なりきり拓海のD日記
act.3
昨日はDの遠征で栃木県の峠に行った。
俺の相手がろーどすたーだと聞いたので、同じろーどすたー乗りの史裕さんに色々ろーどすたーのことを聞いた。どうやらハチロクよりも小さな車らしいことだけは分かった。
下見に行く時も史裕さんと行った。史裕さんはずっとそわそわしていて落ち着かなかった。
どうしたんだろう、と思って聞いたら、
「……いや、涼介がどこかで見ているような…」
と言っていた。真面目な人の冗談はあまり面白くないなぁと思った。
でもそう言えば、史裕さんと一緒に下見に行くって言ったら、涼介さんがいきなり「劇団ひ★り」になった。
「藤原!俺の何が不満だ!何が足りなかった?!史裕にあって俺に無いものは何だ!」
俺をぎゅーっと抱きしめながら涼介さんは叫んでいた。まるでどこかの舞台俳優のような大げさな演技だなと思った。今度一人芝居でもするから、それの練習かなと思ったので、一応つきあってみた。
「…ええと。それは史裕さんがろーどすたーに乗ってるからです」
と答えてみた。そしたら涼介さんは、
「何?!藤原はあんな車が好きだったのか?…そうか。なら俺もロードスターに乗ろう。明日からでもいいか?」
と言った。たぶん涼介さんは俺をからかってそう言ったんだろうけど、俺はそれを聞いて、とても驚いて、思わず、
「駄目です!俺はFCに乗ってる涼介さんが好きなんです!!」
と叫んでしまった。後からよく考えたら、涼介さんが俺をからかっているのは分かってることだったのに、恥ずかしいことをしてしまった。
けれど涼介さんは本気になった俺を馬鹿にもせず、まだお芝居を続けたまま、いつものエロい目を潤ませて「藤原…」と、抱きしめて、舌の入ったキスをしてきた。
大人ってすごいな、と思った。舌があんなふうに動くだなんて思わなかった。
おかげでしばらく立てなくなってかなり困った。でも涼介さんの機嫌は良かったみたいだ。あんな演技が出来るなら、きっと今度のお芝居も成功だろうなと思った。見に行きたいなと思ったので、啓介さんに「今度、涼介さんどこでお芝居するんですか?」と聞いたら、啓介さんは青い顔をして、
「ハァ?お前、何言ってんだ?」
と怒られた。
俺がさっきまでのことがお芝居の練習だったんだろうと聞くと、啓介さんはいつもは見せない真面目な顔で、
「……藤原。アニキのあれは大マジだ。演技とか芝居じゃねえよ…っつーか、そんなこと思わねェよ、普通…」
と溜息交じりで言われた。
俺はそんなに普通じゃないのかな、と落ち込みかけたけど、よく考えたら啓介さんは俺を騙したりからかってばかりなので、信用しないことにした。
下見の途中でぼんやりとそんなことを思い返していたら、一緒にいた史裕さんが、
「大丈夫か、藤原?もしや、涼介に無理なことをされているんじゃ…」
と心配された。申し訳ないことをしたと思った。なので、
「大丈夫ですよ。涼介さんはいつも優しいです」
と言ったら、史裕さんはなぜか顔を赤くしていた。俺は変なことを言っただろうか?
ついでだったので、史裕さんにも涼介さんがいつお芝居するのかを聞いてみた。
史裕さんはよく分からないようだった。もしかして史裕さんに内緒にしていたことだったのだろうか?だとしたら悪いことをしたなと思った。
だけどしばらく黙っていた史裕さんは、やっと喋ったなと思ったら、お芝居のこととまったく関係ないことを言った。
「……も、もしかして、だがな…アア、ウウン…ふ、藤原は…その…涼介とは…つ、付き合っているわけではないのかな?」
変な喋り方の史裕さんは、そわそわと行動もかなりおかしかった。どうしよう。史裕さんが変になった。俺のせいだろうか?とりあえず刺激しないほうがいいだろうなと思ったので、「おかしいですよ」とは言わないでおいた。
「…付き合ってるって何ですか?」
と聞いたら、史裕さんはもっとおかしくなって、
「…ンン、ああ、それはあれだ。そのぅ…男女で行うのと同じ…その…恋人同士の交際ってやつだな…」
回りくどい言い方をする史裕さんの言葉を、俺が理解するのに1分かかった。
