嘆きの聖女

act.8(※R18)


 拓海にとっては脈絡のある発言だったのだが、それは拓海であるからであって、もちろん他の人間にとっては突拍子の無いことが多い。
 今回も正にそうだった。
 いきなり「Hしましょ」と言われた人物も。
 その場に居合わせた人々も皆、唖然とその整った顔を間抜けなものに変えていた。
 ポカンとしてしまった彼らに、拓海は「あれ?」と首をかしげる。
「…俺、何か変なこと言いました?」
 真っ先に返事をしたのはベッドの上の啓介だ。
「へ、変な事って…!お前!!」
 獣の姿なのに、ぽわっと顔が赤くなっているのが分かった。
 金色が濃くなり、ピンと立った耳の先なんて茶色に染まり、ピクピクと忙しなく動いている。
 そんな動揺する啓介とは裏腹に、ポンと手を鳴らし、呑気な声を上げたのは緒美だ。
「あ、そっか。Hしちゃえば、拓海ちゃんはもう穢れちゃうし、涼兄の聖女になるしかないものね。パパや叔父さまたちが何を言っても手遅れになっちゃうんだ」
 うんうん、と頷きながら納得する緒美に遅れて、漸く固まっていた涼介の動きが回復する。
 眉間に皺を寄せ、はぁぁ、と深く溜息を吐く。
「……既成事実と言う事か」
 その険しい表情に、拓海は首を傾げた。
 涼介は嬉しくないのだろうか?
 そして涼介は、その険しい顔のまま拓海に向き直り、ガシっと肩を掴んだ。
「そんな無理をしなくても拓海は俺が守る。だから二度とそんな事を言うな」
 その言葉に、今度は拓海の眉間に皺が寄る。
 拓海だって考えたのだ。
 涼介のために。
 ずっと一緒にいるために。
 そして何より、涼介が好きだから、だから覚悟して言った言葉だった。
 なのにそんな風に否定されると、本来の負けず嫌いな性格がムクムクと湧き出し、拓海を支配する。
 ――絶対、Hしてやる…。
 そんな、ちょっと間違った方向に。
「涼介さんはしたくないんですか?」
 唇を尖らせ挑むように睨むと、涼介は少し怯んだようにのけぞった。
 けれどすぐに体勢を立て直し、真剣な眼差しで睨む拓海を見つめ返す。
「…そうじゃない。だが、今のようにそんな感情的な衝動でするべきじゃないと言っているんだ」
「つまりしたくないってことじゃないですか!」
 ぷぅ、とむくれながら反論すれば、涼介は目をカッと見開いた。
「したくないはずがないだろう!?」
「じゃあ、すればいいじゃないですか」
「ふざけるな。俺をベッドから蹴り落としたのはどこのどいつだ!」
 それを言われると弱い。
 拓海は視線を逸らしながら、ぼそぼそと答える。
「俺…ですけど」
 フン、と涼介が鬼の首を取ったかのように見下ろす。
「だろう?まだ恐いくせに、無理をするんじゃない」
 それは恐い。
 今まで男だったのに、女の部分が出来ただけで恐いのに、さらに、その部分に涼介のを入れようと言うのだ。
 恐くないはずがないではないか。
 だけど、
「……でも、したいんだもん」
 そっぽを向いたまま、拓海はそれでも言い張った。
 すると涼介は再び大きな溜息を吐き、「あのな…」と拓海に言い聞かせようとするが、
「涼介さんは分かってない!」
 パシンと、拓海はそんな涼介の手を払い、またギラリと睨みつけた。
「…俺が何を分かってないって言うんだ」
 拓海の強固な態度に、さすがに涼介も不機嫌になり始める。
 けれど、拓海はどうしても引けなかった。
「恐いけど…でも…それで涼介さんが俺のもんになるんなら…平気だもん!」
「平気って…平気じゃないだろう!」
「平気だもん!」
「無理だ!」
「無理じゃない!」
「何を根拠にそんな事が言えるんだ!」
 いつも冷静な彼らしくなく、感情的に怒鳴り返す涼介に対し、拓海もまた感情的に言い返した。
「根拠って…涼介さんが好きだからじゃいけないのかよ!」
 まるで子供の屁理屈。
 けれどいつも理論で固めた人に、拓海のその言葉は有効だったらしい。
 ぐ、と言葉に詰まり、しげしげと拓海の顔を見つめ返す。
 暫く目を見開き凝視続けた後に、涼介の咽喉がゴクリと鳴った。
「……本気か?」
 問い返す声は掠れていた。
 拓海はしっかりと首を縦に動かした。
「はい」
 スゥ、と涼介の目が細められる。
 まるで獰猛な獣のようなその眼差し。
 けれど拓海は引かなかった。
 挑むように、その眼差しを睨み返す。
 ふ、と涼介の口元が緩み、笑みを刻んだ。
 そして、
「…分かった」
 涼介が拓海に向かい手を差し出した。
「おいで」
 この手を取れば、自分が変わってしまうだろう。
 今まで男として生きてきた。
 だけどこれから……女としても生きていくのだ。
 だが迷いは無い。
 怖れも…あるにはあるが、より強い感情でかき消されている。
