勘違い狂想曲
act.8(※R18)
※大人表現有。18歳未満の閲覧禁止※
気まずいことこの上ない。
とりあえず拓海の内から出て、未だ放つことなく膨らんだままの拓海の欲望に気付き、手で解放をしようとすると拒まれた。
「……いいです。自分でします」
「……あ、ああ」
断られ、強く出れない。
本当は口でしたかったのに…とも言えない。
先にイってしまった罪悪感から、拓海の言いなりにソファの上で正座しながらただ見守るだけ。
目の前で拓海が、自身の欲を右手で擦り刺激を与えている。
頬を染め、前屈みの姿勢で自慰を繰り広げる姿。それはそれで…とても素晴らしい光景なのである…が、今はそれに欲情している場合ではない。
心のメモリーに焼付け、一人手慰み用の思い出にしておく。
「…ん、ぁ…」
ぶるり、と痙攣し拓海の手の中からパタパタと欲望が吐き出される。
無言で、涼介は拓海にティッシュを手渡した。
ほんのり、上気した頬で、余韻を残す潤んだ瞳の拓海。
「……どうも」
気まずそうに涼介からティッシュを受け取り、事務的に拭き取っていく。
だがその手がピタリと止まり、真っ赤な顔でチラチラと涼介を窺う。どうしたのだろう?と尚を見つめていると、覚悟したのか拓海が…。
パカリとそのすんなりと伸びた足を開き、いわゆるM字開脚の状態で奥の狭間に手を伸ばす。
思わず、凝視してしまうその魅惑のゾーン。
そこは、さっきまで涼介の傍若無人な肉欲が割り広げていた。そのゾーンからも、とろりと流れ落ちる欲望。
……俺の…かっ!!!
グワンと、頭の中で煩悩がアクセル全開。
全身がまるで海綿体になったかのような衝動を覚える…が、我慢。
恥じらい、少し震えながら涼介の残した残滓を拭き取る拓海。
ゴクリと生唾を飲み込みながら心のメモリーはハイビジョン高画質。ぐっと、腹に力を込めて衝動を押さえ込む。
ゴホゴホとわざとらしく咳を繰り返し、身づくろいを整えた拓海に向き合う。
視線はお互い合わせられない。
どこか、気まずい空気が流れるが、ここは話し合わなければならないところだ。
「その…拓海」
「………はい」
居住まいを正した拓海が、涼介と同じくソファで正座になり向かい会う。
「あの、な…どうして、その…俺が嘘を吐いているって思うんだ?」
「だって…嘘吐いてるからです」
ぷい、とまた拗ねてそっぽを向く。
…可愛い。本当に可愛い。拗ねても殺人的に可愛いなんて、もう詐欺ではないだろうか?
「俺は…嘘なんて吐いてないぞ」
「…ふん。どうだか」
鼻で笑われる。これは少し可愛くない。
「俺は拓海が好きだ」
そう真剣な思いを込めて言うと、拓海の剥きだしの肩がビクリと震えた。
そっぽを向く、唇が戦慄いている。
「…嘘ばっかり」
「嘘じゃない。本当だ」
彼の誤解を解きたい。いや、それより先に…。
ゴホンともう一度涼介は咳払いをし、拓海に真剣な眼差しを向けた。
「それより…聞きたいことがあるんだ」
「…何ですか?」
不安そうな瞳が、窺うように涼介を見つめる。
以前の彼と、同じ眼差し。
胸がざわめく。
「あの、な…」
「…はい」
まるで注射を待つ子供のような拓海と、思い詰めた涼介。
そんな彼の口から出た言葉は、
「…これは…現実か?」
「………は?」
「これは…紛れも無く現実、なんだよな」
「…へ?」
「俺の…妄想、とかじゃないんだ、よな?」
「…何言ってるんですか、涼介さん?」
頭がおかしくなった?と拓海に顔の前で手を振られる。
涼介はその手を掴み、頬を寄せた。暖かい。そしてこの荒れた指の感触。
女のように整っていない指先。擦り傷も多く、左手なんて拳が砕けてボルトが埋め込まれているのも知っている。
「拓海、だよな、現実の…」
「…はぁ。そう思いますけど」
捕まれた手を、居心地悪そうに引き抜こうとするが、涼介がそれを許さない。
「あの、涼介さん、手ェ離して…」
「嫌だ」
頬に寄せていた手をずらし、唇へと移動する。何度も、ついばむようにキスをし、指先に舌を絡める。
「ちょ…涼介さん!怒りますよ!」
怒り、目元を真っ赤に染めて睨む。
そんな顔が、ずっと見たかったのだ涼介は。
にっこりと微笑むと、気おされたように拓海の怒りが引いていく。
「どうした?怒れよ。もっと、俺に感情をぶつけろ」
「…涼介さん?」
「怒ってもいいし、怒鳴っても、殴ってもいいぜ」
