学会の帰りなのだと、涼介は言った。
「教授に付き合わされて、こんな場所でこんな時間までだ」
うんざりする、と呟きながら涼介が乱暴な仕草でネクタイを緩める。
そんないつもとは違う仕草に、否が応でも目が吸い寄せられ鼓動が高鳴る。
彼は今、拓海の隣に座っていた。
狭いハチロクの車内。
拓海がハンドルを握り、そして涼介を自宅まで送り届けるために走っている。
『送りましょうか?』
何となくだが、そう言わされたのだろう感覚があった。
『そうか?悪いな』
礼を告げながら、それがさも当然だとばかりに頷いた涼介に、その感覚は増した。
狭い車内だと、涼介から漂うアルコールの匂いがきついのが分かる。
「…だいぶ飲んだんですか?」
ネクタイを緩め、露になった涼介の咽喉仏が扇動するのが目に留まる。目が離せなくなり、拓海の咽喉もまたゴクリと鳴った。
「量的にはさほどでも無いが…度数がね」
拓海は個人的に涼介と親しいという仲ではない。
だから彼の限界量がどれくらいかは分からないが、香るアルコールの匂いからかなりの量を飲んだのだろうことは分かった。
「付き合い、ですか?…大変ですね」
拓海もまた、職場の飲み会などで未成年にも関わらず酒を勧められることがある。
上司など、煩型がいる場合はそうではないが、そんな立場の人がいない時は大変だった。
許容量以上のものを薦められ、けれどそれを断ることが難しい場だ。
フッ、と涼介が微かに笑う声が聞こえた。
そして。
「反吐が出る」
ぞっとするような、低い声音で彼はそう言った。
笑みと、その言葉のギャップに、思わず運転中であることも忘れ、拓海は涼介を凝視する。
「年を取ろうが偉くなろうが、男の本質ってのは女を喰うことしかねぇのかもな。そして女は、男の地位や金で足を開く」
淡々と、だがいつもの彼にはない嫌悪を込め語る。
「…うんざりだ。汚ねぇ思惑に付き合わされるのはな」
吐き捨てるように呟き、緩く首を振る涼介から、アルコールの匂いに混じり香水の匂いが漂うのに気付いた。
その甘ったるい匂いに、拓海の中にどす黒いものが溜まる。
「……涼介さん、も?」
ドクドクと戦慄く心臓。暗く、狭い密室空間の中で二人きりと言う環境は、拓海の中の厚く覆われた垣根を緩める。
「…うん?」
「涼介さんも…女の人、喰うんですか?」
ぎゅ、とステアリングを握り締める。手がやけに汗ばんでいた。
自分が何を言ったのかを理解したのは、拓海の問いかけに楽しそうに「クッ」と噴出した彼の反応を見てからだった。
血が凍ったように硬直する拓海に、けれど涼介は楽しげな声を上げ笑う。
「例えば、啓介のようにか?」
フフ、と含み笑いを零し、涼介が囁く。
長く細い指を湛えた手のひらが、まるで蝶のようにヒラりと揺らめき、拓海の頬を撫で、そして膝の上に置かれた。
その感触に、拓海はビクリと奮え、ステアリングを握る腕がぶれ、ハチロクの車体が大きく揺れる。
「藤原」
彼が囁いた。
身を寄せ、拓海の耳に声を注ぎ込むように。
「俺は女には勃たねぇよ」
その言葉を理解するより先に、涼介が拓海の耳朶を含み、咬む。
ギリ、と強く咬まれ、拓海は痛みに硬直した。
「俺が喰うのは……男だ」
そして膝の上に置かれた指が、拓海の足の狭間に向かう。
緩く膨らんだそこに指を這わせ、力を込め――握る。
「…くぅ…」
呻くような声が拓海の唇から漏れる。
走る車のスピードが減少し、そしてゆっくりとその動きを停止させた。
拓海の足はもうアクセルを踏めない。
ピチャピチャと、耳朶を舐める涼介の舌が立てる音。
強く、だが時おり柔らかく股間を握る涼介の指。
意識が、そこにしか向かない。
ジーンズの下の欲望は、もうしっとりと濡れ気持ち悪い感触を与えている。
早く、直接握って欲しいと腰を揺らめかせ、涼介の指にそこを押し当てる。
けれどその瞬間、彼の指が遠ざかる。
感触だけを残し、甘くジンジンと痺れるような感覚だけを与え、指が離れていく。
「……ぃ、涼介さ、…」
ハァハァと呼吸は荒れ、潤んだ眼差しで傍らの涼介を見つめる。
けれど。
その瞬間にまた拓海は硬直する。
彼が、拓海を見ている。
面白そうに。
侮蔑と、揶揄を込めて。
まるで実験体を観察するような冷徹な眼差しに、興奮し上昇していた熱が一気冷める。
「藤原」
嘲笑の形に唇を歪めた彼が囁く。
嬲るように、拓海の頬に指を這わせ、けれど熱が残る前にスッと去ってゆく。
「…啓介に付いてきたのは何故だ?」
「あ、の……」
冷たい眼差しに晒され、心は一気に冷えたのに。
「啓介に…こうされたかった?」
つぅ、と指が膨らんだ箇所をなぞるように伝う。
膨らんだままの、そこを。
萎えても良いはずなのに、その冷えた眼差しに、ますます欲望は膨れ上がっている。
背中に、氷を当てられたようにゾッとしているのに、そこだけは熱く熱を孕んだまま。
「だがあいつは女にしか勃たねぇぞ」
ゆるく、拓海は首を横に振った。
「お、れは…啓介さんになんて……」
昂ぶる鼓動と、荒い呼吸が拓海の言葉を遮る。興奮が治まらない。軽い震えは、恐怖のためではなく愉悦のためだ。
拓海の答えに、涼介は「フン」と鼻で笑う。
「…どうだか」
また、涼介の指が股間を握る。
先ほどよりも強い力で、拓海を痛めつけるように何度も強弱を付け握り締める。
「…い、たぁ…ひぃ、涼介さ、やめ…」
痛みに、身を捩り涙を浮かべる。
けれど涼介の口から出たのは嘲りの言葉だった。
「やめろ?嘘付け。ここをこんなに固くしておいて。…本当はもっと握って欲しいんだろ?」
こんな風に。
股間を嬲りながら、Tシャツを捲り露になった乳首に顔を寄せる。
ギリ、と音がするほど強く咬まれ、拓海は啼いた。
「う、ぁぁぁ……!」
日焼けの無い白く肌理の細かい肌に、血が伝う。
乳厘ごときつく咬まれたそこは、涼介の歯の形に跡が付き、柔肌を噛み切られ血が滲み伝っている。
痛い。
痛くて、ジクジクする。
目の前の彼が、まるで獰猛な獣のようで恐ろしい。
けれど。
「…気持ち良いのか?こんな風にされてまたここが大きくなった」
嬲る彼の言葉。
痛めつける爪と鋭い牙。
それが自分の肌に食い込む瞬間を想像し、拓海は甘く震える。
もっと嬲って欲しいと。
もっと痛めつけて欲しいと、心の奥底に秘めたものが叫ぶ。
「…変態だな。お前」
軽蔑しきった言葉。
そして眼差し。
ゾクゾクと、心が甘く震える。
「もっと…して欲しいか?」
コクリ、と拓海は頷いた。
「お願いしてみろ」
拓海の隣にいるのは、いつも冷静で高潔なチームリーダーでは無い。
尊敬し、憧れていた彼でもない。
獣性を備えた、強い「雄」。
それが拓海を見つめ、牙を煌かせ舌なめずりをしている。
彼に「喰われたい」と、心の底から願った。
だから――。
「……はい」
拓海は頷いた。
自ら、Tシャツを捲り上げ彼の前に晒し、ジーンズの前を寛がせ浅ましいことになっている欲望も晒す。
「お願いですから……俺を――」
舌なめずりをする涼介の舌。そこに何かキラリと光るものが見える。
「――壊してください」
にっこりと、満足そうに涼介が微笑んだ。
そして見せ付けるように拓海の前に舌を覗かせる。
ゆっくりと、露になった拓海の胸に顔を近づけ、赤く腫れた突起に舌を突き出す。
その舌の上に、銀色の丸い金属。
――ピアスだ。
そう気付いたのは、実際にその舌で舐められた時だった。