FAMILY

おひなさまとお母さんの思い出


 お父さんはいつもお母さんのことになると、こわれぎみなんですが、お母さんのおなかに赤ちゃんができたと知ってから、その傾向がますますひどくなってきました。
 お母さんのおなかに向かって、
「パパでちゅよ〜」
 と言ったり、
「このお腹の子は絶対に女の子だ!俺には分かる」
 と、お母さんのお腹に手をかざして、エセ超能力者のようなことを言い出すようになりました。
 お母さんはそんなお父さんに、
「涼介さん、まだ気が早いですよ?」
 と言うのですが、こわれたお父さんはぜんぜん言うことを聞きません。
「いや、早くない!早速ひな人形も買ったから」
 と、まだ男の子か女の子かも分からない、生まれてもない赤ちゃんのために八段飾りのひな人形を買いました。
 ぼくは、しょうじきお父さんのことを、けいすけおじさん風な表現で言うと「バカじゃねぇか」と思いました。
 でもぼくも兄も、男の子ばかりだったので、初めて家でじっくり見るひな人形はきれいでした。
 お母さんや兄といっしょに、ぼくもおひなさまの飾り付けを手伝いました。
 ぼんぼりに灯りがともって、金びょうぶの前のおだいりさまとおひなさまは、何だかお父さんとお母さんに似ているなと、ちょっと思いました。
 ぼくと兄がきれいだね、と話しながらながめていると、お母さんは、ぼんやりとだまったままでおひなさまをじっと見つめていました。
 そのお母さんの顔はおひなさまよりきれいで、でもどこか近寄りがたいものがありました。
「母さん、どうしたの?」
 と兄が聞くと、お母さんはほほえんで答えてくれたのですが、けれどやはり様子が変でした。
「お母さん、おひなさま、好きじゃないの?」
 ぼくがそう聞くと、お母さんは「そうじゃないよ」と首を横にふりました。
「…あのね。ちょっと昔を思い出したんだ。ずっと昔。晴海も隆介も生まれてない頃だよ」
 そしてちょっとさびしそうな顔のお母さんは言いました。
「…ちょうど、隆介ぐらいの時かな。うち、文太おじいちゃんが今もそうだけど、車にばかりお金使ってて。だからいつも貧乏でね。ひな人形も無くて、飾ったことなんて無かったんだ。別にそれは何とも思ってなかったんだけど、お母さんが隆介ぐらいの時に、クラスの女の子にバカにされて。『おひなさまがないなんておかしい!』 って言われて。悔しくて、お母さんのお母さん、晴海たちのおばあちゃんなんだけど、おばあちゃんに怒鳴ったんだ。何でうちにはひな人形がないんだって。
そしたらおばあちゃんが、タオルとかハンカチでね、おひなさまを作ってくれたんだ。小さくて、これとは比べ物にならないくらい簡単なものだったけど…」
 そこまで言ったお母さんの目に、涙が浮かんでいました。ぼくはドキリとしました。
 お母さんの涙を見たのは初めてではありませんが、こんな表情で泣くお母さんは知りません。
「…そのおひなさまの思い出が、おばあちゃんとの最後の思い出でもあったんだ」
 お母さんのお母さん。ぼくらのおばあちゃんと言う人は、お母さんがぼくぐらいの時に亡くなってしまったそうです。
 ぼくはお母さんが、とつぜんいなくなってしまうことを想像しました。
 悲しいなんてものではありません。むねがはりさけてぼくまで死んでしまいそうです。
 だから、ぼくはお母さんがとても悲しかったのだろうなと思いました。
 そして、お母さんの足にぎゅっとしがみついて、言いました。
「…お母さん、大好き」
 お母さんもぎゅっとぼくを抱きしめてくれました。
「お母さんも、隆介も晴海も大好き」
 ぼくのひなまつりの思い出は、お母さんとはちがって幸せなものになりそうです。
 しかし兄の、
「でもお母さんの一番は、お父さんなんだよね?」
 と言う言葉がなければ。
「…うん。涼介さんが一番好きかな」
 と照れくさそうに笑うお母さんの顔は、とてもかわいかったのですが、ぼくの感動に水をさされたような気分になりました。
 何だかとてもくやしかったので、この話はぜったいにお父さんには教えてやらないでおこうとちかいました。
 そして、お父さんの味方をするつもりはないですが、ぼくも出来るならお母さんのお腹の赤ちゃんは女の子がいいなと思いました。
 女の子なら、きっと毎年これからもひなまつりをするからです。
 そしてお母さんのひなまつりの思い出を、新しいぼくらの妹が、きっと幸せなものにかえてくれるだろうと思うからです。
 ぼくはもちろん自分の幸せが一番ですが、お母さんの幸せも一番です。そして兄の幸せも一番です。
 でもお父さんの幸せはどうでもいいです。
 お父さんを幸せにするのは腹ただしいですが、お母さんが幸せになれるなら、それには目をつぶってやろうと、ぼくは思いました。


2006.3.3


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