勘違い狂想曲
act.2
それが「男の夢だ!」と断言したのは拓海の親友のイツキで、おまけに池谷や健二などの諸先輩のみならず、かつてのバイト先の店長まで照れながら賛同したという「夢」。
そして念のため、経験豊富そうな啓介にも聞いてみた。
「…ハァ?裸エプロン??」
深夜のファミレスで大きな声で叫ばれて、ほんの少し恥ずかしかったが、無言で拓海は頷いた。
「何でいきなりそんな事…」
答える啓介も、ほんのり顔を赤くし小声で問い返した。
「…や、男の夢だって聞いたから、されたら本当に嬉しいのかなって思って…」
「…まぁ、ぶっちゃけ…嬉しいっつーか…かなり萌えるっつーか…」
やはり啓介も嬉しいらしい。コクンと、拓海は納得し頷いた。
「そうですか」
神妙な顔で頷いた拓海に、啓介はニヤリと笑った。
「…何?お前、すんの?裸エプロン」
「は?」
聞いただけで、どうしてそんな発想になるのか?
「…俺、男っすよ」
「ああ。だけど似合うだろ、お前」
…嬉しくはない。思わず不快そうな表情になるが、よく考えれば仕掛ける側としては褒め言葉なのだから、安心しても良いということだろうか?
一転、複雑な表情になった拓海を、面白そうに啓介が見ている。
「ま、頑張れよ。やっぱ男としてはさぁ、玄関入ったらエプロンの若妻風のエロいのに、『お帰りなさい、ダーリン』なんて言われて、ネクタイやジャケットとか脱がされながらさ、『お風呂にする?ご飯にする?それとも……アタシ?』なんて言われて、そのままキッチンでなだれ込むっつーのは夢だよなぁ」
…夢なのか。
「…そうですか」
「ああ。だから頑張れよ」
「…はぁ」
「アニキは明日は早く戻れるっつてたし、家を空けといてやるよ」
「…はぁ。ありがとうござ……え?」
ちょっと待て?
今、重要なことを聞いたような…。
真っ青な顔で、口をパクパクさせながら啓介を見れば、彼はニヤリと露悪的な表情で微笑んだ。
「アニキと付き合ってんだろ?隠しても無駄だって。アニキ見てれば一目瞭然だしな」
瞬間、思ったのは「どうしよう?」と言う感情。
涼介が誰にも言わず、拓海との仲を隠しているのは偏に社会的な問題がある。
昔よりも認められてきているとは言え、同性との仲は偏見の対象だ。
それを恥だと思っているからこそ、拓海は涼介がずっと黙っていたのだと思っている。
なのに…バレた?
真っ青な顔で、涙目になる拓海に、だが啓介が慌てた。
「お、おい、別に責めてるわけじゃねぇし!」
「だって…涼介さん、隠してたのに……」
小刻みに震え始めた拓海に、ますます啓介の焦りは激しくなる。
「はぁ?隠してたって…結構露骨だったろうが。あ〜んな可愛くて堪んねぇって目で見てるし、俺がお前と二人でいようもんなら、あからさまに威嚇してくるしさ。恋したらみんなバカにはなるけど、アニキにだけは当てはまらねぇと思ってたのに、アニキも人間だったんだなって感心してたんだぜ?」
「…慰めはいいです」
「慰めじゃねぇって!」
怒鳴り、テーブルを叩きながら立ち上がった啓介に、店内中の視線が一気に集まる。
それに気付き、すぐに気まずそうに啓介は座りなおし、びっくりした顔をしている拓海に顔を寄せ、囁いた。
「…いいか。別に俺はお前がアニキと付き合ってても気にしねぇし、心配することはねぇよ。だからそんな不安そうにすんなよ」
勢いに押され、拓海はコクリと頷いた。
それに安心し、ホッと表情を緩めた啓介は、やはり兄弟だからだろうか、涼介に似た顔で微笑んだ。
「…ったく。何でそんな不安そうかな。アニキは何してるんだか…」
苦笑しながら、拓海の髪を乱暴にグシャグシャと掻き混ぜる。
「…涼介さん…俺のことなんて好きじゃねぇし…」
ハァ、と啓介は大きな溜息を吐いた。
「これだろ?本当にアニキは何やってんだか…」
言っても良いんだろうか?今までの不安。そして悲しみ。
「あの、啓介さん」
「何だ?」
もしも自分に兄がいたなら。
きっとこんな感じなのだろうか?
「愚痴…言っても良いですか?」
ニンマリと、涼介がしない表情で、啓介が笑う。
「ああ。いいぜ」
だが、どこか涼介に似たところもある、人の悪い笑みだった。
「何でも言えばいいし聞いてもいいぜ。アニキをメロメロにさせる方法とかな。この俺がしっかりレクチャーしてやるからよ」
けれど、拓海には誰より頼もしい笑みだった。
「はい」
拓海は頷き、頭を下げた。
「お願いします、啓介さん」
だから拓海は、ニンマリと笑った啓介の顔を見なかった。
もしも見ていたなら頼まなかっただろう。
…たぶん。
2007.2.22