嘆きの聖女

act.7


 真っ先に体がトロトロに蕩けて、次に頭も同じようにトロトロになる。
 涼介だけで頭がいっぱいになり、うっとりとその身に全てを預けようとした拓海を阻んだのは、第三者の泣きそうな声だった。
「……何の罰ゲームだよ」
 あ、と思い目を開けると、ベッドの上に寝転ぶ金の獣。
 それでようやく、拓海はここが啓介の病室で、おまけに啓介の目の前だった事を思い出した。
「あ〜…アニキと藤原が上手く言ったのは分かった。すげー分かった。お、オメデトウ…」
 やたらと棒読みな啓介の祝辞に、拓海は今更ながら羞恥心が甦る。
 パッと唇を手のひらで押さえ俯いた。
 全身にはまだ快楽の熾火が沸々と宿っているし、散々なめ舐られていた唇は腫れて熱を持っている。
 ――は、恥ずかしィ…。
 キス自体慣れていないのに、誰かに目撃されているなど、拓海の許容範囲を超えすぎだ。
 恥ずかしすぎて顔を上げれない拓海とは違い、悲哀のカケラも失せた涼介は満足そうに拓海の肩を抱き締めた。
「ああ。報告がまだだったな。おかげさまで、お前の助力もあり上手く行ったよ。ありがとう、啓介」
 涼介について新たに知ったことがまた増える。
 …羞恥心が薄い。
 ――涼介さんって、何で平気なんだ??
 ましてや目撃していたのは自分の弟。
 拓海なら、もし自分の身内、父親であったり、または友人であるイツキ、池谷などにも目撃されようものなら、顔を上げられないどころではないのだが。
「…あ〜。なら良かったけど…。っつーか、理性無くなっちまってゴメンって感じだったけどさ」
 俯いたままの拓海の頭上で会話が進む。
「ああ。まぁ、それは仕方ない。理性が欠落するのも当然だ」
 寛容な兄の言葉に、啓介が不審そうな顔をする。
「俺の伴侶は魅力的だからな」
 ぼんやりしていた拓海はいきなり抱き寄せられ驚く。ナニゴト?と思い自分を抱き締める相手を見れば、心臓に悪いくらいの綺麗な顔が、うっとりとした表情で自分を見つめている。
「…ご、ゴチソウサマ」
 食傷したように、啓介が呟く。
 話が見えない拓海は、真横から襲ってくる攻撃力の高い魅惑にひたすら戸惑うばかりだ。
「しかし、怪我の具合は大丈夫か?俺が折っておいてなんだったが、あまり手加減などしなかったからな」
 真横に迫っていた涼介の顔が、スッと離れ啓介に向かう。
 迫られると困ってしまうくせに、離れてしまうとそれもそれで悲しい。
 フクザツだ…。
 う〜んと唸りながら、しかしその言葉で拓海はこの病室に来た目的を思い出した。
 啓介の見舞いだった。…たしか。
「あまり…っつーか、全く、だろ?まぁ、自業自得だからいいけどさ。ただ、思いっきりキレイに折ってくれたおかげで、こうやって寝込むのも今日ぐらいで済むだろし」
 うん?と拓海は首を傾げた。
 啓介の怪我はそんなに酷いものではなかったのだろうか?
 折ったとか、聞いたけど…。
「啓介さん、たしか…肋骨折ったとかって…」
「ああ。アバラ三本くらいイっちまってる」
 うん??拓海の首をかしげる角度が深くなる。
「一日で治るモンなんスか?骨折って??」
「普通は治んねーよ」
 んんん??
