夢見る男

act.5



 俺の腕の中には真っ赤な薔薇の花束。
 花言葉は「情熱」「熱烈な恋」。
 思えば一年前。これを初めて贈った時、君はまだ学ランのとても似合う初々しい高校生だったね。
 それが今は初々しさや可憐さを失わず、人妻の艶を放つ俺のハニー。
 あの頃はまだ俺の気持ちは「恋」と言う形に固まっていなかった。
 薔薇の花束を挑戦状に選んだのは、衝動としか言いようが無い。
 君に贈る物。
 それを考えた時に、俺の頭の中には薔薇しか思い浮かばなかったのだ。
 薔薇よりも美しく、百合よりも気高い君よ。
 今日はそんな君と俺との一ヶ月目の結婚記念日。
 付き合い始めて、三ヶ月目の記念日でもある。
 今日はあえてハニーにはその事を知らせず、俺は驚かせるつもりだ。
 ハニーは良い意味で鷹揚な性格であるから、イベント事などには無頓着だ。
 盛大な結婚式を挙げようとの俺の意見も一蹴するくらいに。
 けれど俺は知っている。
 ハニー。
 君がとても照れ屋な事を。
 本当は嬉しいくせに、真っ赤な顔でそっぽを向く。
 そんな君は俺のスィートピー。
 君の驚く顔を見るためなら、俺は裸踊りも辞さないよ。
 俺はわざわざ家のチャイムを鳴らす。
『は〜い』
 インターフォン越しのハニーの声。
 俺はカメラで顔が見れないように花束で顔を隠す。
 ガチャリと扉が開き、ハニーが不思議そうに顔を出す。
「拓海」
 すかさず俺は、そんなハニーに花束を差し出した。
 目の前の真っ赤な色に、ハニーの大きな瞳がまん丸になる。
 こら。そんなに見開いたら、俺の大好きなハニーの瞳が零れてしまうよ?
「結婚一ヶ月記念。おめでとう。これは俺の愛する奥さんに」
 微笑み、俺はハニーの手の中に花束を受け取らせる。
 びっくりしているばかりだったハニーの頬にカーネーションのようなピンクが浮かぶ。
「……涼介さん」
 その潤んだ涙の粒はカスミソウ。
「ささやかだけど…これが俺の気持ち。ずっと俺と一緒にいてくれませんか?」
 跪き、まるで芝居か何かのようにハニーを見上げ、手を差し出す。
「…もう、涼介さんったら…ヤだ…」
 ハニーは泣き笑いの表情を薔薇の花束に顔を埋め隠した。嫌がっていないことなんて、その真っ赤な耳を見れば分かる。
 そして声。
 嬉しさを隠し切れない、微かな涙声だ。
「手を取ってくれないのか?」
 促すと、ハニーは顔を上げ、そして俺の手をとりハッキリと頷いた。
「…はい。涼介さん。俺と、ずっと一緒にいてください」
 俺は満足気に微笑み、立ち上がりハニーの肩を抱きながらリビングへ向かう。
 そして今度は俺の方がびっくりする番だった。
「これは……」
 リビングのテーブルの上にはハニーお手製のご馳走が並んでいる。
 明らかに、特別な料理と分かるそれ。
 さらにシンプルなチーズケーキの上にはチョコレートで、
『結婚記念 涼介 拓海』
 と書いてあった。
 俺は傍らのハニーを見つめる。
 ハニーはちょっと誇らしげに、けれど少し残念そうに俺を見上げた。
「……涼介さん最近忙しいから、絶対に忘れてると思ったのに…残念。俺が驚かせたかったのに」
 ああ、ハニー。
 これで何回目の惚れ直しだ?
 百?いや、二百?
 毎日君を見るたびに惚れ直しているような気がするよ。
 俺はハニーの蕾のように閉じたピンクの唇にキスをする。
 それが薔薇のように真っ赤に花開くのを俺は知っている。
「十分驚いたよ。てっきり、拓海はこう言うのに興味ないかと思ってた」
 ハニーは拗ねたようにプイとそっぽを向いた。
 真っ赤な耳が、照れ隠しなのだと教えてくれる。
「……俺はこんなの興味ないけど…」
 嘘ばっかり。本当は好きなことぐらい、俺は知っているよハニー。
「…でも、涼介さんは好きでしょう?だから、ですよ」
 ハニー。
 君の前では俺は恋の奴隷。
 跪き、君の為に愛を永遠に囁こう。
「ああ、大好きだ!」
 俺は喜び、ハニーを横抱きに抱え、クルクルとリビングを回った。
「ちょ、涼介さん!目が回ります!!」
 怒るハニー。けれどその唇にキスをすればすぐに綻ぶ。
「大好きだよ、拓海」
 何度も囁き、キスを降らせればハニーの瞳がトロンと潤む。
「……俺も…大好き」
 そして俺たちは抱きあったまま深い口付けを交わした。


