※大人表現有。18歳未満の閲覧禁止※
名前を呼ばれたような気がして目を開けた。
まだ覚めきらず、ぼんやりとする視界に、雰囲気でそれと悟れる内装が見える。
ビラビラとした薄紫のカーテンと、天井には鏡まで張ってある。
趣味が悪い。どうしてよりによってこんな部屋を利用したのか。
そして少しずつ覚醒しはじめた頭で、自分の今の状況がラブホテルの大きなベッドの上に眠っていることを自覚する。
舌打ちしながら、寝乱れた髪の毛を掻き揚げた。
目が覚めると知らないベッドに眠っている。そんな状況は滅多にないが、過去に一度もなかったわけではない。
ただその場合、どれも年上の割り切った女の部屋と言う状況が多く、こんないかにもなラブホテルのベッドの上で目覚めたことはない。
…面倒なことになった。
涼介は忌々しさから顔を歪めた。
昨夜の自分がどんな精神状態にあったか知らないが、疲労困憊になると、どうもサガと言うべきか、いわゆる俗称で「疲れマラ」と言う状況になることがある。疲れているのに性欲が湧くというアレだ。
きっと昨夜の自分もそうで、酒でも飲んだかして理性が崩壊し、本能が勝り適当な女でも引っ掛けたのだろう。
物慣れた女ならいい。言わずとも態度で過ちであったのだと理解してくれる。一番面倒なのは察しの悪い馬鹿な女だ。涼介の心情など知らず、彼の側に近づけたことに喜び、ズカズカと無遠慮に踏み入ってこようとする。
願わくば、馬鹿な女ではありませんように。
そう舌打ちをしながらぐるりと周囲を見回す。
「あ、起きました?」
けれどそこに見たのは馬鹿な女の顔などではなく、密かに思い続けた少年の姿だった。
泣きはらしたように赤く少し腫れた目。やや厚みのある唇は、今はぽってりと赤く濡れたように膨れいつもより艶かしさを増している。そしてしっとりと濡れた髪から漂う水気と、バスローブ姿。その合わせた布地の隙間から見える真っ白な素肌の上には、赤い印が無数に付いていた。
いかにも、情事の後を思わせるその姿に、涼介は目を見開いた。
「これは…夢か?」
呟いた自分の声が掠れている。
いつも見る夢。それは彼を抱きしめ、筆舌に尽くしがたいことを仕出かしている事が多い。こんな情事の後のような、艶かしい姿を見せるものではなかったはずだ。
すると目の前の少年がクス、と微笑んだ。照れくさそうに。
「夢じゃないですよ。現実です」
ほら、と涼介の手を取り、彼の頬に当てる。暖かい感触と滑らかな質感。そして涼介はじわじわと昨夜のことを鮮明に思い出し始めてきた。
ゴミ箱にはティッシュとゴム。そしてベッドの周りに散乱する二人分の服。
ベタつく自分の体だけでなく、彼の体に残した自分の跡からも、昨日何をしたのかが察せられる。
いや、忘れようもない。
夢中でその体を貪り、飢えた獣のように彼の体を揺さぶり続けた。
「起こしてすみません。でも、俺今日も仕事だからもう出ないといけなくて…」
困った顔で自分を見つめる彼に、じわじわと涼介の身のうち幸福感が浸透する。
「え、と、涼介さんもシャワー浴びてきて下さい。…昨日、入らなかったから」
入らなかったのではない。入る余裕がなかった。
言いながら、拓海はベッドの周りの服をかき集め、丁寧に畳んでいく。そして涼介の服だけを手渡し、風呂場へと促す。
かつて、性欲を果たした翌朝に、こんなにも照れくさく、そして幸せな気持ちになることはなかった。
ああ、自分たちは恋人同士になったんだな…。
じんわりとそう実感してくる。
それと同時に、狡い大人の部分が涼介に囁く。
甘えていいだろうか。いや甘えてもいいだろう、と。
「…ダメだ。起きれない」
わざとらしくまたベッドに突っ伏した。枕に顔を埋め、拓海の視界から自分の顔を隠す。
そんな涼介に、拓海が慌てたように声をかける。
「え?…ごめんなさい、涼介さん、疲れてたのに…俺なら一人で帰りますから、涼介さんはゆっくり寝ててください」
その言葉通りに、本気でそのまま帰ろうとする連れない恋人の腕を掴み阻む。
「…酷いな。俺を置いていくのか?」
「だ、だって、涼介さん、疲れて…」
たぶん今の拓海が、顔を隠した涼介の表情を見たなら、躊躇いもせずに帰ってしまっただろう。それだけ狡い表情をしている自覚はあった。
