空の色は陰気です 時は不穏な五月です
act.4
回転の鈍い拓海だが、どうやら話を要約すれば、高木の彼氏という人物が、女の子たちばかりで集まるという話を聞きつけて、友人を連れて無理やりくっついて来たということらしい。
「女の子たちばかりって詰まんないでしょ?これは行って盛り上げてやんなきゃって、使命感に燃えちゃってさぁ」
と彼らのうちの一番軽薄そうな男が喋る。なつきや鈴木は抵抗しようとしたが、世慣れた彼女たちはここで逆らって下手な波風立てるより、とりあえずやり過ごすことを選んだらしい。白石も同様で、拓海だけは今一つ波に乗り切れないまま、何故か事後承諾となってしまっていた。
「ごめんね、拓海くん。絶対にあいつら拓海くんには近寄らせないから。後で彼氏に聞かれたら、あたしから説明してもいいし。…もう、高木のヤツ、何考えてんだろ?」
「なつき、そんな大丈夫だって。Dとかでも飲み会とかってあるし。別に平気だよ?」
…なんか男の人たちいるけど、なつきとかもいるし、涼介さん、怒らないよね?
ほんの少し不安を覚えた拓海だが、愛されている自覚のない彼女は、涼介の想い(重いとも言う)を軽く考えすぎていた。それが騒動の始まり……。
「拓海くんはあたしが守るから」
やたらと意気ごむなつきに、「そんな心配しなくても、私なんて誰も相手にしないって」と言ってしまい睨まれた。
そして彼女は言葉の通り、拓海に接近しようとする男を会話で奪い、酒を注ぎ、鉄壁のガードに入っていた。
……なつきも、Dの飲み会の啓介さんや史浩さんたちみたいになってる。それって、私がやっぱり頼りないからかなぁ…。
などと、拓海は違う方向で落ち込んでいた。
だがそんなガードも何のその。Dの飲み会などと違い、あらかじめ暗黙の了解などなく、また鉄壁とは言えなつき一人のガード。それだけのガードでは、恋の戦場とも言うべき合コンの中では無理がある。
「ねえ、そこの彼女って全然喋ってないんだけど、大丈夫?」
話しかけてきたのは説明によれば高木の彼氏とかいう人物。男たちの中では一番長身で、また顔も比較的整っている。まあ、涼介を見慣れた拓海にとっては、全て南瓜と同等だが。
「え、はい、大丈夫です、けど」
「何か元気ないふうだったから、気分悪いのかと思って」
「藤原サンは恥ずかしがりやなんだよね、ね、藤原サン?」
「?え、うん」
…何でなつき、苗字で呼んでるんだろ?まさかなつきが、彼女の名前を気安く呼ばれたくないだけに、そんな事をしているとは夢にも思わない拓海。
「へえ、藤原サンかぁ、恥ずかしがりやなんだ」
「ねえ、藤原サンって何してるの?どこの学校?」
「スタイルいいね。何かモデルとかしてたの?」
漏れた防御の隙間に攻撃が一転集中。さすがのなつきにも対処しきれず、おろおろとうろたえる拓海をフォローしきれない。
「え、働いてますけど」
「そうなんだ。何してるの?」
「え、ええ…と」
思わず目線でなつきに救いを求める。
任せて!拓海くん!そんななつきの頼もしい心の声が聞こえたような気がした。
「恥ずかしがりやだって言ったでしょ!それに迫っても無駄ですよー。藤原サンは、カッコいい彼氏とラブラブなんだから」
なつきの発言に、男五人と女三人の顔に衝撃が走った。
「…げっ、マジ?」
「うっそ、聞いてないよ、藤原!」
「えー、いつの間に??」
悲喜こもごもな男女の声。
拓海は突然のなつきの暴露に頬を赤く染め俯いた。
「えー、じゃ、なつきってその彼氏見たんだ?」
「うーん、それが残念ながらまだなのよ。だけど色々他から噂は聞くのよね」
「へえ、ね、どんな人なの?」
会話の主導権は女の子たちに握られた。奥手で純情だったあの拓海に彼女が出来た!それは彼女たちにとってセンセーショナルであり、また心の聖域とも思っていた彼女の恋人に対する粗探しでもあった。が、そんなこと勿論拓海は気がつかない。
「うん、それあたしも聞きたーい」
味方であったはずのなつきまでが敵に周り、仕方なく拓海は重い口を開かざるを得ない。
「え、と、私、車が好きで、峠によく行ってるんですけど、そこで…」
「え、藤原サンの彼氏って、じゃ、走り屋?」
「はい」
自慢の彼氏を思い出し、照れたように微笑む拓海のあまりの愛らしさに女も男もただ見つめて黙る。
「…く、車好きなんだ。俺も峠とかギャラリー専門だけどよく見に行くよ」
「あ、俺も」
車関係になると女の子たちより男のほうが食いつきがいいらしい。
「あ、じゃ、藤原サンもギャラリーとか行ってそこで知り合ったとか?」
…バトルして知り合いましたって、言っちゃ駄目だよなぁ。一応秋名のハチロクが女であることは、群馬のトップシークレットなのだ。
「…はい」
「へーぇ、彼氏ってどんな車乗ってるの?走り屋なんでしょ?」
「FCですよ。あ、わかんないか。RX−7の前の型のやつ…でいいのかな?」
