嬲られ、赤く腫れていた乳首に麻酔もなしに針が突き刺さる。
痛みに、拓海は泣き、失禁までした。
だが涼介は怒らず、楽しそうにそんな拓海を眺め、そして溢れ出る血を美味そうに舐める。
貫通した穴に、涼介が小さな銀色のピアスを突き刺す。
まだヒリヒリするそれを涼介が引っ張り、痛みにまた泣けば舌で癒すように舐めた。
痛みと、快楽と。
「よく我慢したな。ご褒美だ」
囁かれ、また彼の欲望に舌を這わせ、そして広がった後ろに彼を受け入れた。
乱暴な注挿。拓海の快楽も置き去りに、自身の欲望のままに動く。
痛みに呻いても、乳首から塞がりきっていない傷が開き、また血が流れても動きは止まない。
そして拓海も、「止めて」と言わない。
傍若無人に涼介が拓海の内で動く。
ハァハァと荒い呼吸を吐きながら、拓海の内で必死に動く。
涼介が、拓海の身体に夢中になっている。
我を忘れて。
拓海は涼介の腰に足を絡ませ、もっと、と強請るように腕を伸ばし引き寄せた。
だが、その腕を乱暴に振り払われる。
拓海の上で、快楽に潤んでいた目が冷たいものに変わり、拓海を睨む。
「…俺の許可が無い限り、俺に触るな。主導権は俺が取る」
ごめんなさい、と拓海は呟いた。
それが涼介のルールなら、従うことこそ拓海の幸福。
伸ばされる優しい腕を拓海が怖がるように、涼介もまた違う感情から伸ばされる腕に怯える。
痛みを与える、あの腕を思い出し。
だから拓海は大人しく腕をシーツに這わせ、代わりに内部で締め付け彼への愛情を示す。
闇に、引き寄せられるように彼に惹かれた。
彼を好きになった。
好奇心で啓介を追いかけ、迷い込んだ街で涼介に会った。
あの時の彼が、酒のせいだけでなく、接待と称すホステスたちに囲まれ、常の冷静さを失っていたことも。
小さい頃のトラウマで、啓介への複雑な感情があり、
『どうして啓介ばかり』
と啓介を追いかけたと言う拓海を奪われることを怖れ、闇が溢れたことも。
こうなってしまえば、全て運命だったのだと感じる。
涼介の舌先のピアスが、秘められた闇を具現しているように、拓海の乳首に刺さったピアスが闇を、そして涼介のものであることを証明している。
激しく腰を動かしながら、涼介が拓海の身体を強く抱きしめる。
「…好きだ…好きだ…藤原…」
許可が出た。
拓海も微笑み、そして涼介の身体を強く抱きしめる。
「…愛してます、涼介さん」
深い闇の中で、掻き抱き合う。
正極にありながら、同じ闇を抱える魂が一つになる。
混ざり合い、侵食し、共有する。
流れる血を舐め、肉に牙を突き立て、音を立てて咀嚼される。
壊される。
ボロボロにされる。
もう、元の自分の形を忘れた。
だが、もう忘れて良いものだ。
今の自分があるなら、それで良い。
腕の中の感触と、痛みと熱と闇。
それだけがあれば、それで良かった。
『じゃあ、僕は一生誰も好きになれないんだ』
脳裏の片隅で、あの医師の顔を思い出し嘲笑う。
人を、好きになった。
深く。
強く。
心の奥の、闇の深い部分で。
人を――彼を、愛した。
その闇の深い色ごと。
体内の奥深くで、涼介の欲望が爆ぜた。
それを感じながら、拓海もまた同じ高みに昇る。
二人同時に脱力し、力の抜けた体を抱きしめながら、どちらからともなく声を上げて笑った。
涼介の、舌の上のピアスが見える。
その秘められた輝きが好きだと、拓海は涼介に囁いた。
「じゃあ、大口を開けて笑うのはお前の前だけにしよう」
微笑み、涼介もまた拓海に囁く。
じゃあ、俺もこれを他の人に見せないようにします、と胸の突起を指差せば、
「当たり前だ」
と乳首を咬まれ、そして――。
――笑った。
暗い、夜の峠。
忙しなく走り続ける車のヘッドライトがハレーションのように瞬く。
ぼんやりと、それらを眺めながらガードレールにもたれ缶コーヒーを飲む拓海の前に、大きな人影が遮る。
逆光になって顔は見えないが、そのシルエットと煙草の香りからすぐに誰だか分かった。
「…啓介さん」
声をかけると、「おう」と気まずそうな返事が返り、拓海と同じようにガードレールにもたれる。
