Dirty Magic

act.7 それぞれのカタルシス


 でぶよさらば。
 そして。
 童貞よこんにちは。


 ……そう。実は涼介は恥ずかしながら、23歳の今まで誰ともHはおろか、キスさえしたことのない清らかな人だった。
 何しろ17年間苛められっ子の引きこもり。その後も拓海一筋6年間。
 プロジェクトMの活動に、啓介が「女修行」と言う項目を付け加えたかったのだが、女性陣の拒絶に合い、また涼介も「好きな人以外とするなんて!」と貞操観念が固かったため、誰ともそういった接触がなく過ごしてきたのだ。
 もちろん、そっち方面の勉強は欠かさなかった。
 だが。
 百聞は一見にしかず。
 その言葉通り、涼介は拓海のほうから仕掛けられても、緊張のあまり硬直してしまい、あげく大事な息子さんは雄々しく立ち上がることもなく、うなだれたまま涼介のズボンの中に引きこもるなどと言う、昔の彼そっくりの有様さえ晒している。
 オタデブな時代を知られるよりも、涼介はこの事実を知られたくなかった…。
 だがもうごまかせない。
 拓海は勘が良い。あの眼差しはもう涼介のそんな葛藤全てを見透かしているようだ。
 ――もうお終いだ…。
 オタデブであった事を知られた時に覚悟した別れを、涼介は再び抱くことになった。
 ……が。
 なぜか目の前の拓海の大きな茶色の瞳に嫌悪の色はなく、しかも何やらキラキらとした星のような輝きが瞬き始めている。
「た、拓海?」
「お、オイ、藤原??」
 普通の反応とはかけ離れた拓海の様子に、涼介と啓介は思わず声をかけた。
 瞬間。
 ぽろりと零れ落ちた拓海の涙。
 そして彼の可憐な唇から零れたのは、涼介には予想もつかない言葉であった。
「涼介さん、俺……すげぇ嬉しいです…」
 啓介も、まさか拓海の口からこんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。口をあんぐりと開けたまま、呆然としている。
 だがキラキラ拓海は、涼介の手のひらをぎゅっと握り締め、そして上目遣いで彼を見上げた。
「ねぇ、涼介さん。もしかして、キスも俺が初めてだったんですか?」
 な、何だか色っぽいような気が…。戸惑いながらも涼介は頷いた。ちなみに腰は引けている。
「あ、ああ…。情けないだろう?こんな年でそんな…」
 自嘲気味に呟く涼介に、拓海はカッ、と目を見開き、脇にあったテーブルを拳でドンと叩きつけた。
「んなことねぇよ!」
 …重厚な樫の木のテーブルに…ヒビが…。
「俺はあんたが何もかも初めてだって知って、すげぇ嬉しいんだよ!もし、俺の他に誰かとしてたんなら…俺…あんたもその相手にも、何するかわかんねぇよ」
 …何するんだろう…。そう思ったのは涼介。しかし本能的に背中に悪寒が走り、脂汗が浮き出てきている。
 そして啓介は、
『ぜってぇ、骨の一本か二本は折るんだろうな…いや、半殺しか?』
 と正解に近い答えを得ていた。
「本当に俺以外の誰ともしてないんスよね?!」
 念を押す拓海に、涼介は事実であるので「う、うん…」と頷いた。
 その答えを聞いた拓海は、六年前のあの時に一人の青年をオタデブからモテオに変身させた、花が綻ぶような笑顔を見せた。
「良かった」
 その笑顔に、心をときめかす涼介。ああ、俺は理想の人を手に入れた…ジーンと感動のままに、彼の細身の体を抱きしめようとしたその時、またもや拓海が爆弾発言。
「じゃ、今からしましょう」
「は?!」
「………」



 啓介は言葉も出せず、ただ震えるのみ。あのにっこりと微笑む笑顔。自分には分かる!あいつは笑いながら他人の肋骨が折れる奴だ!!コエー、すげーコエーよ…。
「Hですよ。すぐしましょう」
 やっと拓海の言葉を理解した涼介。切れ長の瞳を大きく見開き、まじまじと笑顔の拓海を凝視していたのだが、やんわりとかなりヤバめなところに触れてくる拓海の手の動きに、それが本気なのだと悟られた。
 一気に涼介の顔から血の気が引き、青ざめる。
「た、拓海、そ、そんな…」
「大丈夫。俺もあんまり慣れてねーけど、相手、エロい親父とかに仕込まれたやつで、色々教えてもらったから」
 過去の拓海の経験を知り、涼介は顔をしかめ背けた。
「そんな話は聞きたくない!」
 そんな涼介に、拓海は「くすっ」と笑い、彼の頬に手をやり視線を自分に戻させた。
「嫉妬、してるんですか?でも、しょうがないじゃないですか。俺、涼介さんのこと、ずっと好きだったけど、男同士だから諦めようとして…誘われるままにしちゃっただけで。涼介さんがもっと早く俺に好きだって言ってくれたら、俺もしなかったですよ?」
「け、けど…」
「これからは絶対に誰ともしません。約束しますから」
「拓海…」
「だから涼介さんも誰ともしないで下さいね?」
「あ、ああ。それは勿論…」
「じゃ、そう言うことで…しましょうか?」
「………え?」
「もう、俺、我慢できないです。涼介さん、こんなにおいしそうなのに…俺、ずっと我慢してきたんですよ?」
「お、おいしそうって…」
「ねぇ。いいでしょう、涼介さん?」
 …いや、そんな可愛らしく小首かしげながら、そんな事いわれても…。
 戸惑う涼介に、だんだん拓海も焦れてくる。
「もう付き合って三ヶ月なんですよ?いいじゃないですか。全部俺がリードしますから」
「や、三ヶ月って…まだ、そんな…」
「もう!怖いんですか?!」
「え、あ、う、うん…」
「大丈夫です。俺に任せて下さい」
「でも、そんな…」
「涼介さんのこと、大切にしますから!!」

