初恋ひらひら

act.1



 満開の桜の木の下で。
 ひらひらと零れ落ちる花びらに包まれながら彼は言った。

「…すごい…綺麗ですね」

 咲き乱れる桜よりも華やかに、彼は涼介に向かい微笑んだ。

 恋に落ちるには、十分すぎる一瞬だった。





 その日、涼介は半年付き合った恋人から別れを告げられた。
「あなた、見た目も家柄も最高だけど……つまらないんだもの」
 周囲が思うほど、涼介の恋愛は華やかなものではない。
「デートは延々と車を走らせるばかりだし、話す事も車の事ばかり。そんなに車が良いなら、車とでも付き合えばいいんだわ」
 むしろ、惨憺なものだと自覚している。
 涼介の中で、車が一番で、他の事は全て些事だった。
 恋愛事に関しても、能動的に行動したことは無く、あっても困らないという理由で始めるだけに過ぎない。
 なのでどうしてもスタンスは低く、こんな言葉で別れを告げられるのも、もう数え切れないほどになっている。
 しかしたとえ恋心は無くとも、何度か体を重ねれば少なからず情は湧く。
 そんな相手に、無残に切り捨てられれば痛みを感じる心は少なからずあるのだ。
 どうしても落ち込んでしまう気持ちを切り替える為に、涼介は研究室に閉じこもりだった体を屋外へと移動させた。
 外の、新鮮な空気を吸えば多少は気持ちも晴れるかと、そう思って。
 そしてその結果は涼介の予想以上の効果をもたらした。


 大学に隣接する病院内には、何種類かの木々が植えられている。
 季節折々で様々な顔を見せるその木々は、冬には枯れ木の装いを見せるが、秋には銀杏の黄色。
 夏には青々とした緑の若葉。
 そして春には桜の、一面の薄桃色が占拠する。
『今日は桜が満開だったな』
 そんな会話は、涼介の周囲でもしていた。
 けれど涼介はそれを聞いて、花見などまた厄介な付き合い事が増えるとしか思えず、うんざりとしかしなかった。
 こんな自分の感覚が、女性たちに「つまらない男」と思う要因である事は自覚しているが、プライドの高い涼介は今更自分を変えようとは思わない。
 媚びてまで、恋人を欲しようとも思わない。
 だが涼介だとて理想はある。
 現在の愛車であるFCのように、気高く、けれど時には激しく、ステアリングを握っているだけでワクワクする気持ちが抑え切れないような…そんな相手を漠然と求めている。
 そんな自分に、吐き捨てられたかつての恋人の言葉を思い出し、涼介は自嘲の笑みを零す。
「…本当に、あいつが人間で付き合えたらな…」
 そんな有り得ないことを嘯き、目を閉じる。
 そして再び目を開けた時に、ザァっと強い風が吹いた。
 春特有の強風。
 それに煽られ、目を風に靡く桜の花々に向け、また視線を前方に向けた瞬間に、彼が現れた。
 忽然と、涼介の前に現れ、そして満開の様相を見せる桜の花々を見上げている。
 どこかうっとりと、夢見がちなその表情。
 けれど瞳はキラキラと、子供の無邪気さのようなものを称え、ふっくらとした唇はポカンと感嘆の溜息を吐き出し、頬は興奮に桜よりも濃い桃色に染まっていた。
 どこにでもいる少年だ。
 日本人の平均身長に、特別バランスが良いというわけでもない肢体。
 髪は茶色の手触りの良さそうな髪質をしているが、それも取り立てて周囲の目を引くものではない。
 容貌も…男にしては可愛らしい顔立ちをしているとは思うが、派手ではなく一見地味とも受け取れる。
 なのに。
 その全てが合わさった存在に、まるで引力のようにどうしても惹かれてしまう。
 目が離せず、一挙一動が気になって仕方が無い。
 去年の夏に知ったばかりの存在は、涼介にとって「興味深い存在」。それだけでしかなかったのに。
 花を見ていた彼の視線が涼介に向けられる。
 ぼんやりと、まるで幻を見つめているかのように己を見る涼介の存在に初めて気付き、驚きに眼を見開く。
「……涼介さん?」
 不思議そうに、首をかしげた瞬間に、柔らかな髪がさらりと靡いて彼の肩に触れる。
 彼の頬が、涼介の存在を認めた瞬間に、見る見る赤みを増し、耳まで朱を色付かせる。
「ど、どうしたんですか、こんなところで?」
 慌てふためき、緊張に顔を強張らせながら、涼介よりも10センチは低い身長の彼は、叱られた子供のような表情で涼介を見上げる。
 涼介の前では、彼はいつもこんな表情をする。
 その大きな大人を前にした子供のような態度が、涼介には面映くもあり、少し苦いものを感じさせてもいた。
「俺は…ちょっと気晴らしにね」
 涼介は苦笑しながら、病院に隣接する大学を視線だけで示す。
 すると彼は「あっ」と小さく呟き、そして恥じ入ったように俯いた。
「…涼介さん、医学部に通ってたんでしたね。すみません、忘れてました」
 俯いた彼の、柔らかそうな髪の真ん中のつむじが見える。
 その髪に触れたいと、漠然と涼介は感じたが、その衝動が何であるのかまでは分からない。
「いや、別に言い触らしてることでもないからな。 それより藤原こそ、どうしてここに?」
 自分よりも、涼介は彼の事の方が気になった。
 ここは病院の敷地内だ。
 そこで出会ったということは、少なからず病院と関わりがあることになる。
「ああ、俺は健康診断です」
 彼は手の中の大きな封筒を涼介に見せる。
「俺、春から就職だから、健康診断の結果を会社に持ってかなきゃいけなくて」
 あの秋名のハチロクがまだ高校生だったという事実にも驚いたが、今年の春から就職と言う事実にも驚いた。
 涼介の周囲の人間は、目的など無くても進学を選ぶのが常だ。啓介にしても然り。
 だからすぐに就職と言う道を選んだ彼に、涼介は驚き問いかけた。
『それで良いのか?』と。
 けれど彼は憮然とした表情で答えた。
『…うちそんな余裕ねぇし。それに…やりたいことも無いのにまた学校行っても無駄なだけだし』
 その表情と声音に、涼介は彼を怒らせた自分を覚った。
 素直に、
『すまない。出過ぎた質問だったな』
 そう謝罪すると、彼は途端に慌てた表情で手と首を横に振り、逆に申し訳なさそうに頭を下げた。
『そ、そんな事ないです!それに…一番の理由はその…俺、勉強嫌いだからってだけだし…』
 頑固で、真っ直ぐで、けれど人を気遣える優しさを持っている。
 そんな彼に、涼介は好感を持った。
 興味が、好意に変わり、そして―――。
「でも今日はラッキーでしたね」
「どうして?」
「だって…桜、すごい満開ですよ。こんな日にちょうど来れて良かったなぁ、って」
 そして彼は微笑ったのだ。桜の花のようにふんわりと、柔らかく華やかに。
「…すごい…綺麗ですね」
 興味が、好意に変わり恋になる。

 その瞬間、「見つけた」と涼介は感じた。

 漠然と抱え続けていた理想。
 それが花びらのように恋となって舞い降りる。
 その瞬間涼介は、藤原拓海に恋をした。




2007.4.8
★special thanks
写真提供M様

「興味が好意になり恋になる」
…前もどっかでこのフレーズ、使用したような…記憶薄っ!
素敵な萌え写真を提供いただきましたM様に心からの感謝と、そして…
まだまだ使わせてもらいます!!






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