BOSS-PAN

• act.1
• act.2
• act.3
• act.4
• act.5
• act.6
• top

番外　馴れ初め

act.6 鼓動

-変態値-

高橋涼介　★★★★★★★★★★　【ＭＡＸ！コンプリート！！】





　おそるおそる。
　薄く開いた玄関の扉からは、啓介の気のせいではなく、濃密な紫色の空気が漂っている気がする…。
『…うわぁ、あいつら絶対にヤった！間違いねぇよ』
　玄関の扉にしがみつき、震えながら涙を堪える啓介に、弟の行動の一部始終を見ていた兄は、溜息とともに言った。
「啓介。いい加減、入るのか入らないのか、どっちだ？」
　…まぁ、お前の躊躇う気持ちも分かるけどな。
　領域を越えた涼介は、まだ常識人の枠の中の弟を、野生動物が動物園の檻の中の獣を見るように哀れみと寛大な視線で眺めた。
　啓介はビクッと体を硬直させ、目の前に立つ兄の姿を見た。
　苦悩する修験者のようであった昨晩の兄と違い、今日の兄は、ツヤツヤピカピカ。悩みなんてどこへやら？嫌になるほどスッキリした顔をしていた。
「あ、アニキ…や、やったの…かよ？」
　啓介の言葉に、涼介はフッとほくそ笑みこう言った。
「啓介」
「…何だよ」
「気にするな」
　…気にするよ！！
　やったんだ。絶対やったんだ…ああ、アニキが藤原を喰っちまった…犯罪だ。皆さん、ここに犯罪者がいますよ？！
　と、心の中で、後の犯罪者二号はシャウトした。
　躊躇しながらも家の中に入った啓介は、リビングに拓海の姿が無いのに気付き、兄を見上げた。その視線に気付いた涼介は、啓介に向かい意味ありげに「フッ」と微笑んだ。
「…昨晩はよほど疲れたんだろうな。まだ寝ているんだよ」
　…今の時間まで起きれないほど、どんな疲れることをしたのか…ハッ、まさかこのソファってことないよな？！
　そう思い出すと、家の中全部が怪しくなる。
　コエー…コエーよ…こんなに家の中にいるのがコエーのなんて、初めてだぜ…。
　やけに上機嫌で、鼻歌まで歌いながら食事の支度をし始める兄とは対照的に、啓介は冷や汗を流しながらソファの上で硬直していた。
　そんな午後の長閑な昼下がり。
　突然、二階のほうから、
『わぁっ！！！』
　と乙女の…ではなく拓海の叫び声が聞こえた。
　何だ、と啓介が正気づくより早く、稲妻より早く涼介が声の発生した自室へと駆け上る。
　そして慌しく階段を駆け上がった彼は、バタン、と乱暴に自室の扉を開いた。
「拓海、どうしたんだ？！」
　そのままベッドの上の拓海に駆け寄ろうとするのだが、その時、拓海が涼介を硬直させるような言葉を発した。
「りょ、涼介さん？！お、俺、何でここに？！！」
　真っ赤に頬を染める彼の姿は変わらないが、その瞳にはあどけなさが消え、そして言葉はもう子供っぽい舌足らずではなく、しっかり大人の口調になっている。
　涼介は瞬時に悟った。
　――記憶…戻ったのか…。
　その瞬間に、涼介はえもいわれぬ脱力感に見舞われた。
　昨夜は、とても幸福だった。
　だが今はそれが儚いものだったのだと思い知らされた。
「な、何で…え、俺…ここ…って言うか、何で裸？！！」
　シーツで体を隠しながら、戸惑った視線が部屋の中を彷徨う。
「…ふ、藤原…？」
　燃え尽きてしまったような涼介の背後から、啓介が部屋を覗いた。
　そこにはベッドの上の裸の拓海。
　だが、その言動や行動は以前の彼のようだった。
「…もしかして…記憶、戻ったのか？！」
「きおく…え？記憶って何ですか？！」
　ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。
　そしてどうやら部屋の内部の様子から、一度だけ訪問したことのある高橋家の、さらに憧れの涼介の部屋であるらしい事を確認すると、彼は全身を真っ赤に染めた。
　…何で、俺、涼介さんの部屋で、しかも裸で寝てたんだ？！！
　いったい何があったのか…記憶を遡ってみれば、確か自分は仕事中で、そして…ダンボールの山が上から…降ってきた？？
　拓海は戸惑いながらも、部屋の入り口で硬直する涼介に縋るような視線を向けた。
「あ、あの、涼介さん…俺、いったい…」
　べそをかいた子供のような顔の拓海。その目で見つめられ、涼介は我に返った。
　涼介はゆっくりと詰めていた息を吐き出し、そしてにっこりと極上の笑みを見せた。
　兄のそんな笑顔を見て、啓介は思った。
　…アニキ、ぜってぇ何か企んでる！！！
　大正解。
　涼介は拓海に近付き、ベッドの上の彼の隣に腰掛けた。
