空の色は陰気です 時は不穏な五月です

act.1


 その電話の声は一ヶ月ぶりに聞く友人のものだった。
「GWに帰るんだけど、どこか空いてる日あったら会えないかな?」
 明るい声。上京して専門学校に通うと言っていた彼女の生活は、どうやらうまく言っているみたいだ。密かに、彼女の過去の所業を知っているだけに、心配していた拓海は受話器の向こうに聞こえないように安堵の吐息をついた。
「え、と…」
 言われて脳内カレンダーでGWの予定を検索する。
 運送業で女性ながらドライバーを勤める拓海は、幸いなことにまだ新人であるということを考慮され暦通りの休みをもらっている。土日を合わせるとまだ慣れない仕事の疲れを癒すには十分すぎるほどの日にちがあった。
『GWは彼氏とデートか?』
 そうからかわれたのは昨日のこと。一緒に仕事に付かせてもらっている先輩ドライバーから、カレンダーをじっと見つめているのを見られそんな話になった。
『忙しい人なんで…』
 突然の質問に、思わず赤面しながらも、そう俯きながら答えた拓海に、返ってきたのは残念そうな先輩の表情と、『なんだ、やっぱ彼氏いるのか…』と、小さく呟く声だった。
 後からその一件の一部始終を、自分にとっては付き合えた事が奇跡のような恋人に告げると、何故か彼がひどく不機嫌になったことを思い出した。
『…拓海、気をつけろよ?』
『はぁ。何がですか?』
 ふう、と電話越しの耳元に、ただでさえ拓海をとろけさせる彼の低い声音の吐息を感じ、思わず背中に走ったのは彼に教えられた快感の兆候だ。
 一人部屋でジタバタし、彼の言った言葉の意味を理解できていない拓海に、再度彼は拓海を困らせる言葉を言ったのだ。
『俺の拓海は魅力的だって事だ』
…何であの人、素であんな恥ずかしいこと言えるんだろ?
 昨夜はその発言で、アタフタしている間に会話が終わってしまった。再度『気をつけろ』と言われたのと、それでも理解できていないふうの拓海に『いい加減自覚しろよ?』との言葉を残し。
 …んなこと言われてもなあ。こんな男みたいな女、いいなんて思う人いないと思うんだけど…。って言うか、私なんかが魅力的だなんて、あの人やっぱ趣味悪いんだなあ…。
 なんて恋人の美的感覚を疑っていたりしたのを思い返していると、拓海の性格を現す定番の表現になってしまっている『ぼーっとして』しまい、電話の向こうの声が尖る。
「ちょーっと、拓海くん?聞いてるの?」
 大きくなった声音に、あわてて意識を戻す。
「あ、ゴメン、ちょっと考え事してて…」
 慌てているはずなのに、声や態度にそれが表れないのは拓海の特徴だ。あまり親しくない人間だと、それが分からず苛立たせることとなるが、この電話の向こうの彼女は違う。
「…フフ、相変わらずなんだ、拓海くん」
 電話の向こうの彼女の名前は茂木なつき。地元の高校に入学してすぐに仲良くなった。けれど一年のときに起こったある事件を境に仲違いし、だが3年のときにまた以前のように、いや以前よりも仲の良い関係に戻れた。『拓海くん』と自分を呼ぶのは、1年のときに彼女が付けた悪ふざけのあだ名だ。背が高く体つきも薄い、一見少年のような体格の拓海のコンプレックスを『えー、なんで?カッコいいじゃん。ハンサムウーマンって感じで』と明るく笑い飛ばし、隠すのではなく堂々としていろと、わざと『くん』付けで呼んで拓海を元気付けてくれた。今では拓海は彼女を大切な親友だと認識している。離れた今でもそれは変わりない。
「…ゴメン。えっと、GWは休みもらえたし、都合のいい日があれば行けると思うよ」
「ホントに?良かった!…あ、けどさ、その、例の彼氏とかって…」
 なつきの声が小さくなっていく。なつきは拓海が片思いをしていた頃を知っている。拓海が彼をどんなに好きで、どんなに苦しい気持ちでいたのかを。
