なりきり拓海のD日記
act.4
今回の相手はトド塾だと啓介さんが教えてくれた。
コースのビデオを渡しに来てくれるのはいつも涼介さんだったのに啓介さんだった。
倒れたと言っていたけど、まだ体調はよくないんだろうか?心配になった。
「涼介さん、大丈夫なんですか?」
と、ちょっと涙目になりながら聞いたら、啓介さんになぜか怒られた。
「その目をやめろ!その顔をやめろ!俺を見るんじゃねェ!!」
どうしろってんだ。
腹が立ったけど、しょせん啓介さんなのでどうでもいいかと思った。
向こうの峠に着いたとき、やっと涼介さんの顔を見れたけど、涼介さんは前みたに俺にベタベタしなくなった。悲しかった。いつもなら顔を合わせた途端に、ぎゅって抱きしめて、頬にキスしたりしてくれるのに、それも無かった。もう尻は触ってくれないんだろうか。落ち込んだ。
コースもビデオで見た時から思っていたけど、やたらとデコボコして走りにくそうなところだった。俺はあまりそういうのが分からないけど、啓介さんは嫌がっていた。啓介さんの車は車高が低いから、地面と擦れていっぱい火花が散っていた。線香花火みたいだなと思ってじっと啓介さんを見ていたら、今回いっしょに来たっていう黒い人…ケンタさんに睨まれた。夜の物陰から出てきたら、ケンタさんってまるで透明人間みたいに服だけ浮かび上がって見えるのかなと気になった。それでケンタさんをじっと見ていたら、ケンタさんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。俺は変なことをしただろうか?
データを取るのに松本さんを乗せてコースを走っている時に、松本さんが不思議なことを言っていた。
「今日の藤原は小悪魔だな」
また得意の松本さんの冴えた冗談かと思ったら、どうも違うみたいだった。
「色んな人のこと、じっと見てるだろう?あれ、みんなかなり動揺してるから。止めたほうがいいよ。また涼介さんに倒れてほしくないだろう?」
……ショックだった。
どうやら涼介さんが倒れたのは、俺が悪魔みたいな悪い奴だかららしかった。俺は無意識にそんなことをしていたらしい。
みんなに迷惑をかけているどころか、涼介さんが倒れるまで追い詰めて、俺はもうDにいられないなと思ったら、悲しくなって涙が出てきた。
このバトルを最後にDを止めようかなと思った。
やっぱり贅沢はだめなんだ。涼介さんの顔を見るだけでいいやと思ったけど、それはもう十分すぎるほど贅沢なことだったんだ。
現に涼介さんはもう俺と目を合わせてくれないし、前みたいに触ってもくれない。
そんなことをぼけっと考えてたら、史裕さんと松本さんがペットボトル片手に近寄ってきた。もう病気は治ったのだろうか。今日はまだ症状は現れていないようだった。
最初史裕さんは炭酸のほうをくれようとしたけど、俺はお茶が好きだった。ウーロン茶をもらった。ちろちろ飲んでいたら二人とも俺から目をそらした。史裕さんは特に耳が赤かった。俺はまた変なことをしただろうか?そういや俺は、ペットボトルを飲んでる姿も汚いらしかった。イツキや池谷先輩、茂木にまで、
『その飲み方…止めたほうがいいぞ』
と注意されたんだった。忘れていた。特に茂木なんて『やだ、拓海君、その飲み方Hくさいよー』なんて、自分のほうがHくさいカラダしてるくせに何言ってんだ?ってな事を言われたんだった。
史裕さんたちとバトルのことで話をした。
どうやら相手の名前はトド塾ではないらしい。
トードー塾というらしかった。
トドではなくトードー…よくわかんねぇ。
トドさんたちは速いだろうなってのは、ドライバーの見た目と車で分かった。
OBだとかいう人たちが、やたらとこっちのほうをチラチラ見てきて、ものすごくウザかった。
いつもはそんなこと、全然気にしたことなかったのに、なぜか今日は気になった。
強がって、気にならないし、楽しいですよ、なんて言ったけど、それは嘘じゃないし本当のことなんだけど、どこか自分がピリピリしている自覚はあった。
何でだろう、って考えて、すぐに気が付いた。
涼介さんがいないからだ。
悲しかった。
いつも涼介さんがひっついていて、キスなんてしてきて、俺はドキドキしっぱなしで、他の人の目だとか緊張だとかするヒマもなかった。なのに今日はそれがない。
俺はどうやら嫌われたらしい。もしかして、俺が好きだってことがバレて、気持ち悪いって思われたのかな?だったら玉砕覚悟でバトルが終わったら告白してやろうと思った。
ずっとそんなことを考えてばかりだった。そしてそんな時の俺の顔は、松本さんが言うには、
「すごいな、藤原。フェロモン二倍増しだよ」
となっているらしかった。ふぇろもんって何だろう?と思って松本さんに聞いてみた。
「いつも涼介さんが無駄に垂れ流してるアレだよ。エロいやつ」
とても分かりやすい説明だと思った。
つまり、俺の顔はエロいらしい。普通だと思うんだけど?