俺の鈍い頭に浸透したとき、俺は真っ赤になって、それから涙目になって否定した。そう言えば前に松本さんが、俺と涼介さんがふざけているのを見て「ラブラブだ」と言っていた。やっぱり傍目から見たら、みんなそんな勘違いをしてしまうんだろうか?心配になって史裕さんにそう言ったら、 史裕さんは硬直して動かなくなった。どうしよう?本格的に壊れてしまった。そのとき啓介さんのFDのエンジン音がしてきた。助かった。どうやら啓介さんが来たようだ、と思っていたら、その通りに黄色い車が現れて、なぜか助手席には涼介さんも乗っていた。
「悪かったな、藤原。史裕には持病があってね。たまにこんなふうになるんだよ」
と言って、啓介さんと二人がかりで硬直した史裕さんをFDに乗せていた。
そうなのか。大変だな、史裕さんも。
「持病って何の病気なんですか?」
と俺が聞いたら、涼介さんは、
「大した事はないよ。そうだな…あえて病名を挙げるとしたら…苦労症と心配症…かな?」
涼介さんの冗談の成功率は五分五分だ。今回の涼介さんの冗談は、たぶん俺が今まで聞いた中で一番だなと思った。
その後、啓介さんは史裕さんをFDに乗せて、そのまま帰ってしまった。俺は結局涼介さんと二人で下見をしてみんなのところに帰った。
バトルの結果は、涼介さんが俺を膝の上に乗せながら耳元で囁いた通りのフタのない側溝がポイントになった。
相手の車がひっくり返って、大変なことになってしまったけど、怪我はないようなので安心した。
その後のヒルクライムも啓介さんが勝った。啓介さんはどうやら冬の間に涼介さんと一緒に勉強していたらしい。なんかずるいと思った。
よくわからないいけど拗ねていたら、後ろから涼介さんが覆いかぶさってきた。
「どうした?」
と耳元で囁きながら聞いてきたけど、なぜか俺は不機嫌で、「別に」なんてそっぽを向いた。嫌な奴だったと思うのに、涼介さんは怒らなかった。逆に喜んでいたみたいだった。
「啓介にやきもち焼いているのか?」
と聞いてきた。啓介さんにやきもち…そうかも知れない。でもやきもちなんて、恋人同士の間とかで生まれるもんじゃないだろうか?俺と涼介さんは別にそんな関係じゃないのに、何で俺はそんなことを思ってしまったんだろう?俺はよく分からない自分の気持ちに戸惑って、目が潤んで涙がこぼれそうになった。
そうしたら涼介さんが、俺をぎゅっと抱きしめて、目元の涙を舐めてくれた。
「嬉しいよ、藤原」
そう言ってくれたけど、涼介さんは優しいから俺を慰めてくれているんだろうな。
俺は何も答えることが出来なかった。
しばらく涼介さんの腕の中で目を潤ませていたら、バトルの終わった啓介さんが戻ってきた。
「……おめでとうとか良くやった、とかは別にもうイイデス。ただ…場所を考えて下さい…」
と座り込んで泣いていた。どうしたんだろうかと思っていたら、よく考えたら俺は涼介さんの腕の中で、傍目から見たら前に松本さんが言ったみたいに「ラブラブ」な体勢だった。大変だ、また誤解されたと思ったけど、ヘコんでる啓介さんを見ていたら、少しいい気分だった。見せ付けるみたいに体を涼介さんに摺り寄せたら、涼介さんも笑って俺の頬にキスをした。
そうしたら啓介さんは「アニキの馬鹿ヤロウ〜」とか叫びながらどこかへ行った。楽しかった。
「楽しい、藤原?」
涼介さんが聞いてきたので俺は「はい」と笑顔で答えた。涼介さんも笑顔になって、
「俺も楽しいよ」
と今度は唇にキスをされた。また舌を入れられた。前したときよりも長くて、俺は酸欠になって倒れそうになった。
気が付いたらハチロクのボンネットの上に寝転がっていて、上に涼介さんが覆いかぶさっていた。上の服がなぜかはだけていた。下にも手をかけられそうになったけど、危ないところで松本さんが、
「さすがに最初っからアオカンはマズイですよ、涼介さん」
と声をかけてきた。涼介さんは「そうだな」と俺の上からどいてくれたけど、ほんの少し残念だなと俺は思ってしまった。でもアオカンって何だろう?
