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ぴよぴよ
その5
-変態値-
高橋啓介 ★★★★★★☆☆☆☆【それなり】
藤原拓海 ★★★★☆☆☆☆☆☆【ほどほど】
高橋涼介 ★★★★★★★★★★【コンプリート!】
遠征先に着いて、プラクティスに入った途端、先ほどまで和やかだったメンバーの様子が変わった。
いつもはぼんやりしている拓海も、変態マックスで高橋家の密かな公害となっている涼介も、そしてぴよの大好きな、肝心なところで抜けている所がある啓介も、そこでは厳しい顔で、いつものような賑やかさは無く忙しそうで、ぴよは啓介の浮気を見張るどころか話しかけることすら出来なかった。
史裕や他のDのメンバーが何かと構ってくれてはいるが、ぴよが一番いたい相手ではない。
だがぴよはいい子だった。それで文句を言うわけでもなく、じっと大人しく、メカニックたちにジュースを配ったり、お手伝いをしながら純粋に啓介の手助けが出来ることを喜んでいた。
それに何より。
『…けーすけ。すっげぇかっこいい…』
うっとり。いつもは太陽みたいに笑う啓介の、普段では見せない真剣な表情に見惚れたり。
遠征と言うのは、啓介がかっこよくなる場所。ぴよは遠征が好きになりそうだった。…が。
そこには天敵がいた。
それの名前は中村ケンタ。
やたらと黒くてウザい、涼介いわく「啓介の金魚のフン」だ。
彼と目が合った瞬間、ぴよは理解した。
『…こいつはけーすけにほれてる…』
そしてもちろんケンタの方でも同様なことを感じ取ったのだろう。目が合った瞬間、二人の間には火花が散った。
ところどころ反発しながらも、ぴよにとってはケンタなど敵ではなかった。ぴよには啓介に愛されている自信があったから。あの…瞬間まで。
夜。
眠気を覚え、うとうとし始めていたぴよの耳に、慌しく騒ぐ人の声が聞こえた。
寝ぼけ眼で目をこすりながら、史裕に「どうしたの?」と聞くと、
「…啓介のFDが事故ったらしい」
一瞬でぴよの眠気は去った。
一気に緊迫するDメンバー。さっきまで「ぴよちゃん、おねむかなー」とにこやかだった史裕まで恐い顔になっていた。
そして続いて入った連絡により、どうも啓介がバトルの相手の策略により、FDを壊されたらしい事が分かった。
戻ってきた啓介に怪我はなかったが、ぴよも大好きな啓介のFDのフロント部分にはぶつけた無残な跡が残っていた。
「けーすけ…どうしたの…?」
ぴよが見たことも無いくらいに恐い顔になっている啓介に、おそるおそるぴよは話しかけたのだが、啓介はそんなぴよに視線を向けることなく、縋る手を乱暴に振り解きガードレールを蹴りつけた。
「………」
啓介の目には、ぴよなど見えていないようだった。いや、邪魔でさえあるようだ。
ぴよにとっては生まれて初めての険悪な雰囲気。ましてや啓介に無視されたことなんて今まで一度も無かったぴよだ。拓海や涼介に話しかけようにも、こちらも難しい顔で、メンバーたちと話しこんでいたりする。
啓介に無視され、何だかこわい雰囲気で、不安で仕方なく誰かを頼りたくても皆、忙しそうに走り回っている。ぴよは一人だった。不安を堪え、涙目でぼんやりするしか出来なかった。
それでも大好きな啓介の困っている時に、ぴよは彼のために何かしたくて、飲み物でも取りに行こうとワゴンに向かった際、ショックのためもあるのだろう、天敵ケンタにぶつかった。
ケンタはギロリとぴよを睨み付けた。
通常ならぴよだって、ケンタには負けない。睨み返してやるところなのだが、今のぴよは気弱になっている。そしてケンタはそんなぴよにこう言った。
「…邪魔なんだよ、お前。何も出来ないくせにうろちょろしてんじゃねぇよ」
「…………」
「ちょっとぐらい啓介さんに可愛がられてるからって、イイ気になってんなよ。何でここにまで付いて来たんだよ。お前が来た途端、こんな事になって…お前、疫病神じゃねぇのか?」
「…………」
ぴよはケンタに何も言い返すことが出来なかった。
「あっち行ってろよ。目障りなんだ」
ぴよは無垢な存在だ。何しろ生まれてからまだ四ヶ月しか経っていない上に、高橋家によって溺愛されてきた。人から悪意なんて向けられたことがまったく無い。
本来なら楽天的な性格なぴよなのだが、今は啓介に無視されたことによってネガティブな思考になっている上に、このケンタの悪態。
ぴよは自分は邪魔な存在なのだと思い込んだ。
苛立たしそうにぴよに背を向け立ち去るケンタの背中をぼんやりと見つめるぴよの大きな瞳に、ポロポロと大粒の涙が浮かんでくる。
歪む視界の端に、ぴよの大好きな啓介。
今その姿は涙で滲んでよく見えない。
いつもぴよから目を離さない啓介の視線は、ぴよの方をチラリとも見ず、背中を向けたままだ。
『…けーすけ…ほんとはおれのこと、じゃまだったのかな…おんなのひととうわきしたのも、ほんとはうわきじゃなくてほんきだったのかな…けーすけ、もうおれのこといらない?』
じっと想いを込め、啓介を見つめるぴよ。
けれど。