「何なら、今回のバトルの相手、じっと見つめてみなよ。絶対効果あるから」
と言うので、松本さんの助言通り相手をちょっと口を開けながらじっと見つめてみた。
松本さんってすごいなと思った。
効果は出た。
相手が先行だろうなと思ったバトルは、俺が先行で相手が後追いになった。
わあわあヤジを飛ばすギャラリーやOBの人も、同じように見つめてみると、みんな黙ってしまった。逆に、バトル前に、
「お、応援してるからっ!」
とやたらと汗ばむ手で握手を求められた。キモかったのでみんな握手はしなかった。でも「ありがとうございます」とちょっと笑ってやると、みんな満足したのか、「クゥ〜」なんてイツキみたいなことを言ってどこかに消えた。
バトルが始まる前に涼介さんから電話があった。
いつも耳元に囁かれてた声。今は電話越し。それでも嬉しかった。なので有頂天な気持ちでバトルに挑んだ。
結果は勝った。たぶんあれは俺がどうのこうの言うよりも、涼介さん効果が強かったんだ。
そしてバトルが終わった俺を出迎えてくれたのは、涼介さんの笑顔だった。
「よくやったな藤原」
って、笑いながら俺の肩を叩いてくれた。嬉しかった。やっぱり俺はこの人が好きなんだなと思った。
俺を嫌いなはずの涼介さんがあんなふうに笑ってくれたのが嬉しかった。本当に嬉しかった。だから止めたくないなと思った。止めろって直接言われるまで、しがみついていてやろうと思った。
啓介さんのバトルが始まって、その間も俺は涼介さんのそばにいた。前みたいに抱きしめられたりとかはないけど、そばにいて顔が見れるだけで幸せだった。
啓介さんのバトルの相手は俺に握手を求めてきた人の中で一番キモかった人だった。
そういやバトルに勝ったら、一晩付き合ってくれって言われてたんだ。一晩付き合うって何だろう?夜通し走ろうってことだろうか?
ぼんやりしてたら、涼介さんが、
「何を考えているんだ?」
ってちょっと強張った顔で聞いてきた。まさかアナタのことです、なんて恥ずかしいことを言えるわけもないから、そのキモい人のことを話した。
「……一晩…付き合うだと…あの野郎…」
目の前の涼介さんはいきなり鬼になった。隣にいた史裕さんは青い顔をしていた。やっぱり病気はまだ完治していないらしい。
「…それで、藤原はそれで良かったのか?誘われればお前は誰にでも付き合うのか?!」
と切羽詰った顔で言われた。
涼介さんのことは好きだ。けどそんなふうに言いがかりを付けられるのはムカついた。
だからかなり本気で俺は怒った。って言うかキレた。
「そんなワケねーじゃん!イヤに決まってんだろ?!知らねー人と何で一緒にいたいんだよ!」
Dのみんなは俺が怒ったところを見たことがなかった。だからかなり驚いていた。涼介さんも、見たこと無いくらいにびっくりしてて、ぽかんと口を開けたまま俺を凝視していた。
「…だが、藤原は…色んな人に触られてるんだろう?それはいいのか?」
腹が立ちすぎて泣きそうになった。
「触ってきた奴らはみんな、もう二度と触れねーくらいにボコにすんの!おかげでそーゆー撃退法と痛めつける方法は俺すげーんだよ!おかげで一回触ってきた奴で、二度目に触ろうなんて奴はいなかったし…なのに……」
言いながらやっぱり泣けてきた。
ぼろぼろ泣き出した俺を見て、涼介さんは前みたいに俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
俺ももう離れたくなくて、涼介さんの体に腕を回してぎゅって力を込めた。
「…藤原。俺もお前に触っているが…いいのか?」
もうずっと聞いていなかったみたいな、耳元で直接聞く涼介さんの低い声。
「はい」
しゃくりあげながら答えた。涼介さんの腕の力が強くなった気がした。嬉しかった。
「…涼介さんには…俺…触られたい……」
無意識に俺はそう言ってしまった。
嫌がられるかな、と思ったのに涼介さんは、