　至近距離からのカリスマの艶やかな笑顔。それに魅了され、拓海は声も無く頬を真っ赤に染めたまま、ぼんやりと彼を見つめていた。
「拓海」
　耳元で、低音美声の声音で名前を囁く。
　その魅惑のボイスに拓海の背中に電気のような快感が走った。これが立ったままなら、間違いなく腰砕けの状態になっていただろう。
「は、はい…」
そしてその電気のような刺激に惑わされ、拓海は涼介が自分の事を苗字ではなく名前で呼んだ事に気付かなかった。
　涼介の腕が拓海の肩に触れる。ぴくりと反応し、拓海は離れようとするのだが、涼介の腕はするりと絡みつき、拓海の肩を抱いた。
　今まで、彼とこんな接触は（拓海の記憶上）一度も無かった。あの見惚れて止まない顔が、間近にあるだけでも緊張するのに、自分は裸で、しかも彼に肩を抱かれてぴったりくっついた状態でいたりする。
　うろたえる拓海に、涼介はクスリと笑みを漏らしながらも、壁に飾られているカレンダーを指差した。
「拓海。今、何日か分かるか？」
「え、えーと…×日…です、よね…」
　恐るおそる、窺うように答えた拓海に、涼介は首を横に振った。
「…驚かないで聞いて欲しい」
　……いや、もう今の状態で、すげぇ驚いてるし…。
　そんな心の叫びは声に出ない。ただ無言で頷いた。
「今は、××日なんだ。拓海の記憶より、四日、時間が経っているんだ」
「…………？」
　今ひとつ意味が掴みきれない拓海。きょとんと涼介を見上げ、首をかしげる。
　そんな拓海の姿に、涼介の中の変態の虫が騒ぎ出す。
　…可愛いな…大人だろうが、子供だろうが、この可愛さは共通じゃねぇか。ああ、早く押し倒してぇなぁ。その為には…こいつを上手く丸め込んでおかないとな…フフフ…。
「仕事中に積荷が崩れてきたのは覚えている？」
「あ、えーと、はい。何となく…」
「その衝撃で、拓海は実は記憶を失くしていたんだよ」
「えっ？！！」
「いや、正確に言うと逆行健忘と言って、子供に戻ってしまう症状だったんだ」
「こ、子供？」
「ああ、精神が幼児の状態になってしまっていた」
　そして涼介は自分が拓海を預かるまでの経緯を語った。
　特に、文太が忙しいからという理由で、涼介が拓海を預かったのだと言うと、呆然としていた拓海の顔に、怒りの表情が浮かんだ。
「あの親父…いくら何でも…」
　とブツブツ唇を尖らせ文句を言っていたかと思うと、途端にハッとして涼介に向き直り、
「すみません。涼介さん、忙しいのに俺なんかの世話させちゃって…」
　と恐縮しきった態度で頭を下げた。
　コロコロと変わる拓海の表情。涼介はそれを自分の中の拓海メモリーの中に記憶した。
　…こいつ、こんな顔もするんだな。エクセレントだぜ、拓海。フフフ…。
「いや、拓海の世話をするのは楽しかったよ。とても可愛かったからな」
　そう耳元に囁きながら、すべらかな頬を指先で撫でる。
　その性的な含みのある仕草に、拓海は顔を真っ赤にさせて、涼介を見上げた。
「あの…」
「ん？」
「拓海って…名前…」
「ああ、嫌か？ずっと子供の時は名前で呼んでたからな。つい出てしまうんだよ。拓海が嫌なら、前のように藤原と呼ぶけど？」
　どうする？
　切れ長の目に色気をたっぷり含ませて、拓海を見つめる。
「…や、じゃないです」
　拓海はその視線に当てられ、首を横に振り、そして俯いた。
「そうか。ありがとう」
「あの…」
「何？」
「肩…その、撫でるの…」
　涼介の手が、むき出しの拓海の肩を、痴漢やセクハラ親父のようにずっと撫で回している。
「ああ。嫌？」
「…あ、あの…」
「拓海が子供の時に、こうして撫でてあげると落ち着くみたいだから、つい癖になったみたいだな」
　もちろん嘘です。
　でも拓海にはそんな事は分からない。
「お、俺、そんな事させてたんですか？も、もしかして、他にも何か…」
　不安そうな拓海の顔。それに涼介の変態心はウズウズしだして躍りだす。
「……知らないほうがいいと思うが…」
　わざと不安を煽るように、目を逸らしながら呟いた。
　すると思惑通りに、拓海は密着させた体をさらに寄せ、涼介のシャツの胸部分を縋るように掴んだ。
「あ、あの、本当に俺、何したんですか？お願いです、教えて下さい！」
　ふう、とわざとらしく溜息を吐き、涼介は視線を逸らしたまま、胸に縋る拓海の手のひらを外した。
「涼介さん、お願い！！」
　…ああ、早くこの「お願い」をベッドの中で聞きたいもんだ。
　必至な拓海の姿を横目で見ながら、涼介はそんな腐った妄想を逞しくさせていた。
「そんなに知りたい？」
「…は、はい」
「後悔すると思うが…」
「構いません」
　じゃあ、と涼介は語った。
　ある意味、真実の出来事を。



