Dirty Magic

act.5 プロジェクト“M”


 涼介の楽しみは毎日五度の食事と、日々自分に優しい言葉と笑顔を見せてくれるネットアイドル。
 だが拓海に出会った後はすべてが色あせて見えた。
 思い浮かぶのは拓海の柔らかな笑顔。頬を染めて照れたようにそっぽを向く顔。
 その日から食事をすることすら忘れ毎日ぼんやりする涼介の様子に、家族はすぐに異変を察した。
 いわく、
『…あの涼介が、食事の時間を忘れるなんて!!』
 と。
 特に啓介は、病院経営で忙しい両親に代わって色々面倒を見てもらっていたせいで、ブラコン気味なところがあった。彼は小学校時代からよく喧嘩をする子供ではあったが、全部その理由が、
『お前の兄ちゃん、すっげぇデブなんだって?しかもオタクでキモいって評判らしいな』
 と言う兄への悪口に、
『アニキを馬鹿にするな!』
 とやり返していた為だった。
 そんな啓介にとって、兄の一大事。
 ベッドに寝転がり、拓海のプリントを抱きしめて、どこか遠い所を見つめながら時折溜息をもらす涼介。いつまでたっても二階の自室に閉じこもったまま降りて来ず、心配になり食事を運んで来た啓介は、そんな兄の様子を見てさらに不安を募らせた。
「なぁ、アニキ。いったい何があったんだよ?一食で米一合は食べてたアニキが、メシ食わないなんて、すげぇ事だぜ?」
「…啓介」
「それとも俺にも言えない事かよ?」
 涼介は項垂れながらも首を横に振った。
「…そうじゃない。ただ…俺にも説明できないんだ。この、気持ちを…」
「気持ち?」
「ああ。聞いてくれるか?」
 そして涼介が語ったのは、拓海に助けられた一部始終。それ以来、彼の顔が頭から離れず、食事も咽喉を通らないこと。
 それらを聞いた、啓介は勉強は芳しくないが、兄と違い引きこもりではなく社交性もあったのですぐに気がついた。
「アニキ」
「何だ?」
「…そいつのこと、好きになっちまったんじゃねぇか?」
「え?」
「アニキの症状は…間違いなく恋ワズライってやつだよ」
「え、え?でも…相手は男の子だし…」
「関係ねぇよ。好きになっちまったんだろ?」
「だって…まだ小学生なんだぞ?」
「う…そいつはさすがに関係あるかな…」
 引きこもりのオタクと言うだけでも社会性が著しく欠如しているというにの、ホモはともかく、小学生を相手にするのは犯罪である。啓介もさすがにそこらへんは容認できなかった。
 だがその時。
 バタン、と入り込んできたのが、従妹の緒美。
「話は聞いたわ、涼兄。そんな事なら私に任せて!」
 彼女は涼介の両親に、彼の異変を聞き駆けつけたのだ。彼女も啓介と同様、昔から子ども扱いせず一人前のように扱ってくれる優しい涼介を慕っていた。
「…それで、涼兄。その子の年はいくつ?」
 突然部屋に侵入し、やたらと目をキラキラさせ、勢い込んで問いかける緒美に、年上の従兄弟たちは気圧されたようになった。
「え、あ、六年って書いてあったから…緒美と一緒じゃないかな?」
「私と一緒?ってことは、今11か12歳ってとこね…」
 ブツブツ言いながら、緒美は指折り数えて、涼介の眼前に六本の指を差し出した。
「涼兄、六年よ!」
「え?」
「は?」
「涼兄がその子に手を出しても犯罪にならない年まで、あと六年。それまでに頑張って、彼のハートをゲットするのよ!!」
 緒美の目は相変わらずキラキラだ。いや、さらに輝きが増しているような…。
「げ、ゲットって、どうやって??」
 涼介は年下の従妹の迫力に負けて、なぜかベッドの上で正座になっていた。
「…や、それより、お前、相手が男だってのはいいのか?」
 啓介がおそるおそる聞くと、まだ小学生のはずの少女は自信満々に答えた。
「イマドキの女の子はホモ好きなの!涼兄がホモってくれなかったら、啓兄にホモってもらおうと思ってたんだけど、まぁいいわ。育てる楽しみってものがあるものね」
 兄弟はイマドキの女の子って怖い…と真剣に思った。そして啓介は密かにホモの道を歩かずに済んで良かった、と安堵した。
「でも涼兄。男の子を好きになったのは合格だけど、どうしても許せないポイントがあるのよね」
「い、いや、あの…」
「あ、大丈夫よ!日陰の道とか気にしなくても。だって、おばさまもホモ好きだもの。本棚に医学書に混じってそっち系の本が並んでるの、気付かなかった?萌え、とか言っちゃうわね、きっと。うふふふ」
 …か、母さんまで?!!
 兄弟は母親の知らない面を初めて知った。
「いい?涼兄。世の中の女の子はホモには寛容なの。だけど一つだけどうしても外せないポイント、それがビジュアルよ?!見た目が美しくなかったら、女の子は支持しないわ」
「い、いや、別に女の子に支持とかされたいわけじゃ…」
「何言ってるの、涼兄!考えてもみて?美しくない引きこもりのおでぶな男に告白されても、大多数の人はキモいで終わりよ??でも美しい男性に告白されたら…どうなると思う、啓兄?」
「………えー…と。別にどうもしないと…い、いや、ま、前向きに考えマス…」
 啓介の答えに小さな女王様となった緒美は満足げに頷いた。
「でしょう?いい、涼兄。美しいということは、一つの強さなの。今の涼兄が弱虫で引きこもりなのはどうしてだと思う?それはね、醜いからよ!」
「…み、醜い……」
 ナチュラルにヘコむオタデブ…。
「お前、それは言いすぎじゃ…」



