彼の事が大事で、とても大切で、傷一つさえ付けたくないと思う心と裏腹に、思い切り泣かせて、ぐちゃぐちゃに壊したいと思う自分は変なのだろうか?
そんな事を親友に相談すると、親友の顔は嫌そうに歪んだ。
「……俺は何ともコメントは出来ないな」
「史裕はそんな気持ちになった事はないか?」
「いや、俺はどっちかって言うと、大切にしたいとは思うけど…」
「だがセックスの時などは思わないか?自分の下で、喘いでいるのを見た時なんかは」
「あ、あえ………」
「いつもは気丈なのに、俺の腕の中でだけドロドロになるんだぜ?もっと泣かせてみたいと、お前は思わないか?」
「……涼介。勘弁してくれよ…」
少々苛めすぎたようだ。涼介はフッと苦笑を浮かべ口を閉ざし、思考を目の前の親友から話題の主でもある恋人へと彷徨わせた。
大切で、でも泣かせたい恋人とはなかなか会えない。
だが久々に会えた昨夜、今日も仕事があるのだと言う恋人の都合も考えず、散々泣かせてしまった。
互いに忙しく、逢瀬の時間もままならない。やっと会うことが出来ても、ゆっくりと落ち着くことも出来ず、酷い時には言葉を交わしさえしないままに別れる日だってあった。
『…もっと我侭を言って欲しい』
最初はそんな望みだったはずだ。
だが5歳も年下の、しかも同性の恋人は意地っ張りで、しかも頑固だ。
『涼介さんにそんな迷惑かけられません!』
むしろかけて欲しい。そう言っても彼は聞いてくれない。
だから、
『…俺が好き?』
『う、うぅ……』
『言わないとこのままだ』
彼を煽り、限界ギリギリまで我慢させ、自分を求めさせた。
『…涼介さん、お願い…』
『だったら俺を欲しいと言って』
背後から彼の滑らかな肌に手を這わせ、首筋に顔を埋め、舌で敏感な箇所を擽る。
『涼介さん、意地悪だ……』
潤んだ彼の眼差しが自分を睨む。だがその瞳は、涼介を煽ることはあっても、責めるものでは決してなかった。
『…拓海のほうが意地悪だ』
『お、俺が、何で…?』
ハァハァと荒い息を零し始めた彼の唇を指でなぞる。濡れた唾液を塗りこめるように唇の輪郭を指で辿る。そんな些細な刺激に、拓海の体はビクビクと震えだす。
『俺がこんなに拓海のことを求めてるのに、お前は欲しがってくれないから』
『な、何言って……』
涼介は拓海の体を抱きしめる腕に力を込める。
『…頼むから、俺を欲しがって?』
『………』
興奮からうっすら赤く染まっていた恋人の肌が、その言葉を囁いた瞬間、ますます赤みを増した。
その肌を、涼介は舌で堪能する。舌先に感じた彼の汗の味。羞恥と興奮で、彼の汗の分泌がさっきより増している。
唇をなぞる指を食まれ、優しく歯で甘噛みをされた。
たかが指先。だがその感触に、涼介の興奮も高まる。
言わなくても、彼が態度で示してくれる。
『…俺が欲しい?』
コクンと、恥ずかしがりやで意地っ張りな恋人が真っ赤な顔で頷いた。
彼の自分より細身の、けれど女性ではない少年の骨格を持つしなやかな体を組み敷き、手で、指で、舌で、体中の全ての機関を用いて、彼を堪能し、欲望のままに思う存分泣かせ……。
「…おい、涼介!」
幸せな思い出に浸っていた思考が、一気に現実に引き戻される。
「…お前、良からぬ事を考えていただろう。顔がニヤけてたぞ?」
涼介は自分の顔を手で覆った。
「…ニヤけてたか」
「ああ。ヤバいくらいにな」
「……そうか、ヤバいか」
…あの恋人に、もう骨抜きにされている自覚はある。思い出しただけで、氷のようだと評された自分に、緩んだ表情をさせるくらいに。
「…何だか、藤原と付き合いだしてから、お前がただの男に見えてきたぞ?」
「俺はただの男だぞ。何だと思ってたんだよ?」
「いや、もっと何事にもクールなんだと思ってたけどな…」
フッ、と涼介は微笑んだ。
「…俺だってそう思ってたさ」
初めて見せる涼介の甘い笑みに、史裕の顔が驚きに固まる。
だがそんな史裕の硬直を解くように、携帯の着信音が響いた。
「…俺だ。悪い」
涼介が携帯を取り出し、フリップを開く。そして着信の相手を見た瞬間に、涼介の顔がまた甘く幸せそうなものに変化した。
「もしもし?拓海か?」
電話の相手は、焦がれて止まない恋人。自然と涼介の声も優しくなる。
『…あの、涼介さん、今時間ありますか?』
「ああ、大丈夫だ。それよりどうした?お前のほうから電話をかけてくるなんて珍しいじゃないか」
『……だって、涼介さん昨日、言ってたから…』
「うん?」
『…俺が欲しがってくれない…って』
「ああ、言ったな」
『…お、俺だって、あんたが、その…ほ、欲しいよ、ちゃんと』
「拓海?」
『だけど、あんた、忙しいし、電話かけたら迷惑かなとか思うし…、それに、俺、こんなの初めてだし、どうしていいか……』
「…何が?」
『…あんたを、俺だけのものにして…閉じ込めたいって思うのって…変ですか?』
やられた、と思った。
最高だ。いつだって自分の予想を超え、そして魅了する。もう他が何も目に入らないほどの眩いまでの煌き。こんな存在に出会えた、自分の幸運を涼介は感謝した。
そして笑いながら、電話の向こうに向かってこう囁いた。
「奇遇だな。俺も、お前のことを大切にしたいのに、時々ぐちゃぐちゃに泣かせて、俺しか目に入らないようにしたいと思っている自分は変かと悩んでいたところだ」
電話の向こうの恋人が、息を飲む音が聞こえた。
「なぁ、拓海。俺は変か?」
恋人の答えは――。
涼介は通話を切り、呆れた表情で自分を眺める親友に向き直った。
「史裕」
「…何も言うな。今から行くんだろ?また泣かすのか?」
「いや、昨日たくさん泣かしたからな。今日は大切にしに行くよ」
「…どうだか。結局また泣かすハメにならないようにな」
「でも史裕」
「何だよ」
「拓海はそんな俺が変じゃないってさ」
「………お前、本当にただの男なんだなぁ」
親友のそんなあきれ返った言葉が、自分への祝福の言葉に聞こえる。
自分をただの男に変えたのは恋人だ。
だがそんな自分の変化が心地好い。
そして無欲で、何も欲しがらなかった恋人に欲を教えたのは自分だ。
もっと、もっと彼に自分を欲しがらせたい。そして自分は彼を手に入れたい。
尽きない欲望はどこまで行くのだろうか?
でも、きっと拓海とならばそれも心地好い。
彼へと自分を運ぶ、FCのキーを握り締め、涼介は微笑んだ。
『…涼介さんは変じゃないです!…その、俺、嬉しいから、だから、きっと他の人が変って言っても、いいんです!』
FCに乗り込み、エンジンに火を着け走り出す。
脳裏に浮かぶのは、さっき告げられたばかりの恋人の言葉。
『…俺、それが幸せだから』
…ああ。俺も幸せだ。
そう恋人に告げに行くために。
2006年3月10日
このお話はぴよ様から頂きましたイラストを参考に作成しました
ぴよ様、ありがとうございます!