高橋涼介の恋人

side Ryosuke(※R18)



「アニキは悪党だ」
 そんな言葉は今更だ。
 十年前から、いやもっと前から。
 重々承知している。



 涼介が拓海と出会ったのは、まだ彼が中学一年の時だった。
 涼介は13歳。拓海は3歳だ。
 父親の友人の子供。
 たかがそんな程度の関係の子供を相手にする気も無く、高橋家に彼らが訪問した際も、相手をしたのは啓介が主で、涼介はいつも外出をするようにしていた。
 けれど、拓海の母親の病気が悪化し、暫く高橋家で拓海を預かる事があった。
 多忙な両親だけでは手が回らず、かと言って啓介では間に合わず。
 仕方なく、涼介が拓海の面倒を見ることになった。
 不愉快だ。
 そう思い、相対した子供は、涼介の予想とは違い、愛らしく素直な子供だった。
「りょうにいちゃ、ねぇ、りょうにいちゃ、あそんで?」
 子供はすぐに涼介に懐いた。
 懐いて当然だ。涼介はこれ以上ないくらいに拓海を可愛がったのだから。
 最初は、対外的な演技で。
 けれど、それは途中から演技ではなく、本物になっていた。
 何かを、誰かを可愛いと思ったのは生まれて初めてだった。
 拓海が笑うと、涼介もまた素直に笑える。
 それが恋だと、気付いたのは自身の欲望で拓海を穢した瞬間にだった。
 思春期を向かえ、身体の成長が顕著なこの時期に、涼介の大人への目覚めは拓海が切欠だった。
 あの白く柔らかい肌に歯を立て、肉の感触を味わい嘗め尽くす。
 欲望を吐き出し、ベタついた自分の手のひらを眺めながら、涼介は暗い笑みを浮かべた。
 ――拓海を手に入れる。
 それは願いなどと言う生易しいものではなく、計画とも言えた。
 拓海が自分を好きになるように。
 12年前から、涼介のその計画は始まったのだ。



 腕の中で、何度も夢見た真白の肌が踊る。
「や、あ…涼介さん…!」
 喘ぎ、涼介の肉を包み、腰を揺らめかせる。
 16とは思えないほどの艶を放つ恋人に、涼介は笑みを殺すことが出来ない。
 天使の羽がそのまま生えてきそうな肩甲骨に歯を立てる。
「…ぅん、い、た、ぁ…」
 可愛い可愛い恋人。
 涼介の欲望を知らず、真っ白なままに育った。
 涼介への恋心のみを募らせて。
 彼は知らないだろう。
 幼い頃、眠る彼の肌に、何度も指を、舌を這わせたことを。
 彼の傍で、自慰に耽ったこともある。
 健やかに眠るその小さな手に、昂ぶった己の欲望を握らせたことも。
 慎重に、秘めやかに涼介の謀事は進行していった。
 優しくし、けれど適度に突き放し。
 縋るように自分を見つめるその視線が心地よく、拓海の全てが涼介でいっぱいになってしまえばいいと、そうなるように拓海を促したのだ。
 だから、その計画が壊れたと知ったあの瞬間は我を忘れた。
 大事に、大事に隠していた宝物が、無粋な女の手で汚されたと思ったあの瞬間。
 計画も何もかもを忘れ、本能のままに行動した。
 13年かけて。
 ずっと己を秘め、拓海の成長を待っていたのに。
 全てが終わり、気を失った拓海を見たときに、新たに涼介は決意した。
 もう待たない、と。
 嫌がってでも、監禁してでも拓海を手に入れる。
 そう、思った。
 だから拓海が女と一切関係なく、また昔と変わらず自分を慕っていると知ったあの時は本当に嬉しかった。
 涼介と繋がる細い腰がブルリと震えた。
 前を手探りで触れてみると、もうパンパンに膨らんでドクドクと涙を零している。
「や、ぁ、涼介さん、触らないでぇ…」
 快感が強すぎて堪えきれずに何度も首を振る。
「おち、ちゃうよ…や、こわい…」
 射精とは違う、達する感覚を最近拓海は覚えた。
 それを「おちる」と表現する。
 身体は成熟したが、また心は未成熟な拓海にはその快感は強烈すぎるらしく、恐怖を覚えるようだった。
「いいよ。落ちちゃえよ」
「でも…」
「大丈夫。落ちても俺が受け止めてあげるから」
「う、…は、ぁ…!」
 可愛い可愛い涼介の恋人。
 涼介の好みの通りに育った素直な恋人。
 絶頂を向かえ、意識も同時に失った恋人の、汗の浮いた額に涼介はキスを落とした。

「アニキは悪党だ」

 啓介が何度も涼介にそう言うのは、涼介が拓海の他に色んな女や、男とさえも寝ていたのを知っているからだ。
 香水の匂いをわざと身体に残していたことも。
 拓海に危機感を植えつけさせ、また性的な事へ意識させるために。
 拓海の手前、表立って言わないが、啓介は知っている。
 涼介がどんなに悪い男かと言うことを。
 純粋な拓海が、涼介に穢されてしまう危惧を一番していたのは啓介だろう。
 瞼にキスを落とすと、フルリと震え、瞼が微かに開いた。
「…ん…涼介さん?」
 その柔らかな髪を撫でる。
「寝ていていいよ。ゆっくりお休み、拓海」
 そしてその可憐に開いた唇にキスをする。
 ニッコリと涼介の恋人は微笑み、
「うん…おやすみなさい」
 ゴソゴソと涼介の胸に擦り寄り、安堵したように瞼を閉じた。
 腕の中に無垢な恋人を抱え込み、もう離さないとばかりに抱き締める。
「おやすみ、拓海」
 涼介の腕の中で。
 ずっと永遠に眠り続ければ良い。

「愛してるよ」

 囁くと、答えるように眠る拓海の顔に笑みが浮かんだ。


end




2010.1.11


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