勘違い狂想曲

act.9


 素っ気無い涼介が嫌だった。
 だけど…。
 過干渉すぎる涼介も…これはこれで嫌かも知れない。
 ハァ、と溜息を吐けば、涼介は目を剥き怒りの眼差しを拓海に向ける。
「…ほぅ。隠し事をするのか?俺のことを好きだと言ったのは、あれは嘘か?」
 本気でウザいかも知れない。
 でも…。
 ハァ、とまた拓海は溜息を吐いた。
 それでも、好きだなぁと思うのだから仕方がない。
 たぶんだろうけど、今まで涼介も拓海と同じように色々我慢していたのだろう。
 素っ気無い態度の裏には、自分を構いたい衝動があったに違いない。
 今それを許され、抑圧されていた分だけ少々暴走気味になっているのだと…そう信じ込む。
「…別に入れ知恵って言うか…男のロマンだってみんな言うから、涼介さんも好きかなって思って…」
 東京へ行くと聞き、最後に彼に忘れられないような思い出を残したくて考えたのだと、そう説明したのだが涼介は納得しなかった。
「ああ。それは分かった。だが…俺の知る拓海なら、この時に使用するエプロンはこんな――」
 と、拓海のエプロンの裾を持ち上げる。
「わっ!」
 女ではないはずなのに、何故かそうされると裾を手で押さえてしまうのは何故だろう。
「こんないかにもツボを突いた、フリル付薄ピンクでシルク素材のエプロンは選ばないはずだ!!」
 自信満々に答えられ、確かにこれは自分では絶対に選ばないだろうなと思い、頷いてしまう。
「お前なら…そうだな。着るとしてもごく普通のエプロンか、または勘違いして割烹着だろう」
 当たっている。拓海はずっと普通の市販されているエプロンか、それとも高橋家がお金持ちだから古式ゆかしい割烹着の方が良いのか、ずっと悩んでいた。
 これまた、思わず頷いてしまう。
「よって、だ。このエプロンはお前が選んだものではない。そうだろう、拓海?」
 にっこり、微笑み断言され、拓海は素直に頷いた。
「はい。だってこれ、一万円ですよ?俺なら絶対に買わないです」
「…いち、まんえん…」
 その時、ピシリと走った涼介の額の青く浮き出た血管に、拓海は気付かなかった。
「一万円、ね…。とすると、お前の周囲の秋名の連中ではないな」
「高いですよねぇ、一万円」
「……まさか…金持ちの年寄り…?」
「涼介さんの好みを、よく知ってるからって任せたんですけど、まさかこんな高い物を買ってくるとは思わなかったですよ」
「…茨城の…パープルシャドウかっ?!」
「確かに…これ、涼介さんすげぇ好きみたいだったけど…」
 何やら、ブツブツ言い始めた涼介と、一人で恥ずかしそうに頬を染める拓海。
「だから結果的には良かったのかも知れないけど…」
 バン、とテーブルを叩き怒鳴る涼介。
「良いはずあるか!!」
 気付かず、のほほんと答える拓海。
「ちゃんと無駄遣いしないように言ったほうがいいですよ、啓介さんに」
 ――そして瞬間、沈黙が降りる。
「……え?」
「……は?」
 そこで、漸く二人は会話がかみ合わないことに気がついた。
「…啓介って……」
 乾いたはずの拓海の瞳が、またじんわりと潤んでくる。
「…良く…なかったんですか?」
