Dirty Magic

act.6 でぶよさらば


 プロジェクトMには涼介の母親の協力も加わり、開始された。
 ちなみに緒美から涼介の異変の事の顛末を聞いた母は、緒美の予想通り、
「…萌えるわ〜」
 と喜んだ。
 そして彼女は、緒美と同様、おでぶとは言え可愛い息子を、美男美少年のカップルにするべく邁進した。
 まず、モテオになるためには彼の無駄な贅肉をそぎ落とす。
 その為に、医師の母は彼のために食事制限と運動によるダイエットメニューを作成した。
 しかもその食事制限には、とある食材を中心にしたものだった。
 それは―――豆腐。
 と言うのも、その後の緒美の指示で、赤城に研修に来ていた小学校を問い合わせ、その中から六年二組の「藤原拓海」の捜索に当たった啓介が、
「アニキ、分かったぜ!藤原拓海は渋川市の小学校に通う奴で、そんで家は豆腐屋をしてるんだってさ!!」
 と言うことで、母が、
「…それはちょうどいいわね。いい、涼介?将を射んとすればまず馬からよ。啓介。そのお豆腐屋さんから豆腐を注文して。そしてお得意様になるの。そうすれば親から陥落できるわ」
「かーちゃん、頭いいなー」
「さすがおばさまね…」
「ホホホホ、もっとおっしゃい」
 何だか異様な盛り上がりを見せる外野をよそに、涼介は拓海の実家が豆腐屋と知って、ほんのり頬を染めた。
『あの子の家の豆腐を食べるなんて…まるであの子を食べてるみたいだな…』
 その考えも大いに間違った思考ではあるが、すぐにオタク的性質は変わるものではない。
 それから涼介の主食は米の飯ではなく、豆腐となった。
 毎日三食豆腐三昧。
 通常ならば嫌気が差すところであるが、涼介にとってこの豆腐はいわば拓海。…毎日拓海を食べられるなんて!!と、食べる意欲も増すと言うものだ。
 炭水化物を抜いた一日制限1500キロカロリーの食事。
 それだけでも涼介の体重は見る見る減っていった。
 そしてさらに。
「涼兄、1000メーター、あと十本よ!」
「は、はい…がぶがぶ…」
 ダイエットには最適、理想的な逆三角形の体を作り上げる水泳。
「アニキ、最後五キロはダッシュだ!!」
「け、啓介…は、早っ…」
 すぐに暴走しがちな弟に自転車で並走してもらいながら、ジョギングと言うにはハードすぎるマラソン。
「涼介、男なら筋肉がなきゃ!今日はウェイと百キロからいくわよ?」
「は、はひ…」
 と、母と一緒にジムでトレーニングマシーンで体を鍛える日々。
 そんな血のにじむような過酷な日々で、なんと涼介は高校を卒業するまでのわずかな間に四十キロのダイエットに成功した。
 だが。
「まだまだね…」
「ああ、まだまだだな」
「そうね。モテオにはまだ遠いわ」
 涼介は四十キロも痩せたことで、鏡の中の自分はまるで別人。体はスッキリ。まだ体格的には肉付きが良い感じがあるが、以前のおでぶとは大違いの状態だ。
「あ、あの、もういいんじゃ…」
 おそるおそる発した涼介の言葉は、カッ、と目を見開いた三人によって黙殺された。そんな涼介を影ながら応援してくれたのは、オタデブであった時から何くれとなく気遣ってくれた親友。史裕。
「俺はお前の努力を評価しているよ、涼介…」
「ありがとう、史裕」
 密やかに深め合う友情
 そして18歳になった涼介に、プロジェクトMに新たなミッションが加わった。