そんな想いに気付くことなく、啓介はぴよに背中を向けたままだった。
涙目のぴよは、啓介の背中に小さく手を振って…そして林の中へ消えて行った。
ぴよの不在に最初に気付いたのは、小動物愛好家の史裕だ。
「…藤原、ぴよちゃんがいないんだが、どこに行ったか知らないか?」
朝。
プラクティスの終わった拓海に、史裕がそう問いかけた。
「…え?ぴよ、いないんですか?ワゴンとかで寝てるんじゃ…」
「いや、いなかった」
「…おかしいな。涼介さんにちょっと聞いてきましょうか?」
「ああ。頼むよ。昨日からの一件で、あいつ不機嫌だからな。お前以外が話しかけようもんなら、殺されてもおかしくないからな」
「史裕さん、今、そう言う冗談言ってる場合じゃないでしょう?」
ムッとした顔で、唇を尖らせる拓海に、史裕は『全然冗談なんかじゃないんだがな…』と思ったが、彼の天然を説得するよりも先に、ぴよの安否が先だった。
「…俺は他の場所も探すから、取りあえず藤原は涼介に聞いてきてくれ」
「はい。分かりました」
拓海は再びハチロクに乗り込み、涼介や啓介たちが待機しているポイントまで向かった。
ステアリングを握る拓海の胸に何か嫌な予感のようなものがしていた。
ぴよは拓海のクローンだ。よく双子の間でテレパシーめいたものがあると言われているが、先ほどから拓海にも、不思議な感覚がずっとしているのだ。
それは悲しい。寂しい気持ち。
拓海はそれを、昨日のトラブルの影響によるものだと思っていたが、史裕からぴよの不在を聞いた途端、この感覚の原因がぴよではないか?と思い始めてきた。
逸る気持ちを抑え、確実なドライビングで走る拓海。そして涼介たちがいるポイントまで、わずかな時間で到着した。
エンジンを着けたまま、運転席のドアを開き、涼介に駆け寄る拓海。
そんな拓海に気付いた涼介が拓海に向かい満面の笑顔で両手を広げて出迎える。
「…拓海、そんなに慌ててどうした?俺に会いたかったのか?それは嬉しいが、今はこんな状況だからな、お前を可愛がってやれないのが残念だぜ」
寝不足気味で、変態度がレッドラインを超している涼介。そんな彼に構わず拓海は、さりげなく自分を抱きしめようとする腕から離れながら言った。
「ぴよがいないんです!」
ワサワサと拓海を抱きしめようとしていた涼介の腕がピタリと止まった。
その拓海の声を聞きつけて、啓介もこちらを振り返る。
「…どう言う事だ?」
一気に変態度が減少する涼介と、啓介がFDから離れ二人の下にやって来る。
「…それが、史裕さんがぴよがどこにもいないって言うんです。今、他も探してるみたいなんですけど…俺も…ずっと何か嫌な気持ちがしてて、もしかしてぴよ…」
不安そうにうな垂れる拓海の肩に、涼介の手が乗せられた。
「拓海、不安なのは分かるが、そう心配するな。ぴよには遠征に出る前に、ちゃんと一人でどこか行かないように注意してある。意外とひょこり出てくるかも知れないぞ」
涼介は拓海を安心させるように、笑顔を浮かべた。しかし拓海の不安は晴れない。
「そうかも知れないですけど、でも…」
「拓海はこれから走るんだ。何も考えずゆっくり休め。ぴよは俺が探してやるから」
「でも涼介さん!」
まだ何かを言い募ろうとする拓海の唇を涼介が塞いだ。そして音を立てて交わされる熱い舌と唾液の応酬。
そして唇が離され、ぐったりと力の抜けた拓海の身体を持ち上げて、涼介は林の中へと消えた…。
―――三十分後。
もはや意識の無くなった、なぜか髪の毛の葉っぱを付けて衣服に乱れのある拓海を抱えた涼介が戻って来た。
涼介は、そっとその身体をハチロクの運転席に横たえさせると、やっと啓介のほうを振り向いた。
「…啓介。拓海には心配かけないように言ったが、最悪、もしもの場合を考えていろ」
「…もしも、って何だよ、アニキ…」
兄が拓海を林の中に連れ込んで、戻ってくるまで「ぴよがいなくなった!」の衝撃の言葉のために固まったままだった啓介は、涼介の言葉で呪縛を解かれたように震えだす体を抑えながら、咽喉の奥から搾り出すような声を出した。
涼介はそんな弟の反応に、フーッと長い溜息を零した。
「…啓介。想像してみろ。夜の暗闇の中。愛らしい天使のような少年が一人で所在なさそうに立っている。…まず俺なら間違いなく声をかけるだろう。
『こんばんは。どうしたの、迷子かな?』
少年はきっとこう答えるだろう。
『そうなの。はぐれちゃったの。お兄さん、ぼくをみんなのところまで連れてってくれる?』
もちろん俺は、
『いいとも。君を天国まで連れてってあげよう』
と車まで連れ込む。
その後は人気の無い場所まで車を移動させ、ありとあらゆる無体を少年にするだろうな…。もちろん抵抗はされるだろう。だがそんな抵抗も、欲望のスパイスにしかならない。あまりにもひどいようなら縛ったり…フフフ…そして、
『いや、だめ、やめて、お兄さぁん…』
嫌がっていた声がやがて喘ぎ声に。そして無垢だった少年が、淫らな存在に変化した時、俺はそのまま彼を連れ去り、己のものだけにするだろう。
そう、つまり、
拉致監禁!
