元気ですか?

act.10




 おとぎ話のように、想いが通じ合う、そして幸せに暮らしました…、と。
 もちろん現実はそうすんなりいかない。
 そのまま藤原家に居座ろうとする俺を、兄は首根っこをひっつかんで高崎の実家に引き戻した。
「藤原さんへの挨拶を済ませたなら、次はうちの親だろうが」
 ふわふわと、どこか夢見がちな俺に、兄はいつも現実を見せてくれる。
 名残を惜しみながらも、実家に帰った俺を待っていたのは、兄からもう事情を聞いていたのだろう。難しい顔をした両親だった。
 気持ちは分からないでもない。
 いきなり、俺が結婚する、そして子供がもういる、息子は今年数えで五歳だと、聞かされたなら、俺なら呆れるか激怒するだろう。
 両親の反応は、俺の予想通りのものだった。
 呆れ、激怒し、そして戸惑った。
 そんな両親に、俺は頭を下げた。
 認めてもらうなら、何でもするつもりだった。
 藤原と、そして俺たちの息子のためなら、どんな事でも平気だった。
 結局、渋々ではあるが、両親は結婚を認め、後日藤原と啓太を連れ挨拶を交わした。
 これまた予想していた事だが、両親は藤原を気に入った。
 血筋なのだろう。
 兄も、藤原を昔から妹のように可愛がっていたが、両親も新しく出来た娘が可愛くて仕方ない様子だった。
 純真で真面目で、そして謙虚。だけど大人しいわけではない。
 自分たちに無い、そして自分たちより強い魂には無条件に惹かれてしまうのだろう。俺のように。
 最初は躓いたが、順調に俺たちの仲は認められていった。
 だから、結婚式をあげようと言い出したのは、藤原でも、俺でもなく、俺の親たちだった。
 今さら、と藤原は嫌がったが、俺は親の意見に同調した。
 藤原のドレス姿を、純粋に見たかったのだ。
 俺には反発するが、俺の親には強気に出られない藤原は、結局式を挙げることに同意した。
 渋々ではあったが、だんだん照れくさそうに笑う姿が増えていった。
 そして式当日。
 俺は似合わない真っ白のタキシードなんて着て、鏡の前で出番を待っている。
 隣の控え室では藤原がいるはずだ。
 俺はまだ藤原のドレス姿を見ていない。
 俺の両親も、兄まで、ドレス選びの時に見ていると言うのに、俺だけ見ていない。
『それが啓太が与えたお前への罰だよ』
 兄が楽しそうに教えてくれた。
 当日まで、俺には絶対に見せてやらない。そう啓太が言ったそうだ。
『そうしたら、オッサン、母ちゃんに惚れ直してメロメロになるかもしんねぇだろ?』
 小出しに見るより、楽しみを取っておいた方がインパクトは大きいという理屈だろうか。
 子供なりの浅知恵だが、その根底は五年の父親の不在と言う傷が隠れている。
 そんな事をしなくてもメロメロだっつーの。
 そう答えても、不安が消えなさそうな息子の顔に、俺は了承せずにいられなかった。
 コンコン、とノックの音が響き、どうぞと返すと、扉の向こうから兄が現れた。
 黒のフォーマル。ふ、と俺は笑った。
「お前、白が似合わないな」
 白を好んでいた兄が言う。
「アニキは黒が似合わねぇよ」
 兄の腰の辺りから小さな黒い頭が覗く。
 啓太だ。
 小さいながらも子供用のスーツに身を包んだ姿は、ミニチュア版の兄みたいだ。
「…こう言うの、何て言うんだっけ?えーと、…マゴニモイショウ??」
 生意気な息子が、生意気な口を叩く。
 俺は兄の後ろに隠れる啓太を引っ張り出し腕で抱え、整えられた髪をくしゃくしゃにした。
「やめろよ、オッサン!」
 啓太は俺を『お父さん』ではなく、『オッサン』と呼ぶ。
 呼ぼうと努力しているのは分かる。
 けれど、失われた月日は戻すことは出来ない。
 呼べなくしてしまった時間を五年も作ってしまったのだ。取り戻すには同じ時間が必要だろう。
「さっき藤原には会ってきた」
 俺たちのじゃれあいを、嬉しそうに見ている兄が言う。
「きれいだったぞ」
 反射的に眉を顰めるが、悔しくは無い。
 後で俺も思う存分堪能するからだ。
 ただ、先を越されたことへの悔しさは無いわけでもない。
「うん。母ちゃんじゃないみたいだった!」
 俺の腕の中の息子が眩しいものを見たときの顔で言う。
 …前言撤回。
 悔しいかも知れない。
「いいんだよ、俺は!最後に独り占めできるんだから」
 そう強がりを言う俺に、兄と息子が同じ表情をする。
 かつて兄の元で何度も見てきた、余裕たっぷりの上から目線の薄ら笑いだ。
 されている人間を兄の側から何度も見てきたが、される方に回ると、あの兄を目の敵にしていた日光の男の気持ちが良く分かる。
 ムカつきながらも、ヘコむのだ。
「だが、まぁ…お前、今日はイイ顔してるよ」
 ヘコみ、項垂れる俺に、兄がぼそりとそう声をかけた。
「前は手負いの獣みたいな顔をしてたからな」
 ぽんぽん、と。子供にするように頭を軽く叩かれた。