「え、免許?」
「そう。モテオの条件の一つよ?」
「く、車かぁ…」
 涼介は機械いじりが好きだ。過去、オタクであった時にパソコンを自分でカスタマイズするなど、ア●バハラを聖地としていたものだ。
「ああ。分かった。取ってくる」
 素直に頷いた涼介に、母からもう一つアドバイス。
「でもね、涼介。ただ取るだけじゃ駄目よ?」
「え?」
「ここG馬ではね、車の運転が上手い男は尊敬の対象となるの。あなた、本気で拓海君をモノにしたいなら、拓海君の尊敬を得られるような、凄い走り屋になりなさい」
「え、え?でも…」
「拓海君もG馬の男なら、きっと車の運転の上手い人には憧れるはずよ?見た目だけの男なんてカスも一緒。そんなんじゃすぐに飽きられてしまうわ。そうならない為に、必要なのは自分が尊敬されるような人間であること。それが大事なの」
 含蓄のある母の言葉に、涼介は素直に頷いた。
「わ、分かったよ、母さん」
 そんなアドバイスから始まった車の運転。
 しかし誤算だったのは、涼介がそれにハマってしまった事だろう。
 元々オタク性質。彼はこだわると、とことんこだわってしまうのだ。
 そして着々と腕を磨き、「赤城の白い彗星」なんて言う恥ずかしいネーミングまで頂いてしまったのが彼が20歳の時だ。
 その時点で、涼介の体重82キロ。
 約五十キロ近くの減量に成功した。
 さらに車にハマった彼は、今まで持ち合わせていなかった「自信」と言うものを抱くようになっていた。
 見た目的には、もう十分なモテオ。
 さらに走りでは脅威の新人として持て囃され、涼介は今まで母や緒美、啓介が主導であったプロジェクトMに、自ら主導を取り実行するようになっていた。
「県内最速?」
「うん。一番速い男になったら、拓海も尊敬してくれるだろう?だから」
「そうね。男の子とかって車好きだもんねー」
「豆腐屋の親父さんも車好きみてーだぞ?あいつんちの車って結構イジってあるみてぇだし」
「決まりね。涼介。県内最速と言わず、関東最速を目指しなさい!」
「アニキ、俺ももう車の免許取ったし、手伝うよ!」
 それが涼介、21歳の時。体重は75キロ。
 そんな野望を抱く彼の胸ポケットには、隠し撮りされた拓海の写真が一枚。
『待ってて、拓海くん。俺、きっと君の前に、最高にカッコいい男で現れて見せるから!』
 だがそう決意をした涼介の前に、野望を挫く存在として現れたのが……。
 秋名のハチロク。
 ドライバーは藤原拓海。
 あの時の兄弟の驚愕を、きっと誰も知りはしなかっただろう。
 啓介とのバトルの時に現れたハチロクから降り立った拓海を見た瞬間、ガラガラと崩れ落ちたモテオの仮面。
 その夜。
 涼介が布団にこもって号泣したのを知るのは…涼介一人。
 高橋涼介。23歳。身長183センチ。体重、驚きの64キロ。
 プロジェクトMが始まって、ちょうど六年目のことだった。
 そしてその年。
 プロジェクトMは終焉の時を迎えた。




「その後は…拓海も知る通りだ…」
 うな垂れ、溜息を漏らす涼介の姿は、何度も言うようだが、オタデブであったならキモい仕草だ。
 そんな涼介の前で、涙目で一部始終を聞いた拓海。
「軽蔑しただろう、拓海。俺が…あんな奴だったなんて…」
 涼介はもう拓海との破局を覚悟しているらしい。だが拓海の胸中には以前よりもさらに増した恋心が、溢れんばかりに渦巻いている。
 その心のままに、うな垂れる涼介の頬に、拓海は手を伸ばした。
「そんなこと言わないで下さい。どんな涼介さんも、全部俺の好きな涼介さんなんですから」
 優しく触れてきた指先に、驚き涼介は顔を上げた。
「…拓海…?俺を嫌ってはいないのか?」
「嫌うなんて、あり得ません!そんな事より、俺、涼介さんがそんなにずっと前から俺のこと好きでいてくれたなんて…すげぇ嬉しい」
「拓海…」
 うるうると目を潤ませる拓海と同様、涼介の切れ長の目にも涙が浮かぶ。
「ドンガメの時の涼介さん、すごい柔らかそうで気持ちよさそうだった…。痩せた涼介さんも好きですけど、俺、太ってた時の涼介さんも嫌いじゃないですよ?」
「拓海!」
 間に挟んだテーブルを乗り越え、しっかりと抱き合う二人。とても美しい光景だ。もしも緒美と高橋母がこの場にいたならば、写真撮影に懸命になっていたことだろう。



 傍らで見守っていた啓介も、うまくいったらしい二人の様子に、そっとその場を離れようとしたのだが…その時。
 拓海の爆弾発言。
「それより…俺、理由、答えてもらってないですけど?」
「え?」
「涼介さんが俺に手ェ出さない理由です」
「た、た、拓海…それは…」
「変じゃないですか。そんなに俺のこと好きなんだったら、絶対手ェ出してるはずです!なのにもう三ヶ月も経つのに、ベロチューでさえまだなんて、おかしすぎます!!」
「た、拓海、それはだな…あー…」
「ふ、藤原、アニキにも、その…なんつーか…」
 あたふたする兄弟。その様子に、その前の話と照らし合わせて、拓海は答えを導き出した。
「もしかして涼介さん…」
 ビクリ、と震える涼介。
 ギクリ、と固まる啓介。

「童貞ですか?」

 その瞬間。
 空気の固まる音を、彼等は確かに聞いた…。



2005.10.11

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