FAMILY
ぼくのかぞく
ぼくの家は、お父さんとお母さんと兄とぼくの四人かぞくです。
まえは家におじいちゃんとおばあちゃんとおじさんがいっしょにくらしていたそうですが、ぼくができたのをきっかけにお母さんがしごとをやめたときに、「じゃまだ」といっておい出されたのだとおじさんがいっていました。ないているおじさんはお父さんのいうとおりたしかに「じゃま」かもしれないとぼくは思いました。
お父さんはいしゃをしています。
むかしは大学びょういんではたらいていたそうですが、いまはうちのびょういんでいんちょうをしています。
おじさんはまた、「アニキはあくとくいんちょうなんだ」とぼくに言いきかせていましたが、社会的しんよう度でははるかにお父さんのほうが高いので、ぼくはおじさんのいうことをまともにききませんでした。
それなのにお母さんと兄は、「啓介さん、じょうだんばっかり」とわらっていました。
あんなにまじめにいっているおじさんを見て、じょうだんだとわらえるお母さんと兄はいわゆる「てんねん」なのだと思います。
お母さんはむかしレーサーをやっていたそうです。ぼくが生まれたことでいんたいしてしまったそうです。でもいまでもお母さんはぼくや兄をつれてとうげでダウンヒルをみせてくれます。うんてん中のお母さんは、いつものふんわりしたかんじではなく、とてもこわい顔になっています。でもその顔はとてもかっこいいものだとおもいます。ぼくがそういったらお母さんは、「私よりも涼介さんのほうが運転中はかっこいと思うけど…」と言いましたが、お父さんの顔なんてみてもたのしくないので、やっぱりぼくはお母さんがいちばんだなと思いました。
ぼくの兄は、ぼくよりも11さいもとしうえです。
それなのに兄はお父さんみたいにえらそうにしないで、ぼくが、兄さんってよんだほうがいいのかときいたら、「はるみちゃんでいいよ」と言いました。
兄はかくじつにお母さんよりもてんねんだと思います。
でもたしかに兄は兄さんとよぶよりも、はるみちゃんとよんだほうが正しい気がするので、げんざいでもぼくの兄のよび名ははるみちゃんです。
そんな兄は、お母さんとそっくりなかおをしています。
いつもいっしょに買いものにでかけると、親子ですか、ではなく「姉妹ですか?」ときかれます。
おかあさんが「息子なんです」というと、いつもみんなかたまってうごかなくなります。ぼくはそのきもちが、このごろわかるようになってきました。
それとぎゃくに、ぼくとお父さんはそっくりなのだそうです。
ぼくらはそうでもないとおもっているのですが、はたからみたらそうらしいです。
お父さんと似ていて良いことなんてなにもないですが、ひとつだけ良いことがありました。
まえにお母さんがねぼけて、ぼくとお父さんとをまちがえてしまったときです。
「涼介さん、どうしてそんなに縮んじゃったんですか?」
とお母さんは不安そうな顔をしてぼくにだきついてきました。
そのときのお母さんの顔は、いつものお母さんの顔じゃなく、お父さんがよくこっそりつぶやいている「あたまからバリバリとたべたいくらいにかわいい」お母さんでした。
目がさめたあとのお母さんは、もういつものお母さんにもどっていましたが、ぼくには今でもあれはたいせつな思い出になっています。
でもお父さんはそのことがいまだに気にくわないようで、ぼくとお母さんがふたりだけでいると、なにかとじゃまをしてきます。
だからさいきんでは、家のなかではぼくとお父さんが顔をあわせると、いつも火花がちっています。
そんなけんあくなふんいきのぼくらに、「涼介さん、隆介と最近すごく仲良しだね」とわらうお母さんは、やはりとんでもなくてんねんだとおもいます。
でもそんなところがとてもかわいくて好きだなっておもうところは、はらただしいですがお父さんといっしょです。
お母さんはもうお父さんのおよめさんなので、もうぼくがけっこんすることはできないそうです。
なにより、ぼくとお母さんでは血がつながっているので、それはキンシンソウカンになるのだとお父さんがおしえてくれました。
「だから、晴海も駄目なんぞ」
とぼくにわらうお父さんは、けいすけおじさんやお父さんのともだちのふみひろさんが言うようにあくまのようでした。
そんなお父さんですが、どこが良かったのかお母さんにはすかれています。
ぼくも、はらただしくはありますが、お父さんのことをきらいではありません。
兄のことはもちろんすきだし、お母さんはぼくのいちばんたいせつなひとです。
なんだかんだいって、ぼくのかぞくはみんななかよしです。
でもお父さんとお母さんはなかよしすぎだと思います。
それをおじさんにいったら、ためいきといっしょにかたをポンとたたかれました。
おじさんにどうじょうされるようだったら、ぼくもおしまいだな、と思いました。
2005.8.24