 混乱する拓海を助けたのは、頭を撫でる優しい手。
「だから、何度も言ってるだろう?俺も、啓介も普通じゃないんだって」
 涼介にそう言われ、あ、そうだったと漸く拓海も思い出す。
 見た目明らかに人間とは違う獣姿を見ているというのに、どうしても啓介たち相手に人間と同じ尺度を当て嵌めてしまう。
 しかし人外の生き物など初めて見たのだ。それは仕方ないと言うものだろう。
「俺らは基本傷の治りとか早ェんだよ。特に、この姿の時はな。だから今日はずっとこの姿のままだからさ、藤原、お前俺にあんま近付くなよ?」
「は?なんで??」
 啓介が獣の姿をしている理由は分かった。
 だけど何故それが近付くなという理由になるのかが分からない。
「お前なぁ…俺に昨日何サレタ?そんで、どうして俺はアニキに肋骨折られたんだよ…」
 さも、疲れたとばかりに溜息混じりに言われ、そう言えば…と、拓海も昨日の出来事を思い出す。
 聖女。
 甘い蜜。
 香る…。
「……匂います?」
 くんくんと、自分の体の匂いを嗅いでみるが、自分にはさっぱり分からない。
「匂う。プンプンに匂う。だからぜってー近付くなよ」
 本当に匂うのだろうかと、傍らの涼介に問いかけるように見つめると、涼介は苦笑したままポンポンと拓海の頭を撫でた。
 そんな拓海に、啓介があからさまにハァと溜息を吐く。
「俺はアニキの忍耐を尊敬するぜ…。ラブラブで、そんな匂ってんのに何でまたHしてねーの?」
 ピタリと、拓海の頭を撫でる涼介の手の動きが止まる。
「俺はてっきり、昨日もうヤっちまったもんだとばかり思ってたぜ?そんな状態、あんまり良くねーことなんて、アニキは十分分かってんだろ?」
 咎めるような啓介の言葉に、拓海は不安になり涼介を見上げた。
 涼介は苦悩を堪えるように目を伏せ、苦い溜息を吐く。
「……分かってるよ。だが…拓海の意思を尊重したい」
 拓海は昨晩の事を思い出す。
 ――蹴ったんだった…俺…。
 恥ずかしくて、戸惑って。
 思わず手ではなく足が出た。
 したいのはヤマヤマだけど、自分のペースを尊重してくれる涼介の考えは有り難い。
 拓海はそれで嬉しかったのだが、どうも今の会話から察すると、それはあまり宜しくないことだったのだろうか?
「…涼介さん?」
 涼介のシャツの裾を掴み、縋るように見上げると、彼は苦い笑みを零しまた拓海の頭を撫でてくれた。
 まるで、心配するなと伝えるように。
「アニキほどの力があれば、そいつが抵抗も出来ないくらいに魅了する事ぐらい出来ただろうが」
「それでは本当に拓海が俺を受け入れてくれた事にはならない」
「だけど!」
 ガバっと、啓介が勢いのままに起き上がろうとしたが、すぐに痛みに呻きまたベッドに戻る。
「…そんな悠長なこと言ってたら、またあいつらが…」
 呻きながら、呟かれた言葉に、拓海は目を細める。
 ――あいつら?
「お前の心配は有り難い。だが…俺は拓海を大事にしたい」
 じわ、と告げられた涼介の言葉に、拓海の胸がキュゥと甘く痛む。
「涼介さん…」
 嬉しくて、自分から涼介の体にしがみ付いた。
 涼介にくっ付いているとフワフワした気分になる。
 時々、胸が痛かったり、火が付いたように熱くなるときもあるけど、だいたいはフワフワしてる。
 甘くて、蕩けそうで、まるで空を飛んでいるみたいな気分だ。
 あの夢の中で、白い獣の背に乗り何度も飛んだ。
 確か、空を飛ぶ夢は性的欲求の表れなのだとか。
 だったら、涼介に触れていると拓海はいつでもそれを感じている事になる。
 ――涼介さんと…したいな。
 その時、初めて拓海は自発的に涼介と「したい」と思った。
 今まで拓海の欲求は受動的なものだった。
 けれど、バトルの時と同じ。自分から何かをしたいと、その時拓海は思ったのだ。
 ぎゅっと縋る体に込める力を強くする。
 ――この人が好きだ。
 強い力で思う。
 自分の中に、取り込みたいと、そう強く感じた。
 決心を込めて、拓海は涼介を見上げる。
「拓海?」
「あの……」
 Hしませんか?
