何を話してるんだろう?
あからさまに見ることも出来ず、難しい表情で電話する涼介をガラス越しにチラチラと見つめる。
大人の彼には、拓海には相談も出来ない色んな事を抱えているのだろうが、そんな些細な事が拓海の不安を煽る。
ふと、俯いた視線の先に薄汚れた自分のスニーカー。
真っ白なボディの、この優美な車に乗るには相応しくない自分。
恋は、もっと甘くて楽しいことばかりなのだと思っていた。
けれど今は切なくて、苦しい。
落ち込んでいくばかりの気持ちを抱え、ぐるぐるといつまでも同じ場所を彷徨う。
ガチャリと扉を開けた音に気が付き顔を上げれば、さっきまでの難しい表情の消えた彼が乗り込んできた。
「悪かったな、待たせて。じゃ、行こうか」
そう笑顔で声をかけられ、拓海は強張った笑みを作り頷いた。
「…はい」
せっかく彼と一緒にいるのに、暗い表情ばかりでは駄目だ。
だから無理やりでも明るい顔を作る。
けれど、そんな拓海に涼介の顔が強張ったことにまで気付かない。
「…ふじ…」
「え?」
「…いや、何でもない」
「…はい」
目を逸らし、涼介は停車していた車を再び走らせる。
拓海もまた、目を逸らし窓の外に流れる景色を眺めていた。
啓介が教えてくれた場所は桜並木の土手が続く公園。
その後の夜に至るまでのレクチャーもしっかりしてくれた。
これで大丈夫と意気揚々と戻った涼介を出迎えたのは、泣きそうなのを堪えた表情の拓海。
何があったのだろうか?
そう不安と恐怖に苛まれるが…聞けなかった。
恋をするまで、涼介は自分のこんな臆病な一面など知らずにいた。
聞けないままに目的の場所に辿り着き、二人で車を降りる。
平日にも関わらず人もそれなりにいて、露天などが数多く出店している。
そんな中を二人で歩く。
「もう…満開のようだな」
あとは散るだけ。
そんな様相を見せる桜並木を二人で歩く。
涼介よりも半歩遅れて後に付いてくる拓海。
その距離に少し苛立ちを覚える。
すれ違う人に押され、よろけた拓海の肩を、涼介は勇気を振り絞り抱いた。
「大丈夫か、藤原」
途端、ビクリと拓海の体が震える。
「はぐれるなよ。こっちだ」
ぐい、と自分に引き寄せる。人のせいにして。
自分の肩に拓海の頬がトン、とぶつかる。
ふわりと、彼の髪から洗いたてのシャンプーの香りがした。
ゾクリと、その瞬間脊髄に走った衝動は覚えのある欲望。
「…あ、はい」
さっきまでの気鬱の表情が消え、拓海の顔にはにかみ照れたものが浮かぶ。
…可愛くて。
たまらないほど可愛くて。
涼介の顔もまた桜の花のように綻ぶ。
そして緩んだ気持ちのまま、拓海にクスリと微笑みながらその耳に囁いた。
「手…繋ごうか」
あそこみたいに。
と、目の前を歩く男女のカップルを目で示す。
すると拓海は真っ赤な顔でブンブンと首を横に振った。
75%ほど本気だった涼介は残念に思ったが、
「…でも…ここに捕まってても良いですか?」
恥じらいながら、涼介のジャケットの端を掴む拓海がまた可愛くて、涼介はジャケットを掴む拓海の手を上から包むように握った。
カァ、と。
音が出るくらいにみるみる、拓海の頬の赤みが増す。
ハラハラと桜の花びらが舞い落ち、拓海の上に降り注ぐ。
照れた表情をしていた拓海が顔を上げ、そしてはにかみ笑った。
その笑顔に涼介は。
髪に、頬に薄桃色の花びらが付いている。
その花びらに指を伸ばし、撫でるように拭い落とす。
「ありがとうごさ…」
拓海の言葉が消えた。
笑みも消える。
全て涼介の唇に塞がれた。
触れるだけの、子供のようなキス。
柔らかな感触と、火傷しそうなほどの熱。
それを唇越しに感じ、涼介は眩暈がするほどの感動を覚えていた。
心臓は破裂しそうなほどに戦慄き。
指先は奮え、緊張に背中にはじっとりと汗を掻いている。
ひらひらと花びらが舞い落ちる。
うっすら、開いた目に映ったのは、拓海の瞼の上の花びら。
名残惜しげに唇を離し、また指でそれを拭い取る。
拓海の瞼が開き、唇を半開きにしたまま涼介を呆然と見ている。
「………行こうか」
そんな彼に何と言葉をかけて良いものか、分からず涼介はぼんやりと自分のジャケットの端を握ったままの拓海の肩を抱き歩き出す。
「………」
コクン、と。無言のまま拓海は頷き俯いた。
見える形の良い耳が真っ赤に染まっている。
いっそこのままどこかへ連れ去り…。
先走りそうな欲望を押さえ込み、涼介はゴクリと唾を飲み込む。
制御不能な感情と欲望。
頭の中では思春期の少年のような妄想が繰り広げられている。
思えば、涼介は少年時代から淡白な性質だった。
恋らしい恋も知らず、夢中になる、と言う言葉は車にしか使用したことが無い。
それが今は、あの頃よりも激しく傍らの存在に「夢中」になっている。
まるで、十代の頃を取り戻しているように。
血が沸き立ち、心臓を高鳴らせ、一つ一つの所作に心が震える。
「…涼介さん…あの…手…」
肩に置かれた手に、拓海が居心地悪そうに身動ぎする。
それに、いつまでも肩を抱いたままである自分に気付き、涼介は慌てて手を肩から離した。
「ああ、すまない」
けれど離した瞬間に、すぅ、とまるで冷えた感触が広がる。
手に感じていた温かみが消える。
それが堪らなく寂しい。
だけど。
「あの……」
離し、宙ぶらりんになった涼介の手が、暖かいものに包まれる。
驚き、視線を下に向けると自分の手のひらに拓海の指が絡んでいた。
手を、繋いでいる。
ぎこちなく、居心地悪そうではあるが、確かにしっかりと手が繋がれている。
「…拓海?」
「はぐれるから…だから…」
真っ赤な顔で、視線を逸らし早口で語る拓海の手のひらは緊張で汗ばんでいた。
けれど、それは涼介も同じ。
ぎゅ、と力を込めて握り、だらしなく緩んでしまう口元を空いたもう片方の手のひらで隠し、頷いた。
「…そう、だな。はぐれるといけないからな」
それが言い訳にしかなら無いことはお互いが知っている。
はらはらと。
桜が舞い落ちる。
降り積もるこの桜のように恋心が募る。
こんなにも誰かを堪らなく好きだと。
そう思える事に感謝したい気持ちだった。
2007.4.28
★special thanks
写真提供M様