高橋涼介の恋人

act.6



「アニキは悪党だ」

 目の前に差し出されたイチゴ。
 それを雛のように口を開けて、パクンと食べる。
 甘酸っぱい味。それが口の中に広がる。
「美味しい?」
 そう聞かれ、モグモグと租借しながら頷くと、ニッコリ、笑顔の涼介が拓海の頭を撫でてくれた。
「そう、良かった」
 涼介の膝の上で、彼の手ずから物を食べる。
 それは十年前と変わらない光景。
 少しだけ大人になった今も同じだ。
 気持ちがあの頃と一緒なのだから。
 けれど、少しだけ違うところがある。
「もっと」
「もっと?」
「うん。もっと欲しい」
「そう。じゃあ、大人の食べ方してみる?」
「うん!」
 あの頃よりも大人になった分、もっと仲良く出来るようになった事。
 涼介がイチゴを口に含み、そのまま拓海に唇を寄せてくる。
 スルリと、いつもは舌が入って来るキスは、今日はイチゴが真っ先に拓海の口の中に入り込み、そして遅れて舌がやって来る。
 苦しくて、ほんの少しイチゴを噛んだ瞬間、口内に甘酸っぱい味が広がり、それを攪拌するように涼介の舌が掻き混ぜる。
 徐々に噛まれて小さくなっていくイチゴ。
 とうとう欠片まで涼介の唾液ごとゴクリと飲み込むと、やっと涼介の唇が離れた。
 拓海の唇から零れた唾液をゆっくりと指で拭い、微笑む。
「美味しかった?」
「…うん」
「もっと?」
「…もう、お腹いっぱい…」
「ふぅん?でも、俺は食べたいな。拓海が俺に食べさせてくれる?」
「え?」
 自分が涼介に?
 カァっと顔が一気に赤く染まる。
 恥ずかしいけれど、でも涼介が望むなら…。
 拓海はテーブルの上のイチゴに手を伸ばそうとした。

 ……が。

「イチゴ禁止!!」
 遮る男の手によりそれは叶わなかった。
「邪魔をするな、啓介」
 イチゴを奪い、頭上に高々と持ち上げているのは啓介だ。
 彼は拓海たちの座るソファの真向かいに座っていた。
「啓介さぁん、イチゴ〜」
 わざと甘えた風に上目遣いで唇を尖らせると、一瞬啓介が動揺したのだが、やはり「ダメ!」と断られた。
「何なんだよ、お前ら!人の目の前でイチャイチャイチャイチャ!鬱陶しいんだよ!!」
 激昂する啓介とは裏腹に、見せ付けるように涼介は拓海の肩を抱き寄せ、さらに頬を合わせて摺り寄せる。
「羨ましいのか、啓介?」
「う…羨ましくなんてねぇよ!」
「…ふぅん」
「それより!何なんだよ、いきなりイチャイチャしだして。前みたいに普通にしてろよ!」
 啓介の言葉に、涼介は心外だと眉をひそめた。
「俺たちにとっての普通はこれだ」
「ねー」
 ニッコリ、拓海と見つめあい頷き合う。
 それを啓介はゲンナリと溜息を吐きながら、ブツブツと呟き出した。
「…ああ、ああ、そうだよな。確かに前までアニキたちいっつもこんなんだったよな。そりゃディープは無かったけどさ、いっつも、ちゅーちゅーキスばっかして…ベタベタベタベタ引っ付いて、俺は昔っからアニキの行く末が心配だったけど、とうとうかよ…」
「何だ、啓介。ブツブツと気味の悪い奴だな。それより、さぁ、拓海。イチゴはもういいから、お前からキスをしてくれないか?」
 カァっと頬を染めた拓海が、涼介の膝の上でモジモジする。
「え?…う、はい」
 微かに唇を震わせながら、恐る恐る涼介の唇へと寄せて行く。
 目を閉じた涼介の睫が長い。
 綺麗だなと、思いながら、引き寄せられるように唇をどんどん寄せて…。
「あ〜!だからもう!!」
 また啓介に阻まれた。
 ぐい、と襟首を捕まれ、涼介から引き離される。
「涼介さぁん!」
「啓介、何をする!!」
「それはこっちのセリフだ!!」
 涼介と啓介がワァワァと言い合いを始める。
 そんな光景を眺めながら、拓海は幸せで微笑んだ。
 十年前と同じ。
 いつも涼介と仲良くしてると、啓介が意地悪をして邪魔をする。
 そして涼介が怒って、啓介が言い返して…。
 まるで十年前に戻った時のようだ。
 けれど、十年前のままじゃない。
「だいたいさ、アニキは悪党なんだよ!」
「俺のどこが悪党だ」
「何も知らねぇガキの頃から拓海を仕込んでさ、それに今だってまだコイツはガキじゃねぇか。そんな奴にアニキ、一体何をしてんだよ!!」
 啓介の言い分に、涼介はフッと鼻で笑う。
「仕方が無いだろう?」
 そして拓海を抱き締め、これ以上ないくらいの幸せそうな笑顔で告げた。

「恋をしただけだ」

 そうだ。
 初めて会ったその瞬間に。
 涼介に恋をした。
 年齢とか、性別とか。全てを乗り越えて彼に恋をした。
「…うん」
 拓海も幸せな笑顔を浮かべ、涼介を抱き締め返す。
 早く大人になりたいと思っていた。
 けれど、大人だと思った人は意外と可愛いところがあったり、そして涼介は拓海を「もう大人だ」と言ってくれたりする。
 だから、思う。
「大人とか、子供とか関係ないんですよ。だって好きなんだもん」
 ニッコリ、微笑み啓介にそう告げると、気圧されたように怯んだ啓介は、ハァと大きく溜息を吐いた。
 そして、
「…お幸せに」
 捨て台詞のようなその言葉に、涼介は、
「言われなくとも」
 と鼻で笑い、拓海は、
「うん、ありがとう」
 と、素直に喜んだ。

 高橋涼介の恋人は、十年前からずっと藤原拓海。
 そしてこれから十年。二十年。ずっと先も。
 そこにいるのは藤原拓海、ただ一人だ。

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2010.1.11


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