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 高橋涼介はムッツリだ。
 恋人の俺が言うのだから間違いない。
 けれど大多数の人は涼介さんがムッツリだって事を知らない。
 初めてのプロジェクトDのメンバーの顔合わせ。
 俺以外はみんな顔見知りということで、正確には俺のお披露目だ。
 度胸はあるつもりだけど、さすがに見知らぬ大人ばかりの場所に行くのは緊張する。
 不安にドキドキしてたら、涼介さんが優しく微笑み俺の手のひらを握り締め、そして空いた手でポンと繋がった手の甲を叩いた。
「大丈夫。俺がいるから」
 あ〜、この顔。すっげ騙される。
 俺は乙女みたいに頬を染めて頷いたりなんてした。
 そしたら涼介さんが欲情した。
「ちょっとだけ…ちょっとだけ、いいか…」
「ダメです…時間に遅れるし…」
「あんな奴ら…待たせとけよ」
 俺が法律。
 そんな涼介さんの言い分に、俺の必死の抵抗も空しく、待ち合わせの時間に俺たちは三十分遅刻した。
 待ち合わせ場所である居酒屋の広間に着いた時には、みんな揃って不機嫌のオーラをかもし出していた。
 ガラリと戸を開け、顔を見せた瞬間のメンバーのあの冷たい眼差し。
 …俺のせいじゃねぇもん。涼介さんが悪ィもん。
 そう思うけど、言い訳は男らしくない。
「…遅れてすみませんでした」
 素直に頭を下げると、半分の人たちの空気は和らいだけど、もう半分の空気はさらに冷たくなった。
「すみませんじゃねぇよ!何分待たせたと思ってんだ!!」
 真っ先に怒鳴ったのは黒い人。
 確か…涼介さんが「啓介の金魚のフン」って言ってた人だ。
「はぁ…すみません」
 抵抗はしたんだよ。
 けど…あの人エロいんだもん。
「何だ、その態度は!お前…涼介さんに選ばれたからって、チョーシこいてんじゃねぇぞ。お前なんか、啓介さんのオマケにしか過ぎないんだからな!!」
 …うるせぇな、この人。
 啓介さん、啓介さんって、コイツもホモなのか?
「…おい、やめとけよ」
「啓介さん!でもムカつかないんですか!?」
 そんなフンの人を啓介さんが宥める。
「しゃーねーだろ。藤原のせいじゃねぇんだし」
 その言葉に、啓介さんが俺の遅れた理由を正確に把握していることを悟る。
 深い同情と哀れみの眼差しに、俺は無言で頷いた。
「コイツのせいじゃないって、何言ってんスか!全部コイツのせいでしょう?!」
 つい、離れがたくて思わず締め付けて長引かせてしまった俺の責任も確かにある。
 けど、半分以上はあの人のせいだと思うんだけどなぁ…。
 そう思っている俺の肩に、置かれた手。
 感触だけで分かる。それが俺の大好きなムッツリ魔人だってことぐらい。
「悪いな、中村。遅れたのは俺のせいだよ」
 涼介さんの登場に、フンの人がポカンと口を開け固まった。そして他のメンバーの空気も一気に緊張モードに変化する。
「それで、俺たちの席はどこだ?」
 騒動なんて何事も無かったように、パーキングに車を停めていたせいで俺よりも遅れて店内にやって来た涼介さんがみんなを眺め回して言った。
 何となく、その視線に怖いものを感じたのは、俺の気のせいじゃないはずだ。
 一番真っ先に固まりから解けたのは、涼介さんと付き合いの長いフミヒロさんって人。
「あ、ああ。ここだ。そして藤原はあの席になる」
 涼介さんと長い付き合い…大変だろうなぁ…。あんなにまじめそうなのに。
 ぼんやりと、それに頷きフミヒロさんの指定した席に座ろうとすると、涼介さんの手が俺の腕を掴んで離さなかった。
 ぐ、と強い力を感じ、涼介さんが何か怒っていることを感じる。
「……どうして俺と拓海の席が別々なんだ」
 涼介さんの席は、いわゆる場の上座。