「藤原!」
感極まったみたいに、俺の口に食われる!ってぐらいに吸い付いて、口の中も涎があふれるくらいに舌でかき回して、腕は俺の体中を這い回って、特に背中から尻からを重点的に触られた。やった。やっと尻に触ってもらった。俺は嬉しくて、涼介さんの腕の中で変な声をあげてしまった。
うっすら開けた目で、間近にある涼介さんの顔を見たら、犯罪だろうってぐらいにエロかった。これが松本さんの言う「ふぇろもん二倍増し」ってやつなんだろうなって思った。
うっとりして、嬉しくて、じっと涼介さんを見つめていたら、フッ、と涼介さんは笑って俺から離れてしまった。俺はつい離れるのが嫌で、涼介さんの服を掴んでしまったけど、涼介さんは嬉しそうに笑って、
「…残念だけど、ここはギャラリーが多すぎるからな」
と言った。ハッとした。そういやここには人がいっぱいいたんだった。
あわてて周りに目をやったら、そこにはなぜか真っ赤な顔で股間を押さえる人たちがいっぱいいた。みんな、トイレを我慢しているんだろうか?それか、俺の痴漢撃退法の一つでもある股間蹴りでもされたんだろうか?
不思議な光景が広がっていた。
「タイムアタックがあるからな。まだ藤原に悪さはできないな」
涼介さんは機嫌が良さそうだった。優しい人だ。俺が怒ってキレたのに、何も言わないどころか前みたいに優しくしてくれる。気を使ってくれてるんだろうけど、ぜいたくは禁物な俺には死ぬほど嬉しかった。
「悪さじゃないですよ。だって俺うれしいですもん」
と正直に答えたら、涼介さんは今まで見たことが無いくらいに幸せそうな笑顔になった。
「…藤原。あまり俺の理性を試すなよ」
と耳を舐められた。これは衝撃だった。初めて感じたえもいわれぬ感触だ。思わず俺は、また変な声をあげてへたり込んでしまった。
恥ずかしくって、涙目になってしまったけれど、みんな優しいんだな。見ないふりをしてくれた。遠くのほうで携帯で写真を撮ってるような音がしたけど、涼介さんがすごいおっかない目で睨んで、「消せ!」と言っていた。
俺のアホっぽい写真を撮られないようにしてくれたらしい。いい人だ。やっぱりこの人が好きだなと思った。
おかげでタイムアタックも上々で、機嫌の良い涼介さんのおかげか啓介さんの調子も良かった。相変わらずこの兄弟は仲がいいんだな、とちょっと羨ましかった。けど啓介さんは俺に涙目で、
「ありがとう!藤原!!本当にありがとう!」
と感動していた。俺に抱きつきそうなぐらい喜びようだったんだけど、俺の背後にいる涼介さんを見た途端、怯えた様子でさっさと行ってしまった。啓介さんってやっぱり分からない人だと思った。感動しすぎだよな。あの人。
帰りは涼介さんは俺のハチロクに乗った。
「一緒に帰ろう」
と言われた。
胸がドキドキした。顔が真っ赤になった。
変な行動の俺を乗せて走ったハチロクは、みんなからはぐれて途中で止まって、大人って本当にすげェなって体験をした。
涼介さんのふぇろもん十倍増しだった。
もう恥ずかしすぎて、思い出したくないほどだ。
次の日、イツキから「揺れるあやしげなハチロク」の噂を聞いた。
それはうちの車だって…言えなかった。
涼介さんは優しいので、縋る俺を慰めるためにどうやら俺をセフレとかにしてくれたらしい。
本当は恋人同士になりたいけど、ぜいたくは駄目だ。
Dにいる間は構ってくれるかなと思ったら、嬉しいけど、やっぱり悲しいかも知れない。でも、触ってくれるだけマシだよなと自分を納得させた。
困らせたくないので、できるだけ涼介さんには好きとかは言わないでおこうと思った。
涼介さんは「好き」だとか「愛してる」なんて言ってくれるけど、本気にして俺まで好きだの言い出したら、きっとうっとおしがられる。
それだけは絶対に嫌だから、本当は我慢なんてしたくないけど我慢しようと思った。
やっぱり恋は苦しいし切ない。でも幸せだ。
2005.7.25