奇跡が起きるまで

ERECTRICL STORM番外 act.2


 拓海は兄の紹介で二ヶ月前から病院内の施設でスタッフとして働き始めた。
 日本に比べて治安が悪いからとか何だと言い訳をつけていたが、俺は知っている。
 兄が単に、拓海を自分の目の届くところに置いておきたかっただけだと言うことを。
 だが同じ場所で働くということは、色んな利点もあるが弊害もある。
 それが、今のこの拓海の愚痴だろう。
「そりゃぁさ、涼介さんはカッコいいし、モテるのも分かってたけど…」
 帰宅早々から、拓海の機嫌が悪いのは分かっていた。
 心配になり、思わず窺うように近寄ってしまったのが運の尽き。
 拓海に捕まり、あいつの腕の中で愚痴を聞かされてしまっている。
「何が、『あなたがリョウスケの恋人?リョウスケって変な趣味してるのね』だよ!」
 弟の俺が言うのも何だが、兄はモテる。学生時代からそうだったし、成人し立派な医師となった今なんて尚更だろう。
 そして兄の場合、女だけじゃなく男にもモテるのだ。
「それにあの男!同僚なのをいい事に涼介さんにベタベタしてっ!ムカつくんだよ、クソっ!」
 ぎゅうぅっと力を込めて抱きしめてくる拓海の腕に耐えながら、俺は猫なのに溜息を吐いた。
 この猫の俺が来て一週間目から、拓海のこの愚痴は始まっている。
 前はずっと堪えていたのが、猫の啓介が来てから吐き出す相手ができたせいなのか、今までの鬱憤を晴らすように拓海の愚痴はますますエスカレートしていく。
「涼介さんも涼介さんだよ!あんな奴らにベタベタされちゃって!…そりゃ、あいつら俺なんかよりキレイだし、頭もすげー良いけどさ…」
 心配しなくてもアニキはお前にメロメロだっつーの。
 そう言いたいのは山々。けれど猫の身では大人しく彼の愚痴を聞くしかないのが辛いところだ。
 けれど、それでも前よりはマシだった。
 何も出来ず、ただ二人がすれ違っていくのを見続けていた、あの時よりは。
「ああ、もう〜、ムカつく〜!!」
 イライラと、今度はソファを殴り始める。
 ソファをボロボロにしたのは俺だと言ってたけど、絶対にその一因には拓海も加わっているはずだ。
 ひとしきり殴った後に、イラついて八つ当たりした自己嫌悪から、拓海はソファに顔を埋めて動きを止める。
「……涼介さん、何で俺なんかがいいんだろ?」
 嫉妬の後の不安から、泣きそうな表情でぽつりと呟く。
 俺はそんな拓海に近寄り、慰めるようにその頬を手のひらで突いた。
「うにゃぁ」
 大丈夫だよ、安心しろよ、と伝えれるように。
 俺の精一杯の慰めに、拓海の強張っていた顔に、緩やかな笑みが戻り、突いていた俺の手を握る。
「…慰めてくれてんのか、啓介?…ありがとな」
 微笑むその笑顔に、胸が痛んだ。
 ズキリと走ったその痛みの理由は分からない。けれど、モヤモヤした感情が広がった。
 昔は…拓海はこんな風に俺に対し嫉妬なんてしなかった。
 俺がどこか他を向いても、「仕方がない」と諦めている風にも見えた。
 そんな拓海がもどかしく、俺はいつもあいつの感情なんておかまいなしにいつも自分の感情を押し付けるばかりだった。
 そうすると拓海は「しょうがないな」と諦めながら、けれど面映そうに笑う。
 こんな風に、剥き出しの感情は決して見せなかった。
 なのに、兄には見せるのだ。感じるのだ。
 何だろう?変な感じだ。
「…さて、と。いつまでもヘコんでばかりもいられないしな。涼介さんの為に美味い料理を作って、舌から涼介さんをメロメロにしてやらないと!」
 だからそんな事しなくてもアニキはお前にメロメロだって。
 立ち上がった拓海に、俺もまたソファから飛び降りる。
 ふわぁ、と欠伸をすると、さっきまでのモヤモヤが消えた。
 いや、正確には…消えた「気」がした。



2006.12.15


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