 そして俺の席は、その涼介さんと対照的な下座の一番末席。
「拓海は俺の隣だと決まってるだろう?!誰だ、そんな席の配置を決めたのは!」
 フミヒロさんの顔色が一瞬で青くなった。
 そして他のメンバーのみんなは、戸惑ったように顔を見合わせている。
 そんな中、啓介さんだけが「ハァ」と溜息を吐きながら、バリバリと髪を掻き毟った。
「…だから言ったろ?アニキの隣には藤原をセットしておけって」
「し、しかし……」
「ま、とりあえず俺がどくよ。アニキがこっちで、藤原がこっち。そんで良いよな、アニキ?」
 啓介さんが席を立ち、フンの人の頭をポカリと殴って、
「オラ、どけ。お前はあっちに座ってろ!」
「け、啓介さ〜ん!」
 二つ並んで空いた席に、涼介さんはやっと満足そうに頷いた。
「ああ。それで良い。行こうか、拓海」
 抵抗しても無駄だし、俺は逆らわない。おとなしく手を引かれ、涼介さんの隣に座った。
「俺はナマで」
 さっき俺のをナマで飲んだ人はメニューを片手にそう言った。
「拓海は何が良い?俺の……」
 俺は涼介さんの言葉をさえぎるように慌てて言った。
「ウーロン茶で!」
 危ない危ない。この人、絶対に『俺のミルクはここには無いけどな』って続けるところだった。
「おい涼介、お前、車じゃないのか?」
 涼介さんの親友にしては、フミヒロさんは常識的なことを言った。
「ああ。そうだが?」
「飲酒運転は厳禁だぞ?代行どころか、他のヤツにFCを触らせたくないって言ってたのはお前だろうが」
 フミヒロさんの言葉に、涼介さんは「ああ、そうだった」と何でもないことのように答えた。
 そしてポケットを探り、FCのキーを取り出し俺に渡した。
 その瞬間ざわめいた空気に、俺は気付かなかった。
「帰り、運転してくれよ。今日は泊まれるんだろ?」
 ひそ、と後半の言葉を俺の耳に注ぎ込む涼介さんのせいで。俺はキーを受け取り、頷いた。
「…親父に…ちゃんと了解もらってきてるから」
 何回か涼介さんのFCを運転させてもらったけど、何回乗ってもドキドキする。
 涼介さんを体現したかのようなあのマシンを俺が動かす…。
 まるで俺が涼介さんを犯してるみたいで恥ずかしい。
「初めてだな…お前と一晩過ごすってのは」
 そうだっけか?…そうだった。
 この人と一晩過ごすなんて、そんな俺の身体に悪そうなこと絶対に嫌だったんだけど…………心はこの人と一緒に居たがっていたりする。
 この人に太ももを撫でながら、「いいだろう?」なんて甘く微笑まれたら、恋心ってヤツが勝手に答えを出しちまう。
 ムカつくけど俺はこの人にベタ惚れなんだ。
「…酔っ払ってぶっ倒れないで下さいよ」
 これは純粋に、この人を家に送っていく人間として、酔ってぶっ倒れたら運ぶのが面倒そうだから出た言葉だった。
 けど、この人にとってはそうじゃない。
「…分かってるよ」
 わぁ!みんな見てるのに耳たぶなんて噛むなよ!
「安心しろよ…俺は酔った時の方がすごいんだ。今夜は寝かせないから…覚悟してろよ?」
 ち、ちちち乳首揉むなよ!!!服の上からとは言え…。
 思わず蒸せて、ゴホゴホとウーロン茶を片手に涙目で咳をする俺の顔を覗き込み、涼介さんがゴクリと唾を飲み込んだ。
「……そんな顔するなよ」
 どんな顔だよ。
 思わず涙目のまま睨み上げる。
「まるで俺のを初めて飲んだ時と同じ顔になってる…」
 し、知るか!
 最低だ、この人……もう勃ってる…。
 ふと下げた視線の先の股間の膨らみ。
 うっすら赤い顔と酒臭い息に、俺は涼介さんが酔っていることに気付く。
「もう!酔ってんですか、涼介さん!」
 迫ってこようとする身体を必死に押しのける。
「ああ。お前にな」
 聞き飽きた!