 そう言いたかった。
 けれど、それは果たせなかった。
 口を開いた瞬間に、コンコンとノックをする音が響いたために。
 そしてガラリと、ドアを開け入ってきた侵入者により、拓海の決意はいったん中断される事となった。



 開いたドアから覗いたのは、涼介と同じ艶やかな黒髪の少女だった。
 どこか、面影が二人に似た少女は、涼介と啓介の姿を確認し、にっこりと鮮やかな笑みを見せた。
「啓兄。お見舞いに来たよ〜」
 おっとりとした口調で語る少女に、拓海は二人の妹なのかと思った。
 似通った容姿の、そして何より雰囲気が同じ少女。
 思わず、じっと少女を見つめていると、見られた少女も拓海をじっと見つめ返してきた。
 パチリ、と長い睫に覆われた大きな瞳が瞬きする。
 拓海を確認し、そして少女はまたニコリと微笑んだ。拓海に向かって。
「ああ。あなたが聖女さん?」
 問われ、拓海もまた瞬きしながら頷いた。
「あ…は、はい」
 微笑んだまま、少女は拓海に向かってペコリとお辞儀する。
「私、啓兄の従妹の緒美です。よろしくね?」
 拓海もまた、ぎこちない仕草で頭を下げた。
「ふ、藤原…拓海です。…よろしく」
 ふふふ、と軽やかな笑みを零しながら、少女は拓海の前に立つ。
「あなたの事はパパから聞いてるわ。啓兄のお嫁さんなんですってね?」
「……え?」
 どぎまぎしながら、けれど可愛い子だなと緊張が緩みかけていた拓海の体が強張る。
 拓海の表情に、緒美も怪訝そうな顔になる。
「違うの?パパたちが言ってたわ。聖女は啓兄のものだって」
 さも不思議そうに聞かれ、拓海もまた困惑するしかない。
 何も言えず、戸惑う拓海を助けたのはベッドの上の啓介だった。
「違う」
「え?」
 緒美の視線が啓介へと向かう。
 そこで初めて、拓海は傍らの涼介へと目を遣ることが出来た。
 ――涼介さん?
 涼介の表情は、先ほどの甘いものは消えうせ、固く厳しいものだった。
 感情を押し殺し、眉根を寄せ唇を噛み締めている。
「そいつは俺のじゃねぇ。藤原はアニキのもんだ」
 心臓が嫌な感じに跳ね始めた。
 少女のおかしな言葉。
 なのに何も言わない涼介。
 拓海は無言のまま、涼介のシャツの裾を握り締める。
「え?涼兄の?涼兄のお嫁さんってこと?」
「そうだ」
 ドクドクと戦慄き出す鼓動の奥で、啓介と緒美の会話が聞こえてくる。
「でも、涼兄のお嫁さんになるのは緒美よ?そう決まってるのに…」
 ドクン、と一際激しく心臓が鳴った。
 今、何を聞いただろう?