「ああ、疲れてる。だから、拓海がエネルギーをくれないか?」
「エネルギー?何すればいいんですか?」
枕に埋めていた顔を横にずらし、拓海を見つめる。
見つめられた拓海が、頬を染め居心地悪そうに視線を彷徨わせたことで、今の自分がどんな顔をしているのかが知れる。
「キス、してくれないか」
「…は?」
きょとんと、自分の言葉を聞いていた拓海が、けれど次の瞬間、胸元まで真っ赤に染まった。
「りょ、涼介さん、何言って…!」
「拓海からキスしてくれなきゃ起きない」
ウロウロと戸惑い彼の瞳が彷徨う。けれどその戸惑っているだけの瞳に、どんどん隠しようのない熱がこもってくるのを涼介は見ていた。
ベッドの上から腕を広げ、そして彼にだけ見せる顔で微笑んだ。
「ほら」
きゅっ、と拓海の唇が引き締まる。そして真っ赤な顔のまま、そろそろと顔を近づけてきた。
「目、閉じてください…」
微かに震える唇。物慣れない彼の緊張が微笑ましい。
涼介は素直に目を閉じた。手に入れた今となっては、待つこの瞬間も楽しい。
ゆっくりと、彼が近付いてくるのが感覚で分かる。
そして触れる手前ぐらいから、ピリピリとした緊張感が拓海だけでなく涼介にも伝播する。
「ん……」
唇が重なる。
しっとりと濡れた感触と、ほんのり感じられる熱。
けれど涼介がそれを存分に味わう前に、拓海の唇は離れた。熱を失い、寒々しい感覚が唇を襲う。
それを由とせず、涼介は離れようとする拓海の頭を抱え、そして引きずり寄せベッドの上に押し倒す。
「りょ、すけさ……ぅん…」
拓海の抗議の声は涼介の口内に消えた。
開いた拓海の口の隙間から舌を差し入れ、昨日のように、いや昨日よりもじっくりと拓海の唇を堪能する。
「…はぁ、や、また……」
濃厚なキスに、拓海の腰が焦れたように揺らめく。同時に涼介の欲も浅ましく拓海を欲し熱を孕む。
このまま昨夜のように…そういきたいのは山々だが、それが出来るほど涼介は医療方面において無知では無かった。
同性同士の行為には無理が生じる。ただでさえ拓海にはそれを酷使させた。これ以上は彼を壊す。その思いから、倒れこんでいた体を持ち上げ、拓海の上から身を起こす。
だが。
「…やだ」
小さな声が涼介の体の下から聞こえた。見れば涙目の拓海が、まるでバトルの最中のように強い眼差しで自分を見つめている。
「拓海?…くっ…」
「やだ、止めないで」
不意打ちをくらって思わず呻く。腰を揺らめかせた拓海が、離れようとする涼介に熱い腰を押し付け、そして涼介の欲をその手で掴んだ。
「…だが、これ以上は…痛むだろう?」
そっと触れてみた拓海の後ろの部分は、涼介の予想通り腫れている。少し触れただけで拓海の体がビクリと震えたのを見ると、かなり痛むのだろう。涼介は眉間に皺を寄せ、拓海の誘惑に堪える。
「…でも、やだ」
頑是無い子供のように涙目で首を振る。だがその仕草は、子供にはない媚態を涼介に感じさせた。拓海の手の中の欲がドクリと震えた。
「……くそ…」
拓海のことになると、簡単に理性が崩壊する。
けれどそれが嫌ではない。
ただ際限のない欲望に、多少の恐さを覚える。
「…挿れない。だがこのまま握ってて」
「…ん」
お互いの欲を合わせ、触れる拓海の手の上からそれを上下に動かす。
ハァハァと荒い息を上げる彼の口を唇で塞ぐ。
舌を絡め、そして合間に昨夜から何度も呟いた言葉を囁いた。
「好きだ」
「好きだ」
そう言われるのは、何度聞いても嬉しい。
心が体ごと震え、たまらない幸福感を拓海に与える。
その幸福感が拓海を暴走させる。大人らしく制御しようとする彼に、子供みたいな我がままで強請った。
でも、拓海はきっと昨夜からずっとおかしい。
涼介に「好き」と言われてからずっと。
あの後、涼介は仕事場まで迎えに来てくれた。そして彼の運転するFCに乗り込み、照明の落とされた落ち着いた店で食事をした。
ずっと忙しくて家にも帰れず、満足に眠っていないという彼は、食前に出されたアベリティフだけでもう酔いが回ったらしく、いつもは理性に押し殺された本能に近い領域を垣間見せた。
慣れない料理の数々に、うっかり手が汚れてしまい、拭き取ろうとするより先に彼が拓海の指を取り己の口に含んだ。
