夢見る男
act.6
厳密に言うと一目惚れではなかった。
そもそも、過去の俺はあまり恋愛に重きを置いていなかった。
確かに、藤原拓海と言う神の与え賜いし至高の存在に出会った時、何らかの衝撃は受けた。
けれど、それがイコール「恋」と結びついたわけではない。
恋になった瞬間は、正直俺も覚えていない。
ただ、いつからか目が離せず、そして他の誰かが彼と親しくしている事に有り得ないほどの憤りを感じた。
気になって気になって仕方がなく。
そして仲良くしている奴等に炎よりも激しく嫉妬した。
笑顔を見れれば純粋に嬉しいと感じる。
会話が一つも出来ない日は落ち込むし、俺の前で悲しそうな顔や、辛そうな顔を見せた日には悔しくて仕方がなかった。
そんな顔をさせたくないのに、もしや俺がそんな顔をさせているのだろうか?
そう考えただけで自分を殴り飛ばしたくなった。
どうしてこんなに好きなのかは自分でもよく分からない。
自分でも収集が付かないほどの感情。
史裕は「初恋」だと言っていた。
確かに、そうなのだろう。
俺が誰かを「好き」と感じるのは彼が初めてだ。
恋焦がれ、誰かを欲するのも。
ハニー、いや、藤原。
俺にもう少しだけ勇気があるなら、君に聞いてみたいんだ。
『俺のことをどう思っている?』
『嫌い?』
『少しは好きだと思ってくれている?』
俺の前で頬を染め、緊張しきった態度の君から、嫌われていないのだと思っているが…それとも俺が怖いのか?
夢の中で君を愛して、そして同じように愛されてとても幸せだった。
けれどふと、気付くんだ。
――これが夢でしかないのだと。
現実の君とは満足に話すことも出来ず、ぎこちない空気の中で二言三言交わすのみだ。
俺とは決して目を合わせようとせず、すぐに逃げ出そうとする君。
いつだってずっと、去ろうとする君の腕を掴み抱きしめたかった。
俺の腕の中に閉じ込め、二度と離さないとばかりに。
夢の中では、君は恥じらい照れながらも俺を見上げる。
『……涼介さん』
と名を呼び、目を閉じる。
誘いこまれ、俺は予定調和のようにその愛らしいふっくらとした唇にキスをする。
最初は触れるだけだった口付けは、やがて深いものに変わり、抱きしめるだけだった手のひらが君の肌の上を彷徨う。
二人の間を阻む服一枚でさえ許せないほどの渇望と執着。
……何故、こんなに好きなのだろうか?
愛している、と言う言葉も軽々しく聞こえるほどに、俺の中のハニーへの思いは無限大。
一度で良い。
ずっと夢見ているんだ。
君が俺の腕の中で幸せそうに微笑む姿を。
そして俺に向かいこう言って欲しい。
『ダーリン、大好き』
…と!
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眩暈がする。
立っていられなくてしゃがみ込む。
そのノートはハチロクのナビシートに置いてあったのだ。
「何だ、これ?」
と、それを手に取り見るのは、ハチロクの所有者として当然の事。
ピンク色のノートに、きっとメカニックの松本のメモか何かだと…そう思っていた。
けれど何度か見たことのある松本の、四角張った崩れる寸前のようなクセのある字ではなく、そのノートはきっちりと綺麗な楷書で綴られていた。
そして真っ先に目に付いたのは、「ハニー」の文字。
そして「結婚」。
「……え?」
そしてそして…「涼介さん」と言う名前。
「…ま、さか……」
そのまさか。
読み進めていくうちに、これがいわゆる涼介の書いた創作である事に気付く。
そしてその恋のお相手が…まさかの…自分。
「うっそ…信じられねぇ……」
うわ〜と、呻きながら頭を抱える。
嫌悪は無い。
ただ、無性に恥ずかしい。
涼介の頭の中で、新婚ホヤホヤで甘える自分の姿が。
涼介の目には、自分がこんな風に映っているのだという事実も気恥ずかしい。
「…俺、絶対にこんなのじゃねぇし…」
もっと可愛くないし、素っ気無いし、つまんないヤツだ。
現実の自分は、涼介が夢見る姿とは大違いのどこにでもいるフツーの男。
そう思った瞬間、ズキンと胸が痛んだ。