まだあまり詳しくないんですけど、と照れながら笑う拓海は、先ほどの浮かない表情と違いキラキラと輝いていた。だが拓海は迂闊にも忘れていた。
「えっ!それじゃ、あの高橋涼介と同じ車?」
拓海の恋人は、愛車も名前も有名な、群馬では知らぬ人はいないカリスマ様だったことを。
咄嗟に思ったのは『ヤバい!』という気持ち。こんなところで涼介の名前を出して、変な噂を広めるわけにはいかない、その思いともう一つ、「自分なんかが涼介さんの恋人だなんて、信じてくれるわけないよね…」と自虐的な思いだった。
「あ、でも、色は違いますよ。(…えーと、何色にしよう…)…く、黒ですから」
慌てて否定する拓海。だがなつきは知っていた。彼女の恋人の名前が「高橋涼介」であることを。
「何?その高橋涼介って有名な人なの?」
白々しく問いかけるなつきに、拓海は「裏切り者!」と目で訴えるが、あえて彼女は見ないふり。だってやっぱり気になるもの!とは彼女の心の声だ。
「有名も有名。白のFCの高橋涼介って言えば、車乗ってる奴なら誰でも知ってるよな」
「男前な上にドラテクも超一流。群馬最速無敗の男だよ」
「…あ、でもあの人最近負けただろ?去年だったかな、なんか、ハチロクとかに」
「ああ、秋名のハチロクだろう?ありゃ伝説のバトルだよ。俺も遠目だったけど見に行ったしよ」
……その秋名のハチロクはここにいます。
「すっげぇバトルだったんだって?何か裏でそのバトルのビデオ、1本10万とかするらしいじゃん」
「ああ、あのレッドサンズが売ってるやつだろ?高橋啓介のFDとハチロクのバトルのやつで1本3万だったかな。高いけど、すげえバカ売れらしいじゃん」
…びでお?レッドサンズからって事は…涼介さんが関わってるんだろうな…。…もしかして、Dの資金って……。
「まあ、俺たちにとっては憧れの人だよなぁ。手の届かないって言うか…」
「高橋涼介って言えば、あの人群大でも有名なんだよ。俺、医学部なんだけどさ。もう、伝説の先輩だよ」
そう言ったのは、例の高木の彼氏。どうやら高木の『玉の輿』作戦は着々と進行中らしい。
「最初はあの容姿だろ?大学で王子様なんて呼ばれてたらしいんだけど、すごい優秀すぎる人だからさ、生徒はもちろん教授連からも一目置かれてるみたいで、ついた渾名が群大の貴公子。もう名前だけ聞くと大げさに思うかも知れないんだけど、本人見たら納得するよ、あれは。なんつーか、オーラが違うし」
…貴公子って涼介さん…でも本当に納得だよ。一人いたたまれず俯く拓海の横で、ニヤリと笑うなつき。
「へーぇ、そんなスゴイ人なんだー」
そして相槌のように言われたその声音には、どこか不穏の色が感じられていた。
「で、藤原サンの彼氏はどうなの?」
なつきー!味方なんじゃなかったの?!
「……そ、そんな、りょ…タカハシさんとかには及びも付かない人…(ウソって難しい!)で、すよ?…え、と、意外と普通っぽいし」
「へぇ、ホントぉ?」
「………」
「ね、その高橋涼介って恋人とかいないの?」
なーつーきー!!
「何、なつきちゃんって貴公子狙い?」
「あーそりゃ無理無理。あの人、すっげえ理想が高いみたいだよ。お金持ちの坊ちゃんだし、ハイランクの女しか狙わないんじゃない?実際あの人、大学でもモテまくってる割に誰かと噂になったことないし」
「あ、それあたしも聞いたことあるよ?高橋涼介って、去年うちのミスコンで優勝した人を振った人でしょ?彼女、有名な政治家の娘でさ、顔も綺麗だったから、ここらでは結構有名な人らしかったんだけど、あの人でも陥落できなかったって、うちの大学ですごい話題だったみたい」
とは、現お嬢様大学生な高木の言葉。
「ウソ!去年のミス女学院って、あの人だろ?うっわー、アレでも駄目なのかー。いったいどんなのなら満足するんだよ、高橋涼介って」
「…あー、俺、聞いたことある。3年前高橋涼介に告った女が、振られはしなかったけど、こう言われたんだってさ。『身体だけなら付き合う余地はある。それ以外を求めるなら、他を当れ』ってな」
「うわ、鬼畜!」
「でも高橋涼介って感じだよなー」
「………」
「…た、拓海くん…?」
拓海は無言で動く気力もない。先ほど聞いた涼介のことで、目の前が真っ暗だ。視界が潤んでくるが、でも泣いてはいけない。分かってたことだ。涼介がモテることなんて。
…分かってたはずなのに…やはり改めて思い知らされると傷付く。…なんで涼介さん、私なんかと付き合ってるんだろ?ずっと考えていたネガティブな思考に、また逆戻りしてしまう。
なつきが何故涼介の話題を持ち出していたのか、意図は分かる。拓海に彼が恋人だと、言って欲しかったのだろう。けど…今さら言えない。
「…やっぱ、モテるんだ…涼介さん…」
小さな小さな拓海の呟きは、隣にいたなつきにしか聞こえなかった。
2005.7.29