 涼介が好きだ。
 だから、彼のものになりたいし、彼を自分のものにしたい。
 その手段かこれであるのなら、拓海に迷いは無いのだ。
 拓海は差し出された手を握り返した。
 きゅっとその細く長い指先を手のひらで包んだ瞬間、涼介の身体から力が抜けるのが分かった。
 ホッとしたように、険しかった瞳に安堵の色が宿る。
 ああ、涼介も緊張していたのだと、何となく悟り、拓海の中の最後の強張りが消えた。
 好きだから、恐い。
 それは当たり前なのだと拓海が悟った瞬間だった。



『何かプンプン聖女の匂いがするから早く消えてくれ』
 うんざりしたような啓介の言葉で、彼の病室を追い出された。
 そんなに匂うかなぁ、と疑問にも思うが、そんな自分の匂いが傍らにいる人にも有効ならまぁいいか、とも思う。
 病室を去る背中に、緒美の『頑張ってね』と言う明るい励ましも貰い、拓海は涼介に手を引かれ、自分の病室へと戻った。
 先に促され入室し、その背後で涼介がカチリと病室のドアの鍵を締める。
 その音に、拓海は唾を飲み込んだ。
 ――…いよいよ、するんだ。
 セックスなんてした事が無い。
 キスさえ涼介が初めてで、自分がどうすれば、何をすればいいのかサッパリ分からない。
「…緊張しなくていい」
 しなやかな、けれど逞しい腕が拓海の身体を背後から抱き締める。
 その腕に身を預け、拓海は詰めていた息を吐く。
 ――…涼介さんに任せればいいんだ。
 悩んでも仕方が無い。
 涼介のものになると決めたのだ。
 ならば自分ができるのは、涼介に逆らわないようにするだけ。
 拓海は身体の力を抜き、回された腕に頬を擦りつけた。
「…拓海を…大事にする」
 真摯な声音が背後から降る。
 見なくても分かるようだった。
 きっと今の涼介は真剣な表情をしている事だろう。
 拓海のことが大好きだと、視線だけで伝わるくらいに、熱い眼差しを拓海に注いでくれているに違いない。
 涼介の腕がそっと下方に動き、器用な指が拓海のジーンズの前立てのボタンを外す。
 そして下に履いていたトランクスごと引きずり下ろされ、足元に布地が溜まる。
「…あっ!」
 無防備になった下半身に、拓海は羞恥に身を捩る。
 けれどそんな状態に躊躇する暇もなく、今度は涼介の腕が上に着ていたトレーナーに向かった。
 滑らかな指が、トレーナーの下に潜り込み、素肌の上を這い回る。
 そして肉の薄い胸の、小さな突起の上で全ての指が蠢く。
「…っ……ふ、…」
 ぞわぞわと背筋から未知の感覚が駆け上り、下腹部に熱い熱が溜まる。
 立っていられなくて、前かがみになった瞬間、視界がぐるりと反転し、背中に柔らかいマットの感触と共に真っ白な天井が目に入る。
 抱き上げられ、ベッドの上に降ろされたと気付いたのは、天井だけだった視界に彼の姿が映った時だ。
 切れ長の理知的な瞳が、今は熱を宿し潤んでいる。
「…拓海…」
 自分の名を呟く彼の声は情欲に掠れていた。
 そして中途半端に脱げていた服を彼の手が器用に脱がしていく。
 拓海はその手の動きに逆らわなかった。
 昨日は、怖いと感じた。
 恐ろしくさえあった行為が、何故か今日は高揚感しか感じない。
 ただ、昨日と違うのは、昨日よりも涼介の事が好きなこと。
 そして涼介が自分を好きだと信じていること。
 だから大丈夫なのかも知れない。
 拓海を一糸纏わぬ姿に変えた涼介は、今度は自分のシャツを脱ぎ始める。
 解禁のシャツのボタンを一つずつ外し、もどかしいような仕草で脱ぎ捨てる。
 ハラリと、白いシャツがベッドの脇に脱ぎ捨てられるのを拓海は目で追った。
 けれど、ギシリと鳴ったベッドのスプリングの音に、また視線を正面に戻すと、拓海と同じ生まれたままの姿の彼が目の前にいた。
 逞しい、よくなめされた皮のような肌。
 白くあるのに、軟弱さを感じさせないその身体は、拓海の目に眩しく映る。
 それと同時に、見ごたえがあるとは言えない自分の体を彼の前に晒している事実に遅ればせながら気付く。
「……っ」
 息を飲み、自分の体を隠すように丸まると、両腕を涼介に捕られ、ベッドの上に押し付けられる。
「隠すな。見たいんだ」
 まるで眩しいものを見るかのように涼介の目が細められる。
 ドキドキと緊張と羞恥に心臓が戦慄くが、そんな視線を受ける自分に誇らしさが生まれてくる。
 もじ、と足を擦り合わせると、涼介の視線が下方に移る。
「小さくなったようだが、ちゃんと機能はしているようだな」
 からかうように言った視線の先には、少年のような大きさになってしまったくせに、しっかりと興奮を示す拓海の男性器があった。
 カァ、と顔が真っ赤になる。
 涼介に見つめられ、涼介に触れられ、興奮しないはずがない。