視線を合わさず、黙って煙草を燻らせる啓介に、拓海もまたじっと言葉を待つ。
「…この間は…」
「…え?」
「…この間、さ。悪かったな。変なところ見せて」
バツが悪そうに、髪を乱暴に掻き毟る。
拓海は、そんな啓介をチラリと眺め、けれどすぐにまた視線を真っ直ぐ前へと戻す。
「……気にしてませんよ」
「…それなら…いいんだけどよ…」
今度は、カリカリと頬を掻く。
健全な啓介。
それが微笑ましく、拓海は笑みを零す。
「人間ですからね。ヘコむことぐらいありますよ」
けれど和ませようと口にした、妙に達観したセリフは啓介の精神を逆撫でしたらしい。
「…んだァ?偉そうに!」
いきなり頭をガシッと捕まれ、脇の下に抱え込まれヘッドロックを決められる。
「藤原のくせに、ナマイキなんだよ!」
怒鳴りながらも、それが本気ではなく照れ隠しなのだと知る。頭を乱暴に締め付け揺さぶられ、ギブアップの代わりにその腕を叩く。
「…いってぇなぁ、啓介さん。…涼介さんに言いつけてやる」
仕返しのように、啓介にとって一番効果のある言葉を吐けば、余裕をかましていた彼の目が見開かれる。
「汚ぇぞ、藤原!」
「乱暴な啓介さんが悪いんです」
唇を尖らせ、悪態を吐く。
むぅ、と唸る彼に、心の中で舌を出す。
だけど、遊びはここまでだった。
「…藤原」
彼が、名を呼ぶ。
ピクリと拓海は声のした方を向く。
そこにいるのは拓海の主人。
「啓介。何を遊んでいる。もうFDの調整は終わったぞ。ふざけてる時間があるなら、一刻も早く走って来い」
パン、と持っていたファイルで啓介の頭を叩き、促す。
「…わーたって。藤原があんまりナマイキだからさ、つい…」
ふぅん、と悪戯っぽい目を涼介は拓海に向ける。
叱られないか。
不興を買ってないか。
それを気にして黙りこくる拓海に、冷徹な眼差しが降る。
「なるほど」
フッと涼介が甘く微笑む。
「なら、俺がお仕置きしておこう」
ドクン、と拓海の心臓が跳ねた。
「おう、じゃ、アニキに任せたわ、しっかりシメといてくれな!」
明るく微笑み、啓介が立ち去る。
その背中を平静な顔を装いながら見ながら、拓海はドクドクと戦慄く鼓動を感じていた。
啓介の姿が消えた頃、小さな声で涼介が聞いた。
「…ずいぶん楽しそうだったな」
「………」
「俺より、啓介の方が良い?」
ブルブルと首を横に振る。
「だよな」
フン、と涼介が拓海を嘲笑う。
「お前は苛められないと達けない…変態だからな」
コクンと、頷く。
「涼介さんに…苛められたいです」
だから、早く疼くこの身体を嬲って欲しい。
ニィ、と涼介が微笑む。
舌を覗かせるようにわざと、唇をゆっくりと舐める。
いつもは隠れて見えない涼介のピアスが見える。
その瞬間が、拓海は好きだった。
それに連動し、拓海の胸のピアスがまた痛む。
彼の爪の、牙の感触を思い出し。
「変態で淫乱…最低だな」
その牙が肉に食い込み、血が流れ出る瞬間を思い出し。
「だが――」
幾ら血を流そうと、痛みを感じようと我慢できる。
「――愛してるよ」
最後には、優しく全てを舐め取ってくれるから。
痛みも、恐怖も。
その、闇ごと。
昏い夜が降る。
昏い闇が拓海の中で広がる。
彼を中心に、彼の姿をして。
それに呑まれ、もう這い上がれないほどに堕ちている。
だけど。
「俺も…愛してますよ」
幸せだ。
僕の手のひらから秋はむさぼる、秋の木の葉を――僕らはともだち。
僕らは胡桃から時を剥きだし、それに教える――歩み去ることを。
時は殻の中へ舞い戻る。
鏡の中は日曜日。
夢の中でねむり眠り。
口は真実を語る。
僕の目は愛するひとの性器に下る――
僕らは見つめあう。
僕らは暗いことを言いあう。
僕らは愛しあう、罌粟と記憶のように。罌粟と記憶のように。
僕らは眠る、貝の中の葡萄酒のように。
月の血の光を浴びた海のように。
僕らは抱きあったまま窓の中に立っている、みんなは通りから僕らを見まもる――
知る時!
石がやおら咲きほころぶ時、
心がそぞろ高鳴る時。
時となる時。
その時。