奇跡が起きるまで
ERECTRICL STORM番外 act.4
二人は幸せだ。
だが、決して平穏ではない。
嫉妬と言う感情は、どうしても他者と関わる限りあり続ける感情であるし、それが失せた時は相手への関心もまた失せた時であるだろう。
何より拓海もそうだが、兄もまた恋人への関心と言うか、独占欲は激しい方だ。俺はそう見ている。
風呂に入っている拓海のいない隙に、兄が俺を膝の上に乗せ、愚痴る。
「聞いてくれるか、啓介?」
猫の俺に「嫌」って返事は出来ない。仕方なく「ふわぁ」と欠伸で感情を表すが…もちろん伝わらない。
「…拓海は何でああも無防備かな?言い寄られてるってのに全く気付かない」
いや、気付いていると思うよ。ただ、相手にしないだけでさ。
兄もそうだが、拓海もモテる。特にここに来てからは同性愛に対する意識が日本より柔軟なせいか言い寄られることも少なくない。拓海の場合年齢にそぐわない華奢で柔らかな容貌は、同性愛嗜好の男たちだけでなく、ヘテロセクシャルな男にまで有効だから困る。
「拓海は俺のものだって言うのにあのケダモノ共…いっそ拓海に俺のモンだってプレートでも貼り付けときたいぜ」
冷静沈着で、小さい頃から何でも手に入っていたせいか、兄は執着とは無縁な人だと思っていた。
だが拓海の事に関してだけ、ワガママな子供のように狭量になる。
好きで。…好きで好きで。
誰にも渡したくないし、誰にも見せたくないんだろうな。
かつての…俺のように。
だけど独占する気持ちばかりが専攻していた俺と違い、兄の場合は拓海の未来を見据えその感情を押し殺す。
本当はずっと家に閉じこもっていて欲しいのに、仕事を与え、一人で立てるぐらいの強さを持つための手助けをする。
誰とも仲良くして欲しくないのに、笑顔で「行っておいで」と友人を作ることを止めない。
たぶん俺なら…今頃ケンカしているような状況でも、兄は拓海を愛しながら、けれど手の中で囲うような事をしない。させない。
共に立って、歩いていけるような二人の関係を作り上げようとしている。
「…ムカつくぜ、本当に」
イライラと髪を掻き乱し、酒の入ったグラスを煽る。
嫉妬しすぎて拓海の未来を押し潰すような事は確かに良くないことだ。
だけどな、アニキ。
感情を隠しすぎるのも、相手に不安を与えるだけだってのも…いや、兄の場合は分かってるか。
証明するように、風呂から出てきた拓海に向かい、兄が手招きをする。俺を膝の上から退かす。
何だよなぁ。俺は邪魔ってか?
「涼介さん、飲みすぎちゃダメですよ」
髪をバスタオルで拭きながら、パジャマ姿の拓海が兄の下へと寄ってくる。
「分かってる。…おいで」
そう言いながら自分の膝を叩く。さっきまでの俺の場所。だが今は拓海のものか?
「…もう、涼介さん、酔ってます?」
そう言いながらも、拓海の声には照れが混じっている。そして躊躇しながらも兄の膝の上に座った。
「どうしたんですか?今日は甘えたですね」
「甘えたは嫌いか?」
「嫌いじゃないですけど…あっ、ダメですって」
「拓海が悪い」
「何で俺が…う〜、だからダメだって」
「他の男に笑顔を見せた」
「な、なんですか、それ。じゃ、俺もう笑ったらダメなんですか?」
「…あんな色気のある表情で笑うな」
「色気って…、もう。そんな風に見るのは涼介さんだけですよ」
…いや、そんな事ないと俺は思うけどな。
「そんな事はない」
「だったら、涼介さんも他の奴らにベタベタさせないでくださいよ」
「させてないぜ、そんな事」
「してるんです!う〜、思い出したらムカついてきた!」
クス、と兄が笑う。俺はもう呆れて声も出ない。
「ヤキモチ?」
「ヤキモチです。涼介さんもヤキモチでしょう?」
「ああ、ヤキモチだ」
「だったら…」
拓海が兄の首に手を回し、引き寄せる。
「他の奴らが割り込む隙が無いくらいに…涼介さんが俺のこと大好きだって、証明してください」
「いいぜ。でも拓海も、俺のことを大好きだって証明しろよ」
「…うぅ、ダメ、涼介さん、ここじゃ…」
「どうして?」
「だって…啓介見てるよ?」
…やっと俺を思い出してくれたのか?ま、今更だけどな。
兄が俺を見る。
そしてさすがに、猫とは言え同じ名前の「俺」の前で、行為に至るのはどうかと考えたのか、拓海を腕に抱えたまま立ち上がり寝室へ向かう。
さっきまで二人が座っていたソファに、俺は飛び上がり座る。
二人の体温が残るそこに丸まり、俺はもう一つ欠伸をし、目を閉じた。
幸せで宜しいこった。
ま、好きにやってくれ。
うつらうつらと、俺はすぐに眠りの淵に付く。
2006.12.17