高橋涼介はムッツリだ。
恋人って立場の俺が言うんだから間違いない。
性欲とは無縁そうな澄ました顔してんのに、中身はどこかのセクハラ親父よりもタチが悪い。
思えば、最初からあの人はヤバかった。
初めて会ったのが、俺が高校三年の夏休み。
『もちろん、初めて見かけた時から狙ってたぜ?』
なんて、遠目にしか見てないくせにそんな事を言う。
けれどそれが本当だったなって思ったのは、俺があの人と初めてバトルをして、その後に呼び止めたときの事だった。
どうしてもあの人と話したくて、「あの…」と、いつにない俺の精一杯の勇気を振り絞って声をかけたんだ。
……今はちょっとだけ後悔している。
涼介さんはすごいクールな顔で俺の拙い言葉を聞いて、ものすごい大人ぶっていた。
けれどそれが演技だったんだなって知ったのはこの後すぐだった。
『もう少しゆっくり話そうか』
なんて言ったあの人の言葉に頷いた俺も悪かったのかも知れない。
でもあの時の俺にとって涼介さんは、とてもすごい人で尊敬さえしていたんだ。
けれど、縁石に腰掛ける涼介さんの隣に俺が座った途端、あの人は豹変した。
『藤原は年はいくつ?18?へぇ…若いな』
なんて、いきなり肩を組まれ、腕を撫でさすられた。
『若いだけあるな。肌がとても綺麗だ…』
頬から首筋を手の甲でなぞられた。
『彼女は?いるのか?』
いないと答えると、あの人はにんまりと笑って、いきなり俺の股間を掴んだ。
『じゃあ、さぞかし溜まってるんじゃないか?』
俺はそのとき漸く気がついた。
隣に座っているのが、外見は確かにすごくカッコいいけど、中身はとんでもないエロおっさんだって事に。
『止めて下さい!』
なんて言っても勿論聞いてもらえず。
『まぁまぁ、男同士じゃないか』
なんて、言い訳にもならない事をゴリ押しされ、あげくに人通りのある道路脇だって言うのに局部を直接触られた。
『ピンクじゃないか。…かわいいな』
俺は見た。
俺のを見た涼介さんが、ものすっごいエロい顔で舌なめずりをするのを。
『…フッ。固くなってきてるな。辛いだろう?舐めてやるよ』
自分が舐めたかっただけのくせに、恩着せがましくそんな事を言って俺のを舐めた。
初めてのフェラチオ。もちろん俺はすぐにイった。
俺のをベロベロしつこく舐めながら、飲み込んだ涼介さんは満足そうに微笑みながら顔を上げ、そして言った。
『俺のもしてくれ』
天下の公道だってのに、局部を堂々と晒して、俺の眼前に突きつけた。
…舐めた。
あの時の俺は壊れていたに違いない。
そして今もその壊れは続行中だ。
涼介さんのナビに座っていると必ず痴漢のように太ももを触られる。
そして信号待ちの際には涼介さんのを触らされる。
『我慢できなくなったな…』
なんて言って、いきなりウインカーを出して目隠しの付いた駐車場のある建物の中に入る。
大きなベッドの上で乗っかられたり、乗ったりする。
俺らのデートは、いつもこんな感じばかりだ。
不毛だな、とは思うけど、正直俺もヤりたい盛りの十代だから、性欲的には十分満足している。
涼介さんはムッツリなだけあって、Hは巧いし、それに俺には甘すぎるくらいに優しい。
愛されてるなぁとはすごい思ってる。
幸せだなぁとも思う。
何だかんだ言って、涼介さんの顔と、Hテクを知った今では、他の誰とも付き合おうなんて思えないし、……正直あの人には俺は一目ぼれだったりする。
好きだ、なんて堂々とは恥ずかしくて言えないけど、つまりはそう言うことなんだと思う。
ただ、好きではあっても、あの涼介さんのたまに暴走しがちなところはいただけない。
涼介さんはムッツリだから、Hに対する探究心がすごい。
元々とことん突き詰める性格でもあるんだろうけど、俺の性感帯を探すのに6時間も費やした。
ベッドの上で裸の俺の体を、だいたい5×5cm感覚でポイントを探し一つずつ丁寧に舐めたり弄ったり刺激する。
そして逐一、ノートに感じるポイントを記入していくんだ。
正直、萎えてもいい状況だったんだけど、さすが涼介さんはムッツリだ。
俺はあの時はイキっぱなしで死ぬかと思った。
さっさと突っ込んで欲しいのに、いつまで経っても突っ込んでくれなくて、ひたすらベロベロ俺の体を嘗め回るだけ。
あの時は、俺の乏しい経験であらゆる誘いを涼介さんにかけてみた。
けれど効果は無くって、やっとの思いで入れてもらったとき、あんまり気持ちよすぎて俺は意識が飛んだ。
そして慌てた涼介さんに起こされたんだけど、起こした理由がとんでもなかった。
『まだ内部の性感帯の調査が済んでいないんだ!こんな程度で気絶するな!!』
……殴ったなぁ。
あんまり悔しくて悲しくて、泣きながら素っ裸のまんまで飛び出そうとしたんだけど、ラブホの扉は料金を支払わないと開かないシステムになっていた。