 じゃあ、こんな格好までした俺ってバカみたいじゃ…。
 そう呟き、俯き鼻を啜る拓海に、涼介が焦りながら必死に首を横に振る。
「ち、違う!今のは…そう!勘違いだ!…よ、良くなかったのは、その…何だ。さっき二人でちゃんと一緒にイけなかっただろう?それでだ」
 必死の言い訳。
 だがそれで拓海は涙を止め、またぽぉっと頬を染めた。瞳の潤みはまた違うものへと変化する。
「……涼介さん…あの…じゃ、俺、良かった?」
 頑張ったのだ、拓海は。
 その頑張りが報われたのならとても嬉しい。
「ああ。とても良かったよ。その色っぽい姿も、お帰りなさいのキスも、もちろん料理もな。あと……」
 無我夢中でしかけた、秘め事の内容を耳元に注ぎ込むように囁かれる。
 耳に吐息とともに艶めいた内容を注がれ、一気に拓海の全身の肌が朱に染まる。
 一気に頭に血が上り、クラクラとしてくる。
 真っ直ぐに身体を支えることが出来ず、目の前の涼介の胸に縋るように倒れこんだ。
 彼の肩に額を当て、首筋の匂いを嗅ぐ。
 涼介の匂いと、自分の匂いが混じっている。それが何だかいやらしい。
「け、すけさんが…」
「うん?」
「涼介さんはこんな格好とか、シチュエーションに絶対に好きなはずだから、って言ったんです」
 そっと目線を上げ、涼介の表情を窺う。
 甘く、微笑み拓海を見つめる目と出会う。またカッと頬が赤くなる。
 ドキドキと心臓の鼓動がまた早鐘を打ち始める。
「好きだよ。いつもの拓海も、もちろん大好きだけどね」
 ふと、背中に感じる涼介の、少し冷たい指先。
 触れるか触れないかの、そんな微妙なタッチでラインをなぞるように指先が滑り落ちていく。
 その指先と合わせて、ゾクゾクと悪寒めいた感覚が拓海の背中を走り、そして下部へと集中する。
「で…も、お、俺…啓介、さんの、言いつけ…全部守れ、なく、て…」
「言いつけ?あれの他に何を言ったんだ、あいつは?」
 背中を滑っていた指が、その下のスリット部分にまで到達する。
 自分では見ることも、触れることも躊躇う箇所に涼介の指が形を確かめるようになぞり、そして手のひらで二つの丘を掴んだ。
 甘く、艶めいた声が自然と漏れる。
「あ、の……」
 指先が震えだす。ハァハァと呼吸は荒い息を紡ぎ始める。
 腕を伸ばし、彼の首に巻きつけた。
 ぎゅっと身体を寄せると、合わさった胸越しに、彼の鼓動もまた早くなっているのを感じた。
 キュン、と胸の突起が尖り、欲望もまた隆起し始める。
「あの、……涼介さん…」
「何?」
 涼介の呼吸も、また荒い。
 無意識に自分の唇を何度も舌で舐める。
 まるで獣のように。
「啓介さんは涼介さんがこれをされたら…たぶんイチコロだって」
「十分イチコロだけど?」
 クスクスとからかうような笑いに、拓海は唇を尖らせ首を振る。
「…もっと」
「もっと?」
「うん。だから…する」
 身体を倒し、涼介にしなだれかかる力を強める。
 ドサリと、涼介の身体ごとソファの上に倒れこむ。
 仰向けに寝転がる涼介の身体の上に、拓海がぴったりとのしかかっている。
 状態を起こし、拓海は涼介を見下ろし微笑んだ。