「まず、お風呂に一緒に入ったな」
「お、お風呂、ですか…」
「ああ。頭が洗えないと言うので、俺が洗った」
「そ、そんな…」
「ちなみに身体もくまなく洗った。だから俺はお前の身体の隅々まで知っているな。お尻の付け根のほうに黒子があるんだよ。知ってたか？」
「………」
　拓海は無言で、ブンブンと首を横に振った。もちろん黒子は昨晩ベッドの上で見つけたものだ。
「あと、トイレの時なんだが…」
　トイレまで？！
　拓海の頭は、もう衝撃で真っ白だ。しかしさらなる爆弾が落とされる。
「立ってする男子用便器では上手く小用が足せないようで、俺におちんちんを支えてくれと言ってきた」
「！！！」
「もちろん、俺は支えた」
　穴があったら入りたい…。拓海はそんな思いで、涼介の腕の中で縮こまった。
　そんな拓海の様子に、涼介はフッと微笑みながら、肩を抱く腕に力を込めた。
「気にするな。仕方ないさ。子供だったからな」
「で、でも、涼介さんにそんな事を…」
「…参ったな。これぐらいで、そんな顔をされたら、続きが話せないじゃないか」
「えっ？！」
　拓海の口が、酸欠の金魚のようにパクパクし、大きな瞳は、零れ落ちそうなくらいにまん丸だ。
「つ、続きって…」
「ああ」
　フフフ、と笑う涼介の表情は淫靡で、拓海はまだまだ深い淵に落ち込んでいく自分を知った。
「昨日は赤城の峠に行ったんだが…」
「は、はい…」
「そこで拓海は啓介と喧嘩して、泣いてしまってね。啓介と自分とどっちが好きだと言うから、俺は拓海が好きだと答えたら…」
「す、好きって…」
　思わぬカリスマの告白めいた言葉に、場違いではあったが、拓海はぽおっと頬を染め恥らった。
「好き同士だったらキスをするものだと言って、俺にキスを迫ってきたんだ」
「！！！」
　思わず、涼介の形の良い唇をじっと見つめる。あの口が…自分に？
「あんまり必死な拓海が可愛くてね、思わずキスをしてしまったよ」
　こんなふうに。
　ちゅ。
　軽く触れただけのキス。だけど拓海にとっては衝撃だ。
「りょ、涼介さんっ？！！」
「うん？嫌だった？」
　色気のたっぷり含んだ目でじっとり見つめられ、拓海はもう脳がパンク状態だ。
「い、いや、とかじゃないですけど…」
「けど？」
「涼介さん、俺、男なのに…気持ち悪いとか…」
「拓海は俺にされて気持ち悪かった？」
　拓海は慌てて首を横に振った。
「俺もたぶん拓海と同じ気持ちだよ」
　そう言いつつ、またもキス。拓海の脳はもう沸騰して、ぐつぐつ煮られた状態だ。
　息も絶え絶えで、湯あたりしたようにフラフラな拓海の体を支えながらも、涼介はさらなる爆弾投下。
「…参ったな。まだ続きがあるんだけど…」
「まだあるんですか？！！」
「ああ。拓海が裸で寝ていた理由、知りたくない？」
　ハッとして自分の姿を見つめれば、確かに裸。そういや何故、裸？ま、まさか…。
「昨夜も一緒にお風呂に入ったら…」
　…まさか…まさかだよ…。
「身体を洗っている最中に、拓海のその、言いにくいんだが、股間がね…」
　…うぅ、聞きたくないよぅ…。
「勃起してしまってね」
　…うわぁ！！
「子供には勃起の意味が分からないようで、あまりにも怯えるから、俺が、その…手でしてやったんだよ。その後も、毎日同じベッドで寝ていたんだが、昨夜はそれがあったせいか拓海が、
『からだがあついまんまだよ、たすけておにいちゃん』
　と言うものだから、またしてやったんだが、かれこれ５回はしたかな？おかげでパジャマは、ドロドロに汚れてね。拓海はイった後、そのまま眠り込んでしまったから、さすがに俺も、眠っている相手のパジャマを脱がすことは出来ても、着せるのは難しくてそのままにしておいたんだが…」