『特別ですよ?』
 とハニーが俺の膝の上に座る。
 そして、
「はい、あ〜ん」
「あ〜ん」
 …エクセレント!
「おいしい?」
「美味しいよ、拓海。じゃ、拓海も、はい。あ〜ん」
「あ〜ん」
 照れ屋なハニーは、なかなかこう言うことをさせてくれない。
 今回はイベントであると言うのと、最初に飲ませたスパークリングワインが効いているらしい。
 ぽやんとした表情で頬を赤らめ俺を見つめるハニーは銀河系一。
「……んん、何か、熱いかも…」
 炭酸の口当たりの良さに、ゴクゴクと何杯も飲んでいたが、アルコールの濃度はビールよりもかなりある。
 そしてワインは初めてと言うこともあり、ハニーはトロトロに酔っ払ってしまっているようだった。
 ああ………可愛い!!
 君はまるで熟れた葡萄の身のようだ!
「…どうする?ベッドに行く?」
 俺の膝の上のハニーの腰を支えるという名目で腿を撫でながら、耳元に囁くとハニーは頷かず首を横に降った。
「……ダメなの」
「ダメ?どうして?」
「…んん、ダぁメなの!」
 そう言い、ハニーは俺の膝から降り、かと言って立ち上がる事もせず、俺の目の前で四つん這いの格好で動き始める。
 ……ハニー?誘ってるの?
 ハニーはごそごそと暫くソファの下を探り…ああ!そんなに愛らしいお尻を振るんじゃない!鼻血が出そうだ…、そして漸く目当てのものが見つかったらしく、無邪気に微笑んだ。
「はい!涼介さん!!」
 それは細長い箱に入った明らかにプレゼントと分かるリボンと包装紙に包まれたものだった。
「…え?」
 それを差し出され、俺は驚き眼を見開いた。
「結婚記念日の〜プレゼント」
 ハニーから…プレゼント?
 ハニーが…プレゼント?
「すっごい悩んだんですよ〜」
 ハニーが、呆然とする俺を尻目に自分で包装紙を破る。
 そして現れたものはネクタイ。
 …ネクタイ、だとぉ?!!
 ハニーは俺の首にそのネクタイを当てて、満足気に頷いた。
「うん!やっぱり似合う」
 ああ、ハニー。君は俺にそれを贈るのにどれだけ悩んだのだろうか?その間は俺のことでいっぱい。
『涼介さん、どんなのが似合うかな?…これじゃない、俺の涼介さんには…これ!』
 ああ、大事にするよ、ハニー。
 君の選んだ臙脂に白の彗星が描かれたネクタイ。
 俺のかつてのニックネーム、赤城の白い彗星にちなんでいるんだね?
「知ってます?涼介さん?恋人がネクタイを贈る意味」
 知っているとも。
 俺は膝の上にまた乗りあがってきたハニーを支えるという名目で愛らしいお尻を掴む。
「あなたに首っ丈、って意味だろう?」
 そうなのだ。ハニーは俺に首っ丈。いや、…参ったなぁ。
「それもあるけど…もう一個あるんですよ?」
「もう一個?」
 言いながらハニーは艶めいた微笑を浮かべ、俺の首にネクタイを巻き、そしてキュっと閉める。
 甘い束縛感。
 目の前に熟れた果実のようなハニー。
「……あなたを、束縛したいって…意味があるんですよ?」
 ハァァニィィィ――!!!!
 俺はハニーをソファの上に押し倒し、甘い果実を口に含んだ。
「俺の身も心も、ハニーに束縛されてるよ」
 ハニーの腕が俺に絡む。言葉の通り、俺を束縛するように。
「…ねぇ、涼介さん」
 花開くようにハニーの身体も花開く。 
 匂い立つ色香にクラクラだ。
「…何?」
 俺のリミッターなどすっかり切れている。
 今は限界を超えた領域に俺はいるのだ。
「…俺も……束縛して?」
 ビバ、監禁。
 ビバ、拘束。
 俺はハニーの望み通りにするべく、貰ったばかりのネクタイでハニーの腕を縛る。
「…愛してるよ、拓海。俺の全てはお前のものだ」
 囁くと、ハニーはうっとりと微笑んだ。
「俺も…愛してます、涼介さん」
 ハニーは恥じらいながら「好き」と言うが「愛している」はこれが初めてだ。
「俺の全ては…涼介さんのものですよ」
 愛しているよ、ハニー。この世で一番。誰よりも。
 俺はその気持ちを伝えるべく、ハニーの身体に刻み込んだ。
 何度も。
 何度も。



