夢見る男

act.2



今日も帰宅が深夜を回る。
 そっと玄関の扉を開ければ、まだ明かりが点いている。
 俺は溜息を吐いた。
「ハニー…無理をしなくて良いと言ったのに…」
 俺の世界一愛らしく健気で可憐なハニーは、遅い帰宅の俺をいつも眠そうな顔で待っている。
 ハニーの朝は早いのだから遠慮せずに眠っていて良いと、何度も言うのだがハニーは頷かない。
 そんなハニーの愛情は嬉しくは思うが、俺にはハニーの体が一番大事だ。……変な意味ではなく。いや、変な意味も含んでいるが。
 ネクタイを緩めながらリビングへ向かう。けれどそこには予想したハニーの姿はなく、胃に優しそうな夜食だけがラップをかけ残されていた。
「……寝てしまったのか?」
 安堵と、けれど裏腹に寂しさも宿る。
 俺はリビングのソファに座り、ハニーの愛情詰まった夜食を食べることにした。
 ザーサイを使った中華粥に、野菜がたっぷりのスープ。
 それをレンジで温め口に含めばハニーの愛情が俺に染みる。
 …ハニー、愛してるよ!!
 俺は心の中で叫びながらハニーの愛情を残さず平らげた。
 そしてお腹もいっぱいになったところで風呂に入り、湯上りの状態で書斎に向かう。
 きっとハニーが起きていれば、怒られていただろうな。フッ。
 ハニーは俺が髪も乾かさず、放置するのが許せないようだ。
『もう、涼介さん!風邪ひきますよ』
 頬を膨らませ、まるで愛らしいリスのような仕草で怒るハニーは…宇宙一。
 怒りながらも、けれど嬉しそうに俺の髪をタオルで拭いドライヤーをかける。
 最初は純粋に俺の体を心配しているだけだったその行為が、途中から言い訳になっていることに俺は気付いていた。
 ハニーは俺の世話をするのが楽しいのだよ。…フッ、いや、参ったな…。
 そんなハニーの楽しみを俺が奪うなんてするはずもない。
『面倒なんだよ』
 などと苦笑しながらハニーの好きなようにさせる。
 わざとである。
 言うまでもないが、愛である。
 そして今もハニーは眠っていると言うのに、濡れたままでいるのは習い性と言うものか。
 もう癖になってしまったようだ。
 苦笑しながらタオルでざっと髪を拭く。
 そして書斎の机の上のPCを立ち上げた。
 まだ仕事は残っているのだ。明日までにこの論文を仕上げてしまわねばならない。
 PCに向かい数十分が経った頃だろうか。
 ふと部屋の中の空気が動いたのを感じた。
 何だろう、と振り向くよりも先に、香りを感じた。
「また涼介さん…髪の毛濡れたままで…」
 ハニーだ。
 ハニーの声を聞いただけで、俺の胸はドキドキ。そして下腹部はジンジン。まるで思春期の少年のようにいつもときめく。
「ああ、すまない、つい…」
 くるりと振り向き、背後に立つハニーへ向き直る。
 そして俺は固まった。
「…た、くみ……?」
 そこに立っているのは俺のヴィーナス。
 ボッティチェリの絵画のような…貝殻から生まれたばかりのヴィーナス!
 光を背にし、逆光のハニーが身に纏う衣服は真っ白な俺のシャツのみ。
 下は…素足だ。
 しかも逆光のせいで、白いシャツが透けほっそりとした体のラインがくっきりと見えている。
 扇情的なその姿に、俺は思わず生唾を飲み込む。
「涼介さんって…ひどい」
「ひ、ひどいって何が?」
 ゆっくりと歩み寄り、ハニーが俺の足元に跪く。
 見下ろす俺の視線の先に、シャツの合わせから除くピンク色の乳首。ツヤツヤと、まるで美味しそうなキャンディのように俺を誘う。
 俺はまた唾を大きく飲み込んだ。
 ハニーが俺を見上げる。その瞳はシュガー。
 甘くとろけて、俺を魅了する。
「だって、何回言っても髪はすぐに乾かしてくれないし…」
 ハニーの指が俺の膝にかかる。
 す、と動き、膝から内股にかけてを撫で上げた。
 ドクン、と下腹部に心臓が宿った。
 ビリビリと全身に電流が走ったようになり、そして臍下は膨張現象を見せていた。
「…お風呂から出たら、すぐに寝室に来てくれると思ったのに…」
 悔しそうに唇を噛み俯く。その首筋は真っ赤だ。
 そしてモジモジと、誘うように、恥らうように腰を揺らめかせた。
 俯くその頤に指をかけ持ち上げる。 
 ぼうっと潤んだ眼差しと、うっすら開いた唇。
 朱色に染まった頬が扇情的だ。
「……待ってた?」
 そう囁くと、ハニーは恥ずかしそうに視線を逸らし、けれど確かに頷いた。
 ……ああ!
 男に生まれた喜び。それはきっとこの瞬間の為にある。
 思えば、最近俺の帰宅が遅いせいで確かに夜の愛の交歓はお預けだった。
 ハニーの負担を考え、俺は一人寂しく自家発電に耽っていたのだが、もしかしなくてもハニーもそうだったのだろうか?
 ………見たいじゃないか!!!
「…お、俺…もう、ダメ…ずっと我慢してたけど…体、すごい熱くて…」
 SLの音が聞こえる。
 シュボ、シュボと、蒸気を立て迫る音が聞こえる。
「ひ、一人で……でも、ダメで…だから…俺…でも、恥ずかしくて、だから…待ってて…」
 シュゴォ…シュゴォ…。
 ハニーが俺の膝に手をかけ、哀願の表情で見上げる。
「こんなイヤらしい俺…ダメ?」
 ポッポー!!!
 汽笛が鳴る。
 激しく鳴る。
 欲望と言う名の蒸気機関車は音を立てて発進だ。
 ハニーの着ているシャツの袷に手をかけ、引き裂くように引っ張る。
「拓海!!!」
 ビリ、と音を立て布地が裂け、ボタンが飛び、そしてその下の真珠の肌と桜貝の乳首が俺の前に………。