　そこで言葉を切ると、拓海は驚きを通り越し、魂が遠くをさまよっているようだった。
「拓海、大丈夫か？」
　涼介は拓海の体を軽く揺さぶった。
　すぐに拓海の意識が戻り、そして我に返った拓海は、ボロボロと涙を流し、そして涼介に頭を下げた。
「お、俺、そんな事を……涼介さんに…申し訳ないです…」
「謝らなくてもいいよ。子供だったんだから仕方がないよ」
「でも、そんな…」
　慙愧の念でいっぱいの拓海の様子に、涼介はさも優しげな様子で微笑んだ。
「逆に謝らなければいけないのは俺のほうだと思うけど？」
「えっ？！」
「いくら仕方のない事とは言え、俺にそういうことされて、不快だったろう？」
「そ、そんな、俺…」
「俺はたとえ拓海にせがまれても、拒めばよかったんだよな。今、拓海が泣いているのはその為だろう？」
「ち、違うんです、俺、涼介さんにそんな事させちゃったのが、申し訳なくて…」
「拓海」
「は、はい」
「好きだよ」
「は…え？？」
「好きだから拓海を預かったし、キスもしたし、せがまれて手でイかせてやった。だから俺はきっと悪い大人なんだろうな。ねだられたのを良いことに、手を出したんだから」
　突然の涼介の告白に、拓海は驚き固まった。
「気持ち悪かったか？俺を詰る？勝手に触るな、って」
　硬直しながらも、拓海は首を横に振る。
「そうだよな。だって拓海は俺が好きだろう？」
　…そ、そうなの？？
　自分の事ながら拓海は分からず首をかしげた。
「たとえ子供に返ったとしても、感情や嫌悪感はそのまま残る。逆に子供に返ったからこそ、その感情が素直に現れるんだ」
　…そうなの？
「無意識下で、拓海は俺に好意持っていてくれたんじゃないか？それが子供になったことで、感情が開放され、俺に素直に愛を告白し、そして迫った。大人の時にはあったモラルは、子供の世界では関係ないからな。つまり――」
　突然の告白による衝撃で頭がまっ白になった状態の拓海に、涼介のインチキな論法は水を吸い込むように吸収されていく。そして拓海は、無学の哀れさでそれを大人しく拝聴し、そして信じ込んだ。
「拓海は俺が好きなんだ」
　その結論に、拓海は素直に納得した。
　…あ、そうかも…俺、涼介さんのこと好きだったんだなぁ。
　ぼんやりと考えながらも、じわじわと涼介の言葉が浸透していく。「そうなの？」がどんどん「そうだったんだ」になっていく。
　そして拓海は目の前の涼介に、
「えーと、俺、涼介さんのこと、好きです」
「ああ、知ってる」
　涼介は拓海の体を抱きしめた。拓海も涼介の胸に顔を埋め、ほっと安堵の息をつく。
　…何か、すげー落ち着くかも。気持ちいいし、ドキドキする。俺、やっぱ涼介さんのこと好きなんだなぁ。
　しみじみと拓海はそう思った。
　そして、『涼介さんって、俺の心の中までお見通しなんだ。やっぱすごい人だよなぁ』と素直に感心した。
　…が！
　部屋の入り口付近で、呆然と固まりながらも一部始終を見続けてしまった啓介には分かっていた。
『アニキが藤原を洗脳しやがった！！！』
　…と。
　拓海を抱きしめる兄のあの表情。
　紛れもなく、これから悪事を働かんとする犯罪者、または変質者の顔だ。
　だがその変質者の顔の兄はしっかりと、チラリと啓介に向かい目配せをするのを忘れない。
　あの視線の意味。
　それは、
『もし拓海に何か余計なことを言いやがったら、お前のチ●コが“フランクフルト”だと言い触らしてやる…』
　そう言っている。
　啓介は、流れ落ちる脂汗を拭いながら、そっと物音を立てないように兄の部屋の扉を閉めた。
　再び、あの部屋に紫色のオーラが広がり始めるのを、啓介は遠ざかっていく背中で感じ取っていた。







