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 腸内洗浄と拡張だ。
 そう告げられ、バスルームに連れ込まれた拓海は、服を身に付けたままの彼にノズルを外したシャワーホースで、直接腸内に湯を注ぎこまれ目の前で排泄させられた。
 三回ほど繰り返し、もう吐き出すものが無くなったころに涼介は身を屈め、直接割り広げた穴の内部を覗き込んだ。
「…よし。綺麗になったな」
 拓海は泣いていた。
 子供のように。泣きじゃくっていた。
 矜持も、人としての尊厳も何もかも壊された。
 あるのは小さな幼児のように怯えながら、縋る手を離せない自分がいるだけ。
「良い子だ。そんなに泣くな」
 泣く拓海を、涼介が小さな子供をあやすように頭を撫で、そして抱きしめる。
 その暖かな腕の感触に、拓海は素直に甘え、頭を摺り寄せる。
「まだ始まったばかりだ。…我慢、できるだろう?」
 甘く囁く声に、拓海は頷いた。
「…うん」
 ざっと体を拭かれ、それこそ小さな子供のように抱えられたまま彼の部屋に戻る。
 ベッドの上に寝かされ、彼の言うままにうつ伏せになり腰だけを上げた姿勢になる。
 真っ白な臀部を、涼介の両手が左右を攫み、割り広げる。
 狭間の小さかった蕾は、今は少しだけゆるく広がり、先ほどよりも色が赤く染まっている。
 指で、そこを突かれる。
 拒むばかりだったそこは、今は誘い込むように扇動し涼介の指を食い込んだ。
「…覚えの良い体だ」
 ぐるりと、体内を指でかき混ぜられ、萎れていた拓海の欲望が一気に膨らむ。
「…は、ぁあ…ぅ…」
 ぶるりと、意識せずに腰が揺らめいた。
「この内にあるしこりのようなものが前立腺。ここを刺激されると…気持ち良いだろう?」
 そこを指が掠めるたびに、拓海の欲望が震え先走りの液を漏らす。
「一人の時も、ここを自分で弄って慣らすんだ。ここの刺激だけで達けるようにな」
 無我夢中で、拓海は何度も頷いた。
 一本だった指が、二本に。そして三本に増える。
 後ろが立てる水音も激しくなり、限界にまで膨れ上がった欲望が弾けそうになる。
 なのに。
 涼介の指がいきなり、抜かれ、そして弾ける寸前だった欲望を強く握りこまれる。
「や、やぁ、涼介さん、…イきたい」
 ベッドサイドのローチェストの引き出しを開け、涼介が何かを取り出す。
 彼の手の中の皮製の輪のようなもの。
 それが何に使われるのか、拓海が知ったのは実際にその身で使用してからだった。
 勃ち上がった欲望の根元を締め付け、吐き出したいと叫んでいた欲望を圧迫する。
 痛みに、拓海は身を捩る。
 だが拘束された両腕を、さらにベルトでベッドヘッドに縛られた。
 頭がガンガンと痛み、まるで血液が逆流しているようだった。
 そしてパンパンに膨れ上がった欲望は、今まで見たことないくらいに膨張し、浮かんだ血管がはちきれそうだ。
 なのに…出せない。
 苦しくて、辛くて、拓海は泣いた。
「コックリングを嵌められたぐらいで泣くなよ。まだこれからなのに」
 苦しいのに、涼介は笑う。とても楽しそうに。

 彼が、怖かった。

 彼の持つ闇に、気付いたのはいつだろう?
 笑みを形作りながらも、笑っていない目元だとか。
 時々ぞっとするような目をしているのを見たときだとか。
 拓海の中の闇と同じように、慎重に、密やかに隠されたものに気付いたのは、涼介の中の闇を、拓海が求めていたからかも知れない。

 まるで鋭利なナイフのように。

 まるで鈍重な鉈のように。

 人を傷つけ、嬲りたいと、そんな衝動を抱える彼の心が見えた。
 どうしようもないほど凶悪な獣を胸に飼いながら、それを律し、制御する彼に。
 嬲られたいと、願う拓海の密かな闇が反応したのだ。
 それが解放されたらどうなるのか?
 誰も知らないだろう、彼を見たかった。
 そして今、それは目の前にある。

 拓海の空いた後ろの狭間に男性器を模った張り形が埋められる。
 冷たい、無機質なものなのに、感じる欲望は指で弄られた時よりも強かった。
 カチリとスイッチを入れる音がして、ブゥンと内部でそれが蠢く。
 体内に、千の虫を這っているような感触。
「うぁ…あ、あぁぁぁ…」
 強すぎる快感と、吐き出せない欲望。
 ダラダラと、先端からは粗相をしたように先走りが零れ溢れていく。
 ツゥ、と透明になった粘液が溢れ、シーツの上に落ちていく。
 涼介は服を脱がない。
 拓海が悶え、快楽に溺れる姿を眺めているだけだ。