 最も正直な箇所が、今の拓海の心境を如実に現していた。
「み、見ないで…」
 恥ずかしくて堪らない。
 浅ましく興奮している自分がみっともなくて、拓海は必死に身を捩った。
 だが涼介は押さえつける腕を離さず、あまつさえ笑みを浮かべた。
「見るよ。だって嬉しいんだ。拓海が俺に触られて嫌がってない証拠だからな」
 う、と拓海は言葉に詰まる。
 そう言われてしまうと、隠すのもどうかと思ってしまう。
 だからと言って身の置き所がなく、シーツの上でもじもじと身体を動かしてしまうのだが、その仕草が涼介の目に扇情的に映るとは全く気付いてもいない。
「…足…開いて」
 首筋にキスを降らせながら、器用な指先で胸の突起を弄りながら、涼介は固く閉ざされた両の足の狭間を見せるよう拓海に囁く。
 だがそれは拓海には難易度が高すぎた。
 頑固な貝のように両足はぴったりと閉ざされたまま開こうとしない。
「見たい。見せて」
 甘く囁かれ、さらに狭間の辺りを悪戯な手で擽られ、どんどん貝の口が開いていく。
「……ぅ」
 ゆっくりと開き始めたその動きを助けるように、涼介が両足に手をかけ、左右に割り広げる。
 あまりの姿勢に、拓海は真っ赤になり視線を逸らした。
 ふ、と隠されていた狭間に涼介の息がかかる。
 それで、拓海は涼介が間近でそこを見ていることを悟る。
「やぁ…涼介さん…!」
 思わず目が潤む。
 恥ずかしくて死にそうだ。
 けれど身を捩っても、両足を握る涼介の力は緩まず、開かされたまま。
「どうした?ヒクヒクしてるぜ?」
 自分でも分かる。
 見つめられているだけで、そこがジンジンしてどんどん熱くなってくるのだ。
「…きれいなピンク色をしている。俺で穢すのが躊躇われるほどだ」
 そう言いながらも、涼介の指が、なぞるようにその部分を這う。
「……あっ!」
 思わず、甲高い声が上がる。
 自分がこんな声を出せたのかと、感心するほど艶めいた声だった。
「…自分でこの場所に触れてみたか?」
 問いかけに、拓海は頷いた。
「この場所に、指を入れてみた?」
 それにも拓海は頷く。
「どうだった?」
 口ごもりながらも、拓海は健気に答えた。
「……せまくて…ちっちゃぃ…」
「ふぅん」
 周りを這っていた指が、ゆっくりと真ん中へと移動する。
「…涼介さんの……はいんないかも…」
 涙目で、危惧していることを吐露する。
 だがその瞬間、ツプリと指が内部に侵入した。
「あ!」
 衝撃にビクリと全身が跳ねた。
「確かに…狭くて…熱いな」
 内部を確かめるように、涼介の指が内部で蠢く。
 グルリと掻き回され、拓海は異物感に歯を食い縛る。
「…くぅ」
 涼介の指が自分の内に入っている。
 それだけで、体の中に火が点いたように熱い。
「狭い、が…ここは俺のために作られたもの。俺が入らないはずがない。だろう?」
 ふ、と息が男性器に吹きかけられたかと思うと、涼介が口を開け、拓海のそこを咥えた。
 知識では、その行為は知っていた。
 けれど、まさかそれを自分がされることになるだなんて思ってもみなかった。
 ましてや、あの高橋涼介を相手に。
「や、…ぁあ…!」
 甲高い声が上がり、声が掠れる。
 甘いキャンディを舐めるように、涼介の舌が拓海のそこを這う。
 そして舌は徐々に狭間の奥へと下がり、生まれたばかりの器官へと向かう。
 ぺちゃ、と言う卑猥な水音と共に舌が未知の部分へ侵入する。
 羞恥の限界を超え、拓海は拒むように涼介の頭を手で押し返そうとする。
「だめ…!涼介さん!!」
 しかし彼は退かなかった。
 執拗にそこに吸付き、そして指と舌で内部を探る。
 どんどん、ウズウズとした感覚が激しくなる。
 舐められている下腹部は燃えるように熱く、じっとしていられず、腰が勝手に動いた。
「…ふ。濡れてきた」
 そこを舐めながら、呟かれた言葉。
 その瞬間、羞恥と一緒に、抑えきれない衝動が沸き起こる。
 ぞくん、と脊髄を走り脳を痺れさせる。
「……あ…っ!」
 頭が真っ白になった。
 何が起こったのか、気付いたのは涼介の頬にぺったりと付いた白濁を見た時だった。
 涼介が、うっとりとした表情で頬に付いた粘液に指を這わす。
「……甘美な気だ」
 射精したのだと、遅ればせながら気付いた拓海は、羞恥に顔を両手で覆う。
 けれど、すぐにその手を離すことになる。
「愛してる。拓海…」
 両足を持ち上げられ、涼介の身体がが圧し掛かってくる。
 ハッとして、下腹部を見れば、大きく勃ちあがった涼介の性器が、拓海の狭間に押し当てられている。
 狭間に感じる異物感。
 抵抗しようにも、射精したばかりで身体が弛緩し力が入らない。
「やぁ…!」
 裂ける!
