Dirty Magic

act.1 拓海の悩み


 藤原拓海。
 その名前は武内イツキにとって、最近鬼門になりつつある。
 彼とは小学校からの友人だ。ぼーっとしたところはあるが、男気があって、イツキが上級生などから苛められたりすると、女の子よりも可愛い顔してそいつの顔をぶん殴るような友情に厚い奴だったりする。イツキは彼を親友だと思っていた。女に結構モテるくせに全然気付かず、あげく鼻にさえかけないところが、一番彼が友情を感じる箇所ではあったが。
 だが最近。そんな親友に、越えられないような溝を感じ始めてきている。
 切欠はあれだ。拓海が秋名のハチロクとして名を売り始めた頃。
 最初は純粋に自慢の親友だった。偉ぶるでもなく、「別に大したことねぇよ」と変わらない親友の態度は尊敬に値するものだとさえ思っていた。
 だが。
 彼がどんどん有名になり、とうとう群馬のカリスマでもある赤城の白い彗星、高橋涼介とバトルを終えてから…彼は変わった。
 いや、表向きは変わっていない。相変わらずぼんやりだし、自分が速いという自覚も無いし、イツキが馬鹿にされたりすると、前と変わらず男気満載でリベンジしたりしてくれる。
 では何が変わったのかと言うと……拓海は、高橋涼介に関すること限定で……あんなにも男らしかった彼が…乙女へと変貌してしまうのだ。
 最初は何気ない変化だったと思う。
『お前、なに赤くなってんだよ』
『自分でもよくわかんねーけど…アガっちゃうんだよ、あの人がそばに来ると…』
 高橋涼介の前だと、頬を赤く染める…。
 変な奴だとは思ったが、何しろ相手はカリスマだ。そんな事もあるのだろうと思っていた。
 イツキだってそれぐらいの症状であったなら、そんなに距離感を感じることも無かっただろう。
 しかし。
 どんどん拓海は悪化していき、「高橋」の「た」とか「涼介」の「りょ」の字を言っただけで顔を赤くするようになった。
 そうなってくると、どんどんイツキは言えなくなる。
『…お前、変じゃねぇか?』
 と。
 最初は冗談で済ませられていたものが、こうなってくると、冗談では無くなってきたからだ。
 そして密かに感じ始めていた距離感に、決定的な溝が生じたのは二人の記念すべき高校の卒業式の日。
 あの日。
 卒業証書を抱えた拓海に、イツキは、
「記念にお前のハチロクで全開ドライブしてくれよ」
 と命冥加なことを言ったのだが、拓海から返ってきた言葉はこうだった。
「…悪い。先約…あるから…」
 ぽーっと頬を赤く染め上げ、恥じらいながらそう言う親友の姿に、イツキは嫌な予感を覚えた。
「…まさか…高橋涼介か?」
 今思えば、あの時、それを聞かなければ良かった、としみじみイツキは思っている。
 拓海は「高橋涼介」の名前に、さらに顔を真っ赤にさせて、そして言ったのだ。
「…実は…俺、この前から涼介さんと付き合うことになって…」
 そう頬を染め、まんま乙女になってしまった親友は、校門前に待っていたモデル張りの男前が運転する白いFCに乗って、硬直したまま動けないイツキを置いて去って行ってしまった。
 そして現在。
 なぜかイツキはファミレスなんてごくフツーな場所で、ごくフツーではない相談事を受けている。
 目の前には何やら目元を赤く染め、いつものぼんやりが嘘のように真剣な顔つきで、自分には理解できない男同士の恋愛相談をするかつての親友。
「…だからさ、フツー、付き合いだしてどんくらいでHするもんなんだよ?」
 …イツキは後悔した。
 恋愛マニュアル本を読み漁り、女の子の落とし方やデートの場所など、そんな無駄でしかない知識を集めまくった高校時代。それを自慢げにこの親友の前で披露してしまったことを。
 そのせいで、彼は今のような状態に陥っている…。
 拓海は、恋愛相談はイツキにすれば良いと、どうもインプットされているらしく、何かある毎にこうやって呼び出され、聞きたくは無い彼等二人のお付き合い状況を逐一知らされていたりするのだ。
 だからイツキは、彼等がいつ初デートに出かけたか、いつ初キスをしたかまでを知っている。
 この目の前の、親友であった彼が全部、
『なぁ。こんなことあったんだけど、俺、どうすりゃいい?』
 と聞いてきたから。
 そしてとうとう話題は、一番イツキが知りたくなかった事へと進行してしまったようだ…。
「…え、えーと、つ、つまりだな…た、高橋涼介が…お前と付き合い始めてもう三ヶ月経つってのに、手ェ出してこないって…そう言うことなんだな」
 こくり、と頷く乙女になってしまった親友。
「キスとかさ、ハグはあるんだけど、それもベロチューじゃないし、ハグしても別に変なところ触ってくるわけじゃねーし、Hっぽい雰囲気になりそうかなーって時なんて、わざと逸らしたりすんだよ。 なぁ、イツキ…オレってそんな魅力ねーかなぁ…」
 …変なところって何だよ?!お前、どこ触られてーんだ??
 すっかり氷が解けて、薄くなったアイスコーヒーをすすりながら、こっそりイツキは涙目になっていた。
 正直。彼は十年来の親友が乙女になってしまったところも、あのカリスマな人の下半身事情など知りたくはなかった…。
『…魅力って…わかんねーよ?お前、男じゃん?!』
 …そう叫びたい。だがそれをするのは十年来の友情を裏切ることになる…。武内イツキ。人生最大のピンチであった。
「オレ、男と付き合うのなんて初めてだから、頑張って勉強しなきゃと思って、こんな本まで買って勉強したのに…」