「…うん、心配ないよ。実習とレポートの山でGWも遊ぶヒマないんだって。無理して空けようとしてたから、昨日断ったばかり」
「えー、なんで!遊べばいいじゃん!」
「だって、あの人そのために三日徹夜とか平気でするんだよ?待ち合わせの場所に行ったら、青い顔して立ってるとかザラだし。すごい忙しいってのもよく分かってるし。…あんまり、その…無理とかしてほしくないから…心配だし」
「……もう、健気なんだから!あー、やっぱ男なんかに渡すのもったいなかったかなあ?」
「えっ?」
「…ん、何でもないよ?それより、ワガママぐらい聞いてもらいなよ。恋人でしょ。ワガママは女の特権なんだから。相手年上なんだしさ、そういうの可愛いと思ってると思うけど」
「うん。そう言われた…けど…」
「ウソ!……チッ、やるわね…」
「えっ?」
「何でもない何でもない。じゃ、遠慮なく誘うね。あ、だったらさ、白石とかにも誘われてるし、どうせだったら他の子たちにも声かけとくから同窓会っぽくしちゃおっか?女ばっかの飲み会ね」
 白石…。ああ、あの眼鏡の子か。なつきほど親しかったわけではないが、それでも何度か一緒に遊んだ記憶がある。おとなしい子だったから、ぼんやりの拓海といると、会話が弾まず、申し訳ない気持ちになったことを覚えている。
「うん。分かった」
 今度会った時は、彼女とも色々話せるだろうか。ほんの少し期待しながら、拓海は懐かしい友人からの電話を切った。そしてすぐに、迷わずかけたのは大好きな恋人のところ。
「…あ、涼介さん?今って大丈夫ですか?」
「ああ、拓海か?どうした?」
 拓海の大切な恋人の名前は高橋涼介。群馬の走り屋の間では知らない者はいない赤城のカリスマ。そして容姿端麗、頭脳明晰、家柄優秀と四字熟語が似合う夢のような恋人だ。 だがこの乙女の理想の王子様のような恋人の唯一の欠点が『やきもち焼き』であることを拓海は知っている。と言うより思い知らされた。
 Dの集まりでのことはもちろん、家族、従妹の女の子にでさえ拓海を独占させることを嫌う。仕事や幼馴染のイツキなどに関しては黙認しているが、それでも腹ただしいのか、『今日は何があった?』と問いただすこともしばしば。拓海にいたっては、それが変だとも思わず、『今日、こんな事があったんです』と涼介に報告することが当たり前だと思っていた。そして巧みな涼介の意識操作により拓海は、『変わった事があったらすぐ涼介さんに電話』と行動付けられている。
 彼の弟である人物によれば、『藤原が天然で良かった』となるらしい。どう言う事ですか?と反論しようにも、彼の親友である人物も、また両親までもが納得顔で頷いたのを見ると、些か反論の声も鈍くなり、あまつさえ涼介本人に、『ベストカップルだって事だ』なんて言われてしまえば、拓海は頬を染めて俯くばかりだ。
 そして今回の電話も例に漏れず。
「今度のGWに女の子ばかりで集まって飲み会しようって話になって…」
「…そうか。女の子ばかりって、誰が来るか分かってるのか?」
「いえ、まだですけど、高校の友だちばかりで集まるとか言ってました」
「…ふうん、まあ、それならいいか。でも何かあったら電話しろよ?すぐ行くから」
「大丈夫ですよ。それに変なことって何ですか?」
「妙な男に付きまとわれたり絡まれたりって事だ」
「もう、涼介さん、そんな事あるわけないじゃないですか。心配しすぎですよ?」
「……お前本当に自分を知らないな」
 昨夜と同じく『自覚しろよ』で切られた会話。
 その自覚を、まさか『大丈夫』なはずの飲み会で思い知らされることになろうとは、根深いコンプレックスに凝り固まった拓海には、まったく夢にも思っていなかった。




2005.7.26

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