帰り支度を始めた時に、持病の発作が治った史裕さんが近寄ってきた。
「た、単刀直入に聞く。藤原は涼介とは別に恋人同士とか言うわけではないんだな?!」
史裕さんは恐い顔をしていた。俺があまり涼介さんとなれなれしすぎるから、嫌がられているんだろうかと不安になった。思わず泣きそうな顔になっていたんだと思う。そうしたら史裕さんは慌てたように、
「い、いや、責めたんじゃないんだ。ただ、もし藤原が涼介のことを好きでもないのに、ああいった行為を強制されているのなら、それは問題だと…」
しどろもどろの史裕さん。どうやらまだ病気は完治していないようだった。
「ああいった行為って何ですか?」
謎の言葉が多い史裕さんに、とりあえず聞いてみた。
「…きききキキスとか、体に触る行為だ!」
と史裕さんが言った。
「それって好きじゃないとやっちゃいけないことなんですか?」
「…そそそそうだろう、普通」
「でも俺、昔から色んな人にそういうことされますよ?」
と言った瞬間、遠くの方で、「アニキ、大丈夫か?!」と叫ぶ啓介さんの声が聞こえたような気がした。
「!!!…そ、それはどういうことかな…」
史裕さんの声は震えていた。
「ええと。俺、小さい頃から変なおじさんとかお兄さんとかに、見せられたり触られたり、拉致されかけたり変なところに連れ込まれかけたり、高校に入ってすぐにもサッカー部の先輩に押し倒されたり、電車に乗ったらたいていチカンに合いますし…」
そうだった。俺は昔からそう言った目にあいやすく、痴漢ブザーとスタンガンを常備しているような子供だった。大きくなったらそれが減るかと思ったのに、高校に入ってすぐに先輩から押し倒されそうになって、思わずボコにした。電車に乗っても痴漢にあうので、あまり電車には乗らないようにしているし、たとえ乗ったとしても空いている時じゃないと乗らない。女に間違われているのかと思ったけど、どうも相手は前ばかり触ってくるので、男だと分かってしてくるらしい。世の中には変な人が多いんだなぁと思っていたけど…あれ?じゃあ涼介さんも変な人なのか??
俺が首をかしげていると、史裕さんはまた固まっていた。
また持病が再発したらしい。どうしようと困っていると、松本さんとFDのメカニックのメガネの人が史裕さんを運んでいった。
「あそこで涼介さんも倒れちゃってね。啓介さんたちがそれの介抱に回っているから人手が足りないんだ」
と松本さんは笑いながら言った。涼介さんも倒れた。寝不足だろうか。心配だ。
俺が不安そうにしていたら、
「涼介さんは大丈夫だよ。藤原が膝枕でもしてやったらすぐに直るから」
と冗談を言った。松本さんの冗談は好きだけど、今度のはあまり笑えない。
「それと藤原。ポケットの中のもの、出してくれるかな?」
と、指差すので何だろう?と探ってみたら、不思議な小さな機械のカケラみたいなものが入っていた。俺の物ではないことは確かだ。なぜ俺のポケットの中に入っていたんだろう?不思議に思っていたら、
「それは涼介さんのものなんだ。きっと下見に行くときに、こっそり忍ばせておいたんだろう」
どうやら涼介さんのが間違って俺のポケットに入ってしまっていたらしい。また涼介さんに申し訳ないことをしてしまった。
「これ何ですか?」
見たことも無い物体だったので聞いてみたら、
「ああ。盗聴器」
とあっさり言って、笑いながら松本さんは去って行った。やっぱり松本さんの冗談はキレがあって面白いかも知れないと感心してしまった。
帰りはそんなことがあったので、バタバタして帰った。
俺も、涼介さんが心配なのもあるし、史裕さんに言われたことを考えながら帰っていたので、いつも以上にぼんやりしていたんだと思う。
ハッと気が付いたときにはもう家の前で、親父が「おかえり」と煙草をふかしていた。
ちょうど良かったので、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「なぁ親父。俺、昔から変な人によく触られたりしてたよな。けどそれって全部殴ってたり蹴ったり噛み付いたりしてたよな」
「ああ。お前、再起不能ってぐらいに反撃してたな。何だ?また変な奴でも現れたのか?」
「…そうじゃなくって…俺、触られても殴ったりしないんだ。前のときは気持ち悪ぃとか思って、即効ボコにしたりしてたのに、その人に触られると何でかぼうっとするんだ。気持ちいいし。それって何でなんだ?」
俺が聞いたら、親父はプカァと煙草の煙を思いっきり吐き出して、
「そりゃおメェ、好きなんだろ、そいつのことが」
と言った。
好き?
好きなのか?
俺、涼介さんのこと好き…かも知れない。
そういや焼きもちも焼いてたっけ。それってそう言うことなのかな。
「とうとうお前も嫁入りか。今日は赤飯だな…」
と親父がわけの分からないことを言ってたみたいだけど、俺の耳には届かなかった。
どうしようと思った。
こんな男に好かれたって、きっと迷惑に決まってるからだ。
俺はどうやら、好きだって自覚したと同時に失恋が決定したみたいだ。
恋って苦しいんだなって少し落ち込んだ。
イツキや池谷先輩が、わあわあ言ってたのをもっと真剣に慰めてやれば良かったなって後悔した。
でもDを続ける間は、涼介さんに会えるのでそれだけでもいいかと思った。人間ぜいたくはいけない。昔、何よりも先に親父が教えてくれたことだ。親父はロクなことを教えないけど、それは乏しい食卓をやりくりする間にしみじみ納得したことだった。
その日の夜には涼介さんの夢を見た。
幸せな気持ちになったけど、夢の中でやってることは、いつもと変わらないことだった。
どうやら恋人同士の真似事みたいなことは、Dの活動の中でふざけて全部やってしまったみたいだった。
損してるのか、得してるのか分かんねェなと思った。
2005.7.24