 困惑した少女の顔。
 啓介へ向けられていた戸惑いの視線が、ゆっくりと拓海の方へと向けられる。
 いや、正確には、傍らの涼介の方へと。
「本当なの?涼兄?」
 沈黙が永遠のように感じられた。
 やがて、微かな吐息の漏れる音とともに、強張った涼介の声が病室内に響いた。
「……そうだ」
 はっきりと、肯定する涼介の言葉に、漸く拓海の肩の力が抜ける。
「拓海は俺が目覚めさせた。俺のものだ」
 挑むような眼差しで、緒美を見返す涼介に漸く拓海の口からも安堵の吐息が漏れる。
 そんな態度から、涼介の決意を知ったのだろう。緒美は戸惑いを隠せないままに、曖昧に頷いた。
「涼兄がそう言うんだったら…緒美はいいけど…でも、おじさまたちやパパは黙ってないと思うよ?」
「…分かってる。覚悟の上だ」
 拓海は涼介のシャツの裾を握り締めながら、一人だけ取り残されているような気分を味わっていた。
 自分だけ、何も知らない。
 今、何が起こっているのか、何の話をしているのかさえ。
 ただ不安ばかりが募る。
 傍らの涼介を見つめるが、彼はもう拓海に微笑んではくれなかった。
 ただ硬い表情で目の前の見えない敵を睨みつけていた。



「…まさか…勝手に啓介のものにされてるとはな…」
 自嘲めいた涼介の笑み。
 その言葉で、拓海は涼介もまたその事実を今知らされたことが分かった。
 ぎゅっと、シャツの裾を握り締める力を強める。
「あの人たちが俺の存在を認めていない事は分かっていたつもりだったが…改めて思い知らされるとキツイな」
「アニキ…」
「涼兄…」
 悲痛そうな涼介の声。顔。
 けれど拓海はかける言葉を持っていない。
 何も、分からないから。
 今、涼介を苦しめているものが何なのか?
 どうして自分の相手が啓介とこの少女に伝えられていたのか。
 そして何より…。
 拓海は、慰めるように涼介の傍らに立ち見上げる少女を見る。
『でも、涼兄のお嫁さんになるのは緒美よ?そう決まってるのに…』
 確かに彼女はそう言った。
 それはつまり、許婚みたいな存在なのだろうか。
 胸にモヤモヤとした感情が広がる。
 知らず、じっと睨むような視線になっていたのだろう。緒美が涼介から拓海へと目を向ける。
 そして戸惑ったように首をかしげ、そのアーモンド型の大きな瞳を悲しげに伏せる。
 きれいな少女。
 人形にように優美で、そして愛らしい。
 体も、拓海とは違う。小柄で、けれどしっかりと出るところと引っ込むところがくっきり別れた体。
「あの…なぁに?」
 戸惑い、問いかけるその仕草や声音からも、少女の心に穢れが無いのが窺える。
 聖女と言うのはきっと彼女の方が似合う。
 コクリと唾を飲み込み、拓海は口を開いた。
「その…涼介さんのお嫁さんって……」
 こんな少女がいるのに、なぜ自分なのだろうか?
 両性具有になったから?それだけなのだろうか?
 拓海の問いかけに、少女が「ああ」と、ニッコリ笑顔を浮かべる。
「やだ。気にしないでね。小さい頃にパパたちの間で決めてた事よ?
 緒美は麒麟の雌で子供が生めないから都合が良いって」
「……え?」
 何か問題のある事を聞いたような気がした。
 ニコニコと微笑む少女を、拓海は不躾なほどに見つめる。
「緒美!」
 そんな少女に、咎めるような声を発したのは啓介だ。
 緒美を見る視線は恐いくらいに厳しい。
「…んなコトべらべら喋ってんじゃねぇよ」
 だが、緒美はそんな啓介を恐れることなく、ぷぅと頬を膨らませ大きな瞳を眇める。
「だって本当のことだもの。啓兄たちは麒麟の雄だから子供は作れるけど、緒美は雌だもの。万が一子供が出来たとしても、同じ麒麟と番えば獣しか生まれないようになってる。そう言われてるもの」
 何が起こっているのか?
