高橋涼介。現在23歳。
赤城の白い彗星と言う異名で呼ばれ、群馬県内の走り屋の間では知らない者はいないというカリスマ。おまけに大病院の息子で、未来の医者。さらに容姿端麗と、およそすべての人が望むだろう、あらゆる美徳を併せ持った彼であるが、実はそんな彼も、幼い頃からそれら全てを兼ね備えていたわけではない。
いや、むしろ…。
彼は、人が聞いたら十人中九人は涙を流して感動するほどの、苦労を乗り越えそれを手に入れたのだった…。
啓介の手には一枚の写真。それを目の前の拓海に見せて良いものか…。まだ啓介は悩んでいた。
なぜなら、それは現在の高橋涼介を知る者にとっては、衝撃としか言いようのないものであるのだから。
「……こ、コレ見て…アニキと別れようと思うとか…絶対ナシだぞ!」
「分かってます。大丈夫ですから早く見せて下さい」
「…お、驚くなよ?!」
「分かってるって…あー、もう、うざってぇな!さっさと寄越せよ!」
「………あ…」
「……………」
「…これ…」
「…そ、それが…昔のアニキだ!!」
「!!!」
…そう。全てを手に入れた男。高橋涼介。
しかし彼は実は過去、人には言えない悲しい過去を持っていた。
それは…おでぶであったこと!
しかもただのデブではない。大デブ、略しておでぶだったのだ!!
さらに彼を彩るスペックの一つに、元来の興味のある事にこだわってしまう性質から、「オタク」という要素も加わっていた。
つまり、彼はオタデブと呼ばれる生き物であったのだった…。
「な、何で、こんな…」
「それを語るには長くなる…」
そう、涙ながらに彼の弟である啓介が語るには、涼介は幼少時、病弱で小児喘息などを患っていた。
激しい運動をすると喘息の症状が出るため、世のお子様たちのように外でけたたましく遊ぶことも出来ず、彼はずっと家の中で引きこもって育った。
また、喘息の治療のため投薬を続けていた彼の身体は、薬の副作用のためこでぶちゃんになってしまっていた。自然に太ったものは痩せやすい。しかし薬などの副作用で太ってしまったものは、なかなか体重が落ちない。だがかと言って、治療に薬は必要で、彼は幼少にしてこでぶちゃん人生を歩むことになったのだ。
そんな彼も小学校入学。
と同時に、いじめデビュー。
引きこもりの生活で、人とのコミニュケーションが下手になっていたのと、こでぶ体型などという子供にとって突っ込みやすい体格であったのが災いした。
しかも彼が通っていたのは私立の小学校。地方においては私立小学校に通うことはエリートへの登竜門。もちろんG県でもその傾向は顕著で、そこに通う児童は皆、某国のスノッブと呼ばれる選民意識の高い上流階級人種と同様に、プライドが高く、自分より劣るものを侮蔑する傾向にあったのだった。
そんな中に、引きこもりなこでぶ投入…。結果など火を見るより明らかであった。
彼はクラスメイトから、ありとあらゆる苛め行為を受けた。
そしてとうとう転校するまでになったのだが、その間のストレスが原因で過食が進み、彼は見事にこでぶからおでぶに進化してしまっていた。
それからは根暗デブ人生一直線。
パソコンと言う遊具に出会ってからは、部屋の中に引きこもりでネットライフ。そして持ち前の頭脳でそれをカスタマイズするなど、どんどんア●バ系オタクライフを驀進し、そのままネットアイドルを心と右手の友として、とうとう17歳になるまでその生活が改善されることなく成長してしまったのだった…。
「…でも、今は違うじゃないですか。いったい涼介さんに何があったんですか?」
「…そ、それは…」
「……啓介。それは俺から話そう…」
「涼介さん!」
「アニキ!!」
「…拓海。とうとうそれを見てしまったんだな…フッ」
いつの間にか、物憂げに溜息を吐く涼介がリビングの入り口に立っていた。
今のビジュアルならば、彼の物憂げな仕草は「色気がある」などと表現されるが、写真の時のオタデブ状態であったなら、即効「キモい!」と言われるだろう…。
「…拓海は…もう覚えていないか?この写真の頃の時の俺と、お前は会った事があるのを」
「…えっ?!」
マジマジと写真を見つめ直す拓海。そして弾かれたように顔を上げ、その大きな瞳は零れんばかりに見開かれている。
「…まさか…六年前の?」
「……ああ」
「あの…ドンガメ?!!」
「…そうだ。俺だ」
驚く拓海。そして観念したように項垂れる涼介。
そんな二人を眺めながら啓介は思った。
『…ドンガメって…何?』
昔から兄の状況を一番側で見ていた啓介は、哀れな人だと思う反面、それを乗り越えてきた兄を凄いとも思ってきたのだが……ドンガメ?
兄の哀れ人生に、まだまだ自分の知らない面があったことに、少なからずショックを受けた高橋啓介、21歳であった…。
2005.9.30