だから、と拓海の手を大切なものを扱うように、握り締める。
「俺の前では感情を押し殺すな。どうして良いか分からなくて…不安で仕方がない」
額に押し当て、祈るように告げる。
「…え?」
「何も知らないお前を騙すように手に入れた。痛がって泣いてるのに、聞いてやれなくて無理をして、あげく失神までさせて…。なのに俺は手を離してやれないんだ。お前が泣こうが喚こうが、俺にはお前を手放せない」
「…だったら……」
強い力で手が奪われる。
眼前には強い眼差しで自分を睨む拓海。
可愛い彼も好きだが、こんな強さを見せる彼に、たまらなく惹かれる。綺麗だと、心の底から思う。
「だったら、何で東京なんか行くんだよ!」
強い意志で叫ばれた言葉に、目を見張る。
思ったのは、「何故それを?」と言う感情で、露骨にそれが表情に出た。
「どうせ俺を置いていく癖に…どうしてそんな期待させるような事を言うんだよ…」
ボロボロと泣き、また責めるように涼介の胸を叩く。
涼介は頼りなく震える白い肩に手を伸ばす。
抱きしめ、胸の中に閉じ込め離さない。
彼の、勘違いの理由を知る。
そして、不安を与えた自分を責める。
「…拓海。俺が好き?」
今まで、怖くて聞けなかった言葉。
もっと早くに聞けば良かった。
「……きらい」
胸の中で小さく返される言葉。それに苦笑が漏れる。
「困ったな。俺は拓海のことが大好きなんだが」
もっと早くに、いや最初から彼にそう告げておけば良かったのだ。
「…また嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ。…嘘じゃない」
細いわけではないのに、頼りなさを感じる肩。その肩を抱く腕に力を込める。
「俺は…拓海が好きなんだ」
壊れたレコードのように、何度も何度も、同じ言葉を繰り返した。
それ以外伝える言葉を、涼介は持っていなかった。
力強い腕に抱きこまれ、拓海は早鐘を打つ涼介の心臓の鼓動を聞いている。
彼が、緊張しているのはその音の早さで窺える。
「俺は最初から、拓海が好きで欲しくて、仕方がなかった。お前の意思を無視しても良いと思うほどに」
信じたわけじゃない。
ただ、信じたいと思う。
「…無視、って」
「最初は強姦みたいなモンだったろ?」
そう言われ、最初の時を振り返っても首をかしげるしか出来ない。
「…そんな事なかったと思うけど」
ハァ、と涼介が溜息を吐き、さらに拓海の身体を膝の上に乗せ抱え込む。
「そんな事あっただろうが。俺を好きなんだろうって暗示をかけて、酒に酔っ払ってるお前が抵抗できないのを良いことに失神するまで突っ込んで揺さぶった。最低だろ?」
そうだったろうか?
あの時の拓海は、確かに痛かったが、どこかフワフワして、とても満たされた気持ちでいっぱいだった。
眠ってしまったのは、単純に日ごろの規則正しい生活のためだ。疲れたら眠くなるのは当然。それを涼介が苦に思うことはない。
そう考えた瞬間、ふとある考えが生まれた。
「…もしかして」
「何?」
「…涼介さん、あの時のこと…気にしてたり、します?」
答えは、聞くまでもなく彼の苦々しい表情が教えてくれた。
「無理を…させてる自覚はあったんだよ。お前は、俺に逆らえなくて流されてるだけだろうか、とか。そう思うと怖くてお前に好きだと告げることすら出来なかった。…また丸め込むようでな」
怖い。涼介も怖いのだ。
ふわふわとした幸福感。あの最初の時に感じたあの気持ちが蘇る。
…なんだ。
そう思う。同じところで二人でグルグルしていたのだ、きっと。
「俺は丸め込まれたりしないですよ。頑固だし」
そう告げると、涼介は拓海の頭上から溜息を零す。
「それはそうだが…お前、恋愛方面に疎いせいか、人の話とかを鵜呑みにするところがあるだろう?」
…そうだっけ?
「そんな事…ないと思いますけど…」
また涼介がハァ、と深い溜息を吐く。
「自覚が無いから厄介なんだ。
『コンドームしないんですか?避妊はちゃんとしないとダメなんですよ』
なんて言われた時は、本当にどうしようかと思ったぜ」
保健教育から始めなければいけないのかと思って。
そう続け、苦笑する彼にかつての自分の発言を思い出す。
言われて改めて、自分のマヌケさに気がついた。
あの時は、全然おかしいとは思いもしなかったのだ。
「あ、あれは…その…」
「まだある」
…まだあったっけ?
