空の色は陰気です 時は不穏な五月です

act.8


 涼介からの、
「啓介。始末しろ」
 と、有効的な弟の使い方その2で命令された啓介の電話を受けて、すぐに拓海いわく「あ、レッドサンズの人たちだ!」が現れた。 彼等は青ざめる男性たちを皆、店外に止めてあった怪しげなワンボックス乗せ連れ去った。
ひとまず喧騒が収まり、呆然としていた店員を捕まえ、店のオーナーに騒動の謝罪を入れるべく涼介は啓介を伴いバックヤードの事務所に消えた。
「ちょっと側を離れるが、大人しく待っていてくれ」
 貴公子の微笑みでそう拓海に言い、彼女の友人たちには拓海のガードをその鋭い眼差し一つで言い渡す。
 その目を見た彼女たちは、
『…拓海くん…幸せなんだろうけど、スゴいの捕まえたなぁ…』
と実感した。さらに、兄の言いなりに使用されている弟の姿を見るにつれ、彼等二人の幸せを維持するために、周囲の人間が払っている犠牲はきっと多大なものなんだろうと予測した。
そして思ったのは、
『平凡が一番』
 …だった。
 特に玉の輿狙いだった高木はそれをしみじみ実感したようで、
「…あたし、今度はお金とか学歴とか関係なく、ちゃんとした誠実な人をねらうわ」
 と言った。
「そうだね。そのほうが絶対にいいよ」
 そう言ったのは白石。
 彼女たちはこの短い時間の間に、お金に変えられない貴重な体験をしたようだ。
 そしてその立役者でもある拓海は、彼女たちの言葉を聞いて焦った。
 自分がまたキレてしまい、高木がどうやら彼氏と別れてしまったようであることを悟ったのだ。
 彼女は大きな目を潤ませて高木を見た。
「…ごめん、私…余計なことしちゃって…」
 泣きそうに顔を歪める拓海に、目の下真っ黒になっている高木は快活に笑って彼女の不安を吹き飛ばした。
「いいのよ。だって藤原はあたしのために怒ってくれたんでしょ?すっごい嬉しかったよ?あんな真剣にあたしのことで怒ってくれる人なんて、今までいなかったもん」
 明るく笑う彼女の顔に、先ほどまでの暗さはない。そして他の子たちも彼女に同意を示す。
「そうだよ、拓海くん。すっごいカッコ良かったし」
「そうそう。あれで藤原が男だったら、間違いなく惚れてたよね」
「うん。残念。しかもおっかない彼氏付いてるし…」
「…そうそう」
 彼女たちの慰めに、やっと拓海は俯いていた顔を上げた。
「拓海くんはきれいな顔してるんだから、ほら、ちゃんと顔を上げなきゃ。もうそんな泣きそうな顔をしないの。それはそれでカワイイんだけどね」
 なつきの言葉に、拓海はいつもの言葉を返した。
「……私なんてきれいじゃないよ」
 なつきが拓海の額をペチリと叩いた。
「もう!拓海くんはきれいなの!それはみんなが知ってるし、あの男たちや高木の彼氏だってみんなそう思ってたの!だからみんな拓海くんのこと狙ってたし、あのおっかない彼氏さんだって、いっつも心配してるんでしょ?」
「…え?」
 またいつもの冗談を、とも思ったが、なつきの顔は真剣だ。
「そうだよ、藤原。それ本心で言ってるの知ってるから、あまり言わなかったけど、藤原って本当にきれいだよ。あのね、あたしも馬鹿だから今までそんなの分かんなかったけど、藤原見てたら分かったよ?本当にきれいな人ってね、外見だけのことを言うんじゃなくって、内面がきれいだからそれが外にも現れてるんだって。あたしみたいにね、外ばかり取り繕ったって、それは付け焼刃っていうか、見せかけだけの薄っぺらいものなのよ。だけど、藤原のはそういうんじゃなくって、本当に内側から輝いてるって感じだもん」
「……え?え、と、でも、私、よく男っぽいって言われてたし…」
 思いがけない言葉だった。彼女たちには言わなかったが、拓海は過去、何度となく同性異性問わず「男みたい」と揶揄されることが多かった。それを拓海は気にしないようにしていたが、それでも女の子っぽいなつきや他の友人たちを見ていると、自分を卑下する心は止まらなかった。それなのに彼女たちは、そんな拓海を「内面がきれい」だと言ってくれる。
彼女たちが嘘を言っているのでないことは拓海にもよく分かる。慰めにいい加減なことを言っているのでないことも、彼女たちの態度から窺える。だがそれに素直に頷けないのは、拓海のこれまでのコンプレックスの根深さだ。
だが、
「…うーん、そうかも。確かに高校のときとかの拓海くんって男っぽかったよね。でもきれいな顔をしてるってのは、昔から思ってたよ。何でだろ?今はすっごい女っぽいって言うか…(ぶっちゃけ色っぽいのよ!)」
「あー、そうだね。確かに前の藤原って一見オトコ?みたいなとこあったよね。顔とかは可愛かったのに、何でだろ?」
「…あ、分かった!藤原って、男オーラ出してたんだよね。わざと男っぽくしてるところなかった?」
「あ、そうかも」
「女の子ばかりで買い物に誘っても、武内とかとつるんでたりとか…」
「あー、そうそう。でも三年の夏ぐらいから、女の子っぽくなってきたんじゃなかったっけ?」