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 バン、と史裕はノートを閉じ叩いた。
「却下だ」
 涼介は不服そうに眉を吊り上げた。
「何故?」
 その涼介の反応に、史裕はこめかみに指を当て、首を振る。
「お前…これを見せる時に何て言った?」
「俺と藤原の至高で純粋な愛を形にした」
「だろう?このままじゃただの18禁だ。これのどこが純粋と言えるんだ?!」
 ハァ、と涼介は深い溜息を吐いた。
「…史裕。お前、まさか純愛にはセックスが絡まないと思っているのか?セックスは必要だろう?お前、したくないのか?」
「……いや、したくないわけではないが…」
「だろう?だったらすればいいじゃないか。それにこれからが秀逸なんだ。この後の藤原の乱れ振りがまた…」
「…涼介。お前、そんな藤原の姿を本当に俺に見せて良いのか?」
 沈黙が二人の間に降りる。
「……却下だ!!!!」
 涼介は肝心の部分を破り、そしてしっかりと自分のポケットの中に仕舞い込んだ。
 宝物は自分だけのもの。
 それが正しい。
 そう史裕は考える。
 思えば、どうしてこんな状況になっているのか…。
 ふと、親友の秘めた恋心に気付いてしまった事が発端だろう。
『もしかして涼介…お前、藤原の事が…』
 あの時、親友がいつものように、
『フッ…バレてしまったか。だが、俺は別に恥じるつもりはないぜ?』
 とふてぶてしくいてくれれば、こんな風にはならなかっただろう。
 あの時涼介は、いつもの冷静沈着をかなぐり捨て、慌て、そして恥じらい視線を背けたのだ。史裕を相手に。
 純情な少年のような仕草に、史裕は感動を覚えた。
 そしてそれから秘められた涼介の恋の相談相手をずっと努めている。
 恋心が募り、煮詰まる親友に、「夢を形にした創作小説でも書いてみたらどうだ?」と密かに同人歴×年の史裕は提案してみたのだが、それが思いのほか親友には合っていたらしい。
 荒れがちだった精神状態が、これのおかげで最近はすこぶる良好のままだ。
 たまに涼介がそんな創作の一部を史裕に見せ、史裕が添削する事があるのだが、それのどれも史裕が却下するのは大人向けのシーンばかりだ。
 そして知らなかった親友の趣向。
『………お前、本当にムッツリだよな』
 人の事は言えない史裕ではあるが、親友には負ける。
 世の中には上には上がいるのだ。
 そしてこんな親友の、切ない恋が果たして叶うのかどうか…このノートを見る限りでは有り得ないだろうと史裕は考える。
「…とりあえず涼介。エロは禁止だ!」
「…分かった。俺の心の中だけに仕舞っておく」
 そう言いながら、ふと見れば親友の顔が緩んでいる。
 また新たなシチュエーションが浮かんだのだろう。
 恋と言う字と変と言う字は似ている。
 つまりは…そう言うことなのだろう。
 恋。もとい、変になった親友を眺めながら、史裕はほんの少しだけ涼介のポケットの中に仕舞われてしまった大人向けシーンを見逃した事を後悔した。




2007.5.29
ある意味私が皆さんに寸止めプレイ?
史裕がヲタだったら…楽しいだろうなぁ…。類は友を呼ぶ?
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