 たぶん、重要な事を聞かされているのだろうが、拓海はその展開に付いていけていない。
 戸惑い、涼介を見上げると、強張っていた涼介の顔が先ほどより和らいでいた。苦笑を浮かべ言い合う二人の姿を見つめている。そして縋るような拓海の眼差しに気付き、コクリと頷いた。
 涼介のシャツを握る、拓海の手の上に涼介の手が重なる。
「麒麟にも雌雄がある。本来なら同種族同士で番うものなのだろうが、俺たちは聖女…拓海のような両性具有を好む。その理由としては、女性の陰の気だけではバランスが悪く穢れたものである事が最たるものだが、もう一つの理由として同種族間だと血が濃すぎて人型を取れない者が多い事が挙げられる。
 また雌が子を孕む可能性は10%にも満たない。その器官が発達してないのもあるが、俺たちは気を食う生き物だ。雌が子を孕んでも腹の中の子の気を喰い殺してしまうんだ」
 喰う。
 剣呑な言葉に、拓海はぎょっと目を見開いた。
 そんな拓海に、涼介は宥めるように髪を撫でる。
 見下ろす眼差しは柔らかく、拓海の知るいつもの涼介の眼差しだ。
「だから、俺たちは人に腹を借りる。とは言え…誰しもが聖女を手に入れられるわけではない。
 手に入れる条件。
 それは強い雄である事。それが条件となるのだが…」
 そこで涼介は言いよどむ。
 一度目を伏せ、また目を開ける。
 何かを振り切るように。
「……俺はその条件に当て嵌まらない。
 本来なら、俺は子を残す権利が無く、一生を終えなければならなかった」
 言葉が出なかった。
 強い雄。
 それが何故、涼介は当て嵌まらないのか?
 そして、ならば何故涼介は自分を伴侶にしたのか?
 許されないこと、そう分かっていながら。
「どうして…?」
 やっと出てきた言葉はそれだけで、聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何も聞けない。
 拓海の漠然とした質問に答えたのは緒美だ。
 場違いなほどに、おっとりとした明るい声。
「涼兄はアルビノなの」
 拓海は緒美を見る。やんわりと微笑む少女。
 迷いも、戸惑いも、一切の穢れの無い様子に、拓海は改めて目の前の存在が人外であるのだと言う事が理解できた。
 彼女は純粋すぎる。
 それは決して人間では有り得ない。
「緒美!」
 怒鳴る啓介に構わず、緒美は言葉を続ける。
「麒麟は金の毛並みを持って生まれるのに、涼兄は白いの。目も金じゃなくって紫だし。
 自然界でアルビノなんて遺伝子疾患よ?だから遺伝子的に問題のある涼兄は、強い雄には当て嵌まらないの」
 グゥゥと啓介の唸る声がする。
「だけど!アニキは誰よりも強い!アニキ以上に力を持った雄を俺は知らねぇ!たとえ、白かろうとアニキは誰より強い雄なんだ!聖女を持つ資格くらい十分にある!」
 ドクドクと心臓が嫌な感じに音を鳴らし始める。
 握り締めた手のひらの中が汗ばんで気持ち悪い。
「でも、たとえ強くても劣性遺伝子には変わりないわ。ある意味、強い力を持っているからこそ異端の証明とも言えるもの」
 異端。
 ドクン、と心臓が跳ねた。
 涼介を見上げる。
 涼介の瞳は、また見えない敵を見つめている。
 厳しく、睨むように彼方を見る瞳。
 ――涼介さん。
「だからパパたちは涼兄に緒美を番わせて、涼兄の遺伝子を残さないようにしたのよ?緒美は、涼兄は好きだから、緒美と結婚しても、誰かと幸せになっても涼兄が幸せになればいいけど、みんなに反対されてるのに聖女と番うなんて…本当にそれで涼兄は幸せになれるの?」
 純粋だからこそ、痛い質問に、拓海は息を飲んだ。
 じっと、涼介の返事を待つ緒美同様、彼の言葉を待った。
 そして。
 ふぅ、と静かに息を吐く音が聞こえた。
 見ると、涼介の表情は柔らかいものに変化している。
