一体何が起こっているのか?
それを理解するよりも先に、熱い舌の動きが拓海の理性を壊す。
再度重ねられた唇は、先ほどよりも激しく拓海の舌へと巻きつき吸い付いてくる。
唇の合間から、時おり漏れ聞こえる荒い呼吸音と、互いの舌が立てる水音。
「……ぅ、ぅん…」
息苦しさに身を捩ると、唇が離れ、熱を孕んだ舌は首筋を辿り、拓海の体をまるで高感度の楽器のようにかき鳴らす。
湯気の立つバスルーム。
泡だらけだった拓海の体は、シャワーの滴と寄せられた涼介の身体と、這い回る彼の指により落とされ無垢のままの肌を彼の前に晒している。
自分の姿態よりも、そして今彼にされていることよりも、濡れる涼介の服と滴った彼の髪の方が気になった。
「…ぬれ…ます…だめです」
キスの合間に、そんな言葉を言う拓海の口をまた涼介が塞ぐ。
「五月蝿い」
いつも拓海に対し丁寧で、そして冷静沈着だった彼の、余裕の無い声。
それが拓海の心に熱を生む。
さらを助長するように這う長く器用そうな指。
ギラギラとした獣のような目が拓海を射る。
「…黙ってろ」
そして拓海の首を甘く食み、吸い付く。白い肌の上に付いた赤い彼の痕跡に、涼介は満足そうに微笑む。
腰を掴まれ、ぐいぐいと固くなった欲望を押し付けられる。
服の上からでも、そこが熱くなっているのが分かる。
その熱を感じた瞬間、拓海のどこか彷徨っていた意識がきっちりと現実を認識し始める。
『…涼介さん…勃ってる…』
焦った様子で自分の身体を撫で回し、そして堪えきれない状態の欲望をぐいぐいと押し付けてくる。
ドクン、と拓海の胸が震え、下肢に溜まった熱が一気に沸点近くにまで上昇する。
浅ましく勃ち上がった欲望の先端からドロリとした粘液が漏れている。その液が涼介の服を濡らし、湯とは違う染みを作る。
羞恥に身を捩れば、涼介がそれを許さないとばかりに拘束する腕の力を強め、さらに固くなったお互いの欲望を擦り合わせるように腰を動かす。
「…やぁ!…ダメ、です…やめ…」
必死に腕を突っぱね、過ぎる快感から逃げようとする。目尻に浮かんだ涙がポロリと落ち頬を伝う。
だが。
「…拓海…拓海…」
荒々しい呼吸で、余裕の無い表情でしきりに腰を揺らめかす涼介に、拓海の強張りが解ける。
こんなにも…彼が必死に自分を欲している。
いつもの涼介らしくなく、拙い仕草で。
彼が好きだ。
本当に好きで、感情のコントロールなんて出来ず、女々しくも一人部屋の中で彼を思い自慰を繰り返したこともある。
そして必ずと言って良いほど、その後に泣いた。
虚しくて、悲しくて。
でも、今は―――。
「…りょう、すけ、さん…」
名を呼んだだけで、切なくて泣いたこともある。
大好きで、死にそうなほどに大好きな相手が、いつもの冷静さのカケラもなく、獣のように自分を欲している。
それに喜びを感じるのは、決して間違いではない。
だから、
「……好き、です」
彼の身体を抱きしめ返し、拓海は告げた。
ずっと胸に秘めていた大切な宝物のような言葉を。
余裕なんて一切なく、必死な形相だったと思う。
ブルブルと指は震えていたのに、股間は浅ましく勃ち上がり、先走りの液まで漏らしているような恥知らずな体だ。
けれどそんな拓海の告白に、涼介は目を見開き凝視すると同時に…。
「……くっ…」
ブルリと密着した涼介の腰が痙攣する。そして目を閉じ、眉根に皺を寄せ、苦悶の表情で呻く。
ジワリ、と。
服越しでも温かいものが放たれたことが分かった。
性的には疎いが、まさか涼介の服の中に溢れたものが何であるのか分からないほど鈍くない。
驚き、涼介を見つめる拓海の前で、耐えるようだった涼介の表情が変化する。
綻び、「はぁ…」と快楽の名残を思わせる吐息をついた後、じわじわとその顔が朱色に染まっていく。
ギラギラと拓海を見つめていたその視線が反らされ、瞳の中にバツの悪い感情が浮かぶ。
そしてとうとう耳や首筋まで真っ赤に染めた涼介が呟いた。
「…クソ…情けねぇ…」
口元を手で隠し、顔を真っ赤に染め、心底情けなさそうに呟く涼介に、拓海の中枢が刺激される。
――好きだ。
その感情が全身を支配し、体の刺激よりも先に、心が快感に震える。
ぐん、と一気に感情の高まりが、下肢にも影響を与え、そして、
「…っ、う、ふぅ…」
どぷり、と拓海の欲望からも感情が爆発する。
ぎゅっと目を閉じ、衝撃に目を伏せていた拓海が再び目を開ける。
少し、トロンと潤んだ眼差しで目の前の涼介を見つめれば、ベッタリと腹のあたりを拓海の放たれた粘液で濡らし、イってしまった拓海を呆然と見つめる彼の姿があった。
遅ればせながら、自分の仕出かしたことに気付き、拓海は一気に全身を赤く染め、顔を手で隠しながら、ズルズルと壁にもたれるように座り込んだ。
…恥ずかしい。
よりによって彼の表情を見ただけで、何の刺激も受けていないのに射精し、しかも自分の出したモノで涼介を汚すのまで、全て見られていた。
情けなくて、恥ずかしくて彼の顔が見られない。
けれど、
「…拓海」
名を、呼ばれる。
甘く艶を帯びた声で。