「ちょ…ヤですって!…みんな見てるから!!」
 そう叫ぶと、初めて涼介さんは衆人環視の中に居ることに気付いたらしい。
 怨念のこもった視線で他の人たちを眺め回し…
「………見るな」
 と、静かに告げた。
 無理だって。つーか、あんたがすんなよ。
 けど他の人たちは涼介さんの命令に、一斉に俺たちから視線を逸らし俯いた。
「これで誰も見てない。いいだろ、拓海?」
 チュ、チュ、とキスの嵐。
 う〜……何かもうめんどくせぇ…。
 啓介さんを探し、目だけで「帰っていい?」と尋ねる。
 すると啓介さんはウンザリした顔で、口パクで
『連れて帰れ』
 と告げたので頷いた。
「涼介さん、涼介さん」
「何だ、拓海」
 甘ったるい顔。酔っていつもよりリミッター切れた涼介さんは、とんでもなくエロい。
 何か悔しいなぁ。俺だけの特権だった涼介さんのこのエロ顔。他の人たちも見てるんだ…。ムカつく。
「帰ろう?俺…涼介さん独占したい」
 ヤベ。うっかり本音が出ちまった。
 ニッコ〜〜っと、この上なく幸せそうに微笑んだ涼介さんの顔を、俺はたぶん一生忘れることが出来ない。
「ああ。帰ろうか。そして俺にもお前を独占させてくれ」
 いつでもどこでも独占してるじゃん…。
 席から立ち上がると、涼介さんは既に勃ち上がっていた。
 服に擦れて痛いだろうに…。
 しょうがない。車ん中で一発抜いてやるか。
 そんな事を考えながら席を後にする俺たちの背中に、啓介さんの声が聞こえた。
「見て分かる通り、アニキは今までのキャラが壊れちまうぐらいに藤原にベタ惚れだ。よく考えて、藤原には丁重に扱えよ?くれぐれも邪険にしたり…親切にしすぎたりするのもダメだ。アニキはあいつの事なるとすぐブチ切れる。アニキを怒らせて平気なヤツ、ここにいるか?」
 シーンと静まり返った空気を感じる。
「ついでに言っとくけど、藤原をドライバーに選んだのに、アニキのイロコイは関係ねぇからな。あいつの実力はお前らの知ってる通りだし、アニキもそこらへんはシビアにやってるよ。それでもまだガタガタ言うようなヤツがいるなら…俺が勝負してやるよ。俺に勝って、そんで文句付けろ」
 背後でうっすら聞こえる啓介さんの言葉。
 俺はちょっと感動した。
 けど。
「いいか、もう一度言っとく!俺はな……アニキがコエーんだ!!」
 その言葉は余計だろう。
 がっくりと、うなだれた俺の鼻を涼介さんが突然摘んだ。
「な、何するんですか?!」
 見ると涼介さんが拗ねた顔をしている。
「…他のヤツに意識を向けるな。俺だけに集中してろ」
 何だかなぁ、この人は。
 俺は微笑み、尖らせた涼介さんの唇にキスをした。
 涼介さんはムッツリだ。
「俺」バカだし、Hは意地悪だしシツコイしとんでもない。
 けど本当はこの人が、普段クールで、すごいカッコいい人だってことを知っている。
 みんなから尊敬と、そしてちょっと恐れられていることも。
 でも俺の前ではこの人は「俺」バカのムッツリでしかない。
 そんな俺だけの前の涼介さんの顔が、最近一番好きなことに気が付いている。
「……俺って趣味悪ぃ…」
 …なんて、嘘。
「何か言ったか?」
 不思議そうな涼介さんの唇にまたキス。
「涼介さんの恋人になれて幸せだなって…そう言ったんだよ」
 そう囁き、見た目よりもガッシリとした胸に顔を埋め、腰に腕を回し抱きついた。
 俺の言葉の返礼は、路地裏に引っ張り込んだ涼介さんの行動で返ってきた。
 仲良く…アオカン。
 香る生ゴミの匂いを嗅ぎながら涼介さんの肩にしがみつき、立ったまま激しく下から突き上げられる。
 涼介さんはムッツリだ。
 そして俺もムッツリになった。
 でもまだまだ涼介さんのムッツリに付いていけなくて、戸惑うことも多いけど、
「……好きだよ…拓海」
 そう囁いてくれる涼介さんの声と、力強く抱きしめてくれる腕があるなら後悔は無い。
 俺は今の気持ちを、激しく俺の内部を擦り上げる涼介さんを締め付けることで伝えた。









end

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