開かない扉を必死にこじ開けようとしていたら、真っ青なこれまた素っ裸の涼介さんに縋られ謝られた。
『ごめん、拓海!ごめん…』
なんてあの綺麗な顔で必死に謝られ、おまけに全身舐められた俺だけど、そこはまだ舐められてなかったなぁ、なんて内部を舐められたら……
許した。
あんまり気持ちよくて頭がドロドロになって、涼介さんの言うがままに上になって腰を振っていた。
結果的に大満足なHだった。それは認める。
こんなふうに涼介さんはムッツリだ。
頭の中にHなことしかないに違いない。
俺と会っていても、頭の中にはマッパの俺だ。それは嫌でも涼介さんの俺を見る視線で分かる。
服の下を透かしてでも見ているようなあの視線。
たまにデレっと下がる眦。
隙を見せて背後に回られようものなら、必ずぴったりくっついて来て、俺の尻に固いのを押し付けてきて、首筋にハァハァとやたらと荒い呼吸を感じる。
『涼介さん、こんな場所じゃ嫌です』
たいてい言っても聞かない。
涼介さんは結構、AVみたいなシチュエーションが好きみたいで、それこそ風呂場だとかキッチンだとか。すぐ傍に人がいる峠で何回サカった事か分からない。
『うん、分かってる…ちょっとだけ…な、いいだろ?』
お前はどこのオッサンだよ。
ツッコミたいけど、あの人は中身はエロおっさんでも外見はとても綺麗だ。
…ま、いっか。
どうしてもそう思ってしまう。
けれどそう思ってしまう時点で、啓介さんが言うには俺が涼介さんにベタ惚れな証拠なんだと言う。
そんな涼介さんだから、その事を言い出したときに俺にはすぐに分かった。
「三者面談にお父さんが行けないんだったら俺が代わりに行こうか?」
ニコニコと、爽やかなモデルみたいな顔で、良識ある大人の笑顔を浮かべていても俺には分かる。
涼介さんの魂胆が。
「…いえ、どうせ俺もう就職に決めてるし。いいです」
高校三年最後の三者面談。
いつもの如く親父は来ない。
けれどそれを聞きつけた五歳年上の恋人は目を輝かせて保護者代わりに行くと言ってきた。
「遠慮はするな。拓海の大事な進路のことだろう?そう言う場に、やはり誰もいないと言うのは無責任すぎる。お父さんは店があって忙しいんだから、お前の未来の家族になる俺が行くのは当然のことだ」
ちなみに涼介さんの頭の中で俺は「婚約者」だ。
今はまだ俺が未成年だから控えているが、二十歳になった暁には、堂々とカミングアウトをして籍まで入れたいらしい。
さらに言うなら、うちの親父にはとっくにカミングアウト済だ。
花束持って、うちに挨拶に来た時には卒倒するかと思った。
親父の前で土下座。
『拓海君を下さい!』
なんて、まるで一昔前の熱血ドラマみたいだ。
そんな涼介さんに親父は困った顔して、俺を見た。
『この兄ちゃん……引かねぇよな』
『うん。引かねぇと思う』
そして参ったとばかりに頬をボリボリと掻いて、
『…嫌いじゃねぇんだよな。こんな押しの強いヤツ。それに、おい…拓海。お前みてぇなボーっとしたヤツには、こんだけ押しが強ぇ方が合うのかもな。お前、流されてる方が楽だろ?』
『うん、楽』
『じゃ、流されとけ』
『分かった』
そんな風にして親父公認。
親父は、涼介さんが代わりに言ってくれるんなら渡りに船ぐらい思うだろう。
けど。
俺はため息しか出ない。
「……涼介さん」
「何だ?」
夢、見てるよなぁ、きっと。
「うちの学校、ずっと誰かいたりするから、教室Hとかは無理っすよ?」
涼介さんが「…う」と詰まった。
その顔はやっぱり狙ってたんだろうなぁ…。
「ば、馬鹿なことを言うなよ。別に俺はそんな目的で行こうなんて言ったわけじゃないぞ?」
嘘だ。
じゃ、その背後に見えているガッカリオーラはなんなんだ?
「本当に学校でHとかは無理ですよ?それでもいいんですか?」
「当たり前じゃないか。俺は純粋に拓海のために行くんだ」
涼介さんの嘘が最近見分けられるようになってきた。
やけにニコニコ、笑ってるときは絶対に嘘をついているときなんだ。
絶対にまだ狙ってるよなぁ…。
そう思いながらも、そんな涼介さんの言葉に頷いたのは、俺が押しに弱いからだ。
「…ま、いっか」
ため息とともにそう了承した俺に、涼介さんは玩具を手に入れた子供みたいな顔で嬉しそうに笑った。
何だかんだ言って、ついつい俺が涼介さんの我侭を許してしまうのは、その涼介さんの笑顔が好きだからかもしれない。
そう思いながら、俺は近づいてくる涼介さんの唇を受け止めるべく目を閉じた。
「好きだよ、拓海」
キスと一緒に尻を揉んでくる手。
相変わらず素早いな…。
感心しながら、俺は唇を開き、涼介さんの舌を受け入れた。