　二ヵ月後。
「高橋君、これはいったいどう言うことなんだ！！」
　激昂する教授を前に、涼介は平静な顔のままだった。
　場所は彼が指示する研究室だ。そこで、とある企業の研究を極秘裏に行っていたのだが、今は機材は撤収され、ガランとしたスペースばかりが広がっている。
「どう言うも何も、ご覧の通りですが」
　実験器具が一つもない部屋を、涼介は手を広げるように指し示した。だがその飄々とした態度が、さらに教授の怒りを煽らせ、彼は乱暴に壁を拳で殴り、自身の薄くなった髪をかきむしった。
「そんな事は分かっている！なぜ勝手に実験を中止させたんだ！この私に断りも無く！！」
　涼介は教授のその言葉に、さも驚いたといいたげに目を見開かせた。
「断りも無く、とおっしゃられましても…この実験を始める際に、教授自らが自分はこの実験には関わりの無い人間であるから、それを了承しておくようにとおっしゃったじゃありませんか」
「そ、そんなものは便宜上のことだ。分かっているだろうが！…くそ、××社の担当者はどうなっているんだ？なぜ私に何も言って来ない？！」
　苛ただしげに部屋の中をうろうろと歩き回る。
　涼介はそんな教授の姿に、彼には見えないように嘲笑を浮かべた。
　大学の教授と呼ばれる人種には、研究一筋の上、学内という限られた世界で過ごすため、得てして世間知らずな人間が多い。涼介は目の前のこの人物も、賢しらに見せて、根はそうであることを見抜いていた。
「何も言って来ないのは当然でしょう。研究の責任者は僕ですし、それに貴方はもう御辞職されるのでしょう？」
「な、何？！！」
「おや、ご存知無かったんですか？先ほど学長や他の教授方が会議で貴方の辞職を決定したと伺いましたが…」
「どう言う事だ、私は知らんぞ？！」
　…知るわけがない。全て内密に裏で画策していたのだから。
「貴方が××社から賄賂を貰っていたことがマスコミにリークされたんですよ。そしてその金をご自宅には持っていかれず、別宅の女性にお渡ししたでしょう？そこまで突き止められていましてね。幸い、××社とは極秘な付き合いでありましたし、この様に全て撤収してしまいましたから、あそことの繋がりは事実無根と突っぱねる事が出来たんですが…残念ながら貴方のその別宅の女性の事まではもみ消す事が出来ませんでしたので、表ざたになる前に、貴方には自ら責任を取って辞職と言う形をとってほしいとのご要請なんですよ」
　そう言いながら、涼介は彼の前に一枚の紙をかざした。
　震える手でそれを奪うように掴み、そこに書かれた文面をすべて読み終えた彼は怒りのままにそれをクシャクシャに丸め、子供が癇癪を起こしたように、それを何度も踏みつけた。
「…お、お前、お前が…」
　興奮しきった教授は、怒りのままに涼介に掴みかかろうとする。しかし中年の男の動きに、若く運動神経の優れた涼介がむざむざ捕まるはずも無く、彼の手は宙を切った。
「僕に八つ当たりしないで下さい。貴方のおかげで僕も大変迷惑を被っているんですよ？せっかく、実験が成功しそうだったのに中断という事になった上、貴方の後始末でここ何日も寝ていないんです。恨むならご自身の女性関係のだらしなさを恨んでください。ちなみにリークしたのは、その女性だという話ですから」
　涼介の言葉に、教授の動きが止まる。
「そうそう。確か、別宅の方は前橋にお店を構える方ですよね？先ほど駅のほうに大きなトランクを抱えて急ぐ姿をお見かけしましたよ。あと、奥様からも先ほどお電話が来られまして、離婚届は後ほど郵送するとおっしゃってました。確か、奥様は某政治家のお嬢様でしたよね？何でもお父上のほうが怒り狂ってらっしゃるとか。大変な報復を予想されたほうが宜しいですよ。大丈夫ですか、教授」
　白々しくも言葉でもって彼を追い詰め、子供のようにうずくまり泣きじゃくり始めた姿に満足し、涼介は研究室を後にした。
　一連のことはもちろん涼介が企てた。
　研究の主導を教授に握らせているように見せかけて、自分が握ることも。
　また企業との契約も同様だ。
　この研究も、中断したと見せかけてちゃんと終了し、先ほど企業側に研究データの全てを莫大な報酬と引き換えに手渡した。
　後は何かと小うるさい教授の始末だけ。
　それら全ては、涼介の手の中のこと。転がすように全てが上手く片付いた。
　残ったのは莫大な報酬と、学内で暗躍することで掴んだ実権。そして――。