 その感覚はそうとしか言えなかった。
 メリメリと、自分の体を涼介で裂かれているような気がした。
 痛みで視界が涙で滲む。
 けれど、押し入ってくるそれは焼けるように熱かった。
 身体の中心から、熱が伝わる。
 まるで中から炙られているようだ。
 どんどん、突き進むたびに身体が痺れたようになってくる。
 ――これが…涼介さんなんだ。
 ポロリと涙が頬を伝う。
 痛み故ではない。
 涼介を受け入れた。その事実が拓海を感動させている。
 ぐ、と押し入ってきたそれが、拓海の内奥の膜を突き破る。
 瞬間、殻が破れるように、拓海の内部が変化した。
 じわじわと、滲み出るように快感が浸透していく。
 未知の感覚に痺れたような身体。
 重たくさえ感じる自分の両腕を持ち上げ、拓海は涼介の首に絡めた。
「……涼介さん」
 そして彼の名を呼び、頬を肩に摺り寄せる。
「…涼介さん」
 この人と一つになった。
 この人が自分のものになった。
 嬉しくて、拓海は涙を浮かべ微笑んだ。



 夢を見ている。
 夢の中に、小さな頃の涼介がいる。
 小さな、生まれたばかりのような金色の獣を見つめている。
「おまえはきんいろなのに、なぜぼくはしろいんだ」
 幼児と言って差し支えの無い年齢なのに、その瞳に宿る色は暗い。
「とうさんはぼくをいたんだっていう。おじさんもぼくがおかしいっていう」
 まだ小さいのに、その眼差しには孤独と絶望が見える。
「かあさんだけだったのに…ぼくにやさしくしてくれるのは。なのにそのかあさんまでおまえがうばうんだ」
 くしゃりと顔が歪み、じわりと目じりの端に涙が浮かんでいる。
「もうおかあさんはぼくよりおまえのほうがかわいいんだ」
 夢の中で、拓海は彼の名を呼んだ。
 涼介さん。涼介さん。
 俺がそばにいるよ。
 ずっといる。涼介さんが好きだよ。
 だから泣かないで。
 子供はけれどまだ泣く。
 今度は、現実ではないはずの拓海を見つめながら。
「けれど、おまえもぼくみたいなのより、けいすけのほうがよくなるよ」
 ならないよ。
 拓海はきっぱりと否定する。
 それでも子供は信用しない。
「でも、ぼくはいたんだ。おかしいのに…」
 そんなの関係ないよ。
 だって、俺は涼介さんの伴侶だよ。涼介さんだけの聖女だ。
「せいじょ?」
 うん。聖女。涼介さんが俺を変えたんだ。だから他の人じゃダメだよ。涼介さんじゃなきゃ。
「ぼくのせいじょなら、ぼくだけをだいじにしてくれる?」
 するよ。だけど涼介さんも俺を大事にしないと嫌だけど。
「する。ぼくはせいじょをだいじにする。だから……ぼくのものになって?」
 なるよ。
 なる。
 けど、涼介さんも俺のものになるんだよ。
 そう告げると、夢の中の子供はにっこり笑い、そしてあの真っ白な獣に変貌する。
 拓海をじっと見つめる、紫の瞳。
「俺は拓海のものだ」
 じわりと、お腹を中心にあたたかいものが広がる。
 変わる。
 変わっていく。
 自分が前のままでいられない事を悟る。
 けれど、拓海はもう怖くなかった。
 両手を広げ、白い獣の首にしがみつく。
「涼介さん」
 彼の名を、万感を込めて囁くと、獣が嬉しそうに拓海の頬を舐めた。





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