「そう言えばそうかも。男の子っぽいところは相変わらずだったんだけど、時たま、こっちがドキっとするくらいきれいな顔してたりしたよね」
「あ、あった、あった」
 …三年の夏。
 忘れもしないあの時。
 初めて涼介に会った時だ。
 涼介に一目ぼれし、ずっと片思いでいた日々。もしかしてそんな感情が外にもあふれていたのだろうか?
 自然と顔が真っ赤になってしまう拓海。それに目ざとい女性たちが気付かないはずがない。
「…あ、藤原、顔真っ赤。もしかして彼氏と会ったの、それぐらいとか?」
 さらに赤くなり、今では首筋まで真っ赤だ。
「…そうかー。じゃ、藤原がきれいになったのって、彼氏の影響が大きいんだ。つまり、彼氏が藤原きれいにしたってこと?うわー、それってすごいね。あたしも自分をきれいにしてくれる彼氏探そうかな?」
「それより自分で自分をキレイにしたほうが早いんじゃない?」
「あー、そうかも。そんな男なんてそう見つかるもんじゃないしね」
「そうそう。藤原ぐらいだって。最初っからそんなの捕まえるの」
 テンポの速い彼女たちの会話に付いていけず、口を挟めない拓海だが、耳はしっかり彼女たちの話を聞いている。そして理解もしていた。
 どうやら自分は確かにきれいになったらしい。
 そしてそれは涼介を好きになったから。
 そして多分、涼介が自分を好きになってくれたから。
 そんなことを思いながら、頬を染めていると、噂の主が現れた。
「拓海」
 先ほどよりも青い顔になっている弟を引き連れた涼介が、拓海に微笑みながらこちらへやって来る。その映画俳優のような姿に、店内中の人々の視線が彼へと向けられるのを拓海は見た。
 けれど、その彼が周囲など目もくれず、視線を真っ直ぐに向けてくるのは自分のところ。そして他人には冷たい目を向けることもある(さすがに拓海もそれぐらいは気付く)彼が、嬉しそうな顔や楽しそうな顔を向けるのも自分。
 自分がきれいになったと言うのなら、それは全部涼介の力だ。
 それを疑うのは、今彼が自分に向ける視線や笑顔を疑うことになる。
 きれいになりたい。
 そう思ったのは、彼を好きになってから。だから自分はきれいになれたんだ。
 拓海はそう思った。
 そして誰が見てもきれいだと認める笑顔で、涼介に向かい微笑んだ。
「涼介さん」
 そう呼ぶと、彼は嬉しそうに、はにかんだように笑った。
 あんな顔は他には見せない。
 自分があんな顔をさせたんだと思うと、拓海は幸せな気持ちになった。
 そしてたぶん、自分もまた涼介の前ではあんな顔になっているんだろうなと思った。
 拓海たちの前にやって来た涼介は、当たり前のように彼女の前に手を差し出した。
「待たせたね。帰ろうか?」
「…え、でも…」
 涼介の腕を取ることをためらったのは、背後にいた友人たちを気遣ってだった。
 拓海の躊躇に気付き、無言の圧迫を拓海の背後にいる彼女たちへ向けた。彼女たちは溜息を吐き、そして頷いた。
「いいよ、拓海くん。今日は楽しかったね」
「うん、また会おうね」
「時々でもいいからさ」
 …って言っても会えないんだろうなぁ…、と思いながらも彼女たちは拓海に笑いかけた。
「今度会うときは結婚式かなぁ…」
「…そうかも」
 …結婚式?誰か結婚するんだろうか?
 首を傾げる拓海。
 だが拓海が疑問の言葉を発する前に、涼介が口を開いた。
「ああ。来年の俺たちの結婚式には是非来てくれ」
 …おれたち…。
 俺→涼介さん。
 …たち→涼介さん+α。この場合…それって……。
 驚きの表情で涼介を見つめたまま固まる拓海。
 その顔を見た友人たちは、彼女が今までその事実を知らなかったことを悟った。
『…鬼畜だ…』
 改めて彼女たちはそう実感した。
「じゃ、帰ろうか、拓海」
 そして固まったままの彼女を抱え、鬼畜貴公子は楽園の名を持つ店から去った。
「…アニキ…俺はどうすれば…」
 取り残され、たそがれる弟を残し…。
 そしてその弟は、ふと振り返ると、爛々とした目の女性たちに見つかってしまった。
 彼女たちは啓介の両脇を固め、逃げられないように席に着かせ、こう脅し…いや、言った。
「…それで、あの二人の馴れ初めってどうなの?」
 彼女たちの迫力に負けたのと、また心に秘めた、兄が拓海に恋に落ちてからの受けた苦難の日々、それから生まれた実害への愚痴を、啓介はあらいざらい彼女たちへぶちまけた。
 その見返りとして受け取った、いわく、『藤原拓海が男言葉になったら、それはキレる寸前』と言うことと、また『実際にサッカー部の先輩が拓海にボコボコにされた』などの情報を手に入れた。
 有意義な情報交換を交し合った彼等は、
『触らぬ神に祟り無し』
 と言う言葉を学んだ。
 そして後に、プロD内で密かに『藤原が男言葉になったらすぐ逃げろ!』と言うお達しが回されたらしい……。




2005.8.1

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