　とくんとくん。

　この腕の中の卵。
　この中には小さな拓海が入っている。
　生まれたままの姿。初めて見た人間を慕う無垢な心。
　まさに涼介にとって、夢のような愛玩生物だ。
　もちろん企業に渡した研究データの中に、拓海のＤＮＡに関することは削除してある。
　これは涼介だけのオリジナル。
　まるで拓海の肌のような手触りの卵の殻に触れ、涼介は微笑んだ。
「早く生まれて来いよ…」
　…拓海が一人…拓海が二人…拓海が三人…クックック…正にハーレムじゃねぇか…。
　変質者丸出しでほくそ笑む彼の姿は、幸いにも誰にも目撃されていなかった。
　だが。
「でもお前がどんなに可愛くても、俺の拓海には適わないだろうけどな」
　彼の愛する恋人。
　それは世界にただ一人だけ。
　涼介は家で自分を待っているだろう恋人を思いうかべながら、家路を急いだ。


　そして翌日。
　彼の弟に永遠の恋人が誕生した――。



-変態値-

高橋涼介　★★★★★★★★★★　【ＭＡＸ！コンプリート！！】
藤原拓海　★★☆☆☆☆☆☆☆☆　【ほんのり】
高橋啓介　☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆　【普通】


ぴよぴよ本編に続く……。

• back
• top