部屋に閉じ込め、やり放題。
最初はそっぽを向いて憎んでさえいた俺を、そのうち彼は頼り、愛するようにまでなるんだ。そして俺無しではいれない身体に……」
…状況説明のはずが、進化していく兄の妄想に、突っ込む余裕もなく啓介の理性は崩壊した。
「うわ――っ!!俺のぴよがぁ――っ!!」
悲痛な啓介の叫びが、山々に谺する…。
「…そして俺は彼にこう言う。
『俺が欲しいなら、俺がその気になるように誘ってごらん?』
愛欲など何も知らなかった少年が、細く白い両足を抱え、そろそろと広げ俺に向かい媚を売るように見つめてくる。その股間の愛らしい少年の象徴は、ほんのり立ち上がりフルフルと震えている…。
『早く、ぼくを好きにして、お兄さん…』
恥じらいながらも誘う少年。その身体からは匂うような艶と淫蕩にあふれて…」
「もう止めてくれ――っ!ぴよ――っ!!!」
――埼玉の山中に、二人の変態が舞い降りた……。
ひたすら自分の世界に没頭する高橋兄弟を、FDを修理中であったDメンバーは、とても冷ややかな目で見つめていた…。
その頃のぴよ。
ぴよは山の中で一夜を明かした。
普通の子供ならば、危険極まりない行為ではあるが、実はぴよは拓海の父、藤原文太によりサバイバル術を指南されていた。
『オメェは拓海に似てぼうっとしてるみてぇだから、何があっても平気なように覚えておけ』
と拓海に連れられ初めての顔合わせの時に、ぴよは文太から「藤原家極秘マニュアル」なるものを教えられた。
冊子状にになったそれを、拓海や文太が実施で教えてくれたその中に、《山の中で車がエンストした場合》の項目があり、その一例として《慌てず騒がず野宿》と言うのがあり、ぴよはそれを覚えていたのだ。
これが冬場ならぴよも危ういところであったが、幸い今は夏になりゆく初夏のさわやかな時期。野宿をするには問題のない季節であった。
そして「藤原家極秘マニュアル」の中に従って、《食べられる野草・きのこ》、また《おいしい木の実が生っているポイントの見分け方》により、空腹を覚えることもなく過ごせた。
だが、とは言ってもぴよは生後四ヶ月の生き物。
さすがの「藤原家極秘マニュアル」にも、サバイバル術は載っていても、一人で生きていく方法までは載っていない。
「これからどうしよう…」
戻ろうか?一瞬、そう思うが、また啓介に背中を向けられてしまったら、ぴよは今度こそ心臓が止まってしまうくらいに悲しくなるだろう。
そう言えば…と思い出したのが、生みの親である涼介が言っていた言葉。
『お前は愛玩生物だから、飼い主の愛情を失うと生きていくことが出来なくなってしまうんだ。だからもし啓介がお前に対し、愛情を裏切るようなことがあった場合、遠慮なく俺のところに来なさい。啓介のぶんまで可愛がってやろう。…た、ただし、俺の一番はもちろん拓海だ。お前はわが子のように愛してはいるが、それをちゃんと理解した上で、絶対に拓海には言わないように…』
あの時涼介のその言葉を、ぴよはまともに聞いていなかった。
啓介が自分を好きじゃなくなる事なんてあり得ないと思っていたし、涼介の言葉をまともに受け取ると、後でひどい目に合うと学んでいたからだ。
だが。
今はその「もしも」の状況だ。
涼介が言ったように、彼の元へ行くなどと言う選択肢はぴよにはない。
ぴよにとって、啓介の代わりなんて、どこにも、誰にもならないものだ。
啓介がいらないと言うのなら、ぴよはこのまま死んでもいいな、と思った。
そしたら前にテレビで見た「おばけ」になって、啓介のそばにいられるかな?おばけなら、啓介、もう邪魔だなんて思わないよね?
そんな健気なことを思いぼろぼろと涙を零すぴよの背後に迫る影。
「……っ!!」
不意に、大きな腕に抱えられ、地面よりも遥か上に持ち上げられた。
そしてぴよが見たのは、見慣れた人たちの姿などではなく、ぴよが生まれて初めて見る………ぶさいくな顔の面々だった…。
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