「押し倒して騎乗位」

 涼介の目が見開いた。
 パカリと開いたまま閉じることを忘れた口を、拓海は己のそれで塞いだ。
 舌を辛め、唾液を交わし、思う存分熱を分かち合った後に唇を離せば、互いの唇の間から飲みきれなかった粘液がツゥと伝った。
 その粘液を、舌で舐め取りながら涼介が笑った。
「……本当にイチコロだ」

 裸エプロン=幸せ

 そんな方程式が、拓海の中で出来上がった瞬間だった。







 チュンチュンと、雀の鳴き声がやけに頭に響く。
 昨晩からずっと、兄の親友でもある史裕とともに飲み明かした。
『今家でアニキを相手に藤原が裸エプロン大作戦してるからさぁ、帰れねぇんだって』
 そう言い、避難場所になってくれるよう頼むと、何故かいつも落ち着いた雰囲気のある男が慌てていた。
 まさか知らなかったはずもないだろうに。
 そう思い聞くと、本当に知らなかったらしい。
『…まずい。藤原に余計な事を言っちまった…』
 どうやら、拓海の「勘違い」と暴走の一端を担ったのは史裕らしい。
『大丈夫じゃねぇ?あの藤原が裸エプロンで迫るんだぜ。今頃アニキはメロメロで上手く纏まってんだろ?』
『それは心配してないんだが…涼介の報復がな…』
 そう言われ、やっと啓介もその心配に行き当たった。
『たとえ上手くいったとしても、あいつが…藤原に余計な不安を与えた俺を…許すと思うか?』
 答えは…否だ。
 隠していた頃でさえ、密かな独占欲をむき出しにしていたのだ。
 思いが通じ合った後は、それにさらに拍車がかかるだろう事は予想に難くない。
 そして、啓介もある問題点に気付く。
『…なぁ、史裕』
『何だ?』
『…藤原に入れ知恵して…色々やらせた俺って……ヤバいかな?』
 ハァ、と史裕は腹の底から生まれたような溜息を吐き出した。

『…ヤバいだろう』

 その後は二人で、延々と現実と迫り来る恐怖から逃れるため、酒に溺れた。
 酩酊し、最後は、
『ヤバくなったら藤原に助けて貰え!』
 を合言葉に二人で潰れた。
 そして現在は、朝。
 さすがにもう落ち着いただろうと帰宅した啓介は玄関の扉を開けて、それが間違いであったことを知る。
 扉を開けた瞬間に香る…何とも言えないフレーバー。
 言いたくは無いがイカ臭い。
 そして打ち消すように漂う味噌汁の匂い。
 それに誘われ、また怖いもの見たさと言う人間の、不可思議かつ相反する情緒機能による衝動に駆られ、フラフラと啓介はリビングへと近寄って行った。
「もう、涼介さん、邪魔しないで下さい!」
 叱りながらも、どこか甘い空気を漂わせる声。
「いいじゃないか。ずっとくっついていたいんだよ」
 これがあの兄の声か…と、耳を疑いたくなるような甘い声。
 ゾワリと、武者震いのような感覚が全身に走る。
「ダメですって、もう…ご飯作れないじゃないですか」
「そう?それは困るな…。じゃ、これならどうだ?」
 その声に誘われ、チラリと扉の隙間から覗き見た光景。
 それは…。
 お玉を持つ拓海の前にしゃがみ込む涼介の姿。
 まるで股間に顔を埋めるように寄せ、その両の腕はしっかりとまろやかな剥き出しの臀部を掴み、覆っている。
 時おり、指がグニグニと動いている様が卑猥だ。
「…これなら…って、ダメだって、そんなとこ…」
 怒り、拒みながらもどこか嬉しそうな拓海。
 啓介は、結論だけを見ることにした。

 …そうか。上手くいったんだな、と。

 他の些事は気にするだけ無駄だろう。
 報復は、どれだけ逃げ回ろうとも必ず果たされる。
 21年間の経験で、啓介はそれを良く知っている。
 たとえ、現在拓海が着用しているエプロンが、同じフリル付で同じ色のエプロンではあっても、自分が購入し拓海に渡したものとは違うものであることに気付いたとしても…気にしてはいけないのだ。

 …そう。

 たとえ、通りかかった二階の兄の自室に、真っ白い毛並みに、ピンク色の肌地の猫耳を見つけたのだとしても。

「…アニキ…ハマったな…」
 フッ、と啓介は遠い彼方を見た。
 萌え、とは不思議なものだと。
 唆した当人でありながら、啓介は苦い笑みを浮かべた。
「……予想以上だぜ…」
 階下からは、甘い空気が漂っている。
 それを感じ取り、啓介は無言のまま、また玄関へと舞い戻り、その扉をゆっくりと……。

 …閉めた。


2007.3.7 オマケあります。がっつりR18…。下のENDからどうぞ。

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