 …お前、コレ、ホンモノな人御用達な本じゃねぇか!どこで売ってんだ、こんなモン?!
「…東京まで行って買ってきた。シンジュクニチョーメってとこ」
 …オレは今、親友が分からない…。
 しかし過去、常にこのぼんやりとした親友を導いてきた(と思い込んでいる)イツキにとって、そんな泣き言は男の矜持にかけて言えない。
 分からないながらも、何とか脳内で女の子との付き合いに置き換えて答えてみた。
「…え、えーと、お前、大事にされてんじゃねーの?だって、お前、男とHってシタことねーんだろ?」
「…そうだけどさ。でもイイ感じかもって時もあるのに、涼介さん押し倒してこねーし…。なぁ、イツキ、お前だったら目の前に好きな子がいたら、押し倒してーよなぁ?」
「…あ、ああ、まぁ、そーだけど…」
「…オレ、涼介さんに好かれてねーのかなぁ…」
 うるうる。涙目になり、さらに乙女度が増した拓海に、イツキは慌てた。
「…お、思い切って聞いてみりゃいいじゃん!高橋涼介って、俺らよりも5つ年上なんだろ?そんぐらい離れてたら、やっぱ俺らなんて子供みてーにしか見えてないんじゃないか?だからさ、ほら。遠慮してるとか??」
「……そうかな」
「そうだよ。聞いてみろよ。こんなところで悩んでたって仕方ねーだろ?恋愛はな、動いたモンが勝ちなんだよ!」
 かつてのマニュアル本の中から、あやしげな知識で答えるイツキ。ともかく彼はこのピンチから逃れることしか頭に無かった。
「…そっか。悪ぃ、イツキ。変なこと聞かせちまって…」
「い、いや、構わねーよ。オレタチ、親友だろ?!」
「…うん。サンキュ。オレ、今から涼介さんとこ、行ってみるよ」
 …今からか?!
 さりげなく、この親友の直情回路に不安を覚えるイツキ。だが、そこは親友。
「…そっか、頑張れよ」
 取りあえず励ましておいた。
「うん」
 拓海はイツキの励ましに、しっかりと頷き、そしてポケットの中からかつては触ることすら知らなかった携帯を取り出し、何やらメールを打ち始めた。
 送信。…二分後、返信。
 受信したメールを眺めながら、表情が一喜一憂する拓海。そして顔は「喜」で落ち着いたようだ。
「じゃ、行ってくる。またな、イツキ」
 そう言い、バタバタと慌しく席から立ち上がり、彼はファミレスの駐車場に止めてあったハチロクに乗り込み、ゴワァーっとイイ音立てて走り去って行った。
 イツキは、そんな親友の背中を眺めながら、温くなったアイスコーヒーをすすった。
 そして思った。
「…あいつ…遠い星にいっちまったな…」
 フッ…。白い彗星張りに苦笑を零したりしてみたが、その目には涙。
 自分だけは真っ当な道を歩もうと心に誓う、GS勤務の青少年武内イツキ十八歳であった…。



2005.9.28

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