元気ですか?
act.3
藤原を抱いた回数を覚えている。
三回だ。
一回目は強姦だった。
二回目は、強姦と言うより…和姦だ。
無言のまま、あいつを車に押し込め、安っぽいラブホテルに向かっても、あいつは抵抗も、文句の一つすら無かった。
まるで出先に通り雨に降られ、諦めたように濡れたまま帰る人のように、俺と言う雨に打たれるままに任せた。
冷たく、無反応な体。
痛みだけは感じるのだろう。堪えるように顔を顰めていた。
空しい行為だ。
だが、俺はこれ以上ないほどに興奮していた。
あいつの肌は冷たいのに、内側はとても熱かった。
狭く、圧迫する温かい肉の感触。
それに身を埋めている時だけ、俺は安心できた。
何度も、あいつの内側を攻め立て、そして俺の細胞を中にぶちまける。
そうすれば、あいつが俺を受け入れてくれるのではないかと、俺のことを少しは好きになってくれるのはないかと。
そう、勘違いしていたのだ。
そして三回目。
あれは冬だった。
Dでの成果を評価され、俺には何件かのプロチームからの誘いがあった。
その中に、兼ねて目星を付けていたチームのものがあった。
そこと仮契約を済ませ、春から正式にプロとして参加することが決まり、俺は多少浮かれていた。
あいつの方にも、同じように誘いがあったと聞いた。
きっとあいつも、舞台は違えど同じプロとして活動するのだろうと、何の疑いもなくそう思っていた。
だが人伝てに、あいつは誘いの全てを断ったのだと聞き、俺は激怒した。
裏切られたような気持ちになったのだ。
そんな資格も無いのに。
だから三回目は、強姦でも、和姦でも無い。ただの暴力だ。
「何でだよ?!」
と、あいつを攻め、肉の内側を性器で犯した。その時、初めてあいつは抵抗した。
「止めて下さい!」
頬を殴られ、足を蹴られた。
しかし俺は止めなかった。
学生時代の無茶の影響で、殴られるのには慣れている。
怯まない俺に、藤原は諦めたように体の力を抜き、そして静かに涙を流した。
「……あんたは勝手だ」
詰るあいつを、俺は鼻で笑った。
今さらだ。
「…なら、お前は鈍感だ」
俺は知らなかった。
あの時、藤原が抵抗した理由。
一週間後、俺は兄に呼び出され、そして初めて兄に殴られた。
兄が、見た目とは違い腕っ節が立つことを知っている。
けれど、俺がどんなに反抗的であっても、兄は暴力で以って俺を従えることは無かった。
全て、言葉や、無言の態度によって俺に教えてきた。
その兄が俺を殴った。
「馬鹿が」
兄は本気で俺に怒っていた。
なぜ?と問うことは、すぐに続いた兄の言葉により出来なかった。
「藤原は妊娠している」
一瞬、頭が真っ白になった。
兄は何を言っているのだろうか?
遅ればせながら、その意味を理解し始めた時、続いて衝撃が訪れた。
「本人は既に自覚していたらしい。相談を受け俺が病院を紹介した」
ザァ、と血の気が引き、ガタガタと体が震え始めた。
「……俺に殴られた理由が分かったか?」
兄の声は静かだった。
俺は何の言葉も出せなかった。
ただ、黙って頷いた。
「二ヶ月だ。覚えがあるだろう」
また頷いた。
ぽとりと、俺の目から涙の粒が落ちた。
馬鹿な俺は、その時になって漸く理解したのだ。
俺が藤原にしたこと。
それが何なのかと言うことを。
「藤原は、堕胎するつもりでいるらしい。費用と同意書に関しては俺が手配しておく」
俺は咄嗟に顔を上げた。
きっと訴えるような表情をしていたのだろう。
兄が鼻で笑った。
「何だ?堕ろさず産めとでも言うのか?レイプされて出来た子供を?」
何も言えなかった。
何も出来なかった。
「お前、藤原がプロにならなかった事を詰ったらしいな。
しかし、その原因はお前にある。お前が藤原の身体を傷めつけ、夢を潰したんだ。
お前のせいで、藤原はプロになれないんだ」
藤原に会いたかった。
会って、あいつにしがみつき、謝罪したかった。
ゴメンと、ただ、お前が好きだったんだと、傷つけるつもりは無かったのだと。
夢を潰して、ゴメンと。
謝りたかった。
けれど。
「もう藤原の前に姿を見せるな。お前は、藤原の人生を滅茶苦茶にしたんだ」
もう合わせる顔が無かった。
俺の存在は、藤原にとって災厄なのだと、思い知らされた。
俺がそれを聞かされた翌日、兄に紹介された病院で藤原は堕胎手術を行った。
付き添った兄は、藤原の様子を俺に教えてくれた。
藤原は怒っても、絶望もしていなかったらしい。
ただ、……とても疲れて見えたと、そう兄は俺に伝えた。
そして兄は俺に言った。
「もう藤原には関わるな」
忘れろ。
それがお互いの為なのだと。
あいつには忘れて欲しい。俺のことなど、きれいさっぱりと。
けれど、俺は忘れない。
忘れられない。
あいつの肌を。
あいつの熱を。
そして俺があいつに付けた惨い傷を。
俺は一生忘れられない。