涼介さんはムッツリだ。
けど外見はすごい綺麗でカッコいい。
いわゆる八頭身のスタイルで、足も長くて、おまけに顔は整いすぎて近寄りがたくさえある。
実際に、俺も涼介さんと話す前は顔を見るだけでドキドキしていた。
綺麗過ぎて、恐れ多くて、俺なんかが近寄って良い存在じゃないとも思っていた。
涼介さんのムッツリの本性を見るようになって、そんな気持ちは薄らいだんだけど、たまに…そう。人ごみなんかに出た時はあの頃のそんな気持ちが蘇る。
「誰…あの人…すごいカッコいい…」
「モデルかしら?でも何でこんなところにいるの?!」
ワントーン上がった声のクラスの女子たちの視線の先には涼介さん。
シンプルな濃紺のスーツに水色のシャツに同系色の濃い色合いのネクタイ。
特別飾り立てているわけでもないその服装が、余計に涼介さん本人の魅力を引き立て、まるで完成された写真か絵画のように、見るものを惹きつけてやまないオーラを放っていた。
放つオーラは怜悧だ。
周りの人間すべてを寄せ付けない冷淡な表情と雰囲気に満ちていた。
声を弾ませ、頬を染めて涼介さんを見つめる女子に、俺は「あ〜あ、騙されてるな」なんて思うんだけど、胸がチクリと痛んだ。
うっとおしそうに髪を掻き上げ、きっちり締めたネクタイを息苦しそうに緩めている。
見慣れた学校の風景の中の、何気ない涼介さんの仕草。
だけどそんな仕草を見ていた女子は歓声を上げ、俺もまたドキリと胸をざわめかせた。
普通の光景のはずなのに、涼介さんがそこにいるだけで、まるでそこが特別な場所のように、そして映画のワンシーンのようにさえ感じる。
「…ねぇ、声かけてみようか?」
「無理よ。相手になんかされっこないわよ」
女子の言葉にやけに苛立った。
悔しくて、そしていつまで経っても俺に気づいてくれない涼介さんが腹ただしくて、俺は尖った声のままに叫んだ。
「涼介さん!遅ぇ!!」
睨み付ける俺の顔は、お世辞にもかわいいものなんかではなかった。
嫉妬と不安で、ひどい顔になっている。
なのに。
涼介さんは俺のそんな顔を見て、怜悧だった表情を朗らかなものに崩した。
冷たかった涼介さんが纏っていた空気が一転、あたたかいものに変わる。
「拓海」
嬉しそうに微笑むその顔は、普段の彼を知る人なら目を疑うだろうくらいに優しいものだった。
「悪い、遅くなった」
俺の理不尽な怒りに、怒りもせずに逆に謝る。
そんな涼介さんの落ち着いた態度に、俺はさっきまでの自分のヤツ当たりが急に恥ずかしくなってきて俯いた。
涼介さんが俺の頭をポンポンと軽く叩き、そして身をかがめ顔を寄せた。
「もう順番は来たのか?」
耳に感じる涼介さんの吐息。
ちらりと見た涼介さんの顔にはいつものエロさの欠片もなく、常識人の大人の顔。
「……まだ」
いつもは、俺が涼介さんに「仕方ないな」なんて合わせてやってるんだと思ってた。
けど、俺はそれが違うことに唐突に気が付いた。
涼介さんのスーツの端をぎゅっと握る。
「拓海?」
頭を撫でていた涼介さんの手が止まり、頬へと移る。
「どうした、何かあったのか?」
この人は大人なんだ。
そして俺は窮屈そうな詰襟を着込んでるガキでしかない。
俺は涼介さんの手を引き剥がし、俯いたまま首を横に振った。
「……何でもない」
いつもの涼介さんなら、こんな言い方をすればもういいってぐらいにしつこく、
『何でもないわけないだろう?何があった、拓海。ハッ…まさか不埒な男に言い寄られたりなんて…』
そんなのアンタ以外にいねぇよってな事を言い張り心配してくる。
けど今日の涼介さんは違った。
大人しく俺の頬から手を離す。
「そうか」
苦笑しながら、その手はまたネクタイに戻る。
キュっと締め、ハァとため息を吐いた。
その態度に俺は怖くなった。
もうガキな俺にうんざりしたんだろうか。
この人は中身はムッツリでも、外見はとんでもなくカッコいいんだから選り取りみどりだ。
何もこんな可愛くないガキなんかに付き合う意味はない。
怖くて、不安で目に涙が浮かぶ。
すると、隣で涼介さんが舌打ちをする音が聞こえた。
とうとう飽きられたんだ…。
怖くて顔が上げられない。
「…拓海。トイレはどこだ?」
「…え、あの、そこの廊下の角を曲がったところに…」
説明しようと手を挙げトイレの方向を指差す。
けれど、涼介さんがその手を掴み、指差した方向へズンズンと歩き出した。
言わなくても分かる。
何だか…怒っている。
「涼介さん?あの…」
「黙ってろ。こっちは血管切れそうなんだ」
涼介さんは俺を連れたままトイレに入った。
幸いトイレに人気は無い。
涼介さんは個室のドアを開け、俺をその中に押し込むように一緒に入り、後手に鍵を閉めた。
ガチャンと言う音が、死刑執行の音にさえ聞こえる。
俺は宣告を待った。
いつか…そう、いつかやってくるだろうと覚悟していた別れの言葉。
それが思ったよりも早かっただけだと自分に必死に言い聞かせる。
俯き、震えを堪える俺の顎を涼介さんが持ち上げる。
眼前に、ギラギラと燃えるような目をした涼介さんがいた。
……あれ?
