空の色は陰気です 時は不穏な五月です
act.3
飲み会はGWの中日に設けられた。
なつきの電話によると、飲み会は他比較的仲の良かった女の子をさらに二人呼んで合計5人で行われることになった。
「その前に早めに待ち合わせして二人だけで遊ぼうね」
との提案に、もちろん拓海に否はない。
早めに待ち合わせをし、なつきと地元でぶらぶらと買い物しながら卒業してからの事を色々話した。
専門学校に入ってやっと慣れ始めたこと。バイトを探しているが、なかなか見つからないこと。
「またGSのバイトでもしようかな?拓海くんみたいに男の子の振りして。だって男の子のほうがGSって給料イイんだもん」
なんて、昔の彼女だったら絶対言わないことを言って、拓海を笑わせたりした。
拓海もまた、働き始めた運送業のこと、始動したDの活動のことなど、拓海の乏しい語彙の中から懸命に伝えようと語る。
休む間もなく喋りながら、色々店を物色するなつきの横で、拓海はこっそり「そう言えば買い物とかって久しぶりかも」と思っていた。
何しろ、仕事やDで多忙なのもあるが、服や身の回り品などは何故か涼介はおろか、彼の従妹の緒美、涼介の母までが用意してくれるのだ。ちなみに涼介は車関係および日用品担当で、緒美は下着やコスメ担当、そして高橋母が服担当である。今では拓海の隙間だらけだった箪笥は満載で、部屋だけでは追いつかず、高橋邸にまで拓海専用の身の回りの物があふれていたりする。いくら辞退しても彼らのプレゼント攻撃は止まず、とうとう父親からは、
『好意で贈ってもらってるだから、お前はありがたく受け取っておけばいいんじゃねえか?』
と諭される始末。送られたものを無駄にするのも良くないので、拓海はこうして有難く着させてもらっているわけだが、これらのおかげで拓海は最近食料品以外の買い物をしたことがなかった。
「拓海くん、今日のその服、すごい似合ってるよね。どこで買ったの?」
だからなつきにそう言われても、拓海には答えられない。たしかこれは高橋のお母さんが「拓海ちゃんに似合うと思って」と買ってきた中の一品だったと思う。拓海の細身のラインを崩さず、フェミニンでありながら若々しいトップスに細身のクロップドパンツの組み合わせ。高橋母の趣味はさすが第一線で活躍するキャリアウーマン。拓海本人にも『孫にも衣装』と思わせるほど、洗練されたものを買ってきてくれる。それは涼介も認めるところらしく、彼女からの贈り物をむざむざ受け取らせるような事を見逃しているのはそのためだ。
「え、と…どこって…」
言いよどむ拓海に、聡いなつきはすぐに気付く。
「あ、もしかして彼氏のプレゼント?」
「え、あ、そうじゃなくって…」
「いいよー、隠さなくって。いいねー、ラブラブで」
かあっと頬を染め、俯く拓海は周りから見れば、文句の付け所のない美少女ぶりなのだが、いかんせん、本人にまったく自覚はない。
「あ、でもさー、拓海くんって、その噂の彼氏の話ってしないよね。あたしも見たことないし」
「え?見たことなかったっけ?」
「うん。イツキ君とか池谷さんとかから話聞いただけだよ?拓海くん、あまり話さないよね、彼氏のこと。イヤ?」
「そういうわけじゃないんだけど…」
そう言われてみればそうかも知れない。意識はしていなかったが、涼介の話を堂々とするには、まだ拓海の中ではこの幸運を信じきれず、またあの完璧な涼介という人間の恋人であるということに、引け目を感じているのかもしれない。
だがそれを正直に言おうものなら、(拓海にとっては)身贔屓すぎるきらいのあるこの友人のことだ、「そんなことはない!」なんて怒ってしまうだろう。だから「恥ずかしくて」なんて言葉でごまかした。とはいえこれも、真実の一つ。
