夢見る男
act.3
続く深夜の帰宅からの解放の日。
思う存分に大きなダブルベッドを軋ませ息も絶え絶えになった頃に、俺はハニーに囁いた。
「…ずっと寂しくさせていてすまない。このお詫びに、何か俺にして欲しいことがあったら何でも言ってくれ」
この言葉は詭弁だ。
俺がハニーに色々してあげたかっただけのこと。
けれど慎み深く控えめな大和撫子のようなハニーはあまり我侭を言わない。
「…もう、十分…いっぱいしてくれました」
いやいや。確かにいっぱいすることはしたが、それだけではなく。
「言えよ。どこかに行きたいとか、何か欲しいものとか、そんなのは無いのか?」
「…そ、そんな事言われても…俺、涼介さんがいるだけでもう十分だし…」
確かに俺はいる。ここにいる。
厳密に言うならハニーの内にいる。
甘くて蕩けそうなハニーに包まれ天国気分だ。
意識してか無意識か知らないが、ハニーはどうも悩むと俺をキュウキュウ締め付ける。
さすが俺のダイナマイトミラクルハニー。
存在自体が俺の脳内麻薬だ。
「ほら…早く言わないと苛めるぞ」
「や、ちょ…涼介さん、もう無理…」
ベッドが揺れる。激しく軋む。……良い音だ。だがその音よりも素敵なハニーの囀り。寝室は天国だ。
「やぁ、だ、涼介さん、意地悪ばかり…」
「意地悪?心外だな」
「う、う、うぅ…」
詰りながらもハニーの両手は俺の背中に回る。ぎゅっと抱きしめ、胸に顔を埋めうっとりと頬ずりをする。
………いやはや。堪らん!!
思わず、最初の思惑も忘れ行為に没頭し始めた時に、ぎゅぅっと強く俺を締め付けたハニーが掠れた声で叫んだ。
「…う、海!」
「………ん?」
おっといけない。ついミサイルが発射するところだった。
「…う、海…行きたい…」
イきたい。
そうか。すまない、ハニー。今いかせてあげるよ。
まるで荒波のように動き出した俺に、けれどハニーはバシバシと背中を叩いて抗議した。
「ちが〜う!そうじゃなくて…海!海に行きたい!!」
「………海?」
…そうであった。
ハニーの望みを聞いていたところだったんだ。
すっかり忘れていた!
「うん…海、行きたい…涼介さんと行った事ないから…」
ぽおっと頬を染め、潤んだ眼差しで俺を見つめるハニー。
「だから…もっと、ゆっくり……」
まるで君は愛を掌るアフロディテ。
恋のキューピッドに矢を射られ、俺のハートは君のもの。
「拓海〜!!!」
ベッドが軋む。
激しく鳴り、部屋中に響く。
そして荒波のような一夜を過ごした俺たちは、翌日は海へとやって来ていた。
ザァ、と強く吹く海風。
それに煽られ、ハニーの髪と服がなびき、手で押さえながら目を閉じる。
風が止んですぐにハニーは目を開ける。
そして照れくさそうに風に吹かれ、バサバサになった髪と服を調えた。
ハニー…君の全てはこの世の何より愛らしい…。
「涼介さん」
「何だい?」
「…髪…風で逆立ってますよ」
おっと、いけない。
俺としたことがハニーの前で額を全開にするなど。
「もう、涼介さんは。しょうがないんだから」
唇を尖らせ、けれど瞳には嬉しさを溢れさせ、ハニーが俺の前に立ち俺の髪に触れる。
指先で乱れた俺の髪を梳き、手のひらで撫で付ける。
「ありがとう、拓海」
礼を言うと、ハニーは唇を尖らせたまま悪戯っぽい上目遣いで俺を見上げる。
俺のキュートな小悪魔ハニー。
そんな魔法をかけなくても、俺のハートは君のもの。
「本当に涼介さんって自分のことにはいい加減なんだから」
「だって、俺がいい加減でも全部拓海が面倒みてくれるだろ?」
ハニーと手を繋ぐ。
温かいハニーの指先。
時期的にまだ夏には早い今、吹く潮風の強さに肌寒ささえ感じていたのに、ハニーの体温を感じた瞬間に心の中に真夏の熱が宿る。
「そんな事ばかり言って…俺がいなかったらどうするつもりですか?」
ぷい、と視線を逸らし、ハニーが駆け出す。
俺の繋いでいた手を離し。
ザァン、と波音が響き、ビュウと強い風が吹く。
けれど俺の心にもっと強烈な波動のような衝撃が訪れていた。
ピタリと歩んでいた足を止め、凍りついたようにハニーを見つめる。
「……俺から離れるつもりか?」
自分の声のはずなのに、その音はやけに遠くに聞こえた。
ハニーが振り向く。
『冗談ですよ』
