Dirty Magic

act.2 啓介と隠し事


 拓海が高橋邸に着いた時。
 目当てのはずの涼介は留守だった。
 先ほどのメールで、
『もうすぐ帰れそうだから、家で待っていてくれ』
 そう返事があったので、嬉々としてやって来たのだが、いたのは彼の弟である啓介一人だけであった。
「さっきアニキから電話あって、トラブルがあったから帰るの一時間ぐらい遅れるってさ。で、戻るまでそのまま家で待っててくれってよ」
 もう座り慣れてしまった高橋家のリビングのソファに座り、拓海は落胆する気持ちを抑え切れなかった。
「…そうですか」
 彼等の仲が進行しない理由の一つに、涼介の忙しさもある。拓海も社会人。やはり仕事などで忙しく、中々都合が合わなかったりすることもしょっちゅうだ。
「オイ、どうしたよ。やけに暗いじゃん」
「…いえ、別に」
「別にってツラじゃねぇだろ?溜めてねぇで言ってみろよ、ホラ」
 涼介の弟である啓介は、本来なら茨の道である兄と拓海の交際に、最初から好意的であった。逆に「良かったな」などと喜ばれたぐらいである。
 しかもその反応は、この啓介だけでなく彼の親友の史裕も、果ては従妹の緒美まで同様であった。
 もしや本当は彼等は皆、涼介が本気ではなく拓海とは一時的に付き合いであると知っているから、そんな態度なのだろうか?不安は、そんなネガティブな思考まで呼び寄せる。
「…啓介さんは…涼介さんが俺と付き合うって時に…何で反対しなかったんですか?」
 そして元来、拓海はあまり隠し事など出来ない体質だ。つい思っていたことをポロリと零してしまった。
「ハァ?」
 拓海はすぐに自分の失言に気付き、気まずそうにそっぽを向いて、視線をそらした。
「…何でもないです…すいません」
 しかし確かに聞いた啓介は納得しない。ドスンと拓海の前のソファに音を立てて座り、バリバリとその立ち上げた金色に近い髪を掻き毟る。
「何でもないってツラじゃねぇだろって。…何で反対しなかったかって?そりゃ、反対する理由がねぇからな。アニキはお前が好きだし、お前もそうなんだろ?じゃ、それでいいじゃねぇか」
「…でも、男同士じゃないですか」
「何だよ、突っかかるな。お前、反対して欲しかったのか?」
「そう言うワケじゃないですけど…」
「けど?」
「…不安…なんです」
「不安って、何が?」
「色々です。やっぱ、涼介さん長男だし、結婚とかしなきゃいけなくなったら、俺なんて捨てられるのか、とか…」
 不安そうに俯きながら、ぽつぽつと語る拓海。啓介はそんな拓海の見ながら、呆れたように鼻で笑った。
「アニキがお前を捨てる?絶対ねぇな。そんな事」
「でも…」
「仮に、捨てることがあるとしても、アニキからは絶対ないね。お前からだってんなら分かるけど」
「何でそんな事いえるんですか」
「そりゃ………あ、あー…まぁ、アレだ。生まれた時からアニキの弟だからな」
 それまで自信満々な様子だった啓介が、いきなり気まずそうに視線を逸らしながらそう言った。
 拓海は鈍い方だ。だが勘は悪くない。だから気がついた。
 …啓介は何か隠し事をしている、と。
「お前はアニキを信じてればいいんだよ」
 啓介の冷や汗が増えている。拓海は確信した。
「啓介さん」
「お、おう」
「俺に…何か隠してるでしょう?」
 途端、手に持っていた雑誌を、白々しく広げて読む振りをする啓介。しかし雑誌は逆さまと言うベタな有様だ。
「は、はぁ?お前、何言ってんだ?あ、それより今度のバトルの峠、すっげぇヤな感じなとこだよな?」
「…啓介さん…」
「…はい」
「言わねぇと…肋骨折りますよ?」
 …こわい…。
 啓介は恐怖した。
 かつて、彼もやんちゃしてた時期があった。だから分かる。こいつはやる!しかもかなり強ェ…。



「お、俺の口からはちょっと…」
「じゃ、質問変えます。涼介さんは俺のこと、ちゃんと好きなんですか?」
「おう。それは絶対だ。賭けてもいいぜ」
「じゃあ、何で涼介さん、俺に何もしないんですか」
 ………?
 質問の意味が分からず口を開けたまま首をかしげる啓介。その啓介の眼前で、先ほどまで氷の微笑張りに冷気を放っていた拓海の頬が、どんどん真っ赤に染まっていく。
 その艶っぽい様子で気がついた。
「…俺から、その、抱きついても、困ったみたいにすぐ離れるし、キスも舌とか入れても、全然返してくれないし…それに何より、俺が裸で迫ったのに、あの人、全然欲情してくれなかったんですよ?普通、好きなら、勃ちますよね?!啓介さん、どうなんですか??」
 …えーと、ど、どうなんでしょうね…。って言うか、お前、大人しそうな顔して、そこまでやってたか…。
「涼介さん、不能なんですか??」
「…や、そう言うわけじゃないと思うけど」
「じゃ、どう言うわけですか!」
「や…えーと…その…」
「やっぱり俺に魅力が無いってことじゃないですか…涼介さん、同情で付き合ってくれてたんだ…」
 ぼろぼろと涙を零し始めた拓海の姿は、正直、男と分かっていても、かなりクるものがある。そしてその姿は同情を誘う。啓介のかたくなだった心を、その涙が崩した。
「……分かった。正直に言う」
「本当ですか」
 顔を上げた拓海の表情には、先ほどまで泣いていた形跡などどこにも無い。啓介は見た。拓海の涙が赤い事を。
 …お前、嘘泣きなのかよっ?!しかも目薬まで…。
 赤い色つきの目薬だったのは、拓海のトボけた性格故だろうが、まんまと騙されてしまった啓介はその場にがっくりと崩れて動けなくなってしまった。
 …こわい。こいつマジこわい…さすが、俺やアニキに勝つだけの奴だぜ…。
「啓介さん。約束しましたからね。絶対に言ってもらいますから」
 にっこり。微笑む拓海の大きめの瞳からは殺気が溢れている。
「じ、実は……」
 そして。
 やっと啓介が語りだしたのは、あの赤城の白い彗星、群馬のカリスマと呼ばれた高橋涼介の、衝撃の過去だった…。



2005.9.30

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