 彼が怖かった。

 残酷、だからじゃない。
 拓海を、傷つけるからじゃない。
 むしろ痛めつけられることこそ、拓海は望んでいる。
 彼の一部のように、ものとして扱われ、支配されることを望んでいる。

 彼が、好きだからだ。

 好きだから、怖いのだ。

 体内で振動する無機物。
 欲望を塞き止めるリング。
 両腕を拘束するベルト。
 拓海の動きを阻め、拓海を嬲り、顔は笑っているのに。

 何故、彼は幸せそうじゃないのだろう?

 昏い欲望を孕んだまま、秘められた苛立ちをまだ隠し持っている。
 彼の、ものになりたいのだ。
 彼の、ものだけになりたい。
 そして何より、彼を自分の「もの」にしたい。

 拓海は泣いた。
 泣いて、涼介に縋る。

「…涼介さん」
「何だ?」
「…俺に…何しても良いです」
 必死の想いを込め、囁く。
 ぴたりと涼介の動きが止まる。
 眉間に皺が寄り、唇を歪め拓海を見つめる。
「何をしても…俺は平気です…」
 体内で無機物が動く。苦しい。塞き止められた欲望は限界を超え、痛みしか与えない。
「何を見ても…俺は平気です…」
 涼介の唇が戦慄く。
 彼は、まだ闇を隠しているのだと、そう覚ったのは彼が好きだからだ。
 彼が好きだから、ずっと見ていた。
 だから、分かる。
「だから…本当の涼介さん…見せて下さい…」
「……莫迦な」
 苦い表情で涼介が吐き捨てる。視線を逸らし。
「自惚れるなよ。お前に、俺が受け止められるとでも?」
 嬲っても無駄だ。苛めても無駄だ。
 拓海は、そんな涼介を愛しているのだから。

「受け止め…られません」

 そら見ろ、と嘲る口元が、だがすぐに止まる。

「でも…一緒に抱えることは出来ます」

 胸を反らし、足を開き、精一杯の気持ちで彼を求める。
「涼介さんが…好きです」
 力を込め、体内の無機物を吐き出す。
 ブルブルと震えるそれがゴトリと床に落ち、また拓海の中が空っぽになる。
「だから…平気です」
 涼介が床に落ちたバイブを広い、スイッチを止める。
 視線を俯けたまま。
 拓海を見ない。

「…史裕も知らない」

 そう、だろう。
 彼はずっと隠しているのだから。

「啓介も、知らない…」

 啓介は気付かない。
 尊敬する兄、と言うフィルターに覆われ、本当の彼を見ることが出来ない。
 美しく、綺麗な虚像のような彼の姿のみを映す。
 だが、拓海はそんなごまかしでは満足できなかった。
 誰かを好きだと、そう願う心はエゴに満ちている。
 自身の勝手な欲望を、相手に受け入れて欲しくて押し付ける。
 涼介のこの拓海に対する扱いも、それに沿っていると知っている。
 残酷な言葉でいくら傷つけようと、触れる指先から伝わるものもある。
 酷薄な瞳からも、痛めつけられ、喘ぐ拓海を満足そうに眺める眼差しからも。
「涼介さんがどんな人間でも…俺は好きです」
 涼介が顔を上げる。
 その頬に、涙が伝っていた。
 拓海は微笑んだ。
 嬉しくて。
 彼の闇が溢れる。
 涼介が、拓海の「もの」になるのだ。

「…これでもか?」

 涼介が、ずっと脱がないままでいた服を脱ぐ。
 シャツのボタンを外し、上半身を露にする。
「下も…これ以上にある。全身にだ。それでもか?」
 愛しい人。
 大好きな人。
 たとえその体が、醜い傷跡だらけでも、拓海の気持ちは変わらない。

「…はい」

 引き攣れた切り傷の跡。
 痣になり残った打撲の跡。
 煙草を、押し付けられた小さな黒墨のような火傷跡。

「…はい。好きです」

 答えると、涼介が泣いた。
 子供のように泣いた。
 この上なく、拓海は幸せだった。
 涼介が、憧れるだけしか出来なかった、望みながら伸ばす腕を、拳を握り締め我慢していた彼が手に入った。

 彼が、拓海の「もの」になったのだ。

『お前もアニキと一緒だ。堕ちないんだな』

 今なら、それは違うと啓介に言えるだろう。
 堕ちない、のではない。
 最初から闇の中に住んでいるのだ。
 堕ちようがない、暗闇の中に。
 膝を抱え蹲り、震えながら。




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