「お前、俺とするようになって三回目かな。どこかで『マグロの女は嫌われる』とか情報を貰ってきただろう?」
…どうして知ってるんだろう?
会社の飲み会で、先輩上司たちがそう言っているのを聞いて拓海はかなり焦ったのだ。
何しろ、涼介の前では拓海はまさに一番嫌われるというマグロだったのだから。
「いきなり俺の服を脱がしてこようとしたり、腰を自分で動かそうとしたりしたんだが…どうもタイミングが外れてて一生懸命だって言うのが分かったからな。これはどこかで聞いてきたんだろうと思ったよ」
だが、そんなお前も可愛くてたまらなかったけどな。
なんて、あの頃には淡々としていた癖に、そんな事を一年近く経った今言うのは卑怯だ。
「言い忘れていたが、ああ言うのはだんだん慣れてきて出来るようになる事だ。無理しないで有りのままの拓海を見せてくれるのが一番嬉しいんだ」
「そんな事…いまさら言われても…」
もう、涼介とのセックスに慣れてしまった今では無意味な事だ。
そう拗ねながら答えると。涼介もハタと気付いたらしく、苦笑しながら「そうだな」と笑った。
「俺は、いつも大事な事を告げるのが遅すぎるんだな」
後悔しているように聞こえて、何だか居たたまれなくてその胸に顔を埋める。グリグリと頭を擦り付けると、涼介の手が拓海の髪を撫でてくれた。
「東京行きの事もだ。そう言う話はあるにはある。そして正直、迷っていた。お前に付け込んでいる罪悪感が拭えなくて、このままお前の元を去った方が良いのかと」
思いがけない言葉に、拓海は顔を上げ無言のまま首を横に振る。声が出なかった。目尻に消えたはずの涙がまた浮かぶ。
そんな拓海に、また涼介は髪の毛を優しく撫でてくれる。慈愛に満ちた眼差しと、どこか苦さを消せない笑みを浮かべて。
「あの話は断るよ。ずっと、お前の傍にいる。たとえ拓海が、もう嫌だと言っても」
…良かった。
安心して、拓海はまたポスンと胸に顔を埋める。頬に感じる素肌の感触が気持ちいい。
「…嫌いって言ったの」
「何?」
もっと撫でて欲しい。何だか小さな子供になったようだ。甘えるのが心地好い。
「…嘘、です。本当は嫌いじゃないです」
クスクスと上から笑い声が降ってくる。
「知ってる」
何だ。バレているんだ。つまらない。
「じゃあ、俺が涼介さんのこと、大好きだってこと…知ってます?」
悔しくて、唇を尖らせ見上げれば、彼はとても嬉しそうな表情で微笑んでいた。
「それは知らなかったな。とても嬉しいよ」
…嘘ばっかり。
涼介が尖らせた拓海の唇に、悪戯っぽい触れるだけのキスをする。
「鈍い俺は、またすぐに拓海の気持ちを見誤ってしまうかも知れない。だから、毎日言ってくれないか?
俺が…好きだって」
そうかも知れない。
二人には言葉が足りなさ過ぎた。
だから拓海は頷いた。
ただし、条件を付けて。
「その代わり毎日涼介さんも言うんですよ。俺のこと…その…」
「好きだって?それとも…愛してるの方がいいか?」
ニヤリと微笑まれ、頬が熱を持ったように熱い。
どうして涼介は、こんな意地悪そうな顔まで格好良いのか?
「…どっちでもいいです」
きっと、拓海が照れて拗ねていることなど丸分かりだ。クスクスと、頭の上から涼介の笑い声がずっと降ってきている。
「約束するよ、拓海。愛してる」
バクバクと、心臓が激しい鼓動を刻み始める。
どうしよう。死にそうだ。
「…なぁ、拓海。聞かせてくれないか?」
何を?と一瞬思い、直ぐに気づく。涼介も拓海に愛の言葉を求めているんだろうと。
顔を真っ赤に染めて、どうしようと言い淀み焦る拓海だったが、けれど涼介の求める言葉はそれではなかった。
「それで?」
「え?」
「…その裸エプロンはいったい誰の入れ知恵だ?」
ほんの少しだけ。
涼介に「好きだ」と告白してしまったのを拓海は後悔した。
口は笑っているのに、目は嫉妬で燃えている。
ほんの少しだけ。ほんの、本当に少しだけ。
拓海は、
『涼介さんってウザいんだな』
と、ちょっと思った。
2007.3.7