 …その時、はたから見ていた啓介は気付いた。
 この会話…どう考えてもアニキの反応が受け(…毒されてます)って感じなんですけど?!!
 ま、まさかなぁ…ハハハ…。
 浮かんだ恐ろしい考えに、必至に抵抗しようとする啓介。だが。

「や、止めてくれ、拓海!」
「あー、もう面倒くせぇなっ!」
 ごすっ!
「…う…」
 ぱたり。

「………」
 啓介は見た!
 拓海が兄のみぞおちに拳を入れて、兄を気絶させた瞬間を!!
 そして拓海は、意識のなくなった涼介を肩に軽々と担ぎ上げ、そして驚愕で固まっている啓介に、鋭い眼差しで威圧した。
「啓介さん」
「…は、はい…」
「邪魔したら、殺しますよ…」
「………!!」
 高橋啓介。21歳。
 恐怖と言うものが、どんな形をしているのかを理解した瞬間だった。
 そしてのしのしと勇ましく、兄の部屋へと向かうべく、兄を担いだまま階段を上っていく拓海の背中に向かって兄の冥福を祈り手を合わせた。
『アニキ…許してくれ…俺は…こんなに恐い思いをしたのは初めてだ!!』
 啓介は弱い自分を悔やんだ。だが、恐いものは恐い。
 なのでせめて事後の兄のために、痔の方の御用達、お尻にやさしいドーナツ型座布団を買ってこようと、FDのキーを持ち自宅を出た。
 決して。
 決して、自分は逃げたわけなじゃない!
 そう心の中で叫びながら。
 だから。

「ギャ―――!」

 兄の叫び声など、絶対に聞こえなかったのだ!!…と思う…。






 翌日。
 武内イツキはかかってきた電話に出ようか出るまいか、悩んでいた。
 着信の相手は「藤原拓海」。彼の幼馴染であり親友であった男だ。
 コール音が10回を越えた頃。意を決してイツキは電話の受話器を取った。
 そして後悔した…。
『あ、イツキ?俺、昨日やっと涼介さんとHしたんだけどさー』
「………そ、そうなんだ…よ、良かったジャン…」
『うん。最初涼介さん抵抗してたけど、あんまり面倒くせーから、殴って意識なくした隙にヤっちゃったんだ』
「!!!!」
『一応イツキには心配かけたから、報告だけしとこうかと思って…』
「………そ、そうか…」
 武内イツキ。18歳。
 今までの人生で、こんなに驚いたことは未だかつて無かった。
 そして。
 彼はどうしても親友に言えなかった。

 …お前のしたこと…それは紛れもなく強姦だよ?……と。

 イツキは静かに涙を流し、かつてのカリスマと親友の行く末を案じた。



 そして場所は変わって同じ頃。
 息子の電話の内容を聞いてしまった、某豆腐店の親父は、
『…高橋さんちにうちのが嫁にいくっってぇ話だったと思ったんだが…向こうが嫁に来んのか??』
 と煙草の煙を深く吐き出しながら首をかしげた。
 高橋クリニックとの豆腐の永続的購入とともに結ばれた、契約の内容にはそんな事が記されてあったのだと思ったが、どうやら契約内容は少々変更する必要があるようだ。
 元々、それには拓海本人の意思が優先されるという条項があった。つまりはこれが拓海の意思だという事だろうか?
『何にしろ、あいつに惚れられちまった奴は…大変だよなぁ…』
 自分の息子の性格を把握している父は、しみじみと溜息とともにそう呟いた。
 だが、その後。
 甲斐がいしく、太りやすい涼介のために豆腐や大豆食品などで低カロリー、低脂肪のお弁当をせっせと作り、差し入れに向かう息子の様子に、やはりうちのが嫁なのかな?と思い始めた。
 けれど、そうやって考えれば考えるほど、どうもお尻の人に言えない部分がむず痒くなってくるようで、



 文太は考えることすべてを放棄した。
「…あいつらが幸せそうなら、そんでいいか…」
 ボリボリと尻を掻きながら、そう呟いた文太の言葉は、彼等の周りの人間すべてに共通する思いであった。




「涼介さん。はい、お弁当」
「ああ、ありがとう。いつもすまないな」
「いいんです。俺が涼介さんのためにしたくてしてるんですから」
「拓海…ありがとう。嬉しいよ」
「…涼介さん」
「何?」
「…Hしたいです」
「…………」
「今すぐ!」
「…………!!」
「じゃ、早速…」
 ひょい。ずるずる…バタン…。
 そんなふうに。
 今日もふたりは幸せ。



2005.10.13
※オマケあります。

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