空の色は陰気です 時は不穏な五月です

act.5


 嫌なことを紛らわすのに、お酒を使うのはよくあること。
 拓海もそれを実践していた。
 気鬱になる気持ちを、何とかごまかしたくて目の前のワインの入ったデキャンターに手が伸びて、今では目の前のボトルは空。グラスには何杯ワインが注がれたかさえ覚えていない。
 なつきは過ぎる拓海の飲酒を心配していたが、自分の発言から彼女がこれだけ落ち込んでいるのをみると、どうしても強くは出れず、今では拓海は明らかに許容量を超えたと思われる状態にあった。
 目がトロンとして、身体はふらつき、今にも眠りそうな状態。自覚はないが、それはどこからどう見ても色っぽい美少女が、まるで食べて下さいとばかりに置かれているように男性陣は思った。
 密かにテーブルの下で交わされるメールのやり取り。
『すっげぇ可愛い…』
『食いてぇ…』
『お前カノジョいるじゃん』
『あの子のためなら捨てる!』
『ふざけんな!あれは俺んだ!!』
『でも彼氏いんだろ?』
『…んなもん、世の中は弱肉強食だぜ!奪っちまえばいいんだ、この俺様が!!』
『どうせ走り屋つってたしな。ああいう手合いって、結構クルマはいいけど、見た目はショボいのとか多いしな』
『イケる!!』
『イクぞ!!』
『うおー、俺んだー!!』
 そんなやり取りが男性陣の中で交わされているとは知らない拓海。しかしなつきや鈴木など、合コン慣れした彼女たちの鋭い目には、そわそわした態度と、やたらと拓海に向けられる視線から不穏な彼等の動向には薄々気付いているようだった。そのため、ガードは変わらず続けているのだが、いかんせん。男四人のパワーには叶わなかったりする。そして何より、拓海が泥酔状態。女の目から見てもこれはヤバい。連れ込んで食っちまいたいぐらいに愛らしいのに色っぽい。
 なつきは拓海が知らない高橋涼介の情報を実はイツキや池谷らから入手していた。と言うより、しみじみと彼らから語られたのだが。
いわく、
『普段はすげぇ人なんだけどな。拓海の事になると、人が変わるんだよ』
『独占欲強いし、嫉妬深いし…』
『…俺、呼び出されてクギ刺されましたから。拓海が高橋涼介と付き合ってるって聞いてすぐに』
『え?!お前もか?』
『え、池谷先輩も?』
『どっちにしろ、あれは拓海苦労するなぁ…。俺、高橋涼介があんなに恐い人だとは思ってもみなかったよ』
『そっすねー。あれはどっちかっつーと人類じゃなくって、悪魔とか鬼でしたね』
『…いや、魔王だ』
『げ!店長も言われたんスか?!!』
 なつきはそれらをバイト先のGSで聞き、高橋涼介って人はかなりヤバい人物だとインプットされている。実際に、前から拓海が片思いしていなかったら、いや現在も幸せそうでなかったら、別れることを薦めていたくらいだ。
 その自分にとっても大切な天使のような彼女が今、ケダモノたちに狙われんとしている。
 その場合、泣くのは絶対に拓海だ。
 なつきは決心した。
 今、この無法地帯と化している合コンの場に、魔王を解き放つことを。
『ゴメンね、拓海くん…でも貴女を守るには、これしかないの…』
 ちょっとトイレになんて言いながら、ちゃんと鈴木たちに拓海を守ることを命じながらもさりげなく席を外したなつき。その手に握られたものは、紛れもなく付き合い始めてすぐに拓海が涼介からプレゼントされた携帯だった。
 そして彼女は短縮番号0に登録された人物に電話をかけた。
 すぐに相手は電話に出た。
 一度深く息を吸い、深呼吸をした彼女は口を開いた。
「…もしもし?高橋涼介さん?」
 楽園と名付けられた店に、まもなく悪魔が光臨する……。



 ふと隣を見るとなつきがいなかった。
 そして何故か高木の彼氏が隣に座っている。
 あれ?何でだろ?席間違ってるのかな?なんて、ぽやんとしながら拓海は首をかしげた。
 気が付けば、相手の腕が自分の肩に回されている。
 ますますおかしい。
 周りを見れば、他の女の子たちにも付きっきりで男たちがそばにいる。そして一番不思議なのが、恋人同士のはずの高木と彼氏が、バラバラなことで、しかもその彼氏とやらは拓海の隣にいる。
 拓海の中で、恋人同士の間に浮気なんて考えはない。ましてや彼女がいる男が、他の女にちょっかいをかけるだなんて、涼介を見慣れてしまっている拓海にとって常識の中にでさえ無いのだ。
 だから。
 拓海は警戒心ゼロだった。
 しかも酔っている。
 非常に危ない状況だ。それは他の女の子たちも分かっている。
 男性陣の間で水面下に起こった拓海の争奪戦に密かに勝利したのは、この中で一番モテ系で金も持っている未来の医者の高木の彼氏。この時彼は、ぽやんと首をかしげながら自分を見つめる彼女の視線に、勝利を確信した。
『イケる!!』
 やたらと邪魔する小うるさい女が戻ってきたようだが、そんな事はこの俺には関係ないね。見ろよ、この顔。もう俺に惚れちゃってんじゃねぇか?
 なんて、腹の中で意気揚々とする彼。しかしなつきはもうそんな男に危機感なんて抱かなかった。むしろ「馬鹿め」と魔女張りに腹黒い笑みを浮かべてみせる。
「はい、これ。返すね、拓海くん」
 席争いに負けながらも、余裕の笑みで拓海の前に座ったなつき。彼女が差し出したのは拓海の携帯だった。
 あれ?とまたもや拓海は首をかしげた。
「…それ、私のじゃない?」
「うん。そう。拓海くん酔っちゃってるみたいだから、電話しちゃった」
 ぴたり、と拓海の動きが止まった。
「…だ、だ、誰…に?」
 ザザーッと酔いが一気に冷め、戻ってきた冷静な判断力の中、まさかと思いながらも聞いたその答えは…。
「うん。拓海くんの彼氏。すぐ来てくれるって」
 やっぱり!!
 ま、まずい!!咄嗟に拓海は思った。しかし彼女の危惧はやはりズレている。この場合危惧するべき対象は、紛れもなくここにいる彼等男性陣であるのだが、拓海の心配は、
『…私みたいのが涼介さんと付き合ってるだなんてバレたら、涼介さんに迷惑がかかる!』
 であった。さらに、
『こんな酔っちゃって、男の子と一緒にいるの見られたら、涼介さんに嫌われる?』
 と言う、世界が太陽が西から昇るよりあり得ないものだった。
 固まったまま動かない拓海に、馴れなれしくも高木の彼氏は肩を抱く腕に力を込め、彼女の耳に囁いた。
「彼氏、追い返してあげようか?大丈夫だよ、そんな怯えなくても」
 何も知らないと言うことは恐ろしい。
 そして悪魔の足音が……。
 けたたましいスキール音とエンジン音が静かだった店に響く。
 拓海は固まったまま動けない。
 音が止んですぐに、店の扉が開かれた。
 なつきが電話をして、来るまでその時間わずか五分。
 常識を破る男。高橋涼介がそこに現れた。




2005.7.30

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