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奇跡が起きるまで

ERECTRICL STORM番外 act.6


 目を開ける。
 俺は真っ暗なリビングで眠っていた自分を知る。
 ソファの上で伸びをして、床の上に降り立った。
 そっと二人の寝室に近寄れば、中から密やかな呼吸音と、ベッドの軋む音が聞こえる。
 中で何をしているかなんて…ガキじゃねぇんだ、嫌でも分かる。
 嫉妬なんて無い。
 ――それは嘘だ。
 俺は嫉妬している。
 拓海の傍にいる兄に。
 拓海と抱き合える兄に。
 そして俺を忘れ、兄に笑顔を向ける拓海を憎んでいる。
 二人の幸せを喜ぶ気持ちはある。
 けれど、それを悔しいと思う気持ちも、確かにあるのだ。
 何故俺は死んだんだ。
 たった18年だ。
 拓海との恋も始まったばかりだし、反発し行き違っていた兄とも、やっと仲直りが出来たばかりだった。
 これからだったんだ。
 なのに、何故……。
 悔しくて、哀しくて涙が溢れる。
 けれど、現在借り物の猫の姿ではそれは適わず、心で涙を流すだけだ。
 見えない感情。伝わらない思い。そして失ってしまった体。
 何故俺はここにいるんだろう?
 いっそ死んだあの時に、心も消え失せてしまった方が楽だった。
 だけど、俺はここにいる。
 それを望んでいながら、望まなかった現実を目の当たりにしながら。
 悔しくて、哀しくて俺は徒にソファの布地を引き裂いた。
 だがこうしていても心は晴れない。当然だ。
 ソファから飛び降り、ベランダの窓を爪で引っかきながら開ける。冷えた夜の空気に、身を縮めながら俺はベランダの柵に飛び乗った。
 そして不安定な柵の上で、夜空を見上げる。
 冷えた冬の夜の空気の中で、過去を振り返る。
 死んだら星になるのだと、昔兄が俺に言った。
 俺が拾ってきた…そうだ、猫が死んだ時にだ。
 慰めるための子供の言葉。
 今の俺は星にもなれず、昔と変わらず見上げるだけだ。
 俺と一緒に死んだはずの両親は、きっともう星になっているのだろう。
 俺もあの星のひとつになれるのだろうか?
 こんな、ドロドロとした感情を抱えたままで。
 いっそ…このままこの柵を飛び越え、もう一回死んでやろうか?
 そんな思いさえ沸く。
 けれど。
「…啓介!」
 強い声と、強い腕に引き戻された。
 気付くと、俺は兄の腕の中で抱きしめられている。
 冷え切った俺の体に、兄の体温が伝わる。
 そして抱え込まれた胸の中で、兄の鼓動が早まっているのも聞いた。
「…行くなよ…啓介」
 俺を抱え、安心したように兄が呟く。
「お前まで…俺の前から消えるなよ。同じ名前だからって…そこは似なくて良いんだ」
 兄は俺を愛している。
 それは知っていた。
 だけど今は…それを実感している。
「…にゃぁ」
「フッ、変だよな。でも…お前が啓介に見えた。お前が…消えていなくなるような…そんな気がしたんだ」
 兄は、俺を抱えたまま室内に戻り、ベランダの鍵を閉める。
「…すみません、鍵を閉め忘れてたんですね。啓介、大丈夫でした?」
 見れば、心配そうに俺を見つめる拓海がいる。
「ああ。冷え切ってるけどな。暢気なもんだ。どれだけ心配したと思ってるんだ?」
 …暢気じゃねぇよ。
「…本当に…心配させられてばかり。啓介さんと一緒だ」
「名前が悪かったのかな?」
 …そうかもな。
「でも…啓介さんの名前に…したかったんです」
 兄の腕から、俺は拓海へと移される。ぎゅっと抱きしめるその腕が、抱いているのは猫の「俺」ではなく、人間の「俺」だった。
「啓介さんと…もう一回だけでいいから、一緒に生きてみたかったんです」
 …嫉妬が消える。
「…そうだな。だけど、もう恋人の座は渡せないけどな」
 俺を抱えたままの拓海を、兄が後ろから抱きしめる。
「家族で、勘弁してくれ、啓介」
 心の中の澱が消える。
 …漸く分かった。
 俺は……二人の中の「俺」が、消えてしまうのが嫌だったんだ。
 もう二人の間に、「俺」が必要なくなってしまうことが。
 だけど、今分かった。
 俺は、消えない。
 二人の中の俺は、きっと兄と拓海が、二人でい続ける限り消えはしない。
 二人にとって俺と言う存在はもう一部になっている。
 俺はいるんだ。
 二人の中に、ずっと。
「にゃぁ」
 二人の言葉に返事をするように、俺は鳴いた。



2006.12.19


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