『…付いてる』
まるで愛撫するような舌使いと、全身をくまなく犯されているかのような欲の篭った視線。
ぞれら全てに、嫌悪など感じなかった。逆にゾクリといいようのない感覚が背筋を這い、拓海の全身を熱くさせた。
ずっと食事をしている間、見えない彼の視線で愛撫されているようだった。口に入れた食べ物の触感さえ、あの時、キスした彼の舌遣いを思い出させた。
食事を終え、「もう出ようか」と言う言葉を聞いたとき、まるで自分はお預けをずっとされていた涎を垂らした犬のようだったろう。
肩を抱かれ、車に促された。
けれど運転席に座ったのは涼介ではなく拓海だった。
『涼介さん、さっきお酒飲んでたから…。俺が運転します』
そう言い張ると、涼介は気だるげに髪を掻き揚げ拓海を見つめた。
『そう、だな。そうしてもらえるか』
彼の車を運転するのは初めてだ。ただでさえ憧れていたFCに、しかも涼介を傍らに運転するのだ。否が応でも緊張した。
そしてそれを煽る、涼介の態度だ。
楽しそうにシフトレバーを握る自分の指を弄り、時に髪を弄り、そして身を寄せ拓海の耳元に囁いた。
『拓海の運転する姿は好きだな。…ゾクゾクする』
ジーンズの上から、膝をゆっくりと撫で上げられる。
その感触に、思わずアクセルを踏む拓海の足が鈍る。
そんな反応に、涼介はクスクスと楽しげに笑った。
弄られ、嬲られ、拓海の中で何かがブチリと切れた。
無言でアクセルを吹かし、そして進路を突然変更させる。
『拓海?』
予想外の拓海の反応に、涼介が初めて戸惑いの表情を浮かべた。
自分より五歳も年上で、そして確実にこういった方面は勝っている彼に、そんな表情を浮かべさせたことで小気味良さを覚える。
…俺だって、子供じゃないんだ。
子供じゃないし、女でもない。
若い男として、欲望が普通にある。
だから。
進路方向を高い塀に囲まれた建物へと向けた。派手なネオンが、微妙なセンスのホテルのネーミングと建物を浮かび上がらせている。
敷地内に入った途端、涼介の体に緊張が走るのが見えた。
駐車場に停め、エンジンを切ると、覚悟を決めて拓海は涼介を見た。
『…拓海』
まさか自分が、こんな事をするとは思わなかったと、その表情が語っていた。幻滅されただろうか。でも何より彼が欲しかった。
『…ダメ、ですか?』
問う声が震えていた。
そして涼介が舌打ちをする。
…嫌われてしまった?
けれどそれは杞憂だった。
ぐい、と腕を捕まれ車の外へと連れ出される。
そして引きずるように建物の中へと入り、適当な部屋を選び、慌しく扉を開け、そして閉めた。
『…あまり俺を煽るな。止められなくなる』
シャワーも浴びさせず、有無を言わさず拓海をベッドに押し倒す。そして乱暴な手つきで、拓海の着ていたTシャツを脱がそうとした。
拓海はそんな彼の手の動きに逆らわなかった。ギラギラと飢えた獣のように自分を見つめる彼の視線が心地好い。
『止めないで。俺だって、涼介さんが欲しい…』
震える指で、下から彼のシャツのボタンに手をかける。一個、二個と外し、それを脱がせる。
そしてシャツより下のズボンのボタンに手をかける。外し、ファスナーをゆっくりと引き下ろそうとした時、熱を孕んだ彼の欲望に気付いた。
思わず、手で触れていた。そしてその質量と熱に、怯えたように手を引っ込めようとしたが、涼介の手がそれを止める。
『…拓海』
欲を取り出し、拓海の手の中に包ませる。
自分のそれとは違う形。そして大きさ。
格好良い人はこんな場所まで格好良いのだろうか?胸がドキドキして、全身に火が付いたように熱い。
ゆっくりと、ぎこちない仕草で手の中のそれを愛撫した。
拙い自分の動きだというのに、涼介は顔を歪め、熱のこもった吐息を漏らした。
『……はぁ…』
たまらない。
導火線はもう焼切れた。
飢えた目で彼の全てを欲した。
そんな拓海に涼介がクス、と笑った。艶やかに。
『…濡れてる。俺のを触っただけでそうなったのか?』
『だって…涼介さんが…』
『可愛いな、拓海…』
羞恥に怯える心より、彼を欲する気持ちの方が強かった。
躊躇いながらも自ら足を開き、彼の見た目よりも筋肉の付いた体に爪を立てた。