この顔には俺は何度も覚えがある。
いや、俺の知る涼介さんのほとんどの顔は、これだ。
「拓海…」
舌なめずりしながら、涼介さんはうっすら唇を開きながら、顔を寄せてくる。
肩に置かれていたはずの手が腰に回る。
微妙なタッチで撫で下ろし、そして尻へと移り狭間を服の上から嬲るように弄る。
涼介さんのあの顔。
それはつまり…欲情したエロい顔だ。
触れた唇から、歯列をなぞるように涼介さんの舌が入り込む。
奥に隠れた俺の舌を引きずりだし、音を立てて吸いあう。
そして尻を掴む手のひらは緩急のリズムを刻み揉みしだき、両足の間に潜り込んできた涼介さんの長い足が、下から突き上げるように俺の股間を刺激する。
…戻ってきた。俺の涼介さん。
嬉しくて、安心して胸が幸福感でいっぱいになる。
思いを込め涼介さんの首にしがみつき、潜り込んできた舌を負けないくらいの気持ちで絡め吸い付いた。
「…ん…ふ、…ぁ」
涼介さんによって開発された体は服の上からの刺激だけでは物足りないと訴え始めた。
もっと、素肌に涼介さんの指を、舌を。そして内部に熱い涼介さんの大きなものを埋め込んで欲しかった。
首に回していた腕を下に下げる。
涼介さんのもうガチガチになっている下腹部に触れ、ホッと安堵の溜息を吐きながらさする。
「……俺が欲しいか?」
俺は頷いた。
涼介さんを見上げる俺の目は潤み、頬は染まり、唇は唾液に濡れて光っている。顔いっぱいに欲情を表し、俺は涼介さんに縋りついた。
「…あんな女どもより、俺の方がいいだろう?」
女?
何を言っているのだろう。
「あの女ども…何が『きゃぁ、藤原くん、カワイイ〜!』だ。
拓海の一番可愛い顔はこの俺だけのものだ」
…ざまぁ見ろ、ってあんた…。
「……もしかして妬いてるんですか?」
カッと涼介さんがその切れ長の目を見開いた。
「妬くだろう!」
そうか。
何だ、そうか。
俺は嬉しくなった。
「こっちはなけなしの理性を総動員させて堪えてるのに、あの女ども…俺の拓海の拗ねた顔や泣き出しそうな可愛い顔を見ただけでも許せないんだぞ?!
あまつさえ可愛いなどと……許せると思うか!」
そんな事を言われた覚えは全然ないが、この人が妬いてくれるならとても嬉しい。
ここは学校のトイレで。
いつ誰が入ってくるかも分からない狭い場所だ。
挿入は無理だな。
うん、無理だ。
俺は自分のズボンに手をかけ、下着と一緒にずりおろす。
涼介さんが褒めてくれる俺のピンクは今も健在だ。
それが男らしく立ち上がり、涼介さんに向かって存在を高らかに主張している。
「…た、くみ…」
涼介さんがゴクリと生唾を飲み込んだ。
もうちょいオマケだ。
俺は学ランのボタンを外し、下のシャツを捲り上げる。
そして自分の手で、上のピンクと下のピンクを刺激する。
涼介さんの息が荒い。
口からはもう涎が零れ落ちんばかりになっている。
その格好のまま俺はしゃがみこみ、涼介さんの膨らんだ下腹部の前に顔を寄せる。
まさか…という表情を涼介さんがした。
そのまさかだ。
俺は手を使わないままに取り出せるかなと思ったが、無理だったので膨らみに頬ずりして上目遣いで涼介さんを見上げた。
「…くっ、拓海!」
しぃ、と小さな声で静かにするように言い、涼介さんが自らの手でむき出しにした下半身に唇を開き、舌を絡める。
涼介さんに色々教え込まれた俺だけど、涼介さんの望むようなプレイをすることは滅多に無い。
腕ずくで、または頑として拒むからだ。
これも、前に涼介さんが峠の狭い個室のトイレの中に連れ込まれたときに、
『夢なんだが…』
と求められたプレイだ。
俺がオナニーしながら、涼介さんをフェラするって言うの。
あの時はこの人、つくづく腐ってんなぁと思ったけど、今の俺のほうが十分腐ってる。
でもしょうがない。
好きだから。
それに、これはこれで俺の雄の本能が刺激される。
やっぱり、好きな人間が俺の愛撫で感じてたらすげぇ嬉しい。
俺は夢中で舐めた。
最後は自分のを刺激するのを忘れるくらいに頑張った。
そしてその日、俺は生まれて初めて顔射ってやつをされた。
目に染みて痛かった。
顔を洗っても、髪にまでベッタリしたのが付いてなかなか取れなかった。
とんでもなく後悔して凹む俺とは裏腹に、涼介さんが俺を背中からギュッと抱きしめ、
「愛してるよ、拓海」
と囁いた。
後悔がほんの少しだけ消えた。
そして俺はお尻にまだ硬いものが当たってる事には、気づかない振りをした。