それに逆らえず、拓海はそっと顔を覆っていた手をずらす。
すると目の前に、拓海と同じようにしゃがみこみ、心底幸せそうな表情で自分を見つめる彼がいた。
目は柔らかく、そして口元は綻んでいる。
お尻のあたりがむず痒くなってくるような、そんな零れんばかりの甘さを含んで。
そっと、彼が拓海の手を掴み、顔から引き剥がす。
真っ赤になった顔に、涼介の顔が寄せられる。
笑みを模っていた唇が、拓海のそれに重なる。
チュ、と軽く触れるだけの唇は、ニィっと三日月形の円を刻み、そして拓海が夢見ていた言葉を口にする。
「死にそうなぐらいに…」
いや、夢の中以上の言葉。
甘い眼差しと、表情で。
「…お前が好きだ」
涼介はきっと、拓海を殺したいに違いない。
『悩殺』
そんな言葉を実感できるくらいに、拓海は涼介のその言葉と表情に心ごと甘く射抜かれた。
濡れて張り付いた服を、焦れったそうに涼介が脱ぎとっていく。
手伝おうかと思い彼のシャツに手をかければ、余裕を取り戻した彼は、ニヤリと露悪に笑い、
「お前の役目はこっちだ」
と、早くも膨らんだ下肢に触れさせる。
カァ、とまたも拓海の顔が赤く染まる。そして唇を尖らせながら涼介を見上げれば、ニヤニヤと微笑む彼の顔があった。
悔しくて、その膨らんだ部分を握る。
「……うっ…」
呻き、少し顔を歪めた涼介にちょっと気が晴れる。
そしてもっと困らせたくて、ボタンを外し、ファスナーを引き下げ、下着ごとズボンを引き下げる。
「…っ、拓海?!」
まさか拓海がそんな事をするとは思ってもみなかったのだろう。途端、慌てたように涼介は腰を引くが、拓海の掴んだ腕がそれを阻める。
眼前に現れた涼介の欲望。
妄想の中ではモザイクをかけていた部分を目の当たりにする。
ほぅ、と拓海は感嘆の吐息を漏らした。
「…でっけぇ…」
おまけに声まで漏らしていた。
そんな拓海に、戸惑っていた涼介も苦笑を零す。
「期待以上か?」
からかうつもりで言った涼介の言葉に、けれど拓海は素直に頷く。
彼の体格から、自分よりは立派なものだろうとは思っていたが、目の前のこれは拓海の予想以上に形が整っている。自分の、どこか覚束なさの感じるそことは違い、涼介のは明らかに大人の使い込んだ成熟した形をしている。
それに同じ同性として悔しさと、羨ましさを感じる。
そして同時に、好きな相手のそんな場所を使い込ませた過去に、胸が焼ける。
仕方のない事だと思うが…悔しい。
たちまち不機嫌になった拓海の表情に、涼介が戸惑い声をかける。
「…気に入らないか?」
ハッと我に返り、慌てて首を横に振る。
「…そうじゃなくて…何か悔しくて」
「何が?藤原のも良い形じゃないか」
クス、と微笑まれながら拓海のを見ながら言われても説得力がない。それに悔しさはそれでは無い。
「涼介さんの…大人だからいっぱいシタんだろうなぁ…とか」
思いもがけない言葉に、涼介の目が見開かれる。
「あのな…」
と、涼介は苦笑し拓海の膨れた頬を撫でる。
「確かに…シタことは…した。だが、これからそれよりもいっぱいお前がしてくれるんだろう?」
可愛らしい嫉妬。
それは涼介の喜びを深めるだけにしかならない。
そう囁くと、拓海はきょとんとし、そしてパチパチと数回瞬きをした後に、
「…あ、そっか」
と頷いた。
色気があるのに、天然。
わざとじゃないところが恐ろしい。
ぐん、とさらに嵩を増した欲望に、拓海が驚いた顔をする。
そんな拓海の手に、涼介の欲望を握らせながら、耳元に囁いた。過去、幾度も女たちに言われた、「腰砕け」にする声音で。
「だから…早く脱がせてくれ。…お前が欲しい」
トロン、と拓海の瞳に艶が帯びる。うっとりとした眼差しで涼介を見つめ、照れ笑いの表情で微笑んだ。
「……うん、涼介さん」
素直に頷き、
「俺も…欲しい」
感情を吐露しながらも、肌や表情は羞恥に染まる。
腰砕け、だの。骨抜き、だの。
それらの形容詞は涼介が相手に与えるものであって、決して自分がなるものではなかったのだが…。
涼介の服を一生懸命な仕草で脱がせる拓海の柔らかな髪を撫でる。
指先から感情が伝わるなら、きっと今頃拓海は冷静でなどいられないだろう。
惚れた方が負け、とはよく言ったものだと涼介は先人に思いを馳せる。
「一生負けっぱなしだな、きっと…」
だが、心地好い。
微笑みながら漏れた呟きに、拓海は不思議そうに首をかしげたが、またせっせと手を動かし服を脱がせる行為に戻る。
そして涼介の衣服を全て剥ぎ取った拓海は、達成感からかこの場には相応しくないほどの晴れやか笑みを零す。
だがすぐに、涼介の全裸の姿に気付き、戸惑い頬を染め視線を彷徨わせる。
…本当に、可愛い。
このままではまた、触れもせずにまた欲望が爆発する羽目になりそうだ。
だから。
涼介は腕を伸ばし、拓海を掴む。
互いの素肌を触れ合わせ、邪魔な布地の無い状態で拓海を抱きしめる。
さっき付けた首筋のキスマークに、再度舌を這わせ、ケダモノの顔で囁いた。
「可愛いな、拓海。どこもかしこも旨そうだ」
だから、と舌なめずりをする。
「…食わせろ」