そんなふうに過ごしている間に、時はあっという間に過ぎ、約束の時間となり、なつきと二人、予約された店へと向かった。
「他の子たちとは店で待ち合わせしてんの。あと、店の予約は高木に任せちゃった。いいとこ知ってるって言うし。なんか、欧風料理の店だって言ってたけど…」
高木って誰?…ああ、なんか白石と同じくらいおとなしそうな子だっけ。でも性格は勝気っぽくて、よくなつきとぶつかっていたのも彼女だった。拓海との接点はあまりないが、お弁当を一緒に食べるグループの中にいたのを覚えている。
「うん。構わないよ。楽しみだね。みんな変わってるかな?」
そう言った30分後。拓海は十代の女の子の卒業後の変化と言うものが、どれだけ激しいものかを思い知らされることとなる。
店の名前は「Paradies auf Erden」ドイツ語で「地上の楽園」を意味するそのお店は、繁華街から程近く、煉瓦造りのどこかノスタルジックな風合いの店だった。
『今度、涼介さんと一緒に来てみようかな?たまには私が奢るってのも良いよね』
などと店員に席まで案内されながら、そんなことをつらつら思っていたら、店内にはすでに懐かしい級友である白石と、鈴木という友人が待っていた。
白石は進学で、鈴木はデパートに勤め始めたと聞いた。彼女たちは高校生だった頃よりも遥かに女っぽく綺麗になっており、拓海は思わずわが身を振り返っていたたまれないものを感じた。
だがそれでもたかが二ヶ月ほどとはいえ久しぶりに会った友人だ。懐かしさに頬を緩め、お互いの近況を聞きあった。そして気になるのはまだ来ていないもう一人の友人。
「あれ、高木ってまだなの?」
「うん。電話したら『もうすぐ』だって」
「高木ってたしか、女子大行ったんだよね。なんか、お嬢様系のトコ」
「そう。何か電話でも『玉の輿』狙ってるとかって言ってたよ」
「…そういう子だっけ?」
「あー、高木ってさりげになつきに対抗心燃やしてたしねー」
「うっそー、知らないよ、そんなの。どうせ張り合うなら、あたし拓海くんがいいなー」
「あんた、それ勝負にならないじゃん」
「そうだねー、もう、あたし負け負けだもん」
「あったりまえだって。図々しいよ、なつき」
「ね、拓海くん?」
「………は?」
「やだ、相変わらずなんだー。うー、癒されるー」
アハハハと声高らかに笑いあう友人たちの中で、拓海はこっそり会話の内容に付いていけなくて頭を悩ませていた。
…私が負けなら分かるけど、何でなつきが負けてるんだ?慰めてもらってるのかな。癒されるって、私がぼやっとしてるからかな。それよりも拓海がもっと気になっているのは…、
「…あのさ。なんか…席って多くない?」
拓海のおそるおそる発した発言に、談笑していた友人たちも、セッティングされたテーブルを見渡せば、席はどう見ても十人分の用意がされてあった。
「………」
「まだ誰か来るの?」
「まさか、高木……」
鈴木が言い終わらないうちに、彼女はやってきた。
「ごめーん、遅くなって」
そう言う彼女の姿は、記憶の中の彼女とあまりに違いすぎて、拓海は一瞬本気で「間違ってますよ」と言いたくなった。
ショートボブだった彼女の髪には巻き髪のお嬢様風のエクステンション、一重だった瞳は厚塗りしたアイラインと簡易二重製造のアイプチで大きく改造され、服は派手派手しくあからさまにシャネルのロゴの入ったツーピース。そして手にはヴィトンのバッグ。
だが問題は、彼女の変貌になかった。
彼女は一人ではなかった。その背後には、なぜか複数の男性の姿。
「………」
「………」
「………」
……誰だろ?知り合い?
黙る3人。ボケる拓海。
「ね、この人たちもいい?女の子ばかりで集まるって言ったら、どうしても連れてけ、って」
『大丈夫』なはずの女の子ばかりの飲み会は、なぜか現場では『合コン』 に変貌していた。
2005.7.27