と笑う顔を期待していたのに。
ハニーの顔は泣き出しそうに歪んだものだった。
「……だって」
「だって?」
ザァン、ザァンと並の音がやけに激しく聞こえる。
そして気付いた。波音だと思っていたものが、自分の心臓の音なのだと言うことに。
緊張しているのだ。最悪の事態を予想して。
「…俺は…ずっと涼介さんと一緒にいたいけど…涼介さんはどうなんですか?」
「どう、って…どう言う意味だ?」
俺は凍り付いていた足を動かす。
必至の思いで歩み、迷子の子供のようになっているハニーの前に立つ。
ハニーの細い肩が震えている。
俺の大事なハニー。
どうしてそんなに恐がっているのか。
「…恐いよ!…だって、涼介さんは凄いカッコいいし、立派なお医者様だし…それにすごく優しいもん!俺なんて、涼介さんのために何にも出来てないんだよ?それなのに…俺なんかが、ずっと涼介さんの傍にいるだなんて…」
カッ、と胸の中に炎が燃える。
「…涼介さんは本当に…俺で後悔しないのかなって…そう思うよ」
手を伸ばす。
震える肩を抱きしめ、そして引き寄せ色の失せた唇を塞いだ。
潤んだ目尻の涙の粒も、零れ落ちる前に唇で拭い取る。
「………ばか」
緊張の糸が切れたように、コトリとハニーの首が傾き俺の肩の上にもたれる。
「…どうせ馬鹿だもん。今はいいけど、涼介さんきっと俺なんか嫌になるもん」
恋は人を臆病にさせる。
ハニーを。
そしてもちろん俺も。
俺はハニーの体を離し、そして青く広大な海に向かって叫んだ。
「俺は藤原拓海が好きだ――!!!」
びっくりした表情で俺を見つめるハニー。
俺は微笑み、また叫ぶ。
「俺は藤原拓海を一生愛すると、約束する――!!!」
半径一キロには響き渡るような声で叫んだ後、俺は満足げにハニーに向き直った。
「ほら。海に約束したぜ?もう不安じゃないだろう?」
ハニーが泣き笑いの表情で俺を見ている。
クスクスと、笑いながら大きな瞳からは涙が零れ落ちている。
それはまるで海の真珠のような煌めき。
「…涼介さんって…ばか」
俺は真珠の粒を指で受け止める。擦ると真珠は消え、ハニーの頬に艶だけを残した。
「ああ。馬鹿だ。だが…馬鹿同士で似合いだと思わないか?」
ハニーが頷き、そして俺に飛びつき、首に腕を回ししがみ付く。
「…思う!」
「だろう?だから拓海。こんな馬鹿な俺を見捨てないでくれよ?お前に捨てられたら、俺は本当にどうしようもない馬鹿になるだけなんだから」
ハニーが笑う。
ハニーの喘ぎ声は世界一俺を嬉しくさせるが、笑い声は俺を世界一の幸せ者にするのだ。
「…しょうがないな、涼介さん。ずっと一緒にいてあげますよ」
クスクス笑いながら、俺の唇にキスをする。
可愛い可愛い俺のミラクルキュートな小悪魔ハニー。
彼からの初めてのキスは、海と同じ潮の味がした。
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――涼兄へ
拓海ちゃんへの愛はとてもよく分かって素敵だけど、最後の海に叫ぶのはちょっとダサいと思います。
――緒美
『海に叫ぶは外せない。あれは俺のこだわりだ。それより俺としてはこのまま浜辺で愛の交歓にまで至るかをどうかを悩んでいる。どう思うか?』
――涼兄へ
浜辺でHは砂が入って拓海ちゃんが痛そうだから緒美は嫌だなって思います。涼兄は男の人だからそんなところ無頓着だけど、ちゃんと拓海ちゃんの立場で考えてあげないと嫌われると思います。
――緒美
『分かった。浜辺でHは断念する。その後海辺のホテルでHはどうか?』
――涼兄へ
素敵だと思います。でも、その時に涼兄がまたがっついちゃったら幻滅だと思います。大人らしく、ちゃんと拓海ちゃんをリードしてあげてね?
――緒美
『無理だ。拓海相手に俺に余裕があるはずもない。ましてやこのときは、拓海からの初めてのキスで浮かれている。暴走しないと言えるか?』
――涼兄へ
無理だと思います。でも涼兄って本当にケダモノなのね。緒美は全体的に、涼兄はケダモノなんだなと思いました。拓海ちゃんがケダモノ好きなのを祈ります。頑張ってね。
――緒美
2007.5.31
添削に強力な助っ人、緒美をご用意。
彼女はお分かりの通り腐女子だと思います。