 目を丸くして見上げる拓海に、ニコリと鮮やかな笑みを落とし、そして緒美と、啓介の双方に向き合った。
「緒美は恋をしたことが無いんだな?」
 意地の悪そうな笑み。
 その表情こそ、拓海の好きな涼介だ。
 ほっと、強張っていた肩の力が抜ける。
 その肩に、涼介の力強い腕が抱え込むように回りこむ。
「俺は別に子を残そうなどとは思っていなかった。
 自分がアルビノである事は重々承知していたし、お前と形だけの婚姻をしてただ無為に一生を過ごすのも悪くないと思っていた。
 だが……」
 抱え込んだ腕が、拓海の体を抱き寄せる。
 頬が触れ合うほどに顔を摺り寄せられ、拓海は自然と顔を赤らめた。
「拓海に出会ってしまった」
 顔を見なくとも分かる。
 きっと涼介は誇らしげな顔をしているだろう。
 声音だけでもそれは窺えた。
「見てすぐに拓海が両性具有の因子を持つ存在だと分かった。
 本来なら、啓介に譲るべきだった。それは分かってる。
 だが俺はどうしても自分のものにしたかった」
 そこで、涼介は拓海を見つめた。
 まるで宝物を見つけた少年のような瞳。
 みるみる、赤かかった顔がさらに赤みを増していく。
 好きで好きで堪らない。
 そんな想いが伝わる。
 涼介みたいな人から、そう見つめられてこんな風にならない人はいない。
「だからお前の夢の中に侵入した。…嬉しかったよ。楽しそうに俺の話をしてくれて。本当は諦めるつもりだったのが、あれでさらにお前を欲しいと思った。啓介には悪いとは思ったが…どうしても拓海が欲しかったんだ」
 ゾクゾクと全身に悪寒めいた感覚が走る。
 それが快感なのだと、気付いたのが後になってからだ。
 足に力が入らなくて、クタリと涼介の体にもたれる。
 全身にまるで電気が走ったようだ。
 ――涼介さんは俺を殺す気だ…。
 これ以上、嬉しい言葉を聞かせられたら本当に死にそう。
「……でも、パパやおじさまたちは反対するわよ?他の一族のみんなも」
 少しだけトーンダウンした緒美の言葉。
 それでほんの少しだけ拓海の中のホワホワ気分が消える。
 ――そうだ。そう言う問題もあったんだっけ?
 けれど、そんな僅かに浮かんだ杞憂も涼介が吹き飛ばした。
「たとえ反対しても拓海は俺のものだ。それに……いくら反対しても構わないさ。誰も俺には敵わないからな。蹴散らしてやるよ」
 不遜とさえも取れる言葉。
 だがそれは決して不遜などではなく、真実なのだろう。
 それを裏付けたのは啓介の言葉だ。
「……まぁ…アニキに歯向かうには一族総出で決死の覚悟が無いとな…」
 実際に、アッサリと肋骨を折られた啓介の言葉に、拓海は思わず涼介を見上げる。
 ――涼介さんって…。
 どうやら、自分の旦那様はとんでもない人のようだ。
 けれど、それはそれで構わない。
 しかし、と拓海は考えた。
 本当にそうなった場合、涼介が肉親に対し非道にもなれるのだろうか。
 もし躊躇して後れを取ってしまったら…。
 涼介と引き離され、啓介の嫁にされてしまうのだろうか?
 ――それはイヤだ。
 絶対に嫌。
 ではどうすれば良いのかと考えた拓海は、とんでもなくシンプルで、かつ最大に効果のある方法を思いついた。
 必要なのは自分の覚悟。
 けど、それはさっきとっくに付いている。
 後は言葉に出すだけだったのだ。
 ぎゅっと涼介の腕を握り、
「涼介さん」
 問いかける。
 見下ろす涼介の瞳は、怪訝そうなものだが柔らかい。
 ――この人が好きだなぁ。
 だから、何だって出来る。
「Hしましょ」
 切れ長の端整な瞳は、拓海の言葉に見開かれ真ん丸になっていた。






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