 ちらりと顔を上げ、兄を窺う。小さな子供を見ているみたいな目をしている。
 兄の前では、いつまでも俺は頼りない弟のままなのだろう。
 兄が、いつまでも頼りがいのある兄であるように。
「今の俺はどんな顔してるんだよ?」
 ふ、と兄が笑う。
 嬉しそうに。
「満腹のくせに駄々をこねている獣の顔だ」
 俺はきっと兄にはいつまでも適わないのだろう。
 そして俺は、藤原にはいつまでも張り合ってしまうのだろう。
 いつまでもあいつは俺の横を歩いて行くから。
 抜かれないように、置いていかれないよう、ずっと横を歩き続ける。
 コンコン、とノックの音がして、式場のスタッフが俺を呼びに来る。
 もう式の時間が迫っていた。
 立ち上がる俺の背中を、兄がポンと叩いた。
「がんばれよ」
 その言葉は、式だけのものではない。
 これからあいつに負けないように、歩き続ける俺に向けての励ましの言葉だ。
「がんばれよ」
 言葉の意味も分からず、啓太が兄の真似をする。
 こいつはどう育っていくのか?
 可能な限り、藤原と二人でずっとその成長を見守っていきたい。
 そして出来るなら、もう少し兄の影響は控えめな方が精神的には望ましい。
 拳を突き出し、啓太の前に差し出す。
 すると啓太も、同じように拳を突き出し、俺の拳に軽く合わせた。
「がんばってくる」
 これは俺が教えた仕草。
 俺に似ていると言われる顔だけれど、微笑み方だけはあいつに似ている。
 その笑顔を見ていると、あいつに会いたくて仕方がなくなった。
 スタッフに連れられ、式の開始を待ちながら、藤原を想った。
 長い、不器用で、まわり道した時間だった。
 けれど、それら全て無駄だったとは思わない。
 こんなに純粋に、こんなにもあいつを思えるようになったのは、まわり道があたからだ。
 式が始まる。
 俺たちの式は人前式だった。
 皆の前で、宣言をする式が俺たちにはふさわしいと思ったのだ。
 先に藤原が入場し、俺が後で追いかける。
 花束を抱えた俺が、あいつの前に跪き、愛を請うように花束を渡すのだ。
『…何か、すっげ恥ずかしいシチュエーションですね』
 式の予行の時、顰め面を作り、ふてくされていた風に見せていた藤原だが、俺に請われるシチュエーションが好きなことを実は知っている。
 俺に愛されている自信の無い藤原は、ガムシャラに想われることで安心するのだろう。時々今でも不安そうな顔をする。
 それを消すのが、これからの俺の仕事だ。
 目の前で扉が開き、真っ赤な絨毯の道が見える。
 見慣れた顔の列席者の間を抜け、道の先に真っ白いドレスに身を包んだ藤原の姿が見えた。
 こちらを見ている。
 その姿は俺が見た、どんな女よりもキレイで、そして……。
 吸い寄せられるようにあいつの元へと歩く。
 目線が藤原から離すことが出来ない。
 目の前に立ったとき、自然と俺の膝はあいつの前で折られた。
 そして花束を渡す。
 淡い花束と同じ色をした唇が、戦慄きながら小さく俺の名を呼んだ。
「啓介さん…」
 そんな潤んだ目で俺を見るなよ。
 兄は、俺を満腹なくせに拗ねてる獣と評したが、満腹だと思っていても、こいつの前に出ると、いつも飢餓感に襲われる。
 衆人環視の前でも、そのドレスを剥いで、その白い身体を貪りたいと思ってしまうほどに。
 そんな、俺に見惚れているのが丸分かりの顔をするな。
 見惚れているのは俺だ。
 お前に触れたくて仕方なくて、馬鹿みたいに焦れている。
 俺が差し出す花束を、あいつがそっと受け取った。
 ほんのり微笑み、胸にかき抱く。
 そして藤原が差し出した手を取り、俺は立ち上がった。
 そして宣言をする。
「俺は」
 握られた手に力を込める。
「拓海を永遠に愛すると誓います」
 式の手順では、もう少し畏まった言い方をレクチャーされたようだが、まぁいいか。
 俺の言葉で宣言したかった。
 ぽぉっと、藤原の頬が染まり、照れくさそうにあいつが頷いた。
 恥ずかしがりやな藤原のため、それだけで誓いの言葉は省略されるはずだった。
 それなのに。
 司会に促され広がる拍手の中、小さな声であいつが呟いた。
「……俺も…啓介さんを愛してます」
 バカ。
 本当は式の中では、それをする手順は無かったのに。
 どうしても我慢できなくなる。
 俺は藤原の身体を抱きしめ、キスをした。
 わっ、と拍手の音が強まる。
 ちらりと一際大きな拍手の方へ目をやると、兄が苦笑を浮かべたまま大きく手を叩いていた。
 その口が、声を立てずに、
『馬鹿』
 と動いた。
 俺に言われた言葉だろうか?
 それとも藤原?
 いや、きっと両方だ。
 俺は視線を藤原に戻し、またキスに没頭した。
 そしてこのキスは、藤原の、
「しつこい!」
 と言う怒鳴り声と、新郎へのパンチと言う、式場にとっては前代未聞な形で終わりを告げた。
 俺たちらしい始まりじゃねぇかと、痛む頬を押さえながら俺は心の底から笑った。






