「イヤだ!」
「ダメだ!」
「そんなの絶対に着けない!」
「ダメだ、着けろ!!」
玄関の扉を開けた瞬間に、そう怒鳴りあう声がした。
啓介は「またか…」と深い溜息を吐く。
最初は不安だった兄の暴走は、啓介の危惧するよりとんでもない事にまではさほど至っていなかった。
と言うのも涼介の相手である拓海が、恋愛ごとに物慣れていないせいか、突っ走ろうとする兄の抑制を担っているらしい。
だから今回のような言い合いも多少はあった。
暴走しようとする兄と、それを拒む拓海。
だが、今回はいつもよりも激しいような…。
そして声はリビングから聞こえてくる。
「ただいま〜」
あえて、大きな声を上げながらリビングの扉を開く。
そして啓介の目に飛び込んできたのはソファに押し倒される拓海と、のしかかる兄の姿。
啓介は驚き目を見開き固まった。
だが、驚いたのはその体制ではない。むしろ、そんな体制になっていることはよくあった事だ。
今、啓介が驚いたいのは…
「…啓介…見たな」
涼介が、恥じらい全身を真っ赤に染めて身を縮める拓海の上に自分のシャツを被せ隠す。
今垣間見たものが真実なら…拓海は裸にフリフリのエプロン一枚と言う姿をしていた。
いわゆる男の代表的な妄想…裸エプロン姿だったのだ。
そして同時に覚る。あの言い合いは、これだったのかと…。
ハァ、と啓介は深く溜息を吐きながら、バリボリと髪を掻き毟った。
「…アニキさぁ、そんな事やめろよな。藤原も嫌がってんじゃねぇか」
そして暴走しがちな兄への、弟としての心配から忠告をする。
「そんな嫌がることばっかしてたら、マジに嫌われちまうぞ」
啓介の言葉に、涼介が目に見えて萎れる。
「…だがな、やはり病気は心配だし…」
…ん?病気??
「でも、俺、イヤだって言ってるのに…」
啓介の言葉に後押しされたのか、拓海もまた唇を尖らせながら涼介を責める。
「だが、医師の卵としてやはり負担のかかるような真似は…」
「でも、…ヤだ」
その時になって、啓介は「ちょっと待て」と我に返る。
「…アニキ」
「何だ?」
「…病気って…」
「尿道炎などもそうだが、何より中出しは拓海の体に負担を与えるだろう?」
「…でも…中に出すの…あったかいし俺好きなのに…」
「……拓海…」
……あの…。
「えっと…」
「何だ?」
「何ですか?」
「……何の話?」
「だからコンドームだろ?」
「ゴムです」
ゴチン、と思わずよろめいた拍子に、壁に頭を打つ。脳内で星がクルクル回ったのは、決して痛みのせいだけではないはずだ。
「最初がナマでやったせいか、どうも拓海はコンドームが嫌いみたいでな」
「だって…あのキュッキュしたの俺、気持ち悪くて…」
「だが、本当は必要なものなんだぞ?」
涼介の説得に、またも拓海の唇が尖る。
「でも…あんな薄い膜一枚だって、俺と涼介さんの間に入れたくねぇし…」
子供のように拗ねた顔でありながら、目や仕草はやけに色っぽい。
それにもちろんヤられない涼介ではなく…。
「俺が悪かった!拓海っ!!」
「涼介さん…」
ひしっと抱き合う二人。
「そうとなったら、こんなものはいらないな」
そしてヒュンと、四角い物体が飛び、啓介の額にゴツンと当たる。
「…いってぇ…」
足元に落ちたそれを見れば…化粧箱に入った高級コンドーム。啓介の記憶が正しければ、友人が冗談混じりに買ったブラックカラーの優れモノだ。
『ジェルたっぷりでさ。彼女の感度もすげぇ良くなって…』
そう言っていたのを思い出す。
さすがアニキ。
拓海のためなら最善なのだ。
「…あ、ぅ、ダメ、涼介さん」
「どうして?拓海がこんなに可愛い格好をしているのに触っちゃ駄目なのか?」
そこにはもうすっかり出来上がった二人、エプロンの隙間から指を這わせる姿が何とも…エロい。
「…だって…啓介さんいるのに…」
「ああ、そうだったな。拓海のこんな姿を他の奴には見せられないな。…啓介」
「はいよ」
逆らう気は無い。
邪魔する気も無い。
だが正直、二人の濃厚なセックスには興味はあるが、啓介はまだ命が惜しい。
『今はこれだけで我慢するか』
足元の高級コンドームを拾い上げ、ポケットの中に仕舞う。
「んじゃ、お邪魔さま」
そう言い、リビングの扉を閉め、啓介は自分の部屋へと向かう。
そして雑然とした自室のベッドの下を探り、取り出したのは秘蔵のいわゆるAV。
以前気に入っていた、「淫乱奥様」シリーズだ。
階下では、ナマの淫乱奥様。そして二階では虚像の奥様。
このシリーズの売りでもある「裸エプロン」を眺めながら、啓介は兄の捨てたゴムを自身に嵌め、目を閉じる。
あの二人が付き合いだしてから、確実に啓介の自慰の回数が増えた。
その理由は…やはり煽られてしまうのだろう。
途切れ途切れに、AV女優の声に紛れて階下から艶のある声が響く。
脳内で、喘ぐ奥様の姿が、いつの間にか拓海に変わっていたのは…たぶん啓介の一生の秘密だ。