「何言ってるの?まだ無駄な贅肉の固まりとか、社会のゴミとか言わないだけマシじゃない」
「…無駄な贅肉の固まり…社会のゴミ…」
 どんどん涼介のヘコみはひどくなっていく。
「もう!涼兄、そこでヘコでちゃ駄目じゃない!そういうところが駄目なのよ?そんなんじゃ、その拓海君って子に笑われちゃうわよ?」
 …拓海に笑われる??
 ヘコむ涼介の脳内に、雲間差し込む光のように拓海の顔が思い浮かぶ。
 そして思い返すのは、彼の勇士。彼は強かった。そうだ。自分よりもあんなに小さくて、華奢で女の子みたいに…いや女の子よりも可愛いかったのに、とても強くて…そして優しかった。
 …彼に…彼にもう一度出会ったときに、恥ずかしくないくらいに…いや、彼の隣に並んでいても、恥ずかしくないくらいに…強くなりたい!!
 涼介は決意した。
「緒美」
「なに?」
「俺…強くなりたい。もう一度、あの子の前に、強くなって、立ちたい」
 今まで伏せがちだった涼介の肉に埋もれた瞳に光が点った。
 奥に隠れてよく見えないが、その眼差しには力が溢れ、そしてゆるぎない決意が窺えた。
 その強さに啓介と緒美は感動した。
 啓介は感動のあまり、そのふくよかな兄の手のひらを握り締めた。ちなみにぷよんとしたこの感触は啓介のお気に入りだ。
「アニキ、俺、感動したよ!俺、アニキがそいつにもう一度会えるまで、何でも協力するよ!!」
 ぎゅっと手を握り締める弟に、涼介は以前のオタデブな時とは大違いの、しっかりとした頼もしい表情で頷き、答えた。
「ありがとう、啓介」
 啓介はそんな兄の姿に、さらに感動を深めた。
 緒美もそんな涼介の姿に感動を覚え、目じりに浮かんだ涙を拭いながらも言った。
「…涼兄にそこまで覚悟させるなんて…きっと拓海君ってすごいステキな子なのね。私も力いっぱい応援するわ、涼兄。私たちに任せて!」
 緒美の言葉に、涼介は照れたように微笑んだ。おでぶでなかったら、誰もが瞠目するだろう晴れやかな笑顔で。
「ああ。とてもいい子なんだ」
 恋って偉大だ…しみじみ啓介と緒美は実感した。
 あの、一生オタデブ人生のまま終わるだろうと想われた涼介が、こんなふうになるなんて!
「もう、涼兄。惚気るのはまだ早いよ?」
「そうだぞ、アニキ。それは六年後だな」
「ああ、そうだな」
 あはは、うふふ、と笑いあう三人の少年少女。そしてオタデブ。
 この瞬間。
 緒美命名。プロジェクト“モテオ“、略して「プロジェクトM」は始動した―――。



2005.10.8

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