お元気ですか お元気ですか 未来の俺 未来の君は

生ぬるい空が Tシャツを湿らせる
ゆっくりと歩くことしか できない昼下がり

道ゆく人達を 横目でちらりと覗く
安っぽい歩き方 空見あげて大あくび さぁ何をしよう

石畳の上 ひんやりと影が差す
とんぼが群れながら 夢の終わりへ急ぐ

誰かに会おう 気持ちは十分あるのに
どうしたもんだ あいさつの仕方も忘れた さぁ何をしよう

よく晴れわたった 真夏の午後の風は
僕達2人を遠くへ ひき離してしまったよ
これから一体僕は どこへいけばいいんだ
彼女はこの先 どこへ いっちゃうんだろう

お元気ですか お元気ですか 未来の俺 未来の君は
ほがらかですか すこやかですか 未来の風 未来の日々は

真白な雲が ゆっくりと押さえてく
あかね色の季節が すぐそこまで来てるよ

どうやら少し うとうとしていたらしい
よだれをぬぐって お尻をはたいたらいこうか さぁ何をしよう

よく晴れわたった 真夏の午後の月は
まるで君の横顔みたいに とても優しいので
僕はたぶん君よりも 時間がかかりそうさ
この寂しさが思い出になったら もっと君に手紙を書くよ

お元気ですか お元気ですか 未来の俺 未来の君は
ほがらかですか すこやかですか 未来の風 未来の日々は
笑ってますか 夢見てますか 未来の俺 未来の君は
のびのびですか のりのりですか 未来の風 未来の日々は

お元気ですか お元気ですか 未来の俺 未来の君は
お元気ですか お元気ですか 元気でいてくれますように


song by フラワーカンパニーズ「元気ですか」


END
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