「………俺なんて…つまんねぇやつなのに…」
涼介の夢見る姿とは全く違う自分を知っている。
夢の中の自分が憎らしくなってくる。
涼介に愛され、幸せそうな「ハニー」が。
「俺だって…俺だって涼介さんが好きなんだ…」
そうなのだ。
拓海は高橋涼介に恋をしている。
厳密に言うならば…一目惚れ。
見た瞬間に、頭の中でカランカランと幸せのベルが鳴った。
面食いだという自覚はあったが、まさに理想の好みの顔。
おまけにスタイルも良くて、頭も良くて、性格は…今一つらしいが魅力的な人だ。
惜しむらくは拓海と同じ男であると言うだけだが、それも恋心の前では些少のもの。
父子家庭で育った拓海は、本能的に年上の男に弱いし、母親がいなかったせいで女性に対してはどうしても構えてしまうところがあるのだ。
小さい頃から我侭が許されなかった拓海は、思い切り甘やかされたい傾向にある。
けれど女の人相手の恋愛ではそれは叶わない。どうしても自分が甘やかす立場になってしまう。
だから、顔も理想でスタイル抜群。おまけにお兄さん気質で甘えさせ上手な涼介は、拓海にとっての理想の恋人。
このノートが、誰かの悪戯とかではない限り、涼介は拓海に惚れていることになる。
『本当なのかな?』
『本当に俺のこと…』
信じられなくて、胸がドキドキ嵐のようにざわめく。
不安になったり、期待に胸を躍らせたり。
それに、だ。
万が一このノートが本物であるとして、現実の拓海を知った時点で幻滅したということもある。
だって涼介の夢の中のハニーは…こんなに素直で可愛らしい。
「うううううう……」
呻きながら拓海は頭を抱え髪をかきむしる。
どうしたら良い?
言っても良いのかな?
涼介さんに、この気持ち…。
悩んだ。
これ以上ないくらいに。
頭の回路がショートするくらいに。
唸っていると、肩にポンと誰かの手の感触を感じた。
「藤原、気分でも悪いのか?」
瞬間的に顔を上げる。
声だけで、それが誰だか分かってしまったから。
驚愕に目を見開き、そしてじっと凝視する。
そして声をかけた涼介もまた、拓海の手の中にあるものに気付き…固まった。
「ふ、藤原!そ、それは……!!」
怜悧でクールな印象しか無かった端整な顔に朱色が散る。
子供のように動揺を顔いっぱいに現し、そして目尻まで真っ赤に染まっている。
その顔を見た瞬間に、拓海は頭で考えるより先に、言葉が出た。
「だ、ダーリン、大好き!!」
叫んだ後で「あ…」と思った。
そして言われた当人も「え…」と思った。
けれど。
おそるおそる、涼介が呟く。
「……ハニー?」
そして拓海もまた、恥じらいながらも答える。
「…だ、ダーリン……」
戸惑いながらも手を差し出せば、ハニーがおずおずとではあるがキュっと握った。
「…ハニー…俺のこと…いや、………違うな」
ハニーが顔を上げる。
不安そうにダーリンを見つめ、「違うの?」と潤んだ眼差しで語りかける。
その瞳に、ダーリンは一瞬眩暈を覚えたかのようによろめいた。しかし堪える。
…ほんの少し前屈みになりながら。
「そうじゃない。ハニーに気持ちを聞くより先に…俺の方の告白がまだだったな」
握り締めていた手を離し、肩に回し引き寄せる。
そして自覚のある低音美声を武器に耳元に囁いた。
「ハニー…大好きだよ」
その途端、拓海の体がクタンと倒れ涼介にもたれる。
夢にまで見た愛しい体をギュッと抱きしめ、涼介は夢見心地のままでさらに囁く。
「ハニーは?俺のこと好き?」
「……好き」
「どれぐらい?」
「……宇宙一」
ゴクリと、涼介の咽喉が鳴る。
「…確かめても良い?」
まるで熟れた果実のようにトロトロになった拓海が、ぼんやりとする眼差しのままで、確かにコクリと頷いた。
「ああ……ハニー…」
細くもなく、華奢でもないが、涼介の腕の中にぴったりと収まる身体。
肌は女のように…ではなく、女よりも滑らかで触り心地はまるで大理石の如く。
桃のようだと思った、白にほんのりピンクが浮かぶ頬に指を這わせ、そしてさくらんぼのようだと思っていた美味しそうな唇に己の無骨なそれを寄せる。
けれど触れる直前に、拓海が顔を背けて拒んだ。
「……嫌か?」
ショックを隠しながら、涼介はそっと拓海を抱きしめていた腕の力を緩める。
最初から諦めていた恋だ。
ほんの束の間の夢だったとしても構わない。多少でも夢は見れたのだから。
けれど、離れていこうとする涼介の体を、逆に拓海が抱きしめた。
「違うんです!」
強い口調に拓海を見れば、不安を顔いっぱいに現した彼がいた。
「…だって…俺可愛くねぇし、涼介さん幻滅したらと思うと…俺…」
天から、キラキラと眩い光が降り注ぎ、下腹部の海綿体に満ちるのを涼介は確かに感じた。
ハレルヤグローリー。
俺のウルトラキューティーハニーに乾杯。
「ばか」
スイッチが入った。
ドリーマーのスイッチだ。
涼介は拓海の愛らしい鼻を摘み、頬に音を立ててキスをする。
拓海の頬が、パァと見事なまでに赤く染まっていく。
「そんなに可愛いことを言うと…俺は止められなくなるぞ?」
「だって…涼介さん、こんな俺、本当は違ってたって…幻滅とかしない?もし涼介さんにそんな事言われたら…俺、本気で死ぬよ?」
「ハニー!」
力いっぱいにハニーを抱きしめ、頬ずり。
「そんな事を言うんじゃない!お前が死ぬ時は俺も一緒だ!それに…お前の方こそ俺が嫌にならないか?俺はこんな奴だぞ?」
拓海もまた目の前のダーリンの頬に手を当て、そしてうっとりと見つめた。
「嫌になんて……ダーリン、こんなに好きなのに…」
「ハニー!」
「ダーリン!!」
拓海の体を横抱きに抱え、拓海もまた涼介の首に腕を回ししがみ付く。
その体勢で二人、「ハハハ…」「アハハ…」と楽しげな笑い声を上げながらクルクル回る。
空からはキラキラと輝く星屑のような光。
それが二人を照らし、これ以上ないくらいに幸せ色に包んでいた。
たとえ誰の目に見えなくても、二人には……見えたのだった。
クルクルと、メリーゴーランドのように幸せそうに回る二人から弾き飛ばされたノートが、バサリと地面に落ちる。
松本はそれを拾い上げ、安堵の笑みを浮かべた。
「…どうやら上手くいきましたね」
頷いたのは傍らにいる史裕と啓介だ。
「ああ。これこそが至上の愛だな。プラトニックはやはり良いよ、うん」
涙を浮かべ感動する史裕に、松本はどこか生ぬるい笑みを浮かべた。
「……すぐにプラトニックで治まらなくなりそうですけどね」
そしてそれに啓介もまた相槌を打つ。
「…だな。それにしても……まさかあのノートの中身と変わんねぇ出来事が起こるとは…夢にも思わなかったぜ」
どことなく、啓介の顔色は悪い。
二人の放つ極甘の空気に触れ、胸焼けがしているようだった。
「涼介さんは観察力に優れていますから。どこか藤原のそういう部分を見抜いていたんでしょうね。そして藤原も、涼介さんのそういう本質を本能的に察していたんじゃないでしょうか?藤原はドラテクもそうですが、勘が鋭いですからね」
「まぁ…な…。そう言われちまえば納得するしかねぇんだけど……」
「それでいいじゃないですか、啓介さん」
ポン、と肩を叩きながら偽善者の笑みで松本が頷く。
「ああ。俺は涼介のあんな幸せそうな笑顔を初めて見るよ」
史裕もまた、心からの祝福の笑みを浮かべ頷いた。
そして、
「……ま、つまりアレなんだよな」
「何です?」
「何だ?」
啓介は苦い笑いを浮かべ、ガックリと項垂れた。
「……すんげぇバカップルって事だよな…」
「そう言うことだな」
「そう言うことですね」
三者三様に微笑む彼らの視線の先には光降り注ぐ二人の姿。
暫くクルクルと回っていた彼らは、やがて止まり、「すごい」オーラが放たれるほどの、深い、深い情熱的なキスをした。
2007.6.8
…こんな終わりでも良いですか?
結構ヤリ逃げ感が否めない作品になってしまいました…。
妄想も現実もスペサルにバカッポーは二人を書くのは
…非常に楽しかった!!
顰蹙買いそうなお話の数々ではありましたが、
「…プッ」
なんて噴出してもらえたら幸い。
「アイタタ…」
とコメカミを押さえてもらえたら本望。
やはり変兄、ボケ拓は原点です!