に恋と愛を与える。
 降り続けていた雨は止み、二人の上に注がれるのは眩く暖かな太陽の陽射し。
「……愛してるよ」
 頬を手で包み、顔を寄せる。
 腰に回された拓海の腕が、涼介を引き寄せ二人の距離を無くす。
「俺も…愛してます」
 交わされた口付けは、今までのどんな口付けよりも強く、二人に幸福感をもたらした。



END



2006.12.3

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