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 バサリと、史裕はノートを乱暴に閉じた。
「全く!涼介は何度言っても性的表現を臭わせることを止めない。高潔で清廉な愛とは、飽くまでもプラトニックで貫くべきだろう!」
 その意見に反論したのは、一緒に読んでいた啓介ではない。
「何言ってるの?Hの無い恋愛なんて、香辛料の無い料理みたいなものよ?やっぱりHがあってこそ、燃えるものだと緒美は思うわ」
 一緒に赤ペンを手に、添削していた緒美だ。
 史裕はそんな緒美の意見に、クッキリと眉間に皺を寄せ溜息を吐きながら首を振った。
「だから昨今の若者の恋愛は浮ついているんだ。精神性をないがしろにして、至上の愛など生まれない。体の結びつきなどより心を大事にすべきだ」
「あら?身も心も結ばれて初めて本当だと思うわ。確かに心は大事よ?でもそんな机上の空論じゃ大衆は納得しないと思うの」
「何と言われようと、俺は認めることが出来ない!」
「緒美だって、そんなの認められないわよ!」
 二人の言い争いを聞きながら、啓介はゆったりと紫煙を燻らせた。
 今は、昼間だ。
 そしてリビングだ。
 うららかな午後のティータイムとしゃれ込む時間に割り込んだのは、一冊のピンク色のノート。
 それを中心に、世界は今熱く燃え盛っている。
 二人の論争を聞きながら、啓介はゆるく首を降った。
 ……間違っている。
 史裕も、緒美も。
 追求するべきは、Hアリ、ナシなどではないはずだ。
 例えば、

 拓海を姫抱きにしてクルクル回るは…ダセぇを通り越して痛ぇだろ?

 とか。

 束縛・監禁・拘束って…SMの気があんのか??

 とか。

 ますますベタな妄想シチュエーションが進行している…。

 とか。
 色々突っ込みどころは無数にある。
 兄のムッツリは周知の事実だ。
 兄のドリームをもう啓介は否定しない。
 犯罪に陥るよりは、多少変態であっても許せるものだ。
 けれど。
 けれどどうしても許せない箇所が一つだけある。
 それは…。
「どうした、啓介?」
「なぁに、啓兄?」
 ずっと、それこそ物心ついてから兄に突っ込みたかったのだ。
 大きな声で。

「赤城の白い彗星ネクタイって……アニキ、何でそんな服のセンス悪ぃんだよ!!!」

 バシバシと机を叩けば、無情な傍観者の声が降ってきた。
「しょうがないだろう?涼介だからさ」
「しょうがないじゃない。涼兄だもの」
 うららかな午後。
 とあるノートを囲み、三者三様の厳しい意見はまだまだ続く。





2007.6.6
6月6日と言うと…オーメンを思い出します。
そんな日に変兄をUPできて本望!
イチャラブな二人…書くの楽しいけど、やっぱりイタいわぁ…。
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