Darling

act.1


 藤原拓海は自分が嫌いだ。
 顔も、体も、声も、そして茫洋として、はっきりとしない自分の性格も嫌い。
 小さい頃はまだ、自分の欠点などを気にせずにいられた。
 けれど思春期を迎え、周囲の成長と自分が外れていることに気付いた時から、拓海は自分が嫌で堪らない。
 それなのに。
 彼女はそんな拓海に好きだと言う。
「緒美は拓海ちゃんが好きよ」
 どうして?と聞くと、彼女は笑う。
「だって、キレイだもん」
 そう言いながら、拓海の腕にしがみつく。華奢で小柄な体、そして見上げるその愛らしい表情に、キレイなのは彼女の方だと告げれば、「そうじゃないの」と首を振る。
「分かんないかなぁ。見かけもそうだけど、性格って言うか、雰囲気がなの。拓海ちゃんはキレイだよ」
 そんな事はない、と首を横に振っても彼女は頷かない。
「見えないものだから、気付きにくいけど、でもそうなの。分かる人には分かるよ。だから…」
 そして彼女は笑う。
「きっと――も、絶対に気付くから」
 その瞬間から、拓海は彼女を好きになった。





「…あいつら、最近仲良くねぇか?」
 何気なくを装いながら、けれどわざと自分に聞かせるように呟かれた弟の言葉に、高橋涼介は振り向いた。
 案の定、そこには苛立ちを隠せない様子で、落ち着かなさそうに視線を彷徨わせている弟の啓介がいる
 ハァ、と溜息を吐きながら、啓介が欲しがる言葉を涼介が吐き出す。
「…あいつらって?」
 相談したいのなら素直に聞けばいいのに、こんなふうにまどろっこしく聞いてくるのは啓介の悪い癖だ。だがそんな弟の子供っぽさを、どこか容認している自分もまた悪いのだろうが。
 涼介から反応が返ったことで、伏し目がちだった啓介の顔が上がる。名前を呼ばれた犬のような顔。小さな頃から変わらない弟の表情に、苦笑が浮かぶ。
「緒美と藤原だよ。…あいつら、よく一緒に出かけてるみたいだし…」
「気になるのか?」
「…別に…そりゃ従妹だし…。…アニキは気にならねぇのか?」
 素直じゃない。
 昔からそうだった。
 啓介は彼らの従妹の緒美に優しくしてやりたいと思いながら、素直になれず意地悪ばかりをする。
 そして今ではすっかり立派な喧嘩友達だ。
「気になる…と言えば、気になるが…」
 啓介に答えたこの言葉は嘘ではない。ただ、啓介とは意味が違う。
「だろ?…あいつら、付き合ってんのかな…」
 緒美と拓海が付き合う。
 有り得ることだ。
 同じ年の二人は、年の離れた自分たちより余程話も合うし、気も合うだろう。
「…藤原も…」
 と、涼介の視線がリビングの奥のキッチンに向かう。そこには噂の、緒美と拓海が並び料理を作っていた。
 同じチームに入り、以前より明らかに親しくなったとは言え、まだまだ拓海の態度から強張りは抜けない。けれど今、緒美といる拓海からはリラックスしきった柔らかな笑みが零れ落ちている。
 涼介の前では、絶対にしない顔だ。
「…俺たちといるより、楽しそうだしな」
 いつもビクビクして、そして視線をまともに合わせようともしない。
 それに痛みを感じる理由。ずっと認めたくなかったその感情を、最近涼介は気付きつつある。
「…じゃあ、やっぱ、そうかな…」
「気になるなら聞けばいいじゃないか」
 そう言いながらも、啓介がそれが出来ないことを知っている。そして自分も。
 事実を知りたくない時もある。特に、こういった面においては。
「…聞けるかよ。別に…俺はそんなに気になってなんかねぇし…」
「そうか?じゃ、別にいいだろ。知らないままで」
「…でも、さぁ…」
 素直じゃない弟。そして素直になれない自分。
 そんな自分たちと対照的に、彼女は素直だ。
「なぁに?何の話?」
 出来上がったばかりの料理の乗ったお盆を手に、緒美が涼介たちが座るソファの後ろに立つ。啓介の顔が歪み、涼介もまた顔が一瞬強張った。
 丁寧に湯気の立つ料理をテーブルに並べていく緒美の様子に、肝心の箇所は聞かれていないようだと安堵し、作り物の笑みを浮かべた。
「…いや、その料理はちゃんと食べれるのかって、啓介がな」
「あ、アニキ?!」
「ひど〜い、啓兄。緒美だけならそう言われても仕方ないけど、今日はちゃんと拓海ちゃんも一緒に作ってくれたんだもん。だから大丈夫!」
 膨れながらも、拓海の名前を言う時には嬉しそうに笑う緒美の表情に、また涼介の胸に針が突き刺さる。そして啓介にも同じ痛みが走ったのだろう。ふてくされた顔でそっぽを向いた。
「拓海ちゃんね、毎日家事してるからすごい料理が上手いんだよ。緒美も頑張ってるつもりだったけど、拓海ちゃんには全然かなわないの」
 嬉しそうに拓海の自慢をする従妹。
 ずっと妹のようにかわいがっていた彼女に対し、苛立ちを感じたのはこれが生まれて初めてだ。
「そうか」
 と答えながらも、内心の醜い感情を抑えるのに必至だ。啓介などはもう聞く気もないらしく、煙草を取り出し口に咥え、ライターの火を着けようとしている。
「あ、啓兄!煙草はダメ!料理に匂いが移るでしょう?!」
「ああ?うっせーなぁ。いいじゃねぇか。」
「良くないよ!せっかく拓海ちゃんが作ってくれたのに…」
 啓介は短気な方だ。だから沸点はすぐに訪れる。そして今回もそうだった。
「別に作ってくれなんて頼んでねぇよ!…俺、メシいらねぇ」
 ふてくされ、そして立ち上がり、乱暴な足音を立て部屋を出て行った。
 子供のような態度に、緒美は「啓兄のバカ!」と怒り、涼介は溜息を押し殺せなかった。
 啓介のそんな態度に慣れた涼介たちには、彼の態度に対し呆れは覚えるが、気にはかけない。もうしばらくすれば、頭の冷えた啓介が帰ってくることを彼らは経験上知っているから。
 けれど、拓海はそうではなかった。
 緒美と啓介の言い合いを聞いていたのだろう。
 傷付いた表情で立ち尽くす、拓海の姿が見えた。
「あ、あの……」
 そして涼介と目が合った瞬間に、俯いた。
「オレ…のせいですよね…。すみません、余計なことして…」
 体の中で、何かがザワザワする。ドキドキと激しく鼓動が高鳴り、頼りなげな風情の拓海を慰めたいという欲求が沸き起こる。
『お前のせいじゃない』
『大丈夫だ』
『安心しろ』
 抱きしめ、そして自分の腕の中で笑顔をさせたい。
 けれど、
「ふじわ……」
 言葉を紡ぐよりも先に、ソプラノの澄んだ声が響く。
「違うよ!あれは啓兄が悪いの!もう、いつまで経っても子供なんだから…。拓海ちゃん、気にしなくていいからね!」
 そして細い腕が拓海の体に抱きついた。
 細く、小さな体が、華奢とは言え彼女よりも一回りは大きな体に重なる。
 緒美の細い腕の先の手のひらが、拓海の俯いたままの顔を掴み持ち上げ視線を無理やりに合わせる。
 ニコリ、と緒美が安心させるように微笑めば、拓海またそれにつられるように、遠慮がちな笑みを浮かべた。
 その顔は自分がさせたかった。
 けれど自分にはそれが叶わない。
 その事実に、焼きつくような胸の痛みと激しい憎悪に、涼介はごまかしきれないと悟った。
 そうだ。
 逃げられない。
 これは、恋だ。
 同性の5歳年下の少年を相手に、涼介は焼け付くような恋心を抱いている。



2006.7.23


1