飢えた獣のように、お互い貪りあった。
そしてその熱は、夜が明けた朝になっても消えずに残り続けている。
「…ん、うぅ…」
合わさった二人の口腔内からはひっきりなしに水音が響く。そして同時に摺り寄せた腰の部分からも。
「好き、涼介さん」
昨夜からずっと、うわごとのようにその言葉を言い続けた。
「…仕事、休ませていいか?」
まだ足りない、と涼介の目がそう言っている。
拓海は頷いた。今はあまり忙しい時期ではない。良くないことではあるが、今のこの熱には代えがたい。
「…どっちにしても、こんな体で今日は仕事は出来ないだろうけどな」
どうして?と目だけで語れば、涼介が淫靡に笑い、拓海の臀部を撫で摩った。
「賭けてもいいぜ。この腰でずっと座っていることは無理だ。ましてや、重い荷物を運んだりなんてな」
カァ、と拓海の頬が染まる。もう内部には彼のは残っていないというのに、まだ挟まったような感覚が残っている。甘く痺れたようになり、ずくずくと疼いて彼の熱を待っている。
欲しい、と体が叫んだ。
欲しい。彼が欲しい。
ぐい、と彼の頭を引き寄せ、噛み付くようなキスをする。
そして女では有り得ない力で彼と体勢を反対にさせ押し倒す。
上から彼を見下ろす。
「拓海?」
無言で、自分の狭間に涼介の欲を擦り付ける。これが欲しい。これを自分の中に突きたてて、熱もその形さえそのまま自分のものにしたい。
拓海の意図に気付いたのだろう。涼介が慌てたように体を起こそうとする。
「駄目だ、これ以上は…無理をするなよ」
「やだ、したい」
涙目で彼の跨りながら必死に首を横に振る。
「だが、ここ…腫れてるだろう?」
涼介の指が狭間に触れる。ピクリと拓海の体が震え、触れるだけだった指を誘い込むように収縮し、パクパクとはしたなく口を開く。
その動きに、ゴクリと涼介が生唾を飲み込んだ。
「…拓海」
自分の名を呼ぶ彼の声が掠れていた。迷いと、そして隠せない欲望を孕む眼差しが拓海を見つめる。
もう一押し?
拓海は涼介の手を取り、自分の口の中へと含みいれた。そして舌で指を愛撫するように淫靡に舐める。
「涼介さん…」
含んでいた指を出す。濡れたままの指を拓海は、尖り真っ赤になった自分の胸の先端に当てる。昨夜から刺激され続けたそこは、濡れた指の感触だけで背筋を甘くとろけさせる。ウズウズと腰を揺らめかせ、彼の欲望を狭間に擦り付けさせる。
「…壊して」
精一杯の拓海の媚態。
効果があるのかどうかは拓海にも謎だったそれは、しっかり涼介に対し有効だったようだ。
甘かった喘ぎ声が悲鳴に変わる。
もう無理、と逃げようとする腕を掴まれ、ベッドに引きずり戻された。
本当の意味で、壊された。
全てを終えドロドロになったベッドの上で拓海は思った。
『誘惑はたまにだけにしておこう』と。
そして同じ頃、箍の外れた涼介は後悔を抱えながら頭を抱えベッドに座り込んでいた。
『年下の恋人の誘惑に、耐えられるだけの理性を持とう』と。
けれどそれがなかなか果たせないだろうことを、ぐったりと倒れこむ彼の姿を見つめながら予感していた。
彼を、甘やかし、自分に頼らせ、いないと生きていけないぐらいに変えさせたいとそう思っていた。
だがそうなってしまうのは拓海より自分が先かも知れない。いや、既にもうなっている。
金魚のように可愛い顔を赤く染め上げて、ヒラヒラと尾びれを揺らめかせ涼介を魅了する。
涼介は横たわる拓海の上に身を屈め、その愛らしい真っ赤な唇にキスをした。
手に入らないと思っていたものは、思いもがけず自分の手のひらの中にある。
じわりと唇ごしに伝わる熱。それを涼介は幸福感とともに味わい、そして微笑んだ。
「愛してるよ」
心に溢れる感情を言葉にして表せば、同じ表情でベッドの上の恋人も微笑んだ。とても幸せそうに。
そんな彼の表情が、涼介の何よりの喜びだ。
「…大好き」
そしてそんな涼介をさらに幸せにする言葉が返ってくる。
またも理性を壊そうとする恋人に、苦笑しながら涼介は再度、その唇を塞いだ。
もうこれ以上、誘惑させないように。
けれどその唇こそが誘惑であることに、涼介は気付